病喚士物語 ~訳あり女性達の愛が重い~ 作:タスケ
「ヴァルティ。その、ありがとう」
「えっ? 私、ユキナリにお礼を言われるような何かをしたの?」
なんとか今日の特訓を乗り越えられたクラスメイト達がテーブルで俯く中、幸成はヴァルティに感謝を伝える。
ヴァルティからすれば心当たりはないのだが、幸成は気にせず言葉を続ける。
「ほら。ヴァルティがやったゴブリンの死体を見本のようにして、クラスメイト達に覚悟を決めさせようとしたお陰もあって、なんとか覚悟を決めてくれたからさ」
「ああ。そういうこと。なら、よかった。けど、あれで本当に覚悟を決めたのかな? ユキナリはそう思うみたいだけど、私はあの10人は厳しいと思ってる」
「まあ、碇谷と鈴原辺りはそう思われても仕方ないか」
「ユキナリは碇谷達のこと、どう思ってるの?」
「どうって言われても、戦いには向いてないってくらいかな?」
よく言えば性格が優しい。悪く言えば臆病。そんな評価を幸成は碇谷と鈴原に対して下す。
碇谷と鈴原は平和な日本育ちなのと、戦いに向かない性格が災いしてゴブリンを殺せなかったのだろう。
そう思わざるを得ない。なので幸成なりに心配で仕方ない。
「戦いに向いてないけど、この世界では危険なのは変わりない。なら、いつかは慣らさないとならない。現に笹原が少しでもなんとかしたいと言葉をかけてる」
「ユキナリは碇谷達のことが好き?」
「好き嫌いの問題じゃない。あの2人にだって家族とか大切な人がいる。だから、できればみんなで帰れるように頑張りたい」
「……私にはユキナリしか大切じゃないのに、ユキナリは碇谷達まで大事にするんだ?」
「まあ、あくまでも理想は理想。理想が叶わないことになったら、その時の俺は割り切るしかないとわかってはいる。けど、今はまだやれるだけやってみるつもりだよ」
「ユキナリがそうしたいならいいけど……」
ヴァルティは納得したように聞こえながらも、納得してなさそうな様子だ。
そのヴァルティを横目で見ていると、兵士から夕食の用意ができたと報告が来たので今回の夕食こと鶏肉のワイン煮と白パンを食べていく。
「白米が食べたい……」
食べる最中、笹原がふと呟く。白米という単語を聞いていた幸成と奈々、クラスメイト達もそうだそうだと言いたげに頷きながら、食欲はなさげに食べていく。
幸成も可能なら白米が食べたいと呟きたくなる。
「誰か。お米を出せそうな天職持ちはいたりしないか?」
「いや、いないぞ。残念なことに」
「どこかのラノベ系みたいなスキルとか持ってそうな奴がいてもおかしくないが、それらしいのもいない」
「いや、誰かのスキルが実はという可能性はあるかもしれない」
クラスメイト達は白米の話題になると、どこかに米が出せる天職がないかと探そうとしたくなる。可能な者がいたら、どれほどいいことだろう。
そんな冗談半分のような本音半分のような考えを、思わず全員して浮かべてしまった。
「いることにはいるわよ。但し、私としてはあまりお勧めしないけど」
するとヴァルティが気になる発言をする。
「ユキナリが召喚できるナニカの中には、植物を自由自在に育てられる力を持った者がいるから」
「召喚って……俺にそんなこと、できるのか?」
「うん。できるよ。そのためには名前を知って口に出す必要はあるけど、できなくはない……ないんだけど、可能なら召喚してほしくない」
幸成の病喚士の力で召喚できるとのことだが、ヴァルティは『召喚してほしくない』と否定する。
何故に駄目なのか、何か事情があるのかを幸成は聞きたいが、今は夕食の席の上に周囲の目もあるので話を後にしたいが。
「米! 米が食べられるなら、今はなんでもいい!」
しかし、亀田が白米の単語を聞けば米を食べたいと声を荒らげる。
今は米のこととなると、他のクラスメイト達も『なんとしても食べたい』という気持ちが強まりそうになる。
「待て! 本当に待て! ヴァルティが『召喚してほしくない』って言ってるのに、召喚したら何が起きるかわからないだろ!」
「えっ?」
「俺の天職を忘れたのか? 召喚士ならぬ病喚士だぞ。ヤバいナニカが出てきてもおかしくない!」
ここで幸成が慌てながら待ったをかける。
天職名に病という漢字が付いているのは、ただの偶然だと信じたいが、病喚士という響きからしてヤバい。
そんなヤバい響きの天職の力で、ヴァルティが『召喚してほしくない』と言っている存在を、軽はずみに召喚できると誰が思うのか。
「そ、それもそうだった……!」
その言葉を聞いて亀田は冷静になれば、他のクラスメイト達も冷静になった。
というより、幸成が危惧する通りの存在が出てきたらマズいと、内心冷汗を流していた。
もしも本当にマズい存在を召喚してしまったら、どうなるかがわからない。そんな危険は冒せないと、大人しく米が出せる可能性があるナニカの召喚は一旦見送ることにする。
「それでヴァルティ。なんでお勧めできないんだ? 訳ありなのだけはわかったけど」
「ユキナリには私がいればいい。ユキナリと一緒にいられるようにしてくれた謎の存在には感謝はあるけど、それでも『彼女達』は出さないでほしい」
何とかした後の幸成はヴァルティに『何故に召喚してほしくないのか』を小声で聞いてみる。するとヴァルティはユキナリに執着しているからか、他の何者かは登場させないでほしいと言い出した。
ヴァルティにとってはマズいようだ。何故にマズいのかは不明だが、詳しいことは後で聞くことにした。
夕食を食べ終えた後、改めて幸成はヴァルティに召喚しない方がいいとする理由を聞いてみた。
するとヴァルティは話そうかどうかと、迷うような様子を見せていた。
「ユキナリ。本当に聞きたい?」
「聞きたい。でも、嫌なら話さなくていい」
「……そう、だよね。ユキナリが病喚士になった理由は『私達』だから、知る権利はあるよね」
「私達?」
「他にもいるの。私以外のナニカがユキナリに呼ばれたがってる。けど、そのナニカ達は召喚しないでほしい。あいつらが来たら、私は……」
「私は?」
「あいつらと殺し合いになるかも」
ヴァルティは幸成を独占したい。もしもヴァルティ以外の誰かが召喚されたら、下手をするとヴァルティは殺し合いを覚悟しなければならない。
それが聞こえた幸成は、一瞬で全身の汗腺が開いたかのように冷汗が滲み出る感覚に襲われる。
心臓の鼓動も煩くなる。頭もくらっと揺れ、視界が歪む感覚に襲われる。
「そんなわけで、私はユキナリをあいつらに渡したくないから呼ばないでほしい」
「な、なんでそんなことになってるの?」
何がどうなれば、そんなことになるのか。幸成は訳がわからないとしか思えない。
わからないことが多すぎる。なんでこんなことになるのかが全くわからない。幸成は一旦頭を抱えたくなったが、ヴァルティから話を聞けることは全て聞いておきたい。
「病喚士という天職は、ユキナリだけしかいない」
「うん」
「その天職は『病』を呼び出すことに特化してるの。その病とは怪我や病気に関することとかじゃなくて、理由と過去があって精神が病んでしまった者が呼ばれる」
病喚士とはその名の通り『病』を呼び出すことができる天職とのこと。その病は怪我や病気といった意味ではなく、精神を病んでしまった存在を呼び出すらしい。
「精神が、病んだ誰か?」
「そう。しかも、揃いも揃ってユキナリを知ってる者ばかり」
「えっ? 他にも俺を知ってる誰かがいるの?」
「うん。どうして知ってるのかは私からは直接言えないけど、ユキナリと深い縁があった者だけが『病』扱いされて呼ばれる」
幸成と深い縁があった者ばかりが、病喚士に呼ばれてしまうようだ。それがどういう意味なのかがわからない。
「ユキナリは平行世界がどうのとか、前に言ったことあるよね? それが関係するんだけど、話すと長くなる。それでも知りたい?」
「知りたい。俺が知らない誰かを召喚して、面倒なことになっても嫌だから」
「わかった。なら、徹夜は覚悟して聞いて。多分、全部聞き終えた頃には窓の外は明るくなってる」
「それでも構わない」
そこからヴァルティは語り出す。ヴァルティが、いやヴァルティ達が幸成を病喚士にしただけの内容を。
『ユキナリ!? ユキナリ! しっかりして、ユキナリ!!』
『……ヴァル、ティ、さん? よか、った。無事、だったんです、ね?』
ヴァルティが幸成の前に現れる以前の別の世界線において、ヴァルティは幸成と共にある森の中の洞穴で眠っていた。
しかし、幸成に異変が起きた。ヴァルティを討伐しに来た人間達の手にかかり、幸成は腹部と背中から大量出血する。
そのままヴァルティに覆い被さる形で倒れ込んだ幸成の息は弱く、ヴァルティが必死に呼びかけている間にも徐々に弱まってしまう。
『やめて。死なないで、ユキナリ。私の傍にいてよ! 貴方が死んだら私は、私はぁ……!』
ヴァルティは絶叫しながら幸成の腹部に両手を添えて治癒を試みる。回復魔法を使い、傷口を塞ぎ止血を試みるが上手くいかない。
傷が深すぎて塞ぎようがない。傷が塞げずに幸成の生命力と意識が衰弱していく。
『……肉じゃが、食べたかっ、たなぁ……』
だが、そのヴァルティの姿は幸成の瞳に映っていない。その瞳はヴァルティの姿を捉えておらず、まるで虚無を見つめているように見える。
それでも幸成は掠れる声で最後に呟く。地球の家庭料理の一つ、肉じゃがを食べたいと。
その言葉を最後に幸成の呼吸は途切れ、体温が低下していく。
『ユキナリ? ユキナリ!? 死なないで! 私の傍にいて! お願い! お願いだから、死なないで!!』
ヴァルティは幸成の亡骸を抱きしめながら絶叫する。自分を初めて恐れずに接してくれた幸成が死んだ。
その死を認めたくないと叫び、涙を流す。ヴァルティの脳裏には幸成と出会った時のことと、今日までの記憶が浮かぶ。
それはとても新鮮で楽しかった記憶ばかりが頭に浮かぶ。
『やだ。ユキナリとまだ一緒にいたいよ。お願いだから、私の傍にいてよ。私を置いていかないでよぉ!!』
ヴァルティの絶叫は、森中に響き渡った。響き渡った声は周囲の魔物達をも震え上がらせる。
悲しさもだが怒りも籠るヴァルティの声は、周囲の魔物達を逃げ出すように動かすほどの威圧感があった。
暫くしてヴァルティは泣き疲れて眠りにつく。目を覚ますと幸成の亡骸が視界に映る。
死んでしまった以上は蘇ることはない。
『やだ。こんなの嫌だよ。ユキナリを生き返らせたい。また一緒に暮らしたいよぉ……』
ヴァルティは泣きながら、完全に温もりを無くした幸成の亡骸を抱きしめて呟く。その願いが通じたのか、どこからか声が聞こえてくる。
『完全な形とまではいかなくてもいいなら、もう一度は出会わせることが可能だよ?』
『誰?』
『誰でもいいだろう。重要なのはキミがどうしたいかだ。キミはもう一度、彼と会いたい?』
どこか胡散臭そうな男の声だけが聞こえてくる。会いたいかと問われたら会いたいに決まっている。しかし、胡散臭い声の主を信用できるかどうかが怪しい。
普段のヴァルティなら罠の可能性も考慮したかもしれないが、今は幸成に対する一心で返答する。
『会いたい。会いたいよ。またユキナリと過ごしたいよ』
『なるほど。そうか。なら、今からキミを含む特定の誰かにチャンスを与えよう』
『どういうこと?』
『キミと似た境遇の誰かも、キミと同じことを考えているようだ。キミは彼と再会し、傍にいることが可能になる』
『本当に?』
『ああ。その代わり、キミ以外の誰かも、彼の傍にいることになる。それでもいいかい?』
『……うん。それでもいい。ユキナリと会えるなら、なんでもいい』
胡散臭い声の主が提示した条件は、ヴァルティ以外の特定の誰かも幸成に会えるというもの。
しかし、幸成と会えるならなんでもいい。
その声の主の言葉を信じるに値する根拠はないのに、ヴァルティはもう一度幸成と会えるのなら、なんでもいいという答えを出した。
『ならば、キミが本当にユキナリ少年と出会えるよう手配しよう。但し、そのユキナリ少年はキミを含む者達のことを全く知らないでいる。それだけは肝に銘じておくといい』
『わかった。だから、早く私をユキナリの元へ連れていって』
胡散臭い声の主はヴァルティの望みを叶えると伝えてから、その場から声と存在感を消した。
それから間もなくヴァルティは別の場所にいることに気付く。その別の場所こそが、異世界であるテンペウ王国のテンペウ城の王の間。
そこでヴァルティは幸成に再会できた。だが、ここで気掛かりなのはこの別の世界に来た際に、『特定の誰かにもチャンスを与える』と声の主が言っていたことだ。
その『誰か達』のことなどが、いつの間にか情報の形で頭の中に入っており、その誰か達に幸成を盗られるかもしれない危険性があった。
ヴァルティの話は終わる頃には部屋の中のランプの炎は仄かに揺らいでいる中、朝日が窓から差し込まれ始める。
幸成はヴァルティの話を聞いてから、どう言葉を返していいのかがわからないでいた。わからないが、ヴァルティが言う『特定の誰か達』がなんなのかに興味がある。
「ヴァルティ。その特定の誰かって、どんな人達?」
「1人は夕食の時に言った植物を自由自在に育てられる者。2人目は『ユキナリの妻』を自称してる。他にも恋人を自称していたりするよ」
「妻と恋人って、それはないと思うんだけど?」
「私もそう思う。けど、自称する理由が可哀想かもだし……」
妻という言葉を聞いた幸成は信じられずにいる。ヴァルティも呆れが混じった様子で言葉を濁した。
「まあいいや。とにかく、話の内容からして俺が病喚士という天職になったのは、俺が死んだ世界が複数あって、胡散臭そうな声の誰かが関わったからなのはわかった」
「うん。今はそれだけわかってればいいよ」
その胡散臭そうな声の主の顔が見てみたいと、幸成は思わずにはいられない。
色々な意味で何をしてくれたのかと、問い詰めたいほどだった。
「それで、その植物を自由自在に育てられる人は、呼んでも大丈夫なの?」
「うーん。ユキナリから見たその人は、ちょっと危ういかもしれないけど、根は悪くないんだよね……執着心がそこまで強くないと信じたいけど、大丈夫かなぁ? もし駄目そうなら本当に殺し合いになるかもだし」
ヴァルティからすると自称妻と自称恋人よりは安全なようだが、それでも不安はあるらしい。
それもその筈でヴァルティが危惧する通りでいると、かなりマズいことになる。
「呼んだらマズい?」
「独占欲が強かったらマズいけど、そこは私よりはマシだから。……多分」
「一気に不安になってきた」
マズいかもしれない。
しかし、幸成とヴァルティの頭の中には白米を初めとした作物も育てられる可能性の高い存在がいる。
「……ちなみにその人は、どんな特徴をしている人?」
一か八かの賭けではある。
しかし、米を初めとした日本で食べる食材が食べられるかもならと、幸成はその人物の容姿と性格などを聞こうとする。
「一言で言うと植物を司る大精霊。神様扱いされたこともあるらしいよ?」
「どうやったら、そんな偉い存在と俺が知り合えるの?」
聞こうとすれば、まさかの神様扱いされることもある大精霊とのこと。そんな存在とどうやったら知り合うことができたのかが、幸成にはわからない。
というか、神様扱いされるほどの存在とどうやって知り合えたのかを、ヴァルティに聞いてみる。
「過去までは全部は知らない。私が知ってるのは主に名前、容姿、能力、性格の4つ」
「その名前を聞いてもいい?」
「駄目。ユキナリが知って言葉にしたら即座に呼ばれる。その後にどうなるかはわからないよ?」
ヴァルティは幸成の独占欲が強い。なのでその人物の名前は聞かせまいとしている。それはそうと名前を言葉にすれば即座に呼ばれるのも困るので、幸成は大人しく名前は聞かないようにする。
「名前を呼んだだけで召喚はちょっと……いや、かなり困るかな。俺からすればどんな存在なのかはわからないし。ところで、なんでヴァルティの場合は呼んでないのにいるんだ?」
「さあ? わからない。けど、私にとっては非常に好都合なことは確かだよ」
理由は不明だが好都合だったからか、ヴァルティは微笑みながら答えた。その笑みは幸せそうなものであり、幸成はドキッとする。
「それより結局、徹夜しちゃったね。今日の訓練は無事にできる?」
「眠いけど、やれるだけやってみるよ。というか、ヴァルティがいてくれるのもあって俺はなんとかなってるし、感謝してる」
「私もユキナリが生きててくれるから、私は安心できてありがたいよ。……さて、と。今日もユキナリは頑張らないとね」
本当に徹夜することになるとは幸成は予想していなかった。だが、ヴァルティに感謝している。ヴァルティが傍にいてくれるから、幸成はなんとか生きていけそうだと思える。
ヴァルティもユキナリがいるから生きようと思えている。そう言いながら今日も頑張らないとならない。
今日の朝食を食べ終えた後、昨日と同じくゴルドー達によりダンジョンの入口前へ幸成達は連れ出される。
碇谷と鈴原を含む残り10人のクラスメイトは、ゴブリンを手にかけることの継続をするとして、幸成達は騎士達と兵士達と共にもう少しだけダンジョンの中を進み、経験を積ませるとなっていることをゴルドーが説明した後。
「すみません、ゴルドーさん。俺も碇谷達の傍にいていいですか?」
「ん? なんでだ?」
「俺なりに今の碇谷達はこのままだと危険だと思ってるので、できる限り傍にいたいです。俺の力があれば、もしもの時は助けられますので」
「それもそうだな。なら、お前もあちらの方に同行していいぞ」
「わかりました」
笹原は自分が碇谷達の傍にいたいとゴルドーに申し出て、許可を貰えると同時に兵士達と共にダンジョンの入口へと向かう。
幸成達とは別行動となるが、笹原のことはゴルドーに任せると決める。
「みんな。今日も頑張ろう。慣れていかないといけないから」
幸成達は笹原達を見送る。その後に幸成は心配はするものの、今はクラスメイト達より自分の心配もしないとならない。
「まあ、笹原に任せるしかないな。俺達は俺達で頑張るしかない」
笹原は残り10人のクラスメイトの傍にいる。それを聞いた他のクラスメイト達は、笹原に任せるしかないと思う。
そして幸成達は昨日と同じダンジョンの奥へと入る。今回は少し進んだところで他のゴブリンと戦うらしい。
今日は昨日よりも少し深く潜るらしく、ゴブリンの数も増えるだろうと、兵士達から聞かされる。
「まずは4体か。数が増えると厄介そう」
「そうだね。今日もかなり気が重い……」
ダンジョン内を暫く進めば、ゴブリン4体と遭遇する。その姿を見ただけで既に気が重いが、クラスメイト達は気を強く持たないとならない。
なんとか今日も、生きるために戦う。召喚される前は戦うことが当たり前ではないので、覚悟と精神が毎日削られてしまうが。
「数が多い分、殺さなきゃならないのも多い。今日はかなり嫌な気分が次々に襲ってくるのが容易に想像できる」
「それは私も同じ。殺し合いなんて当たり前な環境に慣れろなんて平気で言えるクラスメイトはいるのかな?」
「いないと思う。今はそれより、来るぞ!」
幸成もだが奈々も戦いが当たり前でない環境の人間なので、気が重い。それでもゴブリン達が襲ってくる以上はなんとかして殺さないとこちらが死ぬ。
ハンマーを持つ奈々の両腕が僅かに震えている。魔法を放とうとする幸成の両手も震えている。しかし、やらなければ殺される。
「はあっ!」
「ギャッ!?」
奈々はハンマーを横に振って、ゴブリンの頭を叩き潰した。一方の幸成は風の刃を放つ魔法を放って、ゴブリンの首を斬り裂く。
「この!」
水村も槍を振るい、ゴブリンの胴体を貫いてみせる。槍からゴブリンの血が滴るのを見て、水村も気持ち悪くなる。
「……気持ち悪い感触!」
それでもなんとかゴブリンを殺してみせた。その後に残ったゴブリンの首を塚地が剣で斬り落としてみせた。
無事に殺してみせたものの、気分がいいとはまるで言えない。これを続けては耐性ができても、気持ち悪さは残りそうだ。
「……ふぅ」
「うえっ。気分悪い」
「まだ今日は始まったばかりだぞ? 本当にこの調子で生きていけるのか?」
クラスメイト達はまだ始まったばかりなのに、疲労し始めている。これを見た兵士の1人は実力はあっても精神は大丈夫なのかと、危ぶんでしまう。
幸成は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。だが、他のクラスメイト達はすぐに気持ちを落ち着かせられない。
「本当に殺されないように注意しないとだな」
今日もかなり気分が重い。殺さないと殺されるのはわかっているが、まだ慣れないとならない。慣れるしかないのは事実。
しかし、その事実を素直に受け入れられるほどに精神は強くない。幸成の場合はヴァルティがいてくれるから、まだ安心して戦えていられるが。
「頑張ってね、ユキナリ。私は今は見てるだけにする」
そんな幸成を励ますかのように、ヴァルティは頭を優しく撫でてくる。幸成はヴァルティに「ありがと」と小声で答えると、次のゴブリン達を探すために歩き出した。
「うえぇっ……」
「うっぷ……や、ヤバっ……」
3時間はゴブリンを探しては殺し、また探しては殺す。それの繰り返しをしていく途中でクラスメイト2人こと反町と新田が吐きそうになる。
「その辺で吐いてこい。幸いにもダンジョンは死んだ魔物と人間を食う性質がある。吐いたとしてもダンジョンに食われるから、痕跡は残らない」
「そ、そうですか……?」
それを見たゴルドーはダンジョンは死んだ魔物や人間を食う性質があるので、吐いたとしてもすぐに食われるので痕跡は残らないと伝える。
ゴルドーからの言葉に反町と新田は近くの壁際に駆け込むと、2人揃って吐く。吐き終えると、2人の吐瀉物はダンジョンの岩壁と地面に吸い込まれるように消えてなくなる。
吐いた直後なので臭いは残るものの、吐き終えた2人は気分がマシになりつつ立ち上がる。
「マジで消えた…」
「これなら、吐くのを我慢しなくても大丈夫だと思えてきた」
「吐くのも込みで、気分を整える必要がありそう」
「確かにそうかも」
「ダンジョンに食われて消えるなら、遠慮なく吐けるかも。死ぬほど気分悪い時は、遠慮なく吐いておこう」
吐いた2人がそう言ったので、クラスメイト達は『本当に駄目なら吐いてしまおう』と考えた。
戦う気力はあるものの、戦い終えると毎回気分が最悪になりかける。なら、吐いてスッキリするのもありだ。
その会話を聞いた兵士達は。
「思ってたより早いな」
「ああ。もう吐くのも込みで生きようとしてる」
兵士達は驚きと納得の混じった様子だった。幸成達は思っていたよりも精神が強い。
「今はいい方向に進み始めたのはいいが、それでも前途多難なのは変わりない」
「それは同感だ。特に今はまだダンジョンにいる以上は、ゴブリン共の相手もしないとならない」
前途多難なのは確かだが、まだゴブリン達がいるので気を緩められない。ダンジョンの中なのだから、油断すれば殺される。
「さて。奥にはどんな魔物がいるのやら」
そう思ってゴルドーは前に進む。次はどんな魔物が待ち構えているのか、そう思うと気が抜けない。
そんなゴルドーだが、向かう先の奥から『グチャグチャ……』と不気味な音が聞こえてくる。
同時に血生臭さが微かに漂ってきていた。