異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
眼下を横切る小川が朝日をきらきらと乱反射している。
見たところ、川幅は一〇メートル前後。その手前岸には、川と並行に走る茶色い線。
未舗装の道だ。
川と道は、右手で小ぶりな丘の陰に隠れ、左手で森の中へ消えている。
「ほっほーう」遅れて頂上に到着した二人に向けて、成田が満面の笑みを向ける。「見よ。文明の証ですよ、ご両人。人里は近そうですぜ」
「にしても緑ばっかだ」小林がこぼしたものの、表情が明るくなっている。
篠原が爪先立ってパノラマを見晴らす。「人工物は?」
「道」と成田。
「それ以外。民家とか橋……はなさそうだな」
「三六〇度、あるのは森と丘と野原ですわ。あとは遠くの山。でも水問題は解決したし、道沿いに進めば家なり街なり、ぶち当たるでしょうよ」
「なんか見えるか?」篠原がアキラに尋ねる。
「いや、なんも。人工物っぽいのはないかな」
「下りようぜ」成田が陽気に言う。
四人は丘をくだる。
でこぼこの未舗装路には、最近雨が降ったのか、深く刻まれた往来の痕跡。
「見てみ」真っ先に未舗装路に立った成田が指さす。「足跡がある。おれと同じくらいのサイズの、靴の足跡。轍もある。あと、馬っぽい蹄の跡。馬車で間違いないでしょ、これ。馬車を使う文明人がいるってことは、いよいよ剣と魔法のファンタジーかもですよ」
「相手が〝人〟ならいいけどな」篠原が仔細に路面を観察する。
地図を書く手を止めて、アキラも地面を見下ろす。「雑草が結構生えてる。あんま使われてない道か、この辺に住んでる人が少ないのかも」
「もっかい言うけど」と篠原。「相手が〝人〟ならいいな」
「エルフかもよ」成田の特大の笑みは耳に届きそうだ。「それかモフモフの獣人。靴履いてるってことはゴブリンみてーなモンスターの線は低いぜ」
「ナリ、ちょっと疑問なんだが、おまえが馬鹿話を垂れ流し続けてるのは、救いようがないほどお目出度い脳みそのせいなのか。それとも、現実に対処できなくて精神的メルトダウンを引き起こしかけているせいなのか、どっちだ?」
「なんつー言い草。おれはね、篠原くん、可能性を指摘してるだけですよ。絶対にないとは言いきれないでしょうが」
「なあ、おい」と小林が皆の注意を川に向けさせる
「魚。魚が泳いでる。こいつら食えんじゃね? ああ……でも火がねえか」
「ある」と成田。「シノがライター持ってるはず」
皆の視線が篠原に集まる。篠原が首筋をぽりぽりと掻く。
「お見通しですよ」成田が続ける。「おまえから時々、煙草の臭いがしてますもん。今も持ってんでしょ、ライター?」
「持ってるよ、名探偵」と篠原。「どうやって釣るつもりか知らねえけど、魚を食うのはもっと切羽詰ってからだ。食っても安全かわからん」
「んなこと言ってたら飢え死にするしかないじゃんよ」成田が大げさに両手を開く。「火を通せばいけるって。太古からの知恵」
「地球ではな」篠原がむっつりと言う。
「なら、おれが実験台に志願しましょう。今日の晩メシは魚。はい決定」
アキラは好奇心から川を覗き込む。流れが速く、波打つ水面にそれらしい影が垣間見えただけ。魚は諦めて、朝靄が立ち込めている川向こうの野原を見やる。「なんかここ、北海道のど田舎に似てる」
篠原も向こう岸を眺める。「おれはノルマンディーのクソ田舎を思い出したよ。どこに行き着くにせよ、かなり歩く羽目になるんじゃないか、これ」
「どっちに行く?」小林が尋ねる。
「左」篠原が即答する。
「うん、左だな」成田が追従する。「足跡が左に向かってる」
「それもあるし、遭難したときは川下一択。サバイバルの初歩の初歩。でさ、おまえら遠足以外で長距離歩いたことある? フルマラソンぐらいの距離」
アキラと成田と小林は「ない」と答える。
「ハーフマラソンぐらいの距離は?」
今度は三つの首振り。
「バテないコツを教えてやる。ペースは普段よりゆっくりめを維持。一時間ごとに一〇分休憩。様子を見て三〇分か一時間、長い休憩。バテたときや、体調が少しでも悪いと感じたときは、すぐ申告。やせ我慢するなよ。ガチで動けなくなるぞ。ま、のんびり行こうぜ。さっきほど絶望的な状況じゃないんだし」
「出発の前に一個いい?」と成田。
「何?」
「うんち」そう言うと、成田が茂みのほうへぶらぶらと離れていく。
一行は道沿いに左へ――西へ向けて歩き始める。森に入ってすぐ、ゆるやかに蛇行している川や両岸の深い木立のせいで、視界が利かなくなる。先頭を行く篠原はゆったりとした歩調を維持しており、左右に振られる頭の動きから、絶えず周囲に注意を払っているのが窺える。対照的に、成田は成田だ。魚を釣る方法をあれこれ口にしては意見を求めている。この話題に小林が食いつき、二人はああでもないこうでもないと知恵を出し合う。
最後尾を行くアキラは内省に沈む。妙な気分だ。この環境に放り出されてからというもの、片時も休まることなく不安に苛まれている。その一方で、冒険心を刺激されてもいる。成田ではないけれど、未知への期待と高揚感は、確かにある。でも能天気にはなれない。篠原は正しい。ぼくたちにはこの世界の知識がない。何をするにも判断基準の拠り所がない。何がどう転ぶかわからない。これからどうなるんだろう? どうすればいい? わけのわからないうちに、もっとわけのわからない事態に陥るのでは?
アキラは前を行く三人を見る。高校一年生らしい楽観主義が友人たちの心の中で優勢を占めているようだ。あるいは、人生に対する無邪気な信頼にしがみついているのか。緊張を強いられた昨晩の反動や、ここが前人未到の未開の地ではないと知った安堵感から、少し浮かれている風でもある。慎重派の篠原でさえ――油断なく周囲に視線を走らせつつも――いくぶん肩の力が抜けている。
もちろん、不安はどこまでもついてくる。
「もし帰れなかったらどうする?」小林がそう疑問を投げかけたのは、出発から半時間ほど経った頃。軽い世間話のような口調だが、目に浮かぶ怯えの色がその意図を裏切っている。「ここで一生、生きていくことになったらどうする?」
「今は目先の問題に集中しようよ」とアキラ。「どうするかは、食い物と寝床を手に入れてからゆっくり考えればいいんだし」
この慰めの言葉を、アキラはむしろ自分に言い聞かせる。
小林が慰められたようには見えない。
「手に入れるってどうやって?」と噛みつくように応じる。「電子マネーも日本円も確実に通用しねえぞ。そこらの人にタダでくれって頼むのかよ?」
「物々交換なりなんなり、やりようはあるじゃん。経験上、田舎は親切な人が多いし。事情を説明したら、誰か一人くらいは助けてくれるって。実際、小三のときに北海道の日高で派手に迷子になって、見ず知らずの農家の人に一泊させてもらったことが――」
「現代の日本の話だろ、それ。弥生時代みてえなレベルの、原始的な相手だったらどうすんだよ? アフリカの野蛮な部族みたいな連中のときは?」
「はいはい、そこまで」成田が取り成すように割って入る。「コバっちの不安はわかるけどさ、雨宮氏に当たってもしょうがないでしょうが」
小林がそっぽを向く。
成田がアキラの視線を捉えて、しょうのないやつだ、と言いたげに小さく肩をすくめる。
そのとき、がさがさと森の中から音がする。
四人はぴたりと立ち止まり、鬱蒼と生い茂る木立に顔を向ける。
「何かいるか?」皆に確認しながら、篠原が木刀サイズの大枝を足元から拾い上げる。
「わかんね」小林も太い枝を拾い上げて構える。「なんか見える?」
「野生動物は基本、臆病って聞くけど?」成田が真面目な声で言う。「腹ペコのヒグマみたいのじゃない限り、人間を避けるとかナントカ」
「この世界でもそうであることを願うよ」と篠原。「注意しながら進むぞ。森の中にちょっとでも動きがあったらすぐ報せろ」
アキラはなるべく丈夫そうな枝を選び、試しに何度か振ってみる。何か大きくて素早くて凶暴な動物が飛び出してきたら、こんな棒切れ、クソの役にも立たないだろう。アキラは憂鬱な面持ちで森を見る。この場所がチーム戦専用マップを彷彿とさせるからか、それともヒグマと聞いたからか、『SNAFU』の一場面がふと頭をよぎる。貧弱な火力を駆使してグリズリーの群れから逃げ回る、あのジョークマップのことが。貧弱でも火力は火力。今この場に猟銃があれば。せめて拳銃でも……
おい、しっかりしろ。
アキラは益体もない考えを頭から振り払う。
第7話は18時05分に投下いたします。