◆異世界役者密着24時!!転生者の快適な異世界生活を支えるその舞台裏に密着!!! 作:ビスケッチュⅡ世
転生者が転生してくるこの世界で、
その快適な生活を裏からサポートするプロフェッショナルがいる。
我々が今回密着するのは、
魔王役の新人役者、Mさんだ。
デビューしたての彼、その一日をお届けしよう。
我々取材クルーが、訪ねた先のシェアハウスで呼び鈴を押すと、眠そうに眼をこすりながらMさんが応対してくれた。
共用部分なので、ということでMさんの私室にお邪魔する。
部屋には使い古されて固くなったベッドと、うずたかく積まれた本がそこかしこに置いてある。
散らかってて、と言いながらスペースを開けてくれたMさんは、どこか楽しげだ。
――眠そうでしたね?
「まあ、昨日も深夜までバイトしてて……魔王役の台本練習してるうちに寝ちゃいました……あ!全然迷惑とかじゃないんで、すごくありがたいことなんで。こうやって取材いただけるのは!」
――バイト?
「恥ずかしながら役者だけじゃ食べていけないんで……いくつか掛け持ちしてるんですよ。昨日は道路工事だったかな……ってか!笑えるんですけど、どの道だったと思います?」
――どの道だったんですか?
「魔王城前」
信じられます?魔王が自分の城の前を舗装してるんですよ!と言うと、Mさんは耐え切れないといったように噴き出した。
手を叩いて陽気に笑うその表情には、微塵も陰がない。
つられてクルーの何人かも笑ってしまう。
天性のものであろうその明るさは、今回の役とはややミスマッチのように感じる。
――魔王役、性格とかけ離れた役は大変ですか?
「それが、聞いてくださいよ!自分、怖くて難しいセリフとか、笑っちゃいけないシーンでめっちゃ笑っちゃうんですよ……!」
思った通り、というような回答だが、Mさんの表情は真剣そのもので、かなり悩んでいるらしい。
詳しく聞いてみると、こういう場面を今自分が演じて一つになっている!転生者の方の役に立てている!と思うと嬉しくなってきてしまうらしい。
つくづく向いていないと嘆くMさんは、真剣に悩みながらもどこか楽しそうだ。
そんなこんなで話を聞いていると、突然Mさんがスマホを見てさっと青ざめた。
「やべ」
慌てた様子でパン袋から取り出した食パンを1枚咥えると、無言で荷物をまとめ始めるMさん。
その様子を見ていた取材クルーに、Mさんは残りの食パンを差し出した。
「食います?自分これから事前リハなんです。」
食パンについては丁重にお断りさせていただいたが、移動については取材クルーと同じバンを使うことを申し出た。
Mさんは一瞬目を丸くしていたが、助かります!と二つ返事。
我々は事前リハに向かった。
バンの中でいくつか取材予定があったものの、移動中にMさんが熟睡してしまったため、そっと毛布をかけておいたことは言うまでもない。
現場に到着。
Mさんは取材クルーにゆすられて目を覚ました。
「……ごはんでしたっけ?もう……」
完全に寝ぼけているMさんに事情を説明すると、あっというまにその眠気はふきとんだ。
クルーに向かってありがとうございます、と深々と礼をしたかとおもうと、現場に向かっても再度礼をする。
「尊敬する皆さんのマネなんですけど、でもこれって大事だと思うんですよ。敬意がどっかで抜けると、多分思ってもないところでボロが出るんで。……まあ自分はボロだらけなんですけど……やば!もう始まるんで行きましょう!」
そういうと、走って行ってしまった。
取材クルーも全力で追いかけ、リハーサル開始にカメラを間に合わせる。
リハーサルは何度も行われるが、直前リハのみが参加を義務化されている。
今回は数あるリハーサルの1つだ。しかし、実際にはスケジュール調整がどうしても難しい人物以外は毎回参加している。
それだけ、みんな転生者の方への気持ちが大きいのだ。
と。ふいに厳しい声が飛んだ。
「あのさあ。魔王役の人。なんでそんな表情なのかな」
現場がピリッとした空気に包まれる。
ヒロイン役のHさんだ。
救出される子役からこの道に入った彼女は、なんとその年で敢えて遭難してみたという。
もちろん管理はされていたものの、助かることはわかっていてもいつ助かるのかはわからない感覚を養えたという。
どの役にもそのストイックさで挑む姿勢が評価され、大きなキャリアを築いていた。
「っは、はい」
「ここはさ、長年の計画がようやく軌道に乗って、運頼みの部分も乗り越えて、ようやくようやくヒロインを手中に収める、いわば計画のチェックメイトに等しい部分だよね。だったら、そんな仏頂面じゃなくて、もっと嬉しそうにするべきところじゃない?それとも、感情を表に出さないクール系で行こうってこと?だったら声に抑揚がありすぎるのが変だと思うんだけど」
「……はい……」
「はいじゃなくてさ。君の演技がね、君が魂込めて、こうだ、って思って演じてるならそれでいいの。でも、そこに意図がないならペラッペラになるわけ。そういうのさ、転生者の方は直感として変だなって思わせちゃうのね。もちろん、この後仲間になる予定があるとか、ギャグ系の転生台本ならいいんだけど、一応今回は王道ファンタジーなわけでしょ」
「……」
「ごめん、言い過ぎたかな。いきなりこんだけ言われても頭こんがらがるだろうし、いったん休憩させてもらって考えてきてくれる?」
「はい……」
Hさんの鶴の一声で、現場はしばしの休憩モードに入る。
ベンチに座ってうつむいているMさんの背中が見え、取材クルーが近づこうとしたところ――
「ダメ。今集中してるから、彼。一人にしてあげてくれる?」
スポーツドリンクを飲みながらそう制止したのは、ほかならぬHさんだった。
HさんはMさんの手元にカメラをズームするように促す。
すると、うつむいてしょげているように見えたMさんは、台本に物凄い勢いで何かをメモして、せわしなくページをめくっている。
表情は全くダメージを受けている様子がなく、むしろ楽しげだ。
「怪物よ彼。私が指摘したとき、もうその眼の奥に楽しそうな光が見えたもの。」
――すごいことなんですか?
「すごいなんてもんじゃないわね。彼、私が言った言葉からたぶん100以上はパターンを構築するんじゃないかしら。……正直、嫉妬するわね。……と。もうよさそう。リハ再開しましょ!」
彼女の言葉が冗談ではないことを、この後のリハーサルで我々は思い知ることになる。
Mさんの演技は明らかに変わり、凄味が増した。
目線の作り方、光源との関係、陰影を使った表情演出……
それでいて今後どのパターンになっても良いように可能性を残した演技になっていた。
しかも、彼が自覚していた弱点は、弱点ですらなく……
「……フフ……フハハハハ!!!」
大量の魔物が人を襲うおぞましい場面で心底楽しそうに笑うMさん。
その姿はまさに、魔王だった。
この後もリハーサルは夕方まで続き、Mさんは夜からバイトがあるとのことで残念ながら取材はここまでとなった。
果たして本番、Mさんはどのように演技をするのか。
楽しそうに手を振るMさんをカメラに収める。
そこには、どこまでも楽しみながら転生者に向き合う、一人の青年が映っていた――
「よく来たな勇者よ……」
「俺たちが、お前を倒す!!!」
「フフフ……ふぁははははは!!!!楽しくてたまらないぞ勇者!!!こい!!!!!」
今日も、Mさんは、楽しそうに笑っている。