病喚士物語 ~訳あり女性達の愛が重い~ 作:タスケ
眠る幸成は夢でも見ている。
『へぇ。貴方はなんでこんな所にいるのかわからないんだ?』
『そうなんだよ。いつもの道を歩いてたら森の中だし、魔物とやらに襲われたしで死ぬかと思った……』
『私がいてよかったね。気紛れで助けてもらえたんだからさ』
幸成は今、ヴァルティと森の中で会話をしている。しかも幸成の身体と口は勝手に動く。ただ見て感じることしか叶わない。
『ところで、なんで貴方は私を見て怖がらないの? 私、これでも人間達の間では吸血姫と恐れられてるんだけど』
『すみません。その前にここはどこですか?』
『ここ? ティエズの森という人間達からしたら危険な魔物の楽園だよ。貴方はどこに住んでたの?』
『地球。日本。この単語に聞き覚えはあるかな?』
『?? ごめん。聞き覚えは全くないよ』
『……もしかして、ここは異世界?』
会話から察するに、この夢は幸成が異世界に召喚された初日ではなく、元の世界にいた時にヴァルティと別の世界で出会った時のもの。
『いせかい? 何を言ってるの?』
『少なくとも俺がいた場所じゃないってことしかわからない』
『ふーん? ……いい暇潰しになりそうだし、しばらくの間は貴方に構ってみようかな?』
『えっ?』
『その様子からして本当に私のことを知らないみたいだし。うん。面白い。貴方の名前は?』
『山本幸成。貴女は?』
『ヴァルティ。好きに呼んでいいよ。私はユキナリと呼ぶね。貴方の名前長いし』
森と土の匂いが混じる中で自己紹介をして暫く共にいた。その夜は別れて洞穴か何かで眠ったらしい。そこで夢はそこで終わりかと思えば続きがあった。
『ユキナリ。お腹空いたー』
『何か木の実や果物でも探そう。どの辺りにあるかな?』
『果物ならあっち。けど食べ頃じゃないのが多いよ?』
『それでもないよりはマシだから探そう』
『はーい』
食料の確保や水を探し当てて見つけてはその品を味わう。眠る時は安全のためにとヴァルティも近くにいた。そんな生活を過ごし続けて1週間が経ったかもしれない。
『そういえば、なんでヴァルティさんはこの森の中にいるんですか?』
『私は人間達だけでなく魔族達にも恐れられてるから。本当は誰かとユキナリみたいに話がしたいのに誰も私の傍にはきてくれないの。だから引きこもりしてる』
『でも、俺には結構普通に話してくれてますよね?』
『貴方だけ。ユキナリは特別。もっと私の傍にいてよ。1人だと暇だし寂しいの』
『暇だから傍にいるのは流石にどうかと思うけど。俺も異世界に来た以上ここを知らないとマズいし、ヴァルティさんに色々と教えてもらわないとだから、そこはwin-winの関係かな?』
『うぃんうぃん?』
『こっちの言葉だから今は気にしなくていいですよ』
会話の中でも交互に互いの世界についてを教え交えながらも、元の世界へ帰ることを望みながらヴァルティとの生活を続けること1か月が経つ。
『ユキナリ。此処での生活はどう?』
『慣れたとは言い難いけど、魔物に襲われないように動けるようになっただけマシかな。ヴァルティさんがいてくれたお陰で』
『私がいてくれた方がいい?』
『ええ。いてくれたらありがたいです』
『そう。嬉しいな』
他愛ない会話をして過ごす日々を暫くは生きる。そんな中で幸成はヴァルティにときたま、好きな食べ物とやらについてを語る。
『ヴァルティさんは将来、食べてみたいものってありますか?』
『ないよ。そもそも人間が作った料理を食べたことないから』
『そうだったんですか。……というか、食事はどうしてるんです? この世界の人達の血を好むとか?』
『血は好きだけど……ユキナリは血を飲めないでしょ?』
『飲みませんよ?』
『でしょ? だから私は果物や木の実を食べて我慢してる。血の方が美味しいとは思うけど、ユキナリと一緒に食べるなら果物もいいかなって』
『……』
もしかしたらこの時のヴァルティはかなり我慢をしていたかもしれない。だから特に何かを言い返せないまま、時間だけが流れる。
気が付けば、夢の中の幸成はヴァルティの元を去るらしい日が近づいてくる。
『吸血姫! 今度こそ貴様を討伐してくれる! ……って、傍に人間の男?』
『奴の眷属か食料扱いの者か? ならば、ここは可哀想だがまとめて滅しよう!』
『ユキナリ、早く逃げて!』
『ヴァルティさんは?』
『私は大丈夫! 貴方を絶対に守る! だから、絶対に死なないで!』
その日はヴァルティを討伐しに来た人間達が現れた。巻き込まれる前に逃げるよう指示され、幸成はヴァルティを残し逃げた。
元の世界に帰るためにも、逃げざるを得なかった。
「ユキナリ。朝だよ、起きて」
そこで幸成は目を覚ました。開け放たれている窓から射し込む朝日で部屋の中は明るい。そんな中でヴァルティに起こされて幸成は起床した。
「なんかうなされ気味だったけど、悪い夢でも見たの?」
起き上がった後にヴァルティは心配そうな顔をして聞く。夢の中のヴァルティもだが、今のヴァルティも幸成のことが気になっている。
「うーん……悪い、のかな? 見てる途中だったから判断しにくい」
「悪い夢だったら、すぐに話して。私が全力でユキナリを守るから」
幸成は夢の途中で起きてしまったので、良い悪いの判断をしにくい。だが、ヴァルティは最悪のパターンだった場合に備えている。
自分が夢で見たことを気にするヴァルティは、一体何を知っているのだろうか。気になりすぎて仕方ない幸成はベッドから出ると顔を洗い、着替えてから訓練をするためにヴァルティと共に向かう。
「これから訓練を始めるぞ!」
城内の訓練場にてゴルドーからの指導が始まる。クラスメイト達もだが幸成も剣と鎧を身を包むゴルドーに指示をされると、騎士や兵士達と共に武器の基本的な扱い方や体の動かし方などを教わる。
そんな中、幸成には何を教えたらいいのかと、後方職側の兵士達は迷っていた。
「とりあえず召喚士の知識を教えたらいいのか?」
「召喚士のような天職だから、無難にそれでいくしかない」
「いや、天職の名前がアレだから、普通の召喚士と同じように扱ったらマズくないか?」
悩ましい幸成の天職。召喚士と似た響きでいながらも、病喚士は不穏さを持っていため、兵士達はどう扱うべきかと悩み続けていた。
「あの、普通の召喚士だと何ができるんですか?」
幸成を担当する兵士3人が悩んでいることに気付いた幸成は、勇気を出して声をかける。
「えっ? そ、そうだな……普通の召喚士は契約した魔物達を呼び出すのが主なことだな。攻撃手段は一応はだが魔導士の初級から中級の魔法が扱える」
「基本的には契約した存在と共に戦うのが召喚士、なんだが」
「その呼び出す相手が、ユキナリ殿の場合は何なのかが問題でな……」
普通の召喚士なら契約した魔物などの存在を呼び出し、ある程度なら魔法も扱える。だが幸成の場合はヴァルティのような存在を呼び出しそうなので、下手なことをさせたくないようだ。
幸成は兵士達の困った様子を見ながら、この異世界に来て初めてのことを口にする。
「なら、無難に魔法から教えてください。その方が多分、気が楽ですよね?」
「確かに楽は楽だが……」
「病喚士とは言っても、魔法を使えないとは限らないがな」
「そうだな。無難に魔法の使い方から始めよう」
「はい」
兵士達は魔法の使い方から教え始めた。その内容によれば幸成にとっては幸いにも厨二病臭い詠唱などは不要らしい。
魔法はイメージを込めて魔力を練り上げることで使用できる。属性の適性さえあれば複数の魔法を使い分けられるとのこと。
「ちなみに適性は……全部あるのか」
「中級魔法までしか使えないとしても、戦い方によっては使える」
「まあ、最初に教えるのに無難なのは風属性魔法だな」
「風ですか?」
だが幸成はどの属性も中級魔法までしか使えないようだ。それだけで十分なのだが、兵士達は無難な風属性を勧める。
中級魔法までならどの属性でも使い方は共通らしい。なので使いやすい風属性を勧めた。
「火や水は室内や屋内で使うと危険な上に、水だと水没させてしまうかもしれない」
「だからそうはならない風を勧めました」
「なるほど」
頷きながら、幸成は魔法についてを聞いていく。聞く限りではかなり融通の利く代物なので、使えそうなのはありがたい。
「ということは、俺は風魔法から習得すればいいんですね?」
「ああ。最初に教えるなら無難に風だ」
「わかりました」
なので幸成は風魔法から習得することを決める。最初は風の刃を飛ばす魔法を教えられ、なんとかイメージを固められるよう努力してみる。
初めての魔法。初めてのことなので失敗しても仕方ないことだと幸成は思いつつ、風の刃を飛ばす魔法を習得しようと挑戦する。
「こうかな?」
習得しようと努力する中、6回目の挑戦で風の刃を飛ばすことに成功した。目標としていた木製の人形に命中して見事に切断。
「凄い。できた」
「早速成功しましたね。その調子で頑張ってください」
「はい!」
1つ成功したら自信に繋がるが、これを生き物へ、魔物へ放たないとならないことについて思うことがある。
魔物を殺す行為は簡単なものではない。
そうしなければ殺されてしまうこともあるかもしれないが、相手は動物の亜種としか思えないので、まだ躊躇いを持ってしまうかもしれない。
「……でも、まだ死にたくはないから、やれるようにならないと」
だからといって、このまま魔物を殺すのを躊躇っていたら自分もだが、奈々達も危険な目に遭わせる。
殺さずにどうにかできないかと思ってしまうのは、止めなければならないかもしれない。
「意思疎通は、可能なのかな?」
「基本的には不可能ですが、長く生きてきた魔物は人語を理解して話すこともあります。ですが、そういった魔物はかなり危険ですから、近づかない方が無難ですね」
「なるほど。そういう魔物には遭遇しないよう願います」
意思疎通ができる魔物には遭遇しないよう幸成は願うしかない。兵士1人の言葉からして、できる魔物なら間違いなく強い。
「大丈夫だよ、ユキナリ。そんな魔物がいたところで私の敵になるかは怪しいから」
幸成が出会いませんようにと願う中、ヴァルティは『私の敵になるかは怪しい』と不穏なことを呟いた。
それが何を意味するのかはわからない。ヴァルティは吸血姫らしいが、その強さを測れる材料がないからだ。
「それで、ヴァルティは何やってたの?」
「ユキナリを見てた」
「他には?」
「喧嘩売ってきたかもの兵士4人をボコボコにした」
「知らない間になんかやらかしてた!?」
そのヴァルティは昨日は王の間にいなかった兵士4人に絡まれ、しつこいナンパをされたので返り討ちにした。
絡んだ4人は兵士の中で屈強かつ上位50人に入るとも言われる者達。なのであっさり返り討ちにされるとは、王の間にいなかった者ならば誰も予想できなかっただろう。
「怪我はさせてないよね?」
「濃い青痣になったところはあるかもだけど、骨は折ってない」
「それなら、まあいいのかな?」
それはそれで酷い。痛みはあるかもしれないが骨折していないだけ幸運かもしれない。
「理由は聞いてもいいの?」
「なんか『一緒にお茶しよう』とか『一緒にデートしよう』とか言ってきたから、いい迷惑になってた」
「……なんというか、大変だったんだね?」
「うん。それなりにね」
理由が『いい迷惑だった』で済むなら、今はもう追求しないことにした。
少し離れた場所では「ヤバい! 思ったより心の方が重傷だぞ!?」や「か弱そうな女に負けた……」とか「一方的だったな」などの声が聞こえてくるが、気のせいだと思うことにした。
兵士4人は見かけに騙された結果だ。
ヴァルティは見た目こそ華奢な女性でも、本質は違うことをよくわかっていなかったようだ。
「それよりユキナリ。この世界の魔法はイメージが重要なら、ユキナリだからできる魔法の使い方があるよね?」
「俺だから、というよりは俺達だからできる使い方ってこと?」
「うん。例えば敵の周囲の空気を圧縮してドカーンと解放しちゃうとか?」
空気の圧縮。
それを文字通り爆発させるなら、対象が人間や動物なら簡単に死にかねない。だが、魔物に使うなら有効だろう。
というか、ヴァルティはどこで空気の圧縮を学んだのだろうか?
「魔物相手なら有効そう。けど、ヴァルティはなんでそんな使い方を知ってるの?」
なので聞いてみれば。
「ユキナリから教わったよ? ある時に『自転車が欲しい』とか言った辺りから覚えた」
「どんな時だったの? というか俺がヴァルティに自転車って単語を教えたのか……」
どこの自分かは知らないが、ヴァルティになんて危険なことを覚えさせたのだろうか。
幸成は頭を抱えたくなったが、これもまだ気にしないでおく。
今は気にし過ぎると頭がパンクしそうだからだ。
「空気をアッシュクって、なんだ?」
「ドカーンと言った辺り、爆弾みたいなことか?」
そんな会話の中、兵士達は空気の圧縮についてが気になり始める。だが、今はそれも無視。幸成は次の魔法を習得するために再び集中した。
その後は水属性の回復魔法と土属性の土壁の魔法も習得した。この2つは主に攻撃よりも回復と防御のために使うつもりでいた。
火属性の魔法はまだ習得しない。使う場所からして燃えやすい物もあるので、下手に習得しても魔物を倒す時に燃やしきれるか不安だからだ。
そんな風に訓練は今のところ無事に進む中、天職は剣士の
「あいつは凄いな? あの短時間で剣士らしい力を手に入れ始めてる」
「だよな。最初から戦闘能力が高いよな」
鎧を着せた木製の人形を何度も剣で斬り倒せるほどに強く、騎士や兵士達からもかなり期待を寄せられているらしい。
その笹原に引っ張られるように他のクラスメイト達も強くなっていく中、幸成は魔法を少しずつ習得していく。
そういったことを10日は繰り返した。
異世界召喚されてから11日目のこと。今日は訓練場ではなく弱い魔物が主に現れるダンジョンの入口前に、幸成達はゴルドーにより集められた。
「急ぎ足で悪いが、ここからは本格的な戦闘経験を積んでもらう」
「戦闘経験、ですか?」
「ああ。ダンジョンの中の魔物をある程度倒したら、一旦休憩を挟みながらまた経験を積んでもらう」
「「「…………」」」
魔物を、生き物を自分達の手で殺す。これが今の幸成達の現実だ。だから覚悟を決めるしかないとゴルドーの言葉からして、そう思わざるを得ない。
だが、実際に戦えるかどうかはわからない。中には気合いを入れても無理な者が出るかもしれない。
「幸いにもこのダンジョン内にいるのは弱い魔物ばかりだ。主にスライム、コボルト、ゴブリン、リザードといった下級魔物が主だ」
「弱いとはいえ、ゴブリンとかの姿を見たら倒せますかね?」
「倒せないとお前達はいつか死ぬ。いつでも俺達が面倒を見れる訳じゃない」
ゴルドーは強い口調で言う。
いつまでも庇える立場にいられない。
それを聞いてみた笹原もだが、幸成も奈々もクラスメイト達も迷いを晴らすことしかできない。
迷いを晴らさないと死ぬかもしれない。
今は本当にそれしか思えない。
今はそう思うしかない。
「…………今はみんなして無理をしてでも動こう。それがみんなの生きる道だと思う」
笹原は苦しい表情を浮かべながらも、自分の役目を果たすために幸成達を前へ進めようと声を上げる。
「俺達は今からでも、いつ死ぬかもわからない。それなら死にたくない俺達は強くなるしかない。生きるか死ぬか。その選択肢しかないなら、俺は生きることを選ぶ」
「俺もだ」
「私も」
「僕だって、まだ死にたくない」
笹原の声を聴いたクラスメイト達はそれぞれに口にする。
生きたいか、死にたいか。そんなものを考えてみれば答えは決まっている。
死ぬ気もない。死にたくもない。
帰りたいから生きていたいと、みんなして口にしては覚悟を決めていく。
「まるで自分の意思で生き物を殺したことがない発言かな? 私だと考えにくいけど、ユキナリは……」
「俺も初めてだから覚悟決めるんだよ。それと笹原は、みんなを引っ張るために勇気を出してくれてるから」
「……なるほどね。でも、ユキナリの覚悟に割り込んでくる魔物がいたら、私が許さない」
「できれば抑えてくれたらいいんだけど、俺にはみんなを守るだけの力はないから、もしもの時はよろしく頼む」
「うん。任せて。私ならすぐに倒せるから」
まだ覚悟が曖昧な者達もいる中、幸成はヴァルティと短い会話をしながら、ダンジョンの中へ入っていくクラスメイト達を見守る。
ゴルドー率いる騎士達と兵士達が前衛で戦い、笹原を中心にしたクラスメイト達が中衛で戦い、幸成は後衛で戦う形で入っていく。
「スライム、か。どうしていいかわからないな」
「こいつには物理はほとんど意味はない。だから、火魔法で倒すのが早いんだ」
最初に現れたのはスライム。
笹原達はスライムの倒し方をゴルドーに教わりながら、初めての魔物相手に戦っていく。
弱いと言われているスライムは物理攻撃に対しては強い耐性を持つため、物理攻撃で倒すとしたら核を狙うしかない。
なので主に魔導士系の天職持ちのクラスメイト達が前に出て火魔法を使い、核ごと燃やして倒す形になる。
幸成は火魔法を使ったことはまだない。だから幸成はまだ、戦いの輪には入れない。
「スライムは意外と簡単に倒せるんだな?」
「だが、油断は禁物だ。スライムは物理に対しての耐性を持っていて、稀に魔法も効きにくい個体が生まれたりもするからな。あと毒持ちは近付くだけでヤバい」
「そういうのが出てくる時はどうしたらいいですか? 俺は火魔法をまだ使えませんから」
「水の回復魔法で治療できるなら、なんとかなるかもしれない。だから、もしもの時には治療に徹してもらうことになるかもな」
「わかりました」
そんな中、ゴルドーからまだ戦いに参加していない幸成に指示が出た。
それはもしもの時はスライムの毒を回復魔法で治療してほしいとのこと。
「俺は補佐メインか」
まだ幸成はそこまで強い魔法を習得していない。
なので後衛でみんなをサポートする役割に専念することしかできないが、今はそれが自分の役目だと信じて励む。
「……っと、そろそろだな」
「何がですか?」
「この辺りに人型の魔物ことゴブリンがいる。ここからが全員の最初の正念場だ」
「ッ……!」
しかし、進む最中にゴブリンが現れるとのこと。ゴブリンはスライムよりも難易度が高い魔物の前に人型が出てくる。
生き物を、人型の生き物を殺すとなると、幸成とクラスメイト達は躊躇してしまう。
「本当に来るんですか?」
「ああ。もうすぐ来る」
奈々も人型の魔物の出現すると聞いて冷汗を流してしまう。
人型の魔物を殺さないとならないことに緊張しそうになるが、緊張を覚えている暇すらない。
すぐにゴブリンが現れたからだ。
「ギャッ!」
「ギヒィ!」
「ギャオォ!」
現れたゴブリンは3体。
見た目は汚い緑色の皮膚で、両手には槍や棍棒を装備している。
それはどこからどうみても醜い小人にしか見えない。
笹原はゴブリン達と距離を取りながら警戒をする。
他のクラスメイト達もゴブリン達から一定の距離を取る形で警戒していた。
「ゴブリンは人型魔物だが、躊躇うなよ?」
「…わかってる、つもりです」
「躊躇ったら自分達がやられるかもしれない。覚悟しろ」
「……はい」
笹原はゴルドーの言葉を受け止めながら覚悟を決めた。
躊躇った結果、死ぬのは御免だ。
だが、まだ躊躇いを覚えているためか動きが訓練の時より明らかに鈍い。
笹原もだが奈々もクラスメイト達も、ゴブリンを殺すことの抵抗感のせいで動きに影響を及ぼしてしまっている。
「ここは一旦俺達が引き受けよう」
ゴルドーはあまり動けないでいる笹原達を見て、先に自分が動くことにした。
このダンジョンの中のゴブリンのレベルは低い。
なので幸成達の目の前でゴブリン3体の首を一瞬の内に斬り飛ばした。
鮮やかさは凄まじく、ゴブリンが一瞬にして殺された。
「……!?」
「ひっ…!?」
血飛沫を出す3体のゴブリンは、幸成とクラスメイト達から見れば気持ちの悪い絵面となってしまった。
なので咄嗟に目を逸らす者もいれば、目を瞑るか、両手で目を覆う者もいた。
幸成も目を逸らしたくなったが、これから先はこのようなことを続けなければならないので、今は耐えた。
奈々も同じで目を逸らしたいものの、ここで逸らしたら生きていけないと思い耐えた。
「ふぅ……」
ゴルドーは一息吐くと、首を斬り飛ばしたゴブリン達の血が少しだけだが鎧に付着した。
後で綺麗に拭かないとならないと思いながら、笹原達へ振り向く。
「どうだ? これがお前達にできるか?」
「「「…………」」」
クラスメイト達はゴルドーからの質問に言葉を失う。
今はできない。
いや、もしかしたらできるかもしれないが、今の精神状態では難しい。
幸成もなんと言えばいいのかわからない。
人を殺す感覚の疑似体験がこれなら、余計にどう受け止めればいいかがわからない。
だが、考え込んでいる暇はないゴルドーは言葉を続ける。
「すぐにとは言わないが、いずれはゴブリンくらいなら倒せるようになってくれ。じゃないとお前達は早くに死ぬことになる」
沈黙、吐き気、動揺、抵抗感。
それらを耐えるか、耐えきれずにその場で吐きそうになる者が出てくる中、ヴァルティは幸成の傍で何かを思っていた。
「この光景も初めてなのかな?」
ヴァルティにとって今の光景は見慣れていた。
幸成達は見慣れていないが、別の世界から来たヴァルティは何度か見てきた光景だ。
だからこそ、今の幸成とクラスメイト達の反応の違いは何かと不思議に思いそうになる。
「けど、ユキナリとタムラって女はいいよね。ちゃんと覚悟を決め始めてる」
ヴァルティは幸成と奈々を見ていて思う。ヴァルティの記憶の中では、幸成は人を殺す感覚の疑似体験をするようなことがない平和な世界で育ったらしい。
だが、なんとか耐えている。今ある現実から目を逸らしたくないらしい。
「どうやら、この辺にしておかないとお前たちの心身が持たないようだ。仕方ない。一旦戻るとしよう」
しかし、今回はここまで。ゴルドーはそう告げて帰還を宣言した。
その後のクラスメイト達はゴブリンの屍から逃げるようにダンジョンを出た。地上に出れば日差しが眩しく感じるのと同時に、緊張感からの解放も少しは感じた。
だが、その解放感も僅かなものだった。笹原は今この場での全員の心境を言葉にする。
「正直言えば、今日はこれ以上は無理の前に人型の魔物に対する抵抗感が強くなってしまった」
「……うん。そうだね」
「まだ気持ち悪いよ……」
ダンジョンから出てきたクラスメイト達は、今はまだゴブリンに対する抵抗感が消えない。笹原も覚悟していたつもりだったが、いざとなると躊躇いを覚えてしまった。
「やらないと俺達がやられるのはわかってるつもりだ。けど、ゴブリン達の頭が転がった時は本当にヤバかった」
それでも笹原はリーダーとしての役目を果たそうとしている。
幸成と奈々は笹原のその気概を見ていると、まだ大丈夫そうに思えた。