オラリオ、ヘファイストス・ファミリア本拠地。早朝から、工房には槌の音が響いていた。カンッ。カンッ。カンッ。椿・コルブランドは、赤熱した金属を金床の上で打っていた。彼女の前にあるのは、黒銀鋼。黒曜帝国との共同研究によって生まれた、特殊な合金である。その強度は、既存の高級金属に匹敵する。
魔力伝導性にも優れ、魔剣や魔道具への応用が期待されていた。だが、椿には納得できないことがあった。
「……違うね」
槌を置く。金属を水へ沈める。蒸気が立ち上った。
「何が違うの?」
背後から声がした。ヘファイストスだった。椿は試験片を持ち上げた。
「手前が打ったこいつと、サウロンが打ったものさ」
二つの金属片が、作業台に並べられる。見た目は、ほとんど同じ。しかし、魔力を流すと違いが現れた。椿の試験片は、魔力を均等に伝える。一方、サウロンが鍛えたものは、魔力が特定の経路を通り、内部で循環する。しかも、魔法陣を刻んだ形跡がない。
「手前のは、いい金属だよ。そこは自信がある」
椿は腕を組んだ。
「でも、あいつのは何かが違う。まるで、金属が最初からその流れを知ってるみたいなんだ」
「ええ。私も同じことを考えていたわ」
「神様でも分からないのかい?」
「仕組みの一部は分かる。でも、どうやってそこへ到達したのかが分からない」
ヘファイストスは、サウロンの試験片を指先で弾いた。澄んだ音が響く。
「これは付与魔法じゃない。金属の内部に、意図した性質を作り込んでいるのよ」
「だったら、本人に聞くしかないね」
「そのつもりよ」
ヘファイストスは、一通の書状を取り出した。黒曜帝国の紋章が押された返信だった。
『共同研究に関する技術討議の申し入れを受諾する。明日、第三刻。バラド=ドゥーア地下工房にて』
椿が目を輝かせた。
「へえ。今度はあっちの工房を見せてくれるのかい」
「ええ」
ヘファイストスは微笑んだ。
「ただし、見学だけで終わらせるつもりはないわ」
「というと?」
「勝負を申し込むのよ」
椿は、思わず笑った。
「鍛冶勝負?」
「そう」
ヘファイストスは、黒銀鋼を手に取った。
「同じ素材、同じ炉、同じ時間。それぞれが一本の剣を打つ」
椿は、にやりと笑った。
「そいつは面白いね」
ヘファイストスも笑った。
「でしょう?」
しかし、その瞳には、鍛冶の女神としての真剣な光が宿っていた。
*
翌日。バラド=ドゥーア。巨大な黒い塔の地下深く。ヘファイストスと椿は、案内役に導かれて長い階段を下りていた。壁には、古い文字が刻まれている。どれも、オラリオでは見たことのない書体だった。椿が興味深そうに眺める。
「……ずいぶん古そうな文字だね」
「ええ。でも、装飾じゃないわ」
「分かるのかい?」
「壁そのものに、何かの機能を持たせている」
ヘファイストスは指先で石壁に触れた。
「……温度が一定に保たれている」
椿も触れてみる。
「本当だ」
「それに、振動がほとんどない」
「鍛冶場の下なのに?」
「そう」
ヘファイストスは、静かに言った。
「この塔そのものが、一つの巨大な工房なのかもしれないわね」
やがて、巨大な扉が現れた。黒い鉄。銀の紋様。そして、中央に刻まれた燃える眼。扉が開く。その向こうには、広大な地下工房が広がっていた。幾つもの炉。巨大な金床。天井から吊り下げられた鎖。そして、壁一面に並ぶ工具。だが、ヘファイストスが最も驚いたのは、炉だった。そこには、燃料が見当たらなかった。にもかかわらず、炎が燃えている。青白く。
静かに。まるで、炉そのものが火を生み出しているかのようだった。
「……これは」
ヘファイストスが呟いた。その時。奥から、重い足音が響いた。黒い甲冑。巨大な体躯。そして、燃える眼。サウロンだった。
「来たか、ヘファイストス」
「ええ」
ヘファイストスは、堂々と答えた。
「今日は、あなたに挑戦しに来たわ」
サウロンは、わずかに首を傾げた。
「……挑戦?」
「鍛冶勝負よ」
そして。サウロンが、低く笑った。
「……ほう」
その声には、珍しく興味が滲んでいた。
「私に鍛冶を挑むか」
ヘファイストスは腕を組んだ。
「不満?」
「いや」
サウロンは答えた。
「久しく、そのような申し出は受けておらぬ」
そして、静かに続けた。
「よかろう」
*
地下工房。二つの金床が並べられた。素材は、同一の黒銀鋼。重量も、成分も同じ。使用する炉も、同一の条件に調整されている。椿が審判役を務めることになった。
「それじゃあ、始めようか」
ヘファイストスは槌を握った。サウロンも、同じように槌を手に取る。
「制限時間は?」
椿が尋ねる。ヘファイストスが答えた。
「三時間」
「十分だ」
椿が笑う。
「では、始め!」
槌の音が響いた。ヘファイストスの鍛造は、美しかった。一打ごとに、金属が正確な形へ整えられていく。熱の扱い。力の加減。そして、素材の癖を読む感覚。すべてが洗練されていた。椿は、思わず見入った。
「……さすがだね」
鍛冶の女神。その技術は、まさしく神業だった。だが、サウロンの鍛造は異なっていた。彼は、槌を振り下ろすたびに、金属へ何かを語りかけていた。低い声。古い言葉。椿には、意味が分からない。しかし、金属が反応していることだけは分かった。槌が落ちる。金属の内部で、魔力の流れが変わる。もう一度。今度は、金属の組織そのものが整列する。
椿は、息を呑んだ。
「……何だい、あれ」
ヘファイストスも、作業の合間にサウロンを見た。彼の槌は、単に金属を変形させているのではない。素材に、あるべき形を命じている。そして、素材がその命令に応じている。
「……まるで」
ヘファイストスが呟いた。
「……創造そのものね」
サウロンは、槌を止めなかった。ただ、静かに答えた。
「創造ではない」
「……何ですって?」
「既に存在するものへ、正しい秩序を与えているだけだ」
ヘファイストスは、思わず手を止めた。サウロンは続けた。
「金属には、性質がある」
槌が落ちる。
「炎には、性質がある」
もう一度。
「そして、形あるものには、それぞれの秩序がある」
彼は、静かに言った。
「私は、それを知っている」
ヘファイストスは、しばらく彼を見つめていた。そして、再び槌を振るった。
「……なら、私も負けていられないわね」
*
三時間後。二本の剣が、金床の上に並べられた。ヘファイストスの剣。銀色の刀身。無駄のない形状。魔力の流れは、均一で安定している。椿は、剣を持ち上げた。
「……見事だね」
刃を軽く振る。空気が鋭く裂けた。
「手前が見ても、文句のつけようがないよ」
ヘファイストスは微笑んだ。
「ありがとう」
続いて、サウロンの剣。黒銀の刀身。表面には、装飾らしいものはない。ただ、深い黒が光を吸い込んでいた。椿は、それを手に取った。
「……ん?」
重さは、ほとんど同じ。だが、感覚が違う。剣が、手の中で奇妙な存在感を放っている。
「……何だろうね、これ」
椿は、軽く振ってみた。その瞬間。剣が、まるで自分の動きを先読みしたかのように、滑らかに動いた。
「……へえ!」
椿は目を見開いた。
「こりゃ面白い!」
ヘファイストスが尋ねる。
「どう?」
「手前が振るより先に、剣が動きを理解してるみたいだよ」
ヘファイストスは、剣を受け取った。そして、ゆっくりと振る。
「……なるほど」
彼女の表情が変わった。
「これは、単に扱いやすい剣じゃない」
サウロンは、黙って見ていた。ヘファイストスは続けた。
「使用者の動きに合わせて、内部の魔力の流れが変化している」
「その通りだ」
サウロンは答えた。
「剣が、持ち主の意思を読み取る」
椿が尋ねる。
「……そんなことができるのかい?」
「できる」
サウロンは、静かに答えた。
「だが、それだけではない」
ヘファイストスが顔を上げた。
「……どういうこと?」
サウロンは、剣を指差した。
「その剣は、持ち主の意思に従うよう作られている」
「……ええ」
「だが、もし私が望めば」
彼は、静かに言った。
「持ち主の意思より、私の意思を優先させることもできる」
ヘファイストスの表情が凍りついた。椿も、笑みを消した。
「……それは」
サウロンは続けた。
「武器が持ち主に従うとは限らぬ、ということだ」
*
地下工房。ヘファイストスは、サウロンの剣を金床へ戻した。
「……あなた」
声が低くなる。
「これまでの共同研究でも、同じことをしていたの?」
サウロンは、静かに答えた。
「否」
「……本当ね?」
「お前たちに渡した黒銀鋼には、そのような仕掛けはない」
ヘファイストスは、しばらく彼を見つめた。そして、頷いた。
「……なら、いいわ」
しかし、表情は硬いままだった。
「でも、どうしてそんな技術を持っているの?」
「……鍛冶を学んだからだ」
椿が苦笑した。
「いや、そりゃそうだろうけどさ」
ヘファイストスは、静かに尋ねた。
「誰から?」
サウロンは、槌を置いた。そして、炉の炎を見つめた。
「……アウレ」
その名が、地下工房に響いた。ヘファイストスは、眉をひそめた。
「……アウレ?」
「そうだ」
サウロンは答えた。
「物質を愛し、形あるものの創造を司った偉大なる者」
椿が尋ねる。
「……神様なのかい?」
サウロンは、少しだけ首を傾げた。
「お前たちの言葉で語るならば、神に近い存在だろう」
ヘファイストスは、静かに言った。
「……あなたの師匠?」
「かつてはな」
サウロンは答えた。
「私は、彼の下で多くを学んだ」
炉の炎が揺れる。
「金属の性質。石の構造。炎の扱い。そして、形あるものへ意思を込める術」
ヘファイストスは、息を呑んだ。
「……それで、今の技術があるのね」
「一部はな」
サウロンは続けた。
「だが、私が歩んだ道は、彼の教えから大きく離れた」
「……どうして?」
サウロンは、静かに答えた。
「私は、秩序を求めた」
「アウレは、創造されたものを愛した」
サウロンは続けた。
「だが、私は考えた。創造されたものが、勝手に争い、壊れ、失われるのであれば、それは不完全ではないかと」
ヘファイストスは、黙って聞いていた。
「ならば、すべてを正しく動かす意思が必要だ」
サウロンは、静かに言った。
「それが、私の答えだった」
*
ヘファイストスは、サウロンを見つめた。
「……それは、創造じゃないわ」
サウロンは答えなかった。彼女は続けた。
「あなたが言っているのは、支配よ」
「そうだ」
即答だった。ヘファイストスは、少し驚いた。サウロンは続けた。
「私は、支配を否定せぬ」
「……なぜ?」
「秩序を維持するためだ」
サウロンは、静かに答えた。
「お前たちは、自由を尊ぶ」
「ええ」
「だが、自由は争いを生む」
ヘファイストスは、首を横に振った。
「それでも、自由には価値があるわ」
サウロンは、わずかに笑った。
「価値があることと、正しいことは同じではない」
椿が口を開いた。
「……手前は、ちょっと違うと思うね」
二人の視線が集まる。椿は、金床の上の剣を指差した。
「剣ってのは、使い手によって変わるもんだよ」
サウロンは、黙って聞いていた。
「手前たちは、使い手が自由に振るえるように作る」
椿は続けた。
「でも、あんたの剣は違う」
「……どう違う?」
「最初から、あんたの意思が入ってる」
椿は、静かに言った。
「それじゃ、使い手のための剣じゃない」
そして、はっきりと続けた。
「あんたのための剣だ」
サウロンは、しばらく椿を見つめていた。やがて、低く笑った。
「……よく見抜いた」
椿は、少しだけ眉を上げた。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「そうするとよい」
サウロンは、剣を手に取った。
「この剣は、私の意思を優先するよう作られている」
ヘファイストスが尋ねた。
「……それを、誰かに渡すつもりだったの?」
「否」
サウロンは答えた。
「これは、試験のためのものだ」
「……試験?」
「お前たちに、技術の可能性を示すためのな」
ヘファイストスは、深く息を吐いた。
「……なるほど」
そして、静かに言った。
「なら、私はその技術を使わない」
「それも、お前の選択だ」
*
地下工房。ヘファイストスは、共同研究の契約書を取り出した。
「……確認しておきたいことがあるわ」
サウロンは、静かに答えた。
「申せ」
「黒銀鋼の共同研究には、魂や神性を担保とする技術を持ち込まない」
「契約に記されている」
「ええ」
ヘファイストスは続けた。
「でも、今の剣みたいに、持ち主の意思へ干渉する技術については、明確な規定がない」
サウロンは、わずかに目を細めた。
「……なるほど」
「だから、追加したい」
ヘファイストスは、はっきりと言った。
「共同研究で開発する武具には、使用者の意思を奪う仕組みを組み込まないこと」
サウロンは、しばらく彼女を見つめた。
「……それは、技術の可能性を狭める」
「分かっているわ」
「より強力な武具を作る機会を失うかもしれぬ」
「それでもよ」
ヘファイストスは答えた。
「私は、使い手の意思を奪う武器を作りたくない」
サウロンは、静かに言った。
「……よかろう」
ヘファイストスは、少し驚いた。
「……いいの?」
「共同研究の範囲に限るならば、異論はない」
サウロンは答えた。
「私自身の鍛造まで制限されるのでなければな」
「もちろん。そこまで口を出すつもりはないわ」
サウロンは、契約書へ手を伸ばした。
「ならば、条項を追加せよ」
「……ありがとう」
サウロンは答えた。
「礼には及ばぬ」
そして、低く続けた。
「私は、契約を守る」
その言葉に、ヘファイストスは苦笑した。
「……そこだけは、疑っていないわ」
*
鍛冶勝負が終わり、地下工房には静けさが戻った。ヘファイストスは、サウロンの剣を見つめていた。
「……一つ、聞いてもいい?」
「何だ」
「あなたは、アウレという存在を尊敬しているの?」
サウロンは、しばらく沈黙した。炉の炎が揺れる。やがて、答えた。
「……かつては」
「今は?」
サウロンは、低く答えた。
「その技を否定することはない」
そして、続けた。
「だが、その思想には従わぬ」
「……あなたらしいわね」
サウロンは、彼女を見た。
「そうか」
「ええ」
ヘファイストスは、微笑んだ。
「あなたは、誰かに教わったことを、そのまま受け入れるような性格じゃないもの」
サウロンは、わずかに笑った。
「……違いない」
椿が、二人の間へ割って入った。
「さて、難しい話はそのくらいにしようか」
ヘファイストスが振り返る。
「椿?」
「せっかく、こんな工房まで来たんだ」
椿は、目を輝かせた。
「手前にも、何か打たせておくれよ」
サウロンは、彼女を見た。
「……何を望む」
「そうだね」
「今まで見たことのない金属を、打ってみたい」
サウロンは、しばらく彼女を見つめていた。そして、低く笑った。
「……よかろう」
彼は、奥の棚へ向かった。そこから、一つの小さな金属塊を取り出す。銀色。しかし、光の当たり方によって、わずかに青く輝く。椿は、目を見開いた。
「……何だい、これ」
サウロンは答えた。
「ミスリルだ」
ヘファイストスの表情が変わった。
「……ミスリル?」
「そうだ」
サウロンは、静かに続けた。
「古き時代より伝わる、極めて優れた金属だ」
椿は、金属塊を手に取った。その軽さに、驚いた。
「……軽い!」
ヘファイストスも、興味深そうに覗き込む。
「……それでいて、密度が高い」
サウロンは、静かに言った。
「その性質を、黒銀鋼へ応用している」
椿は、にやりと笑った。
「……なるほどね」
そして、槌を握った。
「手前の腕が、どこまで通用するか試してみようじゃないか」
*
それから数時間。地下工房には、再び槌の音が響いていた。椿は、ミスリルの小片を慎重に打っていた。サウロンは、少し離れた場所から見ている。ヘファイストスは、椿の作業を見守っていた。
「……難しいね」
椿が呟いた。
「熱の入り方が、普通の金属と全然違う」
サウロンが答える。
「炎を強めるな」
「……どうして?」
「その金属は、熱によって性質を失うのではない。熱の与え方によって、内部の秩序が変わる」
椿は、槌を止めた。
「……つまり?」
「力で押し切るな」
サウロンは、静かに言った。
「金属が変わろうとする方向を見極めよ」
そして、頷いた。
「……分かった」
槌が落ちる。一度。二度。三度。今度は、先ほどとは違う音が響いた。サウロンが、わずかに頷いた。
「……よい」
「へえ。今のは良かったのかい?」
「先ほどよりはな」
「手厳しいね」
「鍛冶とは、そういうものだ」
ヘファイストスは、その様子を見て微笑んだ。しかし、同時に思っていた。サウロンは、確かに鍛冶師なのだ。それも、極めて優れた。だが、彼の鍛冶には、常に一つの思想がある。素材を理解する。性質を見極める。そして、最終的には、自らの意思に従わせる。それは、鍛冶の技術であると同時に、支配の思想でもあった。ヘファイストスは、静かに呟いた。
「……あなたは、本当に厄介な鍛冶師ね」
サウロンは、彼女を見た。
「……何か言ったか」
「いいえ」
「ただ、負けていられないと思っただけよ」
サウロンは、低く笑った。
「……ならば、精進することだ」
*
夜。バラド=ドゥーア。ヘファイストスと椿が帰った後。地下工房には、サウロン一人が残っていた。金床の上には、二本の剣。ヘファイストスの剣。そして、サウロンの剣。彼は、二本を見比べた。どちらも優れた武具だった。だが、その思想は異なる。ヘファイストスの剣は、使い手を助けるために作られた。サウロンの剣は、使い手を導くために作られた。
そして、必要ならば、使い手の意思を上書きすることもできる。サウロンは、静かに呟いた。
「……アウレ」
かつての師。創造を愛した者。彼は、形あるものを生み出すことに喜びを見出した。だが、サウロンは違った。彼は、創造されたものが、正しく機能することを望んだ。そして、その正しさを決めるのは、自分自身だった。
「……自由とは、未完成の秩序だ」
サウロンは、低く呟いた。
「いずれ、すべては一つの意思の下に整えられる」
その指には、黄金の指輪。唯一の指輪。その内部には、彼自身の力が宿っている。かつて、エレギオンの鍛冶師たちは、彼の教えを受け入れた。彼らは、より優れたものを作ろうとした。そして、サウロンは、その願いを利用した。今も同じだった。ヘファイストス。椿。黒銀鋼。共同研究。そのすべてが、彼にとって新たな可能性を示している。
だが、サウロンは急がなかった。彼は、数千年を生きてきた。帝国を築き、軍勢を従え、王たちを支配してきた。一つの都市を理解するために、数年を費やすことなど、何の問題もない。
「……いずれ、分かるだろう」
サウロンは、静かに言った。
「私が与える秩序の価値を」
炉の炎が、静かに揺れた。そして、黒い塔の奥深く。九つの影が、主の意思を感じ取っていた。冥王は、まだ剣を抜いていない。だが、彼の支配は、既に静かに広がり始めていた。それは、炎による征服ではない。創造による支配だった。