「ミリアさぁぁぁん! お願いですから、依頼をくださいぃぃぃ!」
「駄目です」
「即答!?」
冒険者ギルドの受付前に、少女の悲痛な叫びが響き渡った。
白髪の美少女――ハオスは、カウンターに両手をつき、涙目で受付嬢のミリアに縋りついていた。
「薬草採取でもいいんです! ゴブリンの討伐でも、街の掃除でも、なんなら荷物運びでも! 何でもやりますからぁ!」
「何でもと言われましても……」
「お願いします! 私、お金がないんです!」
「駄目です」
「そこを何とか!」
「ですから、神級冒険者に薬草採取の依頼を受けさせるわけにはいかないんです!」
ミリアの声がギルド内に響いた。
周囲の冒険者たちが、何事かと二人に視線を向ける。
しかし、ハオスは恥ずかしがる様子もなく、涙を浮かべたまま訴え続けた。
「で、でも! お金がないとご飯も食べられませんし、宿代だって……!」
「それはご自身の金銭管理に問題があるからでしょう!」
「うぅ……正論が痛い……!」
ハオスは頭を抱えた。
神級冒険者。
それは、冒険者として到達できる最高の称号である。
冒険者のランクは、無級、下級、中級、上級、英雄級、そして神級の六段階に分かれている。
無級から始まり、実績と実力を積み重ねて上のランクへと進んでいく。英雄級ともなれば、国中に名を知られるほどの実力者だ。
そして、そのさらに上。
神級冒険者に選ばれるのは、限られた者だけである。
この世界には、四つの大国が存在する。
西の大国ブリティア。
東の大国オーズ。
極東の大国ヤマト。
そして、南方の大国ステイト。
それぞれの国が、国を代表する最強の冒険者を一人だけ神級に選ぶ。
つまり、世界に存在する神級冒険者は、原則として四人。
そしてハオスは、冒険者となってわずか一年で大国ブリティアに神級冒険者として選ばれた天才だった。
十五歳という若さで、その地位にまで上り詰めた少女。
彼女の実力は、疑いようもなく本物である。
……ただし。
「ハオスさん」
「はい……」
「神級冒険者として選ばれた、この国最強の冒険者であるという自覚を持ってください」
「はい……」
「あなたが薬草採取をしていると知れ渡ったら、周囲はどう思うでしょうか?」
「えっと……薬草をたくさん採れてすごいとか?」
「そういう話ではありません!」
「ひゃいっ!?」
ハオスはびくりと肩を跳ねさせた。
ミリアは額に手を当て、深々とため息をついた。
「あなたは、ブリティアを代表する神級冒険者なんですよ。国民から期待され、国からも特別な扱いを受けている立場なんです。もう少し自覚と誇りを持ってください」
「うぅ……」
正論だった。
反論の余地など、どこにもない。
だが、それでもハオスには一つだけ気になることがあった。
「……あの、ミリアさん」
「何ですか?」
「私、そんなにおかしいですか?」
「今の状況を見て、普通だと思いますか?」
「……思いません」
「ですよね」
ハオスは再びカウンターに突っ伏した。
神級冒険者。
国最強。
誰もが羨む称号。
その肩書きを持つ少女が、今まさに薬草採取の依頼を求めて泣いている。
何とも締まらない光景だった。
◇
「ところで、ハオスさん」
ミリアがふと思い出したように尋ねた。
「先日の緊急依頼の報酬は、どうしたんですか?」
「えっ?」
「街道で魔物を討伐した依頼です。あのときも、かなりの報酬を受け取っていましたよね」
「ああ! あれですか!」
ハオスはぱっと顔を上げた。
そして、なぜか胸を張った。
「ちゃんと有意義に使いましたよ!」
「……有意義に?」
「はい!」
あまりにも自信満々な返答だった。
ミリアは嫌な予感を覚えながら、続きを促す。
「具体的には?」
「まず、泊まっている宿に溜まっていたツケを全部払いました!」
「……それは、まあ、当然ですね」
「ですよね! 私もそう思います!」
ハオスは満面の笑みを浮かべた。
「それからですね!」
彼女は懐をごそごそと探り、何かを取り出した。
掌に乗っていたのは、灰色の小さな石だった。
「これを買ったんです!」
「……石?」
「はい!」
ハオスは誇らしげに石を掲げた。
「街に来ていた商人さんが売っていたんですよ! 持っているだけで運勢が上がる、幸運の石なんですって!」
「…………」
「すごいでしょう? これさえ持っていれば、きっと依頼もたくさん舞い込んできますし、珍しい魔道具を拾ったり、思わぬ大金が手に入ったりするかもしれません!」
ハオスは石を両手で包み込み、うっとりと眺めた。
「ふふふ……これで私も金運に恵まれるはずです!」
ドヤ顔だった。
まるで世紀の大発見でもしたかのような、誇らしげな表情だった。
ミリアはしばらく石を見つめていた。
それから、ゆっくりと口を開く。
「……ハオスさん」
「はい!」
「それ、ただの石ころですよ」
「…………え?」
「どこにでも落ちている、何の変哲もない石です。魔力も感じませんし、特別な加工が施されているわけでもありません」
「………………え?」
「つまり、あなたは商人に騙されたんです」
「………………ええええええええええっ!?」
ギルド中に悲鳴が響き渡った。
ハオスの手から、石がぽろりと落ちる。
ころころと転がり、カウンターの脚に当たって止まった。
「そ、そんな……! だって商人さんは、これは古代の賢者が使っていた幸運の石で、特別な力が宿っているって……!」
「典型的な詐欺の手口ですね」
「うそ……うそですよね……?」
「残念ですが、本当です」
「…………」
ハオスの顔から、すっと血の気が引いていく。
そして――。
「私のお金ぇぇぇぇぇっ!」
膝から崩れ落ちた。
床に両手をつき、絶望の表情で天井を仰ぐ。
「宿代を払ったのはいいとしても……残りのお金を……全部……あの石に……!」
「なぜ買う前に相談してくれなかったんですか……」
「だって、運勢が上がるって……! 持っているだけで幸せになれるって……!」
「その言葉を信じた結果が、今のあなたです」
「うわああああん!」
ハオスは泣いた。
最高位の神級冒険者が、たかが石ころ一つで本気で泣いていた。
周囲の冒険者たちは、気の毒そうに見守る者もいれば、笑いを堪えている者もいた。
ミリアだけは、笑う気にもなれなかった。
「……はあ」
長いため息が漏れる。
目の前で泣き崩れる少女を放っておくこともできず、ミリアは受付の引き出しから書類を取り出した。
「ハオスさん」
「……はい」
「今回だけですよ」
「……え?」
「生活費を前借りさせてあげます。次の報酬から差し引く形にしますから」
ハオスは顔を上げた。
涙で濡れた瞳が、ぱあっと輝く。
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、次からは本当に気をつけてください。怪しい商人の話を簡単に信じないこと。報酬を受け取ったら、まず生活費を確保すること。そして、必要のないものを衝動買いしないこと」
「はい! ありがとうございます、ミリアさん!」
ハオスは勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げた。
「もう二度とこんなことがないように、気をつけます!」
その言葉を聞いたミリアは、冷ややかな目を向けた。
「……それ、前にも聞きました」
「うっ」
「先月も、その前も聞きました」
「ううっ……」
「今度こそ、本当にお願いしますよ」
「は、はい……!」
ハオスはしょんぼりと肩を落とした。
こうして、ブリティア最強の冒険者は、またしてもギルドに借金を作ることになったのだった。
◇
それから数日後。
冒険者ギルドの受付で、ミリアは一通の封書を手にしていた。
封蝋には、ブリティア王国の紋章が刻まれている。
国から直接届けられた、正式な依頼書だった。
「……これは、ハオスさんに伝えなければ」
ミリアは封書を大切にしまい、ギルドを後にした。
◇
ハオスが宿泊しているのは、街の中心部から少し離れた場所にある小さな宿だった。
決して豪華ではないが、食事は美味しく、宿の主人も気のいい人物である。
……もっとも、ハオスは先日まで宿代を溜め込んでいたのだが。
「いらっしゃいませ! 二名様ですね! こちらのお席へどうぞ!」
宿の食堂に入ったミリアは、聞き覚えのある声に足を止めた。
そこには、白い髪を揺らしながら、客に料理を運ぶ少女の姿があった。
エプロンを身につけ、笑顔で注文を取り、忙しそうに食堂を駆け回っている。
「お待たせしました! こちら、日替わり定食です!」
「おう、ありがとうな」
「いえいえ! ごゆっくりどうぞ!」
客に料理を渡すと、少女は空いた皿を手際よく片づけた。
その動きは妙に慣れていた。
ミリアは数秒、無言でその光景を眺めた。
そして、こめかみを押さえた。
「……ハオスさん?」
「はい! ……あっ」
呼びかけに振り返った少女は、ミリアの姿を認めた途端、動きを止めた。
「ミ、ミリアさん!? ど、どうしてここに……?」
「それは、こちらの台詞です」
ミリアはゆっくりと歩み寄った。
「どうしてあなたが、ここで給仕のアルバイトをしているんですか?」
「えっと……その……」
ハオスは視線を泳がせた。
「生活費を稼ごうと思いまして……」
「…………」
「ほら、冒険者の依頼って、いつでもあるとは限りませんし! それに、前借りしたお金も返さなきゃいけませんから!」
「それ自体は、悪いことではありません」
「ですよね!」
「ですが!」
ミリアの声が鋭くなった。
「あなたは神級冒険者なんですよ! 大国ブリティアに選ばれた、この国最強の冒険者なんです! それなのに、どうして宿の食堂で給仕のアルバイトをしているんですか!」
「え、ええと……でもお皿を運ぶのは上手になりましたよ?」
「そういう問題ではありません!」
「ひゃいっ!」
ハオスは背筋を伸ばした。
食堂の客たちが、何事かと二人を見ている。
ミリアは周囲の視線を気にすることなく、説教を続けた。
「神級冒険者には、その称号にふさわしい振る舞いというものがあります。あなたの実力は認めています。実際、先日の緊急依頼だって、あなたは見事に達成したじゃないですか」
「ありがとうございます!」
「説教している途中です!」
「すみません!」
「あなたがどれほど強くても、金銭管理ができなければ意味がありません。それに、国を代表する立場なのですから、自分の行動が周囲にどう見られるかも考えてください!」
「はい……」
ハオスはしゅんと肩を落とした。
ミリアの言うことは正しい。
正しいのだが――。
「……あの、ミリアさん」
「何ですか?」
「ここに来たのには、何か理由があるんですよね?」
「…………」
ミリアの説教が止まった。
ハオスは、これ幸いとばかりに話を続ける。
「わざわざ宿までいらっしゃったということは、何か大事なお話があるんじゃないですか? ほら、私もお仕事中ですし! お客様をお待たせするわけにもいきませんから!」
そう言って、ハオスは手に持っていた皿を胸の前に掲げた。
話題を逸らす気満々だった。
ミリアはじっとハオスを見つめたあと、深いため息をついた。
「……まったく。話を逸らすのだけは上手なんですから」
「えへへ……」
「褒めていません」
「ですよね!」
ハオスは苦笑いを浮かべた。
ミリアは表情を改め、懐から封書を取り出した。
「ハオスさん。ブリティア王国から、あなた宛てに正式な依頼が届きました」
「……国から?」
ハオスの表情が変わった。
ミリアは頷き、封書を差し出す。
「はい。国からの緊急依頼です」
食堂の喧騒が、遠くなったような気がした。
ハオスは手にしていた皿をそっと脇に置き、封書を受け取った。
封蝋に刻まれているのは、ブリティア王国の紋章。
神級冒険者として選ばれた彼女に、国から直接依頼が届くこと自体、決して珍しいことではない。
だが、わざわざ緊急と銘打たれている以上、ただ事ではないだろう。
「……わかりました」
ハオスは封書を見つめた。
先ほどまでの軽い雰囲気は、もう消えていた。
「詳しい話を聞かせてください、ミリアさん」
ミリアは静かに頷いた。
「はい。詳しい内容は、ギルドに戻ってから説明します」
ハオスはエプロンを外し、きちんと畳んで棚に置いた。
そして、神級冒険者としての顔で、ミリアに向き直る。
「お待たせしました。行きましょう」
こうして、金欠に悩む神級冒険者ハオスのもとに、国を揺るがすかもしれない新たな依頼が舞い込んだ。