指輪の王は世界を鍛える   作:ゆいニキ

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第17話 炎の悪霊 神々の都市へ

オラリオ東方、城壁から十数キロ離れた丘陵地帯。夜明けとともに、黒曜帝国軍の野営地に鐘が鳴った。四千を超える兵士たちが、規則正しく持ち場へ向かう。黒い甲冑。銀の縁取り。胸に刻まれた、炎の眼。その紋章は、数千年にわたり黒曜帝国の軍旗に掲げられてきたものだった。兵士たちの動きに、無駄はない。武具の点検。食糧の配給。交代勤務。

 そして、周辺の警戒。すべてが定められた手順に従って進められていた。軍の中央に置かれた天幕では、将軍ヴァルグリムが報告を受けていた。

「ギルドから返答は?」

「まだありません」

「そうか」

 将軍は頷いた。

「ならば待つ」

 副官が尋ねる。

「いつまででしょうか」

「皇帝陛下より、次の命令が下るまでだ」

「……承知しました」

 ヴァルグリムは地図を閉じた。

「我々の任務は、帝国臣民の保護だ。オラリオへの侵攻ではない」

「御意」

「兵には厳命しておけ。現地住民との私的な争いを禁ずる。物資の調達は正式な取引によって行え」

「承知いたしました」

 副官が退出する。ヴァルグリムは、天幕の外へ目を向けた。野営地の奥。そこには、巨大な影が立っていた。炎をまとい、黒煙を従えた存在。バルログ。古の時代、モルゴスの軍勢に属した炎の悪霊。その本質は、神々の都市で語られる魔物とは異なる。マイア。世界の形が定まる以前から存在した、強大な霊的存在の一柱。

 かつてはモルゴスに仕え、今はサウロンの命令に従っている。その名は、ドゥルザグ。ヴァルグリムは、低く呟いた。

「……陛下も、随分と恐ろしい護衛を寄越されたものだ」

 背後から、地の底を擦るような声が響いた。

「……聞こえているぞ、人間」

 ヴァルグリムは振り返らなかった。

「聞こえるように言った」

 バルログの炎が、一瞬だけ強まる。だが、それ以上は何も起こらなかった。両者には、長い付き合いがあった。そして何より、共に仕える主が同じだった。

*

 ギルド本部。会議室には、緊張した空気が漂っていた。机の上には、帝国軍に関する報告書が並んでいる。

「四千人以上の軍勢……」

 エイナ・チュールは、報告書を読みながら眉をひそめた。

「これだけの兵力を、在外臣民保護のために派遣したんですか?」

 上級職員が答える。

「先方は、あくまで警備部隊だと主張しています」

「……規模が大きすぎませんか?」

「我々も同じ見解です」

 その時、フェルズが口を開いた。

「問題は兵数だけではありません」

 全員の視線が集まる。フェルズは、別の報告書を取り上げた。

「軍勢の中に、極めて異質な存在が確認されています」

「大型モンスターでしょうか?」

「いいえ」

 フェルズは首を横に振った。

「少なくとも、ダンジョン由来のモンスターとは考えにくい」

「……では、何なのですか?」

「分かりません」

 フェルズは正直に答えた。

「ただし、目撃者の証言には共通点があります」

 報告書を読み上げる。

「炎と影をまとった巨躯。接近した者に強烈な恐怖を与える。周囲の魔力の流れが不自然に変化する」

 エイナは息を呑んだ。

「……そんな存在が、軍勢に?」

「はい」

 フェルズは続けた。

「しかも、その存在は帝国軍の命令系統に組み込まれているようです」

「つまり、制御不能な怪物を連れてきたわけではない」

 フェルズは、静かに言った。

「彼らは、あれを戦力として運用できるのです」

*

 昼前。黒曜帝国軍野営地。ロキ・ファミリアから、四人が訪れていた。フィン・ディムナ。リヴェリア・リヨス・アールヴ。ガレス・ランドロック。そして、アイズ・ヴァレンシュタイン。帝国軍は、事前に届けられた視察要請を受け入れていた。案内役の士官が、丁寧に頭を下げる。

「ヴァルグリム将軍がお待ちです」

「案内をお願いするよ」

 野営地を歩きながら、フィンは周囲を観察していた。兵士の配置。物資の管理。警戒線。そして、魔術師たちの動き。

「……よく訓練されているね」

 ガレスが頷く。

「装備も上等じゃ。並の軍隊ではないのう」

 リヴェリアは、地面に刻まれた微細な紋様へ目を向けた。

「……フィン」

「何だい?」

「この野営地には、結界が張られている」

「魔法かい?」

「そうだが、私たちの術式とは構造が異なる」

 リヴェリアは、足元を見つめた。

「地面に刻まれた紋様と、設置された金属柱が連動している」

「……つまり?」

「野営地そのものが、一つの魔術装置になっている」

 フィンの表情が変わった。

「それは厄介だね」

「それだけではない」

 リヴェリアは続けた。

「この術式は、攻撃用というより、侵入者の感知と魔力の流れの制御に重点が置かれている」

「防衛に徹しているわけか」

 その時だった。アイズが足を止めた。

「……いる」

 フィンが振り返る。

「アイズ?」

「……あそこ」

 彼女が見つめる先。野営地の奥に、巨大な影があった。黒い炎。赤く燃える眼。そして、光を飲み込むような暗闇。ドゥルザグ。バルログが、そこに立っていた。その瞬間。フィンの親指に、鋭い痛みが走った。

「……っ!」

 危険を知らせる直感。だが、これほど強烈な警告は、滅多にない。ガレスが低く唸る。

「……何じゃ、あれは」

 リヴェリアは、言葉を失っていた。目の前の存在は、単なる巨大な魔物ではない。その身を包む炎は、魔力によって作られたものではなかった。存在そのものが、炎と影をまとっている。そして、その奥には、途方もなく古い意思が感じられた。アイズは、無意識に剣の柄へ手を伸ばした。その瞬間。バルログが、ゆっくりと顔を向けた。周囲の空気が重くなる。

 恐怖。ただの威圧ではない。魂の深い部分へ直接触れられるような、根源的な恐怖だった。フィンが鋭く言った。

「アイズ、抜くな」

 アイズの手が止まる。

「……でも」

「敵対行動は取らない。ここは相手の陣地だ」

 アイズは、ゆっくりと手を離した。その時。バルログの炎が、わずかに揺れた。そして、低い声が響いた。

「……賢明だ、小さき者よ」

 四人が息を呑む。バルログは、確かに言葉を発した。

「……我は、汝らの敵としてここに立つのではない」

 その声は、地の底から響くようだった。

「……だが、剣を向けるならば、話は別だ」

 フィンは、静かに答えた。

「こちらに敵意はない」

 バルログは、しばらく彼を見つめていた。やがて、顔を背けた。

「……ならば、通れ」

 圧迫感が、少しだけ和らぐ。ガレスが、深く息を吐いた。

「……生きた心地がせんかったわい」

 リヴェリアは、バルログを見つめ続けていた。

「……あれは、精霊なのか?」

 案内役の士官が答えた。

「古き時代の、炎のマイアです」

「……マイア?」

「世界の形が定まる以前より存在した、霊的な種族です」

 フィンが尋ねた。

「サウロンも、同じ存在なのかい?」

 士官は、一瞬だけ沈黙した。そして、深く頭を垂れた。

「皇帝陛下もまた、マイアであらせられます」

 リヴェリアの表情が変わった。

「……あの男も?」

「はい」

 士官は続けた。

「ただし、陛下をドゥルザグと同列に語ることはできません」

「……なぜ?」

「陛下は、かつて最初の冥王に仕え、その後、自ら冥王となられた御方」

 士官は、静かに答えた。

「そして今は、我ら黒曜帝国の皇帝です」

*

 ヴァルグリム将軍は、四人を天幕へ迎え入れた。

「ロキ・ファミリアの幹部たちか」

 フィンが頭を下げる。

「突然の訪問を受け入れてくれて感謝するよ」

「構わぬ」

 将軍は椅子を示した。

「我らも、無用な誤解は避けたい」

 フィンは座りながら尋ねた。

「単刀直入に聞こう。帝国軍は、オラリオを攻撃するつもりなのかい?」

「ない」

 ヴァルグリムは即答した。

「皇帝陛下より、そのような命令は下っていない」

「……では、なぜこれほどの兵力を?」

 将軍は答えた。

「帝国臣民の保護と、今後の警備体制に関する協議のためだ」

「四千人が必要なのかい?」

「我らの基準では、必要な規模だ」

 フィンは、しばらく将軍を見つめた。

「……なるほど」

 ヴァルグリムは続けた。

「貴殿らが警戒するのは理解できる。だが、我らは城壁へ接近せず、ギルドの許可なく入城するつもりもない」

「それは助かるよ」

「ただ、一つ確認したい」

「何だ?」

「先ほど見た、炎の存在についてだ」

 将軍は、静かに答えた。

「ドゥルザグか」

「そうだ」

 フィンは続けた。

「あれは、帝国軍の兵士なのかい?」

「違う」

 ヴァルグリムは答えた。

「皇帝陛下直属の臣下だ」

「……つまり、君の命令では動かない?」

「正確には、陛下から与えられた命令の範囲内で、私の指揮に協力している」

「分かった」

 リヴェリアが口を開いた。

「その存在は、どれほど古い?」

 ヴァルグリムは彼女を見た。

「貴殿が生まれるより遥か以前だ」

「……具体的には?」

「世界が形を得る以前から存在している」

 リヴェリアは沈黙した。ヴァルグリムは続けた。

「もっとも、皇帝陛下もまた、その時代を知る御方だ」

 ガレスが眉をひそめた。

「……つまり、神々より古いと?」

 将軍は、少し考えた。

「少なくとも、貴殿らが語る神々の歴史より、遥かに古い記憶を持っておられる」

 その言葉に、四人は黙った。

*

 午後。ヘファイストス・ファミリアの工房。椿は、黒銀鋼の試験片を金床に置いた。

「……やっぱり妙だね」

 ヘファイストスが顔を上げる。

「何が?」

「この金属の魔力の流れさ」

 椿は試験片を指差した。

「手前たちが普通に打つと、魔力は均等に流れる。でも、サウロンが教えてくれた方法で鍛えると、流れが一定の形に固定されるんだ」

「ええ。以前の共同試験でも確認したわね」

「そうなんだよ」

 椿は腕を組んだ。

「けど、何度試しても、どうしてそうなるのかが分からない」

 ヘファイストスは、試験片を手に取った。彼女は、サウロンと何度も鍛冶について語り合っていた。金属の性質。魔力の伝導。鍛造による内部構造の変化。そのたびに、彼の知識の深さに驚かされてきた。だが、最近になって、一つの疑問が生まれていた。サウロンは、技術を発見しているのではない。既に知っている技術を、この世界の素材へ適用している。

 それも、途方もなく古い技術を。

「……椿」

「何だい?」

「今度、もう一度あの男と鍛冶をするわ」

「いいね。手前も参加したいよ」

「もちろんよ」

 ヘファイストスは試験片を見つめた。

「ただ、今回は少し違う話もしたいの」

「違う話?」

「ええ」

 彼女は、静かに言った。

「サウロンが、誰から鍛冶を学んだのか」

「……師匠の話かい?」

「そう」

「これほどの技術を持つ存在なら、何らかの源流があるはずよ」

「……なるほどね」

 そして、笑った。

「手前も興味があるよ。あの男に鍛冶を教えた奴がいるなら、相当な腕前だろうからね」

 ヘファイストスは微笑んだ。

「ええ。きっと、想像以上でしょうね」

*

 その夜。バラド=ドゥーア。最上層の玉座の間。サウロンは、帝国軍からの報告を受けていた。

「ロキ・ファミリアの視察は、問題なく終了したか」

「はい。将軍ヴァルグリムが応対しました」

「ドゥルザグは?」

「接触した冒険者たちに対して、威圧を行ったとのことです」

 サウロンの眼光が鋭くなった。

「……命令違反か」

「いえ。攻撃行動は取っておりません」

「そうか」

 サウロンは、しばらく沈黙した。やがて、低く呟いた。

「……あれも、古き時代の者だ」

 側近は頭を垂れた。サウロンは続けた。

「ドゥルザグは、かつてモルゴスの軍勢に属していた」

 その名が、広間に響く。モルゴス。最初の冥王。世界を歪め、破壊をもたらした存在。サウロンは、その副官だった。そして、モルゴスが敗れた後、自ら冥王となった。

「……あの者は、破壊を好む」

 サウロンは静かに言った。

「だが、今は私の命令に従っている」

 側近が尋ねた。

「陛下は、ドゥルザグを信頼しておられるのですか」

 サウロンは、わずかに笑った。

「信頼?」

 そして、低く答えた。

「必要なのは、信頼ではない」

 黄金の指輪が、微かに輝いた。

「服従だ」

 側近は、深く頭を垂れた。

*

 ギルド本部。ウラノスのもとに、ロキ、ヘファイストス、ヘルメス、ガネーシャが集まっていた。

「……で、結局あれは何やねん」

 ロキが腕を組んだ。フィンから報告を受けたばかりだった。ヘファイストスが答える。

「バルログ。炎と影をまとった、古い精霊らしいわ」

「精霊?」

「ええ」

 ヘファイストスは続けた。

「ただし、私たちが知る精霊とは性質が違う」

 ヘルメスが口を開いた。

「……神に近い存在なのかな?」

 ウラノスが答えた。

「分からぬ」

「ウラノス様でも?」

「我々の知る神格とは、異なる体系の存在なのだろう」

「……サウロンも、その仲間なんやろ?」

「帝国軍の説明では、そうらしいわ」

「……あいつ、ほんま何者なんや」

 ヘルメスが苦笑した。

「少なくとも、普通の魔術師じゃないよね」

 ロキが睨む。

「アンタは、そいつに神性を持っていかれたんやから、身をもって分かっとるやろ」

「……それは言わないでほしいなぁ」

 ヘルメスは肩を落とした。ガネーシャが胸を張った。

「私はガネーシャだ!」

「知っとる!」

 ロキが即座に返す。しかし、ガネーシャは真剣だった。

「民の安全が最優先だ!」

 その言葉に、場が静かになった。

「……その通りだ」

 ヘファイストスが口を開いた。

「私は、サウロンと直接話すわ」

 ロキが顔を上げる。

「鍛冶の件か?」

「ええ。それもある」

 ヘファイストスは続けた。

「でも、今回は少し踏み込んだ話をするつもりよ」

「……何を聞くんや?」

「彼が、何者なのか」

 ヘファイストスは、静かに言った。

「少なくとも、私たちは彼の技術の一端しか知らない」

 そして、続けた。

「それが、どれほど古いものなのかも」

*

 翌日。帝国軍野営地。ヴァルグリム将軍のもとに、ギルドから正式な返答が届いた。

『帝国軍の都市内進入は、現時点では認められない』

『ただし、限定的な警備協力については、継続協議とする』

 将軍は書類を読み終えると、頷いた。

「妥当だ」

 副官が驚いた。

「……よろしいのですか?」

「当然だ」

 ヴァルグリムは答えた。

「相手の都市へ、四千の兵を入れようとする方が無理な話だ」

 副官は沈黙した。

「それに、我らの目的は戦争ではない」

 将軍は続けた。

「皇帝陛下の臣民を守ることだ」

「……では、どうされますか?」

「ギルドとの協議を続ける」

 ヴァルグリムは地図を広げた。

「その間、我らはここで待機する」

 副官は頷いた。

「承知いたしました」

 将軍は、窓の外を見た。黒い軍旗。整然と並ぶ兵士たち。そして、炎の悪霊。

「……この軍勢を見て、彼らは恐れただろう」

 副官が尋ねた。

「それが目的だったのですか?」

 ヴァルグリムは答えた。

「それも一つだ」

 そして、静かに続けた。

「だが、本当に見せるべきものは、別にある」

「……何でしょう」

「統制だ」

 将軍は、兵士たちを見つめた。

「四千の兵を動かすことは、難しくない」

「……はい」

「難しいのは、四千の兵を、皇帝陛下の意思通りに止めることだ」

 副官は沈黙した。ヴァルグリムは続けた。

「我らは、命じられれば戦う」

 そして、静かに言った。

「だが、命じられぬ限り、戦わぬ」

*

 バラド=ドゥーア。地下工房。サウロンは、黒銀鋼の試験片を見つめていた。その手には、鍛冶槌。彼は、静かに金属を打った。一度。二度。三度。金属の内部構造が、わずかに変化する。魔力の流れが、一定の形へ整えられていく。サウロンは、その変化を確認した。

「……まだ不完全だ」

 彼は、試験片を炉へ戻した。その炎を見つめながら、遠い記憶を思い起こす。アウレ。創造と鍛冶を司る偉大なる存在。かつて、マイロンと呼ばれた頃。サウロンは、その下で物質の性質を学んだ。金属。石。炎。そして、形あるものに意思を与える術。その知識は、後にエレギオンで力の指輪を鍛える際にも役立った。

 だが、彼が学んだものは、単なる鍛冶技術ではない。物質の秩序。構造。そして、創造の原理。サウロンは、静かに呟いた。

「……アウレ」

 その名を口にするのは、久しぶりだった。彼は、かつての師を思い出した。そして、わずかに目を細めた。

「……あなたは、私に多くを教えた」

 炉の炎が揺れる。

「だが、あなたは最後まで、理解しなかった」

 サウロンは、槌を握り直した。

「創造されたものが、正しく動くためには、支配する意思が必要なのだ」

 槌が振り下ろされる。金属が、鋭い音を立てた。

*

 その夜。オラリオ。黄昏の館。フィンは、帝国軍の報告書を閉じた。ロキが尋ねる。

「……どうやった?」

「厄介だね」

「そればっかりやな」

 ロキは苦笑した。

「でも、今回は少し違う」

 フィンは続けた。

「彼らは、戦争を避けようとしている」

「……それはええことやろ?」

「もちろん」

「ただ、理由が気になる」

 ロキが首を傾げた。

「理由?」

「彼らは、戦争を恐れていない」

 フィンは続けた。

「むしろ、戦争になっても構わないだけの力を持っているように見える」

「……せやな」

「それでも、戦わない」

 フィンは、窓の外を見た。黒い塔。そして、遠くの帝国軍野営地。

「それは、彼らの主が戦争を望んでいないからだ」

 フィンは静かに言った。

「つまり、彼が望めば、状況は一変する」

「……あいつ次第ってことか」

「そうだね」

「少なくとも、帝国軍については」

 ロキは、深く息を吐いた。

「……ほんま、面倒な相手やわ」

*

 バラド=ドゥーア。最上層。サウロンは、玉座に座していた。その手には、黄金の指輪。唯一の指輪。かつて、オロドルインの火の中で鍛えたもの。その内部には、彼自身の力が宿っている。サウロンは、静かに呟いた。

「……オラリオ」

 神々の都市。冒険者の都。ダンジョンを中心に築かれた、巨大な都市。そこには、多くの力が集まっている。神々。英雄。魔術師。そして、未知の可能性。サウロンは、それらを見つめていた。

「……興味深い」

 彼は、黄金の指輪を指にはめた。その瞬間。塔の奥深くで、九つの影が一斉に頭を垂れた。遠く離れた帝国の各地で、力の指輪を持つ者たちが、主の意思を感じ取る。そして、帝国軍野営地では。ドゥルザグが、ゆっくりと顔を上げた。炎が揺れる。その瞳に、微かな畏怖が宿る。

「……我が主」

 バルログは、低く呟いた。

「……御心のままに」

 黒い塔の最上層。サウロンは、静かに目を閉じた。彼は、神々の都市を見ていた。だが、その視線は、都市だけに向けられているのではない。もっと遠く。もっと深く。この世界の秩序そのものへ。かつて、モルゴスの副官だった者。かつて、エレギオンの鍛冶師たちを導いた者。かつて、人間の王たちを指輪の幽鬼へと変えた者。そして今、黒曜帝国を統べる皇帝。

 サウロン。第二の冥王。その名は、まだオラリオの神々にとって、単なる一人の強大な存在の名にすぎない。だが、やがて彼らは理解するだろう。この男が持つ力は、単なる戦闘能力ではない。国家を築き、技術を与え、軍勢を従え、魂を縛り、秩序そのものを作り変える力。そして、そのすべてを統べる意思。それこそが、冥王サウロンの本質だった。

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