指輪の王は世界を鍛える   作:ゆいニキ

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第12話 豊穣の女神と 担保価値

フレイヤは、窓の外を眺めていた。オラリオの中心にそびえ立つバベル。その向こうに、もう一つの塔が見える。黒い塔。バラド=ドゥーア。あの塔が現れて以来、フレイヤは以前ほど夜景を楽しめなくなっていた。理由は明白だった。塔の主。サウロン。彼女は既に二度、あの存在の魂を覗こうとした。一度目は逆探知された。

 二度目は、魂の奥底まで届くような恐怖を刻み込まれた。今でも覚えている。あの暗黒。あの炎。そして、冷徹な声。

『次は敵対行為と見なす』

 その言葉が、彼女の記憶から消えることはなかった。

「……オッタル」

「はっ」

 背後に控えていた猪人の大男が、静かに頭を下げる。

「ヘルメスの件は、事実なのかしら」

「確認できた範囲では、事実です」

「……神性を奪われたという話?」

「はい」

 オッタルの表情は変わらない。しかし、その声には普段よりもわずかな緊張があった。

「ヘルメス神は、契約違反により神性の一部を失ったとされています」

「……そう」

 フレイヤは目を閉じた。神性。それは神という存在の根幹を成すもの。天界の神々にとって、奪われるという発想すらなかったものだ。少なくとも、下界においては。

「オッタル」

「はっ」

「私は、あの男を二度怒らせたわ」

「存じております」

「三度目はない、と言われたの」

「……はい」

 フレイヤは小さく笑った。だが、その笑みにはいつもの余裕がなかった。

「それなのに、まだ気になるのよ」

「…………」

「どうして、あんな魂が存在するのか。どうして、私の眼でさえ、その奥底を見通せないのか」

 オッタルは答えなかった。フレイヤは続けた。

「けれど、もう覗かないわ」

 その言葉に、オッタルはわずかに安堵した。しかし、女神の次の言葉で、その安堵は消えた。

「だから、別の方法で知ればいいのよ」

「……フレイヤ様」

「何も、直接覗く必要はないでしょう?」

 オッタルは沈黙した。彼は知っていた。主が何かを欲した時、その執着は容易には消えない。そして今回は、その対象があまりにも悪かった。

*

 バラド=ドゥーア。最上層の執務室。サウロンは、一枚の金色の薄板を観察していた。それはヘルメスから徴収した神性の欠片だった。正確には、神性を収めた指輪から分離した、ごく微細な試料である。

「……なるほど」

 彼の指先で、金色の光が揺れる。神性の構造は、マイアの本質とは異なっていた。この世界の神々は、アルダの創造に関与したアイヌアではない。しかし、存在の根幹に超越的な力を宿しているという点では、研究する価値があった。

「魂と権能の結びつきが強い」

 サウロンは呟いた。

「だが、不可分ではない」

 その事実は重要だった。契約によって神性の一部を徴収できたことは、既に実証されている。もっとも、そこには一つの制約が存在した。契約者本人の同意が必要である。サウロンはその制約を不便とは考えていなかった。むしろ、都合がよかった。神々は自らの意思で署名する。自らの意思で担保を差し出す。そして、自らの意思で義務を負う。

 強制的に奪うよりも、はるかに安定した支配構造だった。机の上には、複数の書類が並んでいた。そのうち一枚には、こう記されている。

『神格存在に関する信用評価』

 サウロンは書類をめくった。ヘルメス。信用評価、低。理由。契約条項の確認不足。債務履行の遅延。秘密保持義務違反。さらに、履行回避の試み。

「……見事なものだ」

 冥王は低く呟いた。

「契約締結から短期間で、これほど多くの違反を重ねるとは」

 そこに感嘆はなかった。ただ、純粋な観察結果として述べただけだった。次の書類。フレイヤ。過去の敵対的行動、二件。第一件。許可なき魂への干渉。警告済み。第二件。警告を無視した再干渉。最終警告済み。今後の同種行為。即時敵対認定。サウロンは、その記録を確認すると書類を閉じた。

「三度目の警告は不要だ」

 それだけだった。

*

 三日後。バラド=ドゥーアの正門前に、一人の男が現れた。白い衣装。整った容貌。そして、研ぎ澄まされた気配。フレイヤ・ファミリアの幹部。ヘグニ・ラグナール。その手には、一通の書簡があった。門を守る黒い甲冑の兵士が、彼の前に立ちはだかる。

「何用だ」

 ヘグニは書簡を掲げた。

「白銀の女神より、漆黒の王へ言葉を届けに来た」

 黒い兵士は動かなかった。

「差出人を述べよ」

「フレイヤ」

「用件は」

「正式な会談の申し入れだ」

 やがて、門の奥から別の声が響いた。

「書簡を提出せよ」

 ヘグニは顔を上げた。そこに立っていたのは、黒衣をまとった男だった。長身。冷たい眼差し。そして、腰に佩いた剣。サウロンの配下の一人である。

「主人への書簡は、我々が検分する」

 ヘグニは眉をひそめた。

「女神の親書を、臣下が開くというのか」

「ここはフレイヤの領地ではない」

 男は淡々と答えた。

「この塔において、女神の称号は通行許可証にならぬ」

 ヘグニの目が細くなる。しかし、剣には手をかけなかった。相手の実力が分からない。そして何より、ここで問題を起こすなと命じられていた。

「……よかろう」

 彼は書簡を差し出した。黒衣の男は封を確認し、その場で開いた。数行を読み終える。

「会談の目的は、相互理解と関係改善」

「その通りだ」

「過去の二件について、謝罪の記載がない」

 ヘグニは黙った。

「また、魂の観測権限に関する問い合わせが含まれている」

「……それが何か」

 黒衣の男は書簡を閉じた。

「過去に二度拒絶された行為について、別の形式で許可を求めているように見える」

「女神は敵対を望んでいない」

「ならば、拒絶された境界を尊重することだ」

 ヘグニは答えられなかった。男は書簡を返した。

「正式な回答は後日通知する」

「会談は認められぬのか」

「それを決めるのは我が主だ」

 黒衣の男は踵を返した。そして、最後に一言だけ告げた。

「伝えておけ。過去の警告は、今も有効であると」

*

 同じ頃。ギルド本部。ヘルメスはウラノスの前に座っていた。その顔色は悪い。

「……それでね」

「まだ何かあるのか」

「僕の契約なんだけど」

「聞いている」

「神性を一部取られた後、契約書の表示が変わったんだ」

 ウラノスの目が細くなる。

「どう変わった」

 ヘルメスは懐から黒い紙を取り出した。そこには、以前は存在しなかった欄が追加されていた。

『債務者信用情報』

『信用評価:要監視』

『担保権実行履歴:一件』

『今後の取引条件:厳格化』

 ウラノスはしばらく無言だった。

「……ヘルメス」

「うん」

「お前は、神性を奪われた上に、信用まで失ったのか」

「そういうことになるね」

「…………」

「ちなみに、追加契約の審査も通らなくなった」

「なぜ追加契約を申し込んだ」

「いや、信用を回復できるかなって」

 ウラノスは天井を見上げた。数千年にわたり、オラリオを見守ってきた大神。その彼をして、理解できない行動だった。

「……お前は、もう少し慎重に行動できぬのか」

「僕だって反省してるよ」

「反省している者が、神性を奪った相手に追加契約を申し込むものか」

「だって、条件のいい契約を結び直せば、今の契約を整理できるかもしれないじゃないか」

「……契約書は読んだのか」

「今回はちゃんと読んだよ!」

「ならば、なぜ審査に落ちた」

「過去の契約違反歴が原因らしい」

 ウラノスは目を閉じた。

「……当然であろう」

 ヘルメスは肩を落とした。

「神に信用審査があるなんて、誰が想像するんだよ……」

 ウラノスは静かに答えた。

「お前のおかげで、今後は全ての神が想像することになるだろう」

*

 バラド=ドゥーア。サウロンのもとに、フレイヤの書簡が届けられた。彼は最後まで目を通した。そして、机の上に置いた。

「……相互理解」

 その言葉を、サウロンは繰り返した。

「関係改善」

 さらに一度、書簡を見る。

「魂の観測権限」

 彼は別の書類を取り出した。フレイヤに関する情報。美の女神。魅了の権能。強大な眷族。オラリオ屈指の軍事力。都市に対する政治的影響力。そして、他者の魂に対する異常な執着。

「……なるほど」

 サウロンは筆を取った。

『取引可能資産』

 第一。軍事力。第二。情報網。第三。政治的影響力。第四。神格固有権能。第五。神性。彼はそこで筆を止めた。

「価値はある」

 しかし、次の欄には別の評価を書き込んだ。

『契約相手としての適格性』

 低。理由。他者の意思及び権利境界を尊重しない傾向。過去の警告に対する違反歴。目的達成のために手段を変更する傾向。

「資産価値と信用価値は別だ」

 サウロンは呟いた。フレイヤは強大だ。その神性も権能も、研究対象として興味深い。だが、それは彼女を優遇する理由にはならない。むしろ逆だった。力が大きく、信用が低い相手ほど、契約には厳格な条件が必要となる。サウロンは新しい書類を作成した。

『会談受諾条件通知書』

 第一条。過去二件の無断干渉を正式に認めること。第二条。今後、サウロン及びその配下に対する無断の精神的、霊的、神的干渉を行わないこと。第三条。会談中、魅了その他の権能を行使しないこと。第四条。第三者を介した同種行為も禁止すること。第五条。違反した場合、会談を即時終了し、敵対行為として処理すること。サウロンは内容を確認した。

「これでよい」

 そして、最後に一文を追加した。

『なお、本通知は過去の敵対行為を免責するものではない』

*

 フレイヤ・ファミリア本拠地。フォールクヴァング。フレイヤは、届いた書類を読んでいた。オッタルが傍らに控えている。

「……これは」

 女神の声が震えた。怒りか。屈辱か。あるいは、その両方か。

「私に、誓約を求めるというの?」

「そのようです」

「しかも、私の魅了を使うなと?」

「はい」

「……私が何者か、分かっているのでしょうね」

 オッタルは静かに答えた。

「理解した上で、条件を提示しているのでしょう」

 フレイヤは書類を握りしめた。その指先に力がこもる。だが、破り捨てることはできなかった。いや。破り捨てたところで、何も変わらない。あの男は、彼女の美貌を求めない。彼女の寵愛を欲しない。彼女の神格に畏怖しない。そして、彼女が何を思おうと、過去の警告を取り消さない。

「……オッタル」

「はっ」

「私が、この条件を拒否したら?」

「会談は成立しないでしょう」

「それだけ?」

「現時点では」

 フレイヤは黙り込んだ。

「……では、私が無理に会おうとしたら?」

 オッタルは即答しなかった。しばらくして、静かに口を開いた。

「フレイヤ様」

「何かしら」

「私は、あなたの命令であれば、いかなる敵とも戦います」

「ええ」

「しかし、あの塔の主との戦いに勝利できるとは申し上げられません」

 フレイヤの目が細くなる。オッタルは続けた。

「そして、仮に私が倒れたとしても、あの男があなたを許す理由にはならないでしょう」

 フレイヤは視線を落とした。その手の中には、サウロンからの通知書がある。彼女はようやく理解し始めていた。あの男にとって、彼女は特別な存在ではない。神であることも。美しいことも。強大な眷族を持つことも。交渉における一つの条件でしかない。そして何より。彼女が望むものを、相手が与える義務など存在しない。

*

 数日後。フレイヤから返答が届いた。

『提示された条件について、概ね了承する』

 サウロンは書簡を読んだ。そして、一箇所で手を止めた。

「……概ね?」

 彼はその二文字を見つめた。次に、別紙を確認した。そこには、フレイヤ側からの修正提案が記されていた。

『魂の観測について、相手の同意が得られた場合は例外とする』

 サウロンは無言だった。同意が得られた場合。一見すれば、合理的な条項である。しかし、その文面には問題があった。フレイヤの魅了。彼女の権能によって意思を歪められた者が示す同意は、果たして自由意思によるものなのか。そして、過去に二度も境界を侵した相手が、その例外規定をどのように利用するか。サウロンは、書簡を机に置いた。

「……不要だ」

 彼は新たな返答を書いた。

『修正提案を却下する』

『本件における魂の観測権限は、一切付与しない』

『また、魅了その他の干渉によって取得された同意は、有効な同意と認めない』

『以上の条件を無条件で受諾しない限り、会談は行わない』

 署名。サウロン。それだけだった。彼は書簡を封じると、配下に渡した。

「届けよ」

「御意」

 配下が去った後、サウロンは窓の外へ視線を向けた。オラリオの街が広がっている。

「……二度も拒絶された境界に、なお例外を求めるか」

 その声には、怒りすらなかった。

「学習能力に乏しい」

 彼は再び机に向かった。フレイヤとの会談は、数ある案件の一つにすぎない。成立しなければ、それまで。冥王には、他に進めるべき仕事が山ほどあった。

*

 その日の夕刻。ヘファイストス・ファミリアの工房に、一通の正式な商談申込書が届いた。差出人。バラド=ドゥーア。内容。希少金属の加工技術に関する共同研究。対価。新規合金の製法。契約担保。双方が保有する技術情報の一部。違約時の処理。金銭による損害賠償。ヘファイストスは書類を読み、眉を上げた。

「……随分とまともな契約ね」

 隣にいた椿が尋ねた。

「何か問題でも?」

「いいえ。むしろ、問題がなさすぎるくらいよ」

 ヘファイストスは書類を机に置いた。

「ヘルメスの話を聞いた後だと、身構えてしまうけれど」

「神性を取られたって話ですかい?」

「ええ」

 椿は苦笑した。

「そんな危ない相手と、取引するんですか?」

 ヘファイストスは答えた。

「契約書をきちんと読んで、納得できなければ署名しなければいいのよ」

「……なるほど」

「そもそも、商売相手として信用できるかどうかは、実際の取引で判断するものだわ」

 ヘファイストスは、もう一度書類を見た。

「少なくとも、この条件は悪くない」

 彼女はペンを取った。ただし、すぐに署名はしなかった。まず、細かな条項を一つずつ確認する。それから、椿に言った。

「相手に、いくつか質問を送ってちょうだい」

「了解です」

 ヘファイストスは微笑んだ。

「神性を担保に差し出す趣味はないもの」

*

 数日後。バラド=ドゥーアに、ヘファイストスからの返答が届いた。サウロンは内容を確認した。質問は十二項目。技術情報の使用範囲。成果物の所有権。共同開発品の販売権。機密保持期間。契約終了後の情報処理。違約時の損害算定方法。そして、神性その他の存在本質を担保としないことの明文化。サウロンは、わずかに頷いた。

「……まともな交渉相手だ」

 彼は各項目に回答を記した。特に最後の項目については、明確に追記した。

『本契約において、神性、魂、権能及び存在本質は担保の対象とならない』

 その上で、双方の責任範囲を再整理した。

「契約とは、本来こうあるべきだ」

 彼は呟いた。

「相互の利益を明確にし、義務を定め、違反時の処理を規定する」

 そして、ヘルメスの信用記録を一瞥した。

「……条文を読まぬ者が、愚かなだけだ」

 サウロンは修正版を封じた。こうして、オラリオにおける最初の本格的な技術提携が動き始めた。それは神性の徴収とも、魂の支配とも無関係だった。単なる商取引。だが、サウロンにとっては重要な一歩だった。戦争によって奪った土地は、軍隊によって維持しなければならない。しかし、経済によって結びついた都市は、自ら関係の維持を望む。武器。防具。

 金属。魔石。技術。流通。そして信用。そのすべてが、少しずつ黒い塔を中心に結びついていく。

*

 フォールクヴァング。フレイヤは、サウロンからの二度目の返答を読んでいた。

『魂の観測権限は、一切付与しない』

『魅了によって取得された同意は、有効な同意と認めない』

『無条件で受諾しない限り、会談は行わない』

 彼女は、しばらく沈黙していた。やがて、書簡を机に置く。

「……オッタル」

「はっ」

「私、少し考え違いをしていたようね」

 オッタルは何も言わなかった。

「私は、あの男が私を拒絶する理由を知りたかった」

「…………」

「けれど、理由なんて最初から明白だったのよ」

 フレイヤは窓の外を見た。黒い塔が見える。

「私が、拒絶を尊重しなかったから」

 オッタルは静かに頭を下げた。

「その通りかと」

 女神は小さく笑った。

「随分とはっきり言うのね」

「フレイヤ様が誤った道へ進まれるなら、私はそれをお伝えするべきだと考えております」

「……そう」

 そして、フレイヤは新しい羊皮紙を取り出した。

「ならば、条件を受け入れましょう」

 オッタルが顔を上げる。

「よろしいのですか」

「ええ」

 フレイヤはペンを取った。一つずつ、条件を書き写していく。無断干渉をしない。魅了を用いない。第三者を介した干渉も行わない。過去の行為について、正式に認める。そして、最後に署名した。フレイヤ。それを見届けたオッタルは、静かに息を吐いた。しかし。フレイヤは、署名を終えた後も、しばらくペンを置かなかった。

「……ねえ、オッタル」

「何でしょう」

「もし、私が本当にあの男を理解できる日が来るとしたら」

「…………」

「その時は、彼の方から私に何かを語ってくれるのかしら」

 オッタルは答えた。

「それは、あの方がお決めになることでしょう」

 フレイヤは目を伏せた。

「……そうね」

 その答えは、彼女にとって何よりも受け入れ難いものだった。他者の意思を、自分の望みよりも優先する。女神として長い時を生きてきた彼女にとって、それはあまりにも不慣れな行為だった。だが、今度ばかりは選択肢がない。三度目の侵犯は、もはや警告では済まない。それだけは、確かだった。一方。バラド=ドゥーア。

 サウロンの机に、新たな報告が届いていた。

『フレイヤ・ファミリアより、条件受諾の通知』

 サウロンは書類を確認した。

「……ようやくか」

 彼は、会談予定を記入するよう命じた。そして、フレイヤの信用評価に一文を追加した。

『過去二件の敵対的行動について、再発防止の意思を表明』

『ただし、信用回復には継続的な行動確認を要する』

 評価は変わらなかった。低。サウロンは書類を閉じた。

「信用とは、言葉ではなく行動によって積み上げるものだ」

 その時、別の報告書が届いた。差出人は、ヘファイストス・ファミリア。技術提携契約の修正案に同意する旨が記されていた。サウロンは、その書類を先に処理した。

「こちらを優先せよ」

 配下が尋ねる。

「フレイヤとの会談は、いかがいたしましょう」

「予定通り調整せよ」

「御意」

「ただし、技術提携の調印に支障を生じさせるな」

「承知いたしました」

 配下が退出する。サウロンは、再び書類へと視線を落とした。彼にとって、神々の美貌も威厳も、何ら特別な意味を持たない。有益な契約には価値がある。無益な執着には価値がない。そして、敵対行為には相応の代償が伴う。それだけだった。

 フレイヤが自分の価値を認めさせようと苦心している間に、ヘファイストスは一通の契約書で冥王との対等な取引を成立させようとしていた。その皮肉を、フレイヤはまだ知らない。

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