あれから一ヶ月後、かぐやに脳を焼かれたままの少女のお話   作:文文文文

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第2話 五素部由宇、16歳

「……誰だったんだろ、今の」

 五素部(いそべ)由宇(ゆう)はスマコンを外してケースに収めると、力が抜けたように上体を壁にあずけた。パジャマ姿でベッドに座るその体は小柄で、白い頬は涙で濡れそぼっている。

 ログアウト直前の視覚復元処理のためぼやけて見えたが、声をかけてきた彼は露出に甲冑というワイルドないでたちをしていて、額にもツノがはえていた。

 同じようなアバターは、ツクヨミには山ほどいる。真似をしたいゆえに。

 それは尊敬と崇拝を集めるカリスマ——帝アキラの姿なのだから。

「まさかね。わたしみたいなモブにわざわざ会いに来るわけがないじゃん」

 自嘲気味に小さく笑ったところで彼女は気づいた。

 おんぼろアパートの一室が暗くなっている。

「ぐあ! やばい!」

 今日は20時からのシフトでバイトを組んでいたはずだ。スマホは19時30分と表示している。

「あわわわわわわわ」

 神速でパジャマを脱ぎ捨て、逆に脱ぎ捨てられていたシャツとジーンズに着替える。台所で涙を洗い落としてボブカットの髪に櫛を入れると、メガネをかけ、財布の入ったポーチを拾って部屋を飛び出した。夜の住宅街を全力疾走、駅前のハンバーガーショップに駆け込む。ユニフォームに袖をとおしカウンターに立ったのは19時59分59秒だった。

 テレレ。テレレ。テレレ。

「ひゃ、168番のお客様ぁ……」

 できあがった商品を受け取りに来たその女子高生は、酸欠寸前で蒼白な0円スマイルを提供してくる由宇をしばらく愕然と眺め、そして友人たちが待つ席へと戻った。

「大変だよね、働くって。ああやって働いてる人は全員尊敬しちゃう」

 酒寄彩葉がそう言うと、綾紬芦花と諌山真実は首をかしげた。

「1000万パワーのバイト超人が何言ってんの」

「日本で一番勤労が身にしみてる高校生でしょうに」

「でもあのカウンターの子も、私たちと同じくらいだよ思うよ、たぶん」

 彩葉は合掌してからダブルチーズバーガーにかぶりついた。芦花と真実はカウンターであたふたと接客する由宇を観察すると、そうかもと納得する。

「わたしはもうバイトひとつも入れてないんだ。かぐやが残してくれたお金があるからね。それに入試まで、ずっと勉強していたい。ここで勉強したことは、きっとそのあとにも役に立つから」

 頭脳の鍛練に必要となるカロリーと糖分を補給すべく、彩葉は次々に平らげていく。それが無邪気なかぐやの姿と重なって、芦花と真実は目を細めた。

「で、勝算ありそう? 東大工学部」

 芦花に問われた彩葉は、指先のポテトの塩をなめてからスマホを操作して見せつけた。

 店内に女子高生の声が響く。

「文系から理転したばかりだってのに全国偏差値70!?」

「数学と理科どーなってんの!?」

 以前の彩葉であれば、ここで鼻がピノキオになっているはずだ。しかし今は神妙な面持ちのまま、ふたたび食事に没頭する。

「全然ダメ。まだ届かない。この程度の学力じゃ夢は果たせない」

 その夢が何なのか、芦花と真実は知っている。先日、ツクヨミのミーティングルームで高らかに宣言したのだ。

「わたしは、かぐやにいっぱいパンケーキを食べさせたい!」

 そのとき彩葉の隣にヤチヨもいたが、今にも泣きそうな彼女の表情を思い出して、芦花はメイクで彩られた目元に指を添えた。

「そうだよね、絶対、その夢叶えようね」

「協力してくれる?」

「するする、何でも言って!」

 身を乗り出した真実に、彩葉はバニラシェイクをズゴゴゴゴと吸いながら「言質を得た」といわんばかりの冷めた目つきになった。

「じゃあひとつお願いがあるんだけど。実はお兄ちゃ……帝がさ、こんなの企画してるんだって」

 彩葉がスマホに映したのは動画だった。まずはブラックオニキスのロゴとテーマ曲からはじまると、花火が炸裂する古城を背景に帝、雷、そして乃依が並び立つ。

『よお、ツクヨミに集う子ウサギども。お前らの太陽、帝様だ。かぐやちゃんが月に帰ってからというもの、俺様は傷心している。理由はわかるよな? 俺様もお前たちと同じで彼女を愛していたからだ。その心に開いたでっけえ穴に、新しいエナジーを注ぎたい。つまり、ライブとバトルでキングオブチームを決める、帝カップの開催だ!』

「うひょおおおおお!」

 思わず奇声をあげた真実を芦花は椅子に引き戻し、なお叫ぶその口を手で塞いだ。

「彩葉、こんなの黒鬼チャンネルにアップされてたっけ? わたし初見なんだけど」

「ううん、公開は今夜0時なんだって。それで問題はこの続きでさ……」

 一時停止が再生に戻る。

『ってな感じでやるから、彩葉。当然、お前も参加するよな? いろPはまだツクヨミに残ってんだし、かぐや伝説の当事者が絡むとあっちゃあ爆盛り上がり確定、ふじゅ〜もすんげーことになるぞ。誰でもいいから仲間集めて、決勝まで登りつめてこい。でないと保証人やめちまうからな。あと、ちゃんと食って寝ろよ』

 口を塞がれ窒息寸前な真実を忘れ、芦花はなかば呆れたように感想を述べた。

「妹への心遣いが最後の食って寝ろだけってのが、やっぱりお兄さんだよね」

「わかってますなあ、芦花さんや。これが酒寄家ですじゃ」

「で、お願いって、私たちとチームを組んでこれに参加してほしいってこと?」

 真実が生気を取りもどす。

「そ、そういうこと!?」

「違う違う。私は帝カップに絡むつもりはこれっぽっちもないよ。そもそも決勝の日、絶対にはずせない模試だし」

 彩葉のスケジュールは、ヤチヨカップのとき以上の密度で埋められていた。

「じゃ、何をすれば?」

「あのとき、月人からかぐやを守るKASSENで二人も戦ってくれたよね。そのあと忠犬オタ公にも特集ニュース組まれてたじゃん。かぐやの件での知名度は、いろPほどじゃないけど、結構あると思うので……」

 彩葉は懇願するように手を合わせた。

「お願い、私抜きで参加してください! つまりこういうことなの!」

 さらに動画が続く。

『ああそれと、どーしても無理っつーなら誰か代役を立ててくれ。お前のツレの、あの二人なんてどうだ? ロカとマミだ。けっこーいいモン持ってると俺は評価してんだぜ。チームは三人一組だから、突破力のあるヤツを一人加えれりゃサマになるだろ。そんじゃ』

「つまり、御指名なわけでして、帝直々の」

 おそるおそる彩葉が目線をあげると、

「……彩葉、これは真実には刺激が強すぎるよ」

 脳が焼き切れた真実が、芦花に寄りかかっていた。

 

 ハンバーガーショップを出た三人は、そこでのお開きとなった。

 いまだに足もとがおぼつかない真実を、芦花は自宅まで送り届けるらしい。

「じゃ、また明日。帝カップのことありがと、二人とも」

「なんのなんの、あんたも無理しすぎは禁物だよ。困りごとだけじゃなくて、悲しかったり苦しかったら、私と真実に遠慮なくぶちまけな。またあんな感じになったら、今度こそ家のドアをぶち破って部屋に突入するからね」

「するからね」

「はい」

 かぐやが月へ帰還した直後のことを言われ、彩葉は照れくさそうな笑顔で応えた。

 彩葉が雑踏に消えると、二人は駅へと向かおうとしたが、

「あっ、あっ、あのっ!」

 背後から若い女の声が飛んできた。

「す、すいません、さささっきその店で、立ち聞きしてしまったのですが……」

 それは由宇だった。極度の緊張から顔を紅潮させ、手をワナワナ震わせながら、乾いたのどから声を絞り出す。

「も、もしかして、あなたたちはツクヨミの物凄いライバーなのでは?」

「「物凄い……かなあ?」」

 たしかに登録者数はかぐやの一件で急増し、二人とも100万をゆうに突破しているが、理由が理由なので、さほど達成感は抱いていない。

「ひょっとしてっ、あの伝説のかぐや引退ライブにご出演されていたのでは!?」

「あー……あれは出演っていうかぁ……」

「出撃っていうか……」

「そしてっ、いろPご本人様もここにおられたようですが!?」

 あちゃー、と芦花と真実は悩ましげに眉間を押さえた。

 彩葉のリアル割れである。二人はどう対処すべきか作戦会議をするべく、眼前のハンバーガーショップ店員に背を向けようとしたが、

「わたしっ、五素部由宇、16歳! 職業はアルバイトの掛け持ち七つ!」

「「七つ!?」」

 なんと向こうもリアルを名乗ってきた。

 

「お願いです、弟子にしてください! かぐやを追いかけたいんです!」

 




というわけで、このお話のオリジナルキャラ・由宇の登場です。
彼女の過去とかはまた順を追って書いていくことになります。
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