オラリオ東方、城壁から十数キロ離れた丘陵地帯。夜明けとともに、黒曜帝国軍の野営地に鐘が鳴った。四千を超える兵士たちが、規則正しく持ち場へ向かう。黒い甲冑。銀の縁取り。胸に刻まれた、炎の眼。その紋章は、数千年にわたり黒曜帝国の軍旗に掲げられてきたものだった。兵士たちの動きに、無駄はない。武具の点検。食糧の配給。交代勤務。
そして、周辺の警戒。すべてが定められた手順に従って進められていた。軍の中央に置かれた天幕では、将軍ヴァルグリムが報告を受けていた。
「ギルドから返答は?」
「まだありません」
「そうか」
将軍は頷いた。
「ならば待つ」
副官が尋ねる。
「いつまででしょうか」
「皇帝陛下より、次の命令が下るまでだ」
「……承知しました」
ヴァルグリムは地図を閉じた。
「我々の任務は、帝国臣民の保護だ。オラリオへの侵攻ではない」
「御意」
「兵には厳命しておけ。現地住民との私的な争いを禁ずる。物資の調達は正式な取引によって行え」
「承知いたしました」
副官が退出する。ヴァルグリムは、天幕の外へ目を向けた。野営地の奥。そこには、巨大な影が立っていた。炎をまとい、黒煙を従えた存在。バルログ。古の時代、モルゴスの軍勢に属した炎の悪霊。その本質は、神々の都市で語られる魔物とは異なる。マイア。世界の形が定まる以前から存在した、強大な霊的存在の一柱。
かつてはモルゴスに仕え、今はサウロンの命令に従っている。その名は、ドゥルザグ。ヴァルグリムは、低く呟いた。
「……陛下も、随分と恐ろしい護衛を寄越されたものだ」
背後から、地の底を擦るような声が響いた。
「……聞こえているぞ、人間」
ヴァルグリムは振り返らなかった。
「聞こえるように言った」
バルログの炎が、一瞬だけ強まる。だが、それ以上は何も起こらなかった。両者には、長い付き合いがあった。そして何より、共に仕える主が同じだった。
*
ギルド本部。会議室には、緊張した空気が漂っていた。机の上には、帝国軍に関する報告書が並んでいる。
「四千人以上の軍勢……」
エイナ・チュールは、報告書を読みながら眉をひそめた。
「これだけの兵力を、在外臣民保護のために派遣したんですか?」
上級職員が答える。
「先方は、あくまで警備部隊だと主張しています」
「……規模が大きすぎませんか?」
「我々も同じ見解です」
その時、フェルズが口を開いた。
「問題は兵数だけではありません」
全員の視線が集まる。フェルズは、別の報告書を取り上げた。
「軍勢の中に、極めて異質な存在が確認されています」
「大型モンスターでしょうか?」
「いいえ」
フェルズは首を横に振った。
「少なくとも、ダンジョン由来のモンスターとは考えにくい」
「……では、何なのですか?」
「分かりません」
フェルズは正直に答えた。
「ただし、目撃者の証言には共通点があります」
報告書を読み上げる。
「炎と影をまとった巨躯。接近した者に強烈な恐怖を与える。周囲の魔力の流れが不自然に変化する」
エイナは息を呑んだ。
「……そんな存在が、軍勢に?」
「はい」
フェルズは続けた。
「しかも、その存在は帝国軍の命令系統に組み込まれているようです」
「つまり、制御不能な怪物を連れてきたわけではない」
フェルズは、静かに言った。
「彼らは、あれを戦力として運用できるのです」
*
昼前。黒曜帝国軍野営地。ロキ・ファミリアから、四人が訪れていた。フィン・ディムナ。リヴェリア・リヨス・アールヴ。ガレス・ランドロック。そして、アイズ・ヴァレンシュタイン。帝国軍は、事前に届けられた視察要請を受け入れていた。案内役の士官が、丁寧に頭を下げる。
「ヴァルグリム将軍がお待ちです」
「案内をお願いするよ」
野営地を歩きながら、フィンは周囲を観察していた。兵士の配置。物資の管理。警戒線。そして、魔術師たちの動き。
「……よく訓練されているね」
ガレスが頷く。
「装備も上等じゃ。並の軍隊ではないのう」
リヴェリアは、地面に刻まれた微細な紋様へ目を向けた。
「……フィン」
「何だい?」
「この野営地には、結界が張られている」
「魔法かい?」
「そうだが、私たちの術式とは構造が異なる」
リヴェリアは、足元を見つめた。
「地面に刻まれた紋様と、設置された金属柱が連動している」
「……つまり?」
「野営地そのものが、一つの魔術装置になっている」
フィンの表情が変わった。
「それは厄介だね」
「それだけではない」
リヴェリアは続けた。
「この術式は、攻撃用というより、侵入者の感知と魔力の流れの制御に重点が置かれている」
「防衛に徹しているわけか」
その時だった。アイズが足を止めた。
「……いる」
フィンが振り返る。
「アイズ?」
「……あそこ」
彼女が見つめる先。野営地の奥に、巨大な影があった。黒い炎。赤く燃える眼。そして、光を飲み込むような暗闇。ドゥルザグ。バルログが、そこに立っていた。その瞬間。フィンの親指に、鋭い痛みが走った。
「……っ!」
危険を知らせる直感。だが、これほど強烈な警告は、滅多にない。ガレスが低く唸る。
「……何じゃ、あれは」
リヴェリアは、言葉を失っていた。目の前の存在は、単なる巨大な魔物ではない。その身を包む炎は、魔力によって作られたものではなかった。存在そのものが、炎と影をまとっている。そして、その奥には、途方もなく古い意思が感じられた。アイズは、無意識に剣の柄へ手を伸ばした。その瞬間。バルログが、ゆっくりと顔を向けた。周囲の空気が重くなる。
恐怖。ただの威圧ではない。魂の深い部分へ直接触れられるような、根源的な恐怖だった。フィンが鋭く言った。
「アイズ、抜くな」
アイズの手が止まる。
「……でも」
「敵対行動は取らない。ここは相手の陣地だ」
アイズは、ゆっくりと手を離した。その時。バルログの炎が、わずかに揺れた。そして、低い声が響いた。
「……賢明だ、小さき者よ」
四人が息を呑む。バルログは、確かに言葉を発した。
「……我は、汝らの敵としてここに立つのではない」
その声は、地の底から響くようだった。
「……だが、剣を向けるならば、話は別だ」
フィンは、静かに答えた。
「こちらに敵意はない」
バルログは、しばらく彼を見つめていた。やがて、顔を背けた。
「……ならば、通れ」
圧迫感が、少しだけ和らぐ。ガレスが、深く息を吐いた。
「……生きた心地がせんかったわい」
リヴェリアは、バルログを見つめ続けていた。
「……あれは、精霊なのか?」
案内役の士官が答えた。
「古き時代の、炎のマイアです」
「……マイア?」
「世界の形が定まる以前より存在した、霊的な種族です」
フィンが尋ねた。
「サウロンも、同じ存在なのかい?」
士官は、一瞬だけ沈黙した。そして、深く頭を垂れた。
「皇帝陛下もまた、マイアであらせられます」
リヴェリアの表情が変わった。
「……あの男も?」
「はい」
士官は続けた。
「ただし、陛下をドゥルザグと同列に語ることはできません」
「……なぜ?」
「陛下は、かつて最初の冥王に仕え、その後、自ら冥王となられた御方」
士官は、静かに答えた。
「そして今は、我ら黒曜帝国の皇帝です」
*
ヴァルグリム将軍は、四人を天幕へ迎え入れた。
「ロキ・ファミリアの幹部たちか」
フィンが頭を下げる。
「突然の訪問を受け入れてくれて感謝するよ」
「構わぬ」
将軍は椅子を示した。
「我らも、無用な誤解は避けたい」
フィンは座りながら尋ねた。
「単刀直入に聞こう。帝国軍は、オラリオを攻撃するつもりなのかい?」
「ない」
ヴァルグリムは即答した。
「皇帝陛下より、そのような命令は下っていない」
「……では、なぜこれほどの兵力を?」
将軍は答えた。
「帝国臣民の保護と、今後の警備体制に関する協議のためだ」
「四千人が必要なのかい?」
「我らの基準では、必要な規模だ」
フィンは、しばらく将軍を見つめた。
「……なるほど」
ヴァルグリムは続けた。
「貴殿らが警戒するのは理解できる。だが、我らは城壁へ接近せず、ギルドの許可なく入城するつもりもない」
「それは助かるよ」
「ただ、一つ確認したい」
「何だ?」
「先ほど見た、炎の存在についてだ」
将軍は、静かに答えた。
「ドゥルザグか」
「そうだ」
フィンは続けた。
「あれは、帝国軍の兵士なのかい?」
「違う」
ヴァルグリムは答えた。
「皇帝陛下直属の臣下だ」
「……つまり、君の命令では動かない?」
「正確には、陛下から与えられた命令の範囲内で、私の指揮に協力している」
「分かった」
リヴェリアが口を開いた。
「その存在は、どれほど古い?」
ヴァルグリムは彼女を見た。
「貴殿が生まれるより遥か以前だ」
「……具体的には?」
「世界が形を得る以前から存在している」
リヴェリアは沈黙した。ヴァルグリムは続けた。
「もっとも、皇帝陛下もまた、その時代を知る御方だ」
ガレスが眉をひそめた。
「……つまり、神々より古いと?」
将軍は、少し考えた。
「少なくとも、貴殿らが語る神々の歴史より、遥かに古い記憶を持っておられる」
その言葉に、四人は黙った。
*
午後。ヘファイストス・ファミリアの工房。椿は、黒銀鋼の試験片を金床に置いた。
「……やっぱり妙だね」
ヘファイストスが顔を上げる。
「何が?」
「この金属の魔力の流れさ」
椿は試験片を指差した。
「手前たちが普通に打つと、魔力は均等に流れる。でも、サウロンが教えてくれた方法で鍛えると、流れが一定の形に固定されるんだ」
「ええ。以前の共同試験でも確認したわね」
「そうなんだよ」
椿は腕を組んだ。
「けど、何度試しても、どうしてそうなるのかが分からない」
ヘファイストスは、試験片を手に取った。彼女は、サウロンと何度も鍛冶について語り合っていた。金属の性質。魔力の伝導。鍛造による内部構造の変化。そのたびに、彼の知識の深さに驚かされてきた。だが、最近になって、一つの疑問が生まれていた。サウロンは、技術を発見しているのではない。既に知っている技術を、この世界の素材へ適用している。
それも、途方もなく古い技術を。
「……椿」
「何だい?」
「今度、もう一度あの男と鍛冶をするわ」
「いいね。手前も参加したいよ」
「もちろんよ」
ヘファイストスは試験片を見つめた。
「ただ、今回は少し違う話もしたいの」
「違う話?」
「ええ」
彼女は、静かに言った。
「サウロンが、誰から鍛冶を学んだのか」
「……師匠の話かい?」
「そう」
「これほどの技術を持つ存在なら、何らかの源流があるはずよ」
「……なるほどね」
そして、笑った。
「手前も興味があるよ。あの男に鍛冶を教えた奴がいるなら、相当な腕前だろうからね」
ヘファイストスは微笑んだ。
「ええ。きっと、想像以上でしょうね」
*
その夜。バラド=ドゥーア。最上層の玉座の間。サウロンは、帝国軍からの報告を受けていた。
「ロキ・ファミリアの視察は、問題なく終了したか」
「はい。将軍ヴァルグリムが応対しました」
「ドゥルザグは?」
「接触した冒険者たちに対して、威圧を行ったとのことです」
サウロンの眼光が鋭くなった。
「……命令違反か」
「いえ。攻撃行動は取っておりません」
「そうか」
サウロンは、しばらく沈黙した。やがて、低く呟いた。
「……あれも、古き時代の者だ」
側近は頭を垂れた。サウロンは続けた。
「ドゥルザグは、かつてモルゴスの軍勢に属していた」
その名が、広間に響く。モルゴス。最初の冥王。世界を歪め、破壊をもたらした存在。サウロンは、その副官だった。そして、モルゴスが敗れた後、自ら冥王となった。
「……あの者は、破壊を好む」
サウロンは静かに言った。
「だが、今は私の命令に従っている」
側近が尋ねた。
「陛下は、ドゥルザグを信頼しておられるのですか」
サウロンは、わずかに笑った。
「信頼?」
そして、低く答えた。
「必要なのは、信頼ではない」
黄金の指輪が、微かに輝いた。
「服従だ」
側近は、深く頭を垂れた。
*
ギルド本部。ウラノスのもとに、ロキ、ヘファイストス、ヘルメス、ガネーシャが集まっていた。
「……で、結局あれは何やねん」
ロキが腕を組んだ。フィンから報告を受けたばかりだった。ヘファイストスが答える。
「バルログ。炎と影をまとった、古い精霊らしいわ」
「精霊?」
「ええ」
ヘファイストスは続けた。
「ただし、私たちが知る精霊とは性質が違う」
ヘルメスが口を開いた。
「……神に近い存在なのかな?」
ウラノスが答えた。
「分からぬ」
「ウラノス様でも?」
「我々の知る神格とは、異なる体系の存在なのだろう」
「……サウロンも、その仲間なんやろ?」
「帝国軍の説明では、そうらしいわ」
「……あいつ、ほんま何者なんや」
ヘルメスが苦笑した。
「少なくとも、普通の魔術師じゃないよね」
ロキが睨む。
「アンタは、そいつに神性を持っていかれたんやから、身をもって分かっとるやろ」
「……それは言わないでほしいなぁ」
ヘルメスは肩を落とした。ガネーシャが胸を張った。
「私はガネーシャだ!」
「知っとる!」
ロキが即座に返す。しかし、ガネーシャは真剣だった。
「民の安全が最優先だ!」
その言葉に、場が静かになった。
「……その通りだ」
ヘファイストスが口を開いた。
「私は、サウロンと直接話すわ」
ロキが顔を上げる。
「鍛冶の件か?」
「ええ。それもある」
ヘファイストスは続けた。
「でも、今回は少し踏み込んだ話をするつもりよ」
「……何を聞くんや?」
「彼が、何者なのか」
ヘファイストスは、静かに言った。
「少なくとも、私たちは彼の技術の一端しか知らない」
そして、続けた。
「それが、どれほど古いものなのかも」
*
翌日。帝国軍野営地。ヴァルグリム将軍のもとに、ギルドから正式な返答が届いた。
『帝国軍の都市内進入は、現時点では認められない』
『ただし、限定的な警備協力については、継続協議とする』
将軍は書類を読み終えると、頷いた。
「妥当だ」
副官が驚いた。
「……よろしいのですか?」
「当然だ」
ヴァルグリムは答えた。
「相手の都市へ、四千の兵を入れようとする方が無理な話だ」
副官は沈黙した。
「それに、我らの目的は戦争ではない」
将軍は続けた。
「皇帝陛下の臣民を守ることだ」
「……では、どうされますか?」
「ギルドとの協議を続ける」
ヴァルグリムは地図を広げた。
「その間、我らはここで待機する」
副官は頷いた。
「承知いたしました」
将軍は、窓の外を見た。黒い軍旗。整然と並ぶ兵士たち。そして、炎の悪霊。
「……この軍勢を見て、彼らは恐れただろう」
副官が尋ねた。
「それが目的だったのですか?」
ヴァルグリムは答えた。
「それも一つだ」
そして、静かに続けた。
「だが、本当に見せるべきものは、別にある」
「……何でしょう」
「統制だ」
将軍は、兵士たちを見つめた。
「四千の兵を動かすことは、難しくない」
「……はい」
「難しいのは、四千の兵を、皇帝陛下の意思通りに止めることだ」
副官は沈黙した。ヴァルグリムは続けた。
「我らは、命じられれば戦う」
そして、静かに言った。
「だが、命じられぬ限り、戦わぬ」
*
バラド=ドゥーア。地下工房。サウロンは、黒銀鋼の試験片を見つめていた。その手には、鍛冶槌。彼は、静かに金属を打った。一度。二度。三度。金属の内部構造が、わずかに変化する。魔力の流れが、一定の形へ整えられていく。サウロンは、その変化を確認した。
「……まだ不完全だ」
彼は、試験片を炉へ戻した。その炎を見つめながら、遠い記憶を思い起こす。アウレ。創造と鍛冶を司る偉大なる存在。かつて、マイロンと呼ばれた頃。サウロンは、その下で物質の性質を学んだ。金属。石。炎。そして、形あるものに意思を与える術。その知識は、後にエレギオンで力の指輪を鍛える際にも役立った。
だが、彼が学んだものは、単なる鍛冶技術ではない。物質の秩序。構造。そして、創造の原理。サウロンは、静かに呟いた。
「……アウレ」
その名を口にするのは、久しぶりだった。彼は、かつての師を思い出した。そして、わずかに目を細めた。
「……あなたは、私に多くを教えた」
炉の炎が揺れる。
「だが、あなたは最後まで、理解しなかった」
サウロンは、槌を握り直した。
「創造されたものが、正しく動くためには、支配する意思が必要なのだ」
槌が振り下ろされる。金属が、鋭い音を立てた。
*
その夜。オラリオ。黄昏の館。フィンは、帝国軍の報告書を閉じた。ロキが尋ねる。
「……どうやった?」
「厄介だね」
「そればっかりやな」
ロキは苦笑した。
「でも、今回は少し違う」
フィンは続けた。
「彼らは、戦争を避けようとしている」
「……それはええことやろ?」
「もちろん」
「ただ、理由が気になる」
ロキが首を傾げた。
「理由?」
「彼らは、戦争を恐れていない」
フィンは続けた。
「むしろ、戦争になっても構わないだけの力を持っているように見える」
「……せやな」
「それでも、戦わない」
フィンは、窓の外を見た。黒い塔。そして、遠くの帝国軍野営地。
「それは、彼らの主が戦争を望んでいないからだ」
フィンは静かに言った。
「つまり、彼が望めば、状況は一変する」
「……あいつ次第ってことか」
「そうだね」
「少なくとも、帝国軍については」
ロキは、深く息を吐いた。
「……ほんま、面倒な相手やわ」
*
バラド=ドゥーア。最上層。サウロンは、玉座に座していた。その手には、黄金の指輪。唯一の指輪。かつて、オロドルインの火の中で鍛えたもの。その内部には、彼自身の力が宿っている。サウロンは、静かに呟いた。
「……オラリオ」
神々の都市。冒険者の都。ダンジョンを中心に築かれた、巨大な都市。そこには、多くの力が集まっている。神々。英雄。魔術師。そして、未知の可能性。サウロンは、それらを見つめていた。
「……興味深い」
彼は、黄金の指輪を指にはめた。その瞬間。塔の奥深くで、九つの影が一斉に頭を垂れた。遠く離れた帝国の各地で、力の指輪を持つ者たちが、主の意思を感じ取る。そして、帝国軍野営地では。ドゥルザグが、ゆっくりと顔を上げた。炎が揺れる。その瞳に、微かな畏怖が宿る。
「……我が主」
バルログは、低く呟いた。
「……御心のままに」
黒い塔の最上層。サウロンは、静かに目を閉じた。彼は、神々の都市を見ていた。だが、その視線は、都市だけに向けられているのではない。もっと遠く。もっと深く。この世界の秩序そのものへ。かつて、モルゴスの副官だった者。かつて、エレギオンの鍛冶師たちを導いた者。かつて、人間の王たちを指輪の幽鬼へと変えた者。そして今、黒曜帝国を統べる皇帝。
サウロン。第二の冥王。その名は、まだオラリオの神々にとって、単なる一人の強大な存在の名にすぎない。だが、やがて彼らは理解するだろう。この男が持つ力は、単なる戦闘能力ではない。国家を築き、技術を与え、軍勢を従え、魂を縛り、秩序そのものを作り変える力。そして、そのすべてを統べる意思。それこそが、冥王サウロンの本質だった。