指輪の王は世界を鍛える   作:ゆいニキ

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第13話 美神の会談 鍛冶神の商談

オラリオ北西部。黒い塔、バラド=ドゥーア。その正門前に、一台の豪奢な馬車が停車した。白銀の装飾。上質な布地。そして、フレイヤ・ファミリアの紋章。馬車から降り立ったのは、美の女神フレイヤだった。その背後には、オッタルが控えている。

「……ここが」

 フレイヤは塔を見上げた。巨大だった。バベルとは異なる威圧感。ただ高いだけではない。黒い石壁の一つひとつに、何らかの意思が宿っているかのようだった。

「フレイヤ様」

 オッタルが静かに声をかける。

「お気をつけください」

「分かっているわ」

 フレイヤは微笑んだ。だが、その笑みには以前のような余裕がなかった。二度の魂への干渉。二度の警告。そして、最後通告。彼女は理解していた。この場所では、自分が女神であるという事実は、何の免罪符にもならない。正門が開いた。黒い甲冑の兵士が現れる。

「フレイヤ及び随行者オッタル。入場を許可する」

「……随分と事務的なのね」

「本日の会談は、事前に合意された条件に基づいて実施される」

 兵士は淡々と告げた。

「無断の精神干渉、霊的観測、魅了及びその他の権能行使は禁止されている」

「承知しているわ」

「違反が確認された場合、会談は即時終了する」

 オッタルの眉がわずかに動いた。しかし、フレイヤは静かに頷いた。

「ええ。約束は守るわ」

 兵士は一礼した。

「では、こちらへ」

 女神は黒い塔へと足を踏み入れた。

*

 バラド=ドゥーアの内部は、フレイヤの想像とは異なっていた。冷たい石壁。黒鉄の柱。そして、整然と並ぶ兵士たち。だが、そこに混乱はなかった。恐怖によって無理やり統制された軍隊とも違う。兵士はそれぞれの役割を理解し、必要な行動を淡々と遂行していた。

「……奇妙ね」

 フレイヤが呟く。

「何がでしょう」

 オッタルが尋ねた。

「この塔の者たちよ」

 フレイヤは周囲を見渡した。

「彼らは、私を見ても何の反応も示さない」

 それは彼女にとって珍しい経験だった。美の女神。その存在は、神であれ人であれ、多くの者の心を揺さぶる。しかし、塔の兵士たちは彼女を見ても、ただ職務を続けるだけだった。

「……私の魅力が通じないのかしら」

「分かりません」

 オッタルは答えた。

「ですが、少なくとも彼らは任務を優先しているようです」

 やがて、巨大な扉の前に到着した。扉が開く。その奥には、広大な謁見室があった。そして、最奥の玉座。そこに、黒い甲冑をまとった存在が座していた。サウロン。かつて中つ国を恐怖に陥れた冥王。フレイヤは足を止めた。その瞬間、記憶が蘇る。一度目。魂を覗き、逆探知された時の恐怖。二度目。本質空間へ引き込まれ、膝をついた時の絶望。

 彼女は反射的に魂を見ようとしかけた。だが、寸前で踏みとどまった。サウロンが口を開く。

「……来たか」

 低い声。それだけで、広間の空気が重くなった。

「ええ」

 フレイヤは静かに答えた。

「正式な会談を求めて参りました」

「承知している」

 サウロンは彼女を見下ろした。

「では、始めよう」

*

「まず、過去の件についてお話ししたいの」

 フレイヤが切り出した。サウロンは無言で続きを促した。

「私は、あなたの魂を二度、無断で覗こうとした」

「事実だ」

「最初に警告を受けたにもかかわらず、再び同じことをした」

「事実だ」

 フレイヤは一度、息を整えた。

「……申し訳ありませんでした」

 オッタルは微動だにしない。サウロンも動かなかった。やがて、冥王が口を開く。

「謝罪は受理する」

 フレイヤの表情がわずかに緩んだ。しかし、次の言葉で止まった。

「ただし、過去の行為が消滅するわけではない」

「……ええ」

「謝罪とは、事実を認める行為だ。過去を書き換えるものではない」

 フレイヤは頷いた。

「理解しているわ」

「ならばよい」

 サウロンは机上の書類を確認した。

「今後、同様の干渉を行わぬこと。それが最低条件だ」

「約束するわ」

「その言葉が真実であるかは、今後の行動によって判断する」

 フレイヤは小さく息を吐いた。彼女は気づいていた。この男は、自分の謝罪に感動しない。許しを与えることで優位に立とうともしない。ただ、事実として記録する。それだけだった。

*

「一つ、尋ねてもよいかしら」

 フレイヤが言った。

「内容による」

「あなたは、何を望んでいるの?」

 サウロンは沈黙した。

「この都市に現れ、塔を築き、商売を始めた。神々を警戒させながら、同時に取引を持ちかけている」

「それがどうした」

「あなたの目的が知りたいの」

 冥王は答えた。

「秩序だ」

「……秩序?」

「安定した生産。予測可能な取引。明確な義務。そして、それらを維持する制度」

 フレイヤは眉をひそめた。

「それだけ?」

「それだけで、十分に大きな目的だ」

 サウロンは続けた。

「この都市は、神々の気まぐれに左右されすぎている」

 オッタルの目が細くなる。だが、サウロンは構わず言葉を続けた。

「ある神は娯楽のために争いを起こし、ある神は欲望のために他者の意思を踏みにじる」

 フレイヤは黙った。

「ある神は、契約書を読まずに署名する」

 その瞬間。オッタルの口元が、ほんのわずかに動いた。フレイヤも思わず視線を逸らした。ヘルメス。あの男の顔が、二人の脳裏に浮かんでいた。サウロンは淡々と続ける。

「力を持つ者が、その力に相応する責任を負わぬ社会は不安定だ」

「……あなたは、神々を支配したいの?」

 フレイヤが尋ねた。サウロンは答えた。

「支配に価値があるならば、支配する」

 その言葉に、オッタルの身体がわずかに強張った。しかし、サウロンは続けた。

「だが、全てを直接支配する必要はない」

「どういう意味?」

「自ら秩序を維持する者は、そのままにしておけばよい」

 サウロンはフレイヤを見た。

「問題は、秩序を破壊する者だ」

 女神は、その言葉が誰に向けられているのか理解していた。

*

 同日。バラド=ドゥーアの別棟。そこでは、まったく異なる会談が行われていた。

「……これは」

 ヘファイストスは、目の前に置かれた金属片を見つめていた。黒銀色。薄い。しかし、驚くほど重厚な存在感がある。

「帝国産のミスリルだ。こちらに流通するものとの違いを調べたい」

 説明しているのは、サウロンの配下である技術官だった。

「軽量でありながら強靭。加工には特殊な技術を要する」

 ヘファイストスは金属片を手に取った。

「……面白い」

 その声には、明確な興奮があった。

「魔力を通した時の反応は?」

「通常の鉄とは異なります」

「熱処理は?」

「高温での加工が可能ですが、一般的な鍛造法では性質を十分に引き出せません」

「なるほど……」

「いいわね。実にいい」

 隣にいた椿も、金属片を覗き込んでいる。

「これは、とんでもない代物だね」

「ええ」

「でも、これを量産できるの?」

 技術官は答えた。

「現時点では、原料の供給に制限があります」

「なら、代替合金の開発が必要ね」

「そのための共同研究です」

 ヘファイストスは満足そうに笑った。

「話が早いわ」

 彼女は机に広げられた図面を確認した。そこには、複数の合金設計案が記されている。魔石との複合構造。熱処理による結晶制御。魔力伝導性の調整。そして、耐久性の向上。

「……これ、本当に全部見せていいの?」

「契約で定められた範囲です」

「なるほど」

「なら、こちらも相応の技術を提供しないとね」

 椿が笑う。

「こりゃ、しばらく工房に籠もることになりそうですな!」

「望むところよ」

 鍛冶神の目は、完全に職人のものになっていた。

*

 謁見室。フレイヤとの会談は続いていた。

「あなたは、私に何を求めるの?」

 女神が尋ねた。サウロンは答えた。

「現時点では、何も」

「……何も?」

「お前との取引を必要としていない」

 フレイヤは言葉を失った。それは、彼女にとって想定外の返答だった。彼女は強大なファミリアを持つ。オラリオ屈指の戦力。豊富な資金。広範な情報網。そして、美の女神としての影響力。取引相手として、価値がないはずがない。

「……私には、利用価値がないと?」

「価値はある」

 サウロンは即答した。

「だが、価値があることと、取引する必要があることは別だ」

 フレイヤは黙った。

「お前の軍事力は強大だ。情報網も有用だろう」

「ならば……」

「しかし、現在の私には、それらを必要とする理由がない」

 サウロンは続けた。

「一方、ヘファイストスには明確な価値がある」

「……鍛冶の女神?」

「技術だ」

 その一言に、フレイヤは目を細くした。

「技術?」

「金属加工。魔石利用。武具製造。そして、生産体制」

 サウロンは淡々と説明した。

「それらは、都市の基盤を強化する」

「……私の力よりも?」

「比較する必要がない」

 フレイヤは息を呑んだ。

「お前の力と、ヘファイストスの技術は用途が異なる」

 サウロンは言った。

「現在必要なのは後者だ」

 それだけだった。美の女神は、静かに視線を落とした。彼女は初めて、自分の価値を認められながら、必要とされないという経験をしていた。

*

 一方、その頃。オラリオの街角。ヘルメスは、アスフィと向かい合っていた。

「……団長」

「何でしょう、ヘルメス様」

「僕の信用を回復する方法を考えたんだ」

 アスフィは嫌な予感がした。非常に嫌な予感だった。

「……まず、内容を伺っても?」

「もちろん!」

 ヘルメスは胸を張った。

「黒い塔に、新しい顧客を紹介するんだ!」

 アスフィは目を閉じた。

「……具体的には?」

「神々だよ!」

「…………」

「神々にサウロンとの契約を勧めて、紹介料をもらうんだ!」

 アスフィは、しばらく何も言わなかった。そして、静かに尋ねた。

「ヘルメス様」

「何だい?」

「ご自身が契約違反によって神性を差し押さえられたことは、覚えていらっしゃいますか?」

「もちろん!」

「では、そのような契約を他の神々に紹介して、問題にならないとお考えですか?」

「いやいや、今回はちゃんと説明するよ!」

「……契約書の内容を?」

「うん!」

「全条項を?」

「……できるだけ」

 アスフィの目が細くなった。

「ヘルメス様」

「はい」

「全条項です」

「……はい」

「そして、紹介料については、事前にサウロン側の承認を得てください」

「もちろん!」

「それから、契約内容の説明に誤りがあった場合の責任も確認してください」

「……うん」

「さらに、紹介先の神々が不利益を被った場合の対応も必要です」

「…………」

 ヘルメスの笑顔が消えていった。

「……アスフィ」

「何でしょう」

「商売って、こんなに面倒だったっけ?」

 アスフィは即答した。

「信用を失った方が、信用を使って商売をしようとすれば、当然です」

 ヘルメスは肩を落とした。

「……厳しいなぁ」

「当然です」

*

 翌日。バラド=ドゥーア。ヘルメスは、正式な紹介代理店契約の申込書を提出した。サウロンは書類を確認した。

「……紹介業務か」

「そう! 僕の顔の広さを活かしてね!」

「紹介料を要求するのだな」

「もちろん! お互いに利益があるだろう?」

 サウロンは黙って書類をめくった。

「紹介先の信用調査は?」

「え?」

「契約内容の説明責任は?」

「……えっと」

「紹介によって発生した紛争への対応は?」

「…………」

「紹介者自身の信用評価は?」

 ヘルメスは沈黙した。サウロンは別の書類を取り出した。

『ヘルメス』

『信用評価:要監視』

『契約違反歴:複数』

『担保権実行履歴:一件』

『追加契約審査:不承認』

 サウロンは書類を机に置いた。

「却下する」

「早い!?」

「理由は明白だ」

「いや、でもさ! 紹介くらいなら!」

「紹介自体は自由だ」

 サウロンは答えた。

「ただし、私の名を用いて代理権を主張することは認めぬ」

「……紹介料は?」

「発生しない」

「……信用回復は?」

「既存契約を履行せよ」

 ヘルメスは机に突っ伏した。

「……世知辛い」

 サウロンは淡々と言った。

「契約とは、そういうものだ」

 やがて、ヘルメスが顔を上げた。

「……じゃあさ」

「何だ」

「僕がちゃんと契約を守り続けたら、信用評価は戻るの?」

「戻る可能性はある」

「本当!?」

「ただし、過去の違反履歴は消えぬ」

「……厳しいなぁ」

「信用とは、失うのは容易く、取り戻すのは難しいものだ」

 ヘルメスは深くため息をついた。そして、ようやく理解した。この男に対して、小細工は通用しない。いや。小細工そのものが、信用評価を悪化させる。

「……分かったよ」

 ヘルメスは立ち上がった。

「まずは、ちゃんと契約を守ることにする」

「それが最善だ」

 ヘルメスは扉へ向かった。そして、出ていく直前に振り返った。

「……ちなみに、神性を返してもらう方法ってある?」

 サウロンは答えた。

「買い戻しの交渉は可能だ」

 ヘルメスの目が輝いた。

「本当かい!?」

「ただし、現在のお前には十分な対価がない」

「…………」

「まずは債務を完済せよ」

 ヘルメスは、何も言わずに退出した。その背中には、深い哀愁が漂っていた。

*

 一週間後。ヘファイストス・ファミリアの工房。巨大な炉が赤く燃えていた。椿が槌を振るう。金属が火花を散らす。その傍らには、黒い塔から派遣された技術官が立っていた。

「……温度を三十度下げてください」

「了解!」

 椿が炉の調整を行う。

「次に、魔石粉末を投入します」

「よし、来い!」

 青白い光が金属の表面を走った。金属が変化する。黒銀色。しかし、先日見たミスリルとは異なる。より重く。より硬く。そして、魔力を通しやすい。

「……できた」

 椿が呟いた。ヘファイストスが近づく。

「見せて」

 金属片を手に取る。軽く叩く。魔力を通す。そして、微笑んだ。

「……成功ね」

 技術官が頷いた。

「第一試作品としては、十分な成果です」

「名前は?」

 椿が尋ねた。

「……黒銀鋼」

 技術官が記録する。

『新規合金:黒銀鋼』

『共同開発:ヘファイストス・ファミリア及びバラド=ドゥーア』

『用途:高耐久武具、魔力伝導部材』

『量産性:要検証』

 ヘファイストスは満足そうに頷いた。

「さて」

「次は、これで剣を打ってみましょうか」

 椿の目が輝いた。

「腕が鳴りますな!」

*

 バラド=ドゥーア。サウロンは、黒銀鋼の試験報告を読んでいた。

「……上々だ」

 その声には、わずかな満足があった。試作品は、既存の鋼鉄を上回る性能を示していた。魔石との親和性も高い。さらに重要なのは、製造工程の一部がオラリオの設備で再現可能であることだった。つまり、量産への道筋が見え始めている。サウロンは、机の上に並べられた三つの書類を見た。一つ目。ヘファイストスとの技術提携。進捗良好。二つ目。

 ヘルメスの契約履行状況。改善傾向。三つ目。フレイヤとの会談記録。過去の敵対行為を認め、再発防止を約束。ただし、信用評価は低いまま。サウロンは、それぞれを確認した。そして、静かに呟いた。

「……興味深い」

 三柱の神。それぞれ、異なる性質を持つ。ヘファイストスは、技術と利益によって関係を築く。ヘルメスは、失敗を重ねながら信用を学ぶ。フレイヤは、自らの欲望と他者の意思の境界を理解しようとしている。だが、サウロンにとって、その内面に特別な意味はなかった。重要なのは行動だった。約束を守るか。利益を生み出すか。秩序を維持するか。それだけだ。

 サウロンは新しい書類を取り出した。

『オラリオ経済圏統合計画』

 そこには、複数の項目が並んでいた。金属加工。武具製造。魔石利用。物流。金融。契約制度。信用評価。そして、神格存在との取引規則。

「……次の段階だ」

 サウロンは筆を取った。

「市場を整える」

 黒い塔の内部で、巨大な歯車が動き始めていた。それは軍隊ではない。魔法でもない。ましてや、神々の権能でもない。経済という名の、もう一つの支配機構だった。

*

 その夜。

『豊穣の女主人』。

 ロキは、ヘファイストスから黒銀鋼の話を聞いていた。

「……で、アンタはあの黒い塔と組んだん?」

「ええ」

「怖ないん?」

「契約内容は全部確認したわ」

 ヘファイストスは酒を飲んだ。

「それに、技術的な利益が大きいもの」

 ロキは眉をひそめた。

「ヘルメスみたいになったらどうすんねん」

「ヘルメスと一緒にしないでちょうだい」

 即答だった。ロキは吹き出した。

「ぶはっ! そらそうや!」

 ヘファイストスは肩をすくめた。

「そもそも、あの男は契約違反をした相手に厳しいだけよ」

「……それだけか?」

 ロキの目が細くなる。

「少なくとも、今のところはね」

 その言葉に、ロキは笑みを消した。

「……アンタも分かっとるんやな」

「ええ」

「あの男は、善人じゃない」

「せやな」

「でも、だからといって、取引できない相手でもない」

 ヘファイストスは続けた。

「むしろ、契約に関しては驚くほど一貫しているわ」

「……なるほどな」

 ロキは酒を飲んだ。

「つまり、約束守っとる限りは安全ってことか」

 ヘファイストスは首を横に振った。

「そこまでは言っていないわ」

「……ん?」

「契約を守ることと、相手が善良であることは別でしょう?」

 ロキはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと笑った。

「……せやな」

 ヘファイストスは杯を置いた。

「私は、あの男が何を考えているのか、まだ分からない」

「…………」

「ただ、一つだけ確かなことがあるわ」

「何や?」

「オラリオの神々は、あの男を甘く見すぎている」

 ロキは天井を見上げた。

「……ほんま、それな」

 二人はしばらく黙って酒を飲んだ。やがて、ロキがぽつりと呟いた。

「……ところで、ヘルメスは?」

 ヘファイストスは答えた。

「信用回復のために、真面目に働いているそうよ」

「…………」

 ロキは杯を置いた。そして。

「ぶっはははははは!!」

 店中に笑い声が響いた。

「ヘルメスが真面目に働く!? あのヘルメスが!?」

 ヘファイストスも、思わず笑った。

「ええ。契約書を毎日確認しているらしいわ」

「腹痛い! もう無理や!!」

 その夜。オラリオの酒場では、一人の神の信用回復努力が、盛大な笑い話になっていた。一方、その本人は。

「……アスフィ」

「何でしょう、ヘルメス様」

「今日の情報提供、期限内に終わったよね?」

「はい。問題ありません」

「……よかったぁ」

 ヘルメスは机に突っ伏した。

「神になってから、こんなに真面目に働いたことないよ……」

 アスフィは静かに答えた。

「これを機に、今後も続けてください」

「……善処します」

「善処ではなく、実行してください」

「……はい」

 そして、黒い塔の最上層。サウロンは、新たな契約書を作成していた。その表題は。

『オラリオ共通商業契約規格』

 神も。人も。冒険者も。商人も。等しく、契約に拘束される制度。それは、神々が気まぐれに支配してきた都市に、まったく新しい秩序をもたらそうとしていた。冥王は、静かに筆を置いた。

「……よい」

 その眼光が、オラリオを見下ろす。

「次は、都市そのものだ」

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