異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
小林がうんざり顔になる。「あいつマジか」
篠原がそっぽを向く。「他人のフリしろ、他人のフリ」
通行人の視線もお構いないしに成田が呼びかけを続ける。
「うちの学校は反ムスリムです! 悪のシオニスト軍団を支援しています! アメリカ人なんかうっちゃって正義の鉄槌を下すべき罰当たりどもの巣窟です! ジハーディストの方! いらっしゃいませんか!?」
「もうアレ奇行ってレベルじゃねえよ」と小林。
「実はあいつ、心を病んでるに一票」
「水代わりにウォッカを飲んでるに一票」と篠原。
「ナリをもう少し信用してあげなよ」とアキラ。「〝LSDを染み込ませた聖書が手放せないんだ、山上の垂訓のページを食うと頭の中の声がよく聞こえるんだ〟に一票」
その発言とシンクロしたかのように、成田が「タオルヘッド・ジーザスの名のもとに西条学園を燃やせ、聖なる戦士たち! アラーアクバル!」とぶち上げる。
「〝タオルヘッド・ジーザス〟?」小林がどちらにともなく尋ねる。
「おそらく〝マホメット〟って名前が出てこなかったんだろ」と篠原。
「ハードコアなイスラム原理主義者が今の聞いたらナリの望みが叶うかもね」とアキラ。
「ハードコアなイスラム原理主義者は日本の高校を占拠するほど暇じゃないだろうから、あの阿呆を首チョンパ動画の主役にするのがせいぜいじゃね?」
「〝タオルヘッド〟って?」小林が再度、どちらにともなく尋ねる。
ステレオタイプな人種判断しかできない大馬鹿野郎だと思われたくないなら人前では使うなよ、との注意付きで篠原が語意を説明しているところへ、成田が戻ってくる。「このへんに聖戦士のブラザーはいないくさい」
「じゃあIRAのブラザーを試してみればいいんじゃないかな」とアキラはそそのかす。
「あそこのブラザーはとっくに停戦してませんでしたっけ?」
ふざけ合いながら広場を渡り、四車線道路に面した歩道に差しかかったところで――
ぱっ。
朝の雑踏が掻き消える。
メガロポリスの街並みも。
バスや通勤車両の走行音も。クラクションも。何もかも。
アキラは最初、目が潰れたのかと思う。突然、真っ暗になったからだ。しかし真の暗闇ではない。ぼんやりとものが見える。青白い光に照らされた自分の手が。草木が。すぐそこにいる成田や篠原や小林の姿が。
ようやく、目がどうにかなったのではなく、夜の闇のせいだと気づく。
四人の少年は、銀色の月光が降り注ぐどことも知れない野原にいる。
アキラの頭に浮かんだのは特大の〝え?〟。
「ええ?」と思わず声に出す。
「おおおおおい! なんスか、これ!?」小林が辺りを見回す。「いやいやいや……マジで? ここどこ?」
「なあ、キミたち」成田が妙に平坦な声で呼びかける。「ちょっと空見てみ、空」
は? 空?
アキラは夜空を仰ぐ。
雲一つなく、粉々のガラスをぶちまけたかのような星屑が瞬いている。
天頂に月もかかっている。
その月には余計な飾りがある。
土星のような輪。
アキラは目をぱちくりする。
そしてじっと目を凝らす。
サイズも色味も明るさも見慣れたお月様だが……やはり輪がある。土星のそれより幅が狭いようだけれど、まがうことなき立派な輪。よくよく見ると……月の模様もなんか違くない?
にしても、輪。
あるはずのない、輪。
それの意味するところがじわじわと頭に浸透してくる。
篠原がお国言葉でつぶやく。「Mon Dieu...」
日本語には目下の心境を適切に表現できる語句がなく、アキラは英語でつぶやく。「Holy f#$%...」
小林が口をぽかんと開ける。「なんで月に輪っかがあるわけ……? おまえらも見えてるよな、あの輪? ここ日本、ていうか……地球じゃなくね?」
四人は互いに顔を見合わせる。
全員、半笑いだ。わけがわからなさすぎて笑うしかない、引きつった半笑い。成田だけは、どこか面白がっている風ではあるが。
アキラはポケットから携帯端末を引っ張り出す。圏外表示。
一応試してみろ、との篠原の言葉に各自、緊急電話番号にかけてみる。話中もしくは不通のビープ音。地図アプリ、GPS、SNS――すべて通信エラー。救難要請どころか、四人のあいだでメッセージをやり取りすることすらかなわない。
「不可思議な〝境界線〟か何かを通って渋谷に帰れるんじゃ?」との希望も早々に潰える。来た道を戻ろうが、行きつ戻りつしようが、どこをどう歩こうが渋谷は現れず、夜の野原が頑としてあるばかり。
篠原が輪っか付きのお月様を睨みつけて、のろのろと周囲を見渡す。
それから、硬い声で言う。「ちょっとマズい感じだな、これ」