第1話 遥か遠い日の、私の記憶
「敵戦車、1時、200m!撃て!」
「発射!」
ズシン、と衝撃が車内に響く。キューポラ視界の先で、敵のIV号戦車がハッチから火を吹いた。
「……敵車撃破!次が来るぞ、後退しろ!もう1発徹甲弾だ!」
その指示に従うように戦車T-34は後退を始める。
「これで徹甲弾は最後だよ!」
砲弾を装填しながら、装填手はそう声を上げた。
次の瞬間、何かが車体にぶつかって弾かれる音がする。全員が顔を顰め、私はキューポラから音の根源を探る。
「10時にIV号戦車!遅めの昼飯時を向けてるぞ!車体の角の平たい所をぶち抜いてやれ!」
「発射!」
また、車内に響く衝撃。その直後に弾薬庫に引火したのか敵のIV号戦車は砲塔を吹き飛ばした。
「敵の歩兵部隊だ!肉薄しに来てるぞ!」
「敵車撃破!2時方向の歩兵に対処だ!車体を2時方向に旋回!機銃撃て!増援が来るまで耐えるんだ!」
────────
「……はっ」
頭にヘイローが灯る。私は目を覚まし、身体を起こした。
「……」
薄らと乱れた呼吸を整えながら、私───前宮ニコは部屋を見渡す。
いつもの自室、いつもの起床時間。しかし、いつもと違い、頭の中に鮮明に広がる、知らないのに懐かしさを感じるような記憶の数々。まるでもう1人の自分が身体の中にいるような感覚を覚える。私は、それがすぐに『前世の記憶』であると理解した。きっと、夢で見たのも、前世の記憶なのだろう。
「……そっか」
私は前世の記憶を思い返す。鮮明に蘇る戦争の日々。どうやら前世では「
「ニコ!起きなさい!今日から学校の寮に行くんでしょ。起きて準備しなさい!」
部屋の外から母に声をかけられ、私は意識をリセットする。
「分かってるよ!」
と、ドア越しに返し、ベッドから起き上がった。
服を着替え、昨日のうちに纏めた荷物を持って部屋を出る。
「おはよ」
「おはよう。本当に学校の寮なんて大丈夫なのかしら。ちゃんと寝坊しないように気を付けるのよ」
そう言いながら、母は朝食を出してくれた。
「もう、分かってるよぉ。……いただきます!」
私は朝食に手をつける。母の焼いた目玉焼きにトースト。ただの目玉焼きとトーストだが、彼女が作るものは焼き加減が完璧で、これ以上に美味しい目玉焼きを私は知らない。もうこれもしばらく食べられないと思うと、少し寂しくなる。
「……美味しいよ。お母さん」
母にそう伝えれば、くすくすと笑った。
「……なによ。どうしたの急に?食べたくなったらまた時々帰って来ればいいじゃないの」
母は笑いながらそう言った。そして、「ほら、食べ終わったら身支度しなさい。学校はまだ始まってないにしてもバスの時間はあるんだから、初日から遅刻だなんて恥ずかしいわよ」と心配そうに続ける。
私はそれに返事をすると、朝食を食べ終え、マグカップの牛乳を一気飲みして、身支度を始めた。
歯を磨き、髪を整え、上着を羽織る。もう3月だけど、学校のある場所はまだ寒いらしい。そうして出かける準備を完了した私は、大きな荷物とストックの折り畳まれたAKS74Uアサルトカービンを抱えて、母に向き直る。
「……それじゃあ、お母さん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
母に見送られながら、私は玄関を出た。
「さーて、これから頑張るぞ」
私は気合いを入れ直し、荷物を抱えてバス停へと向かう。バス停でしばらく待てば、1台のバスがやって来た。行き先を確認して、バスへと乗り込む。
『レッドウィンター連邦学園』。このキヴォトスの北端にある、ほとんど一年中雪に覆われている地域の学園だ。
学業の開始は4月からだが、3月のうちに寮に入って学園での生活に慣れるのが習わしらしい。今日は私の入寮日だ。
軽く周囲を見渡せば、他にも結構な荷物を抱えた同じくらいの歳の子たちがチラホラと見える。きっと彼女たちも今日が入寮日なのだろう。
しばらくして、バスが停車した。窓の外を見れば、少し雪の積もる景色に、大きな学校が遠くに見える。ここが目的地だと確認して、荷物を持ち、バスを降りた。
……たしかに寒い。上着を着て来ていて良かった。広がる雪景色を眺めていると、なんだか懐かしい気持ちになってくる。これは……前世の記憶だろうか。一部の建物の造りや気候にとても懐かしさを感じた。
ふと、上級生らしい生徒が1年生を呼び集めている。
「これから寮に向かうぞ!新入生は私に着いてくるように!」
そう言われて、その上級生へと着いていく。少し……とは言い難い距離を歩けば、寮らしい建物に到着した。そして、上級生が寮について説明を始めてくれる。周りの新入生たちの中には、息の上がっている者もチラホラといた。
目の前にそびえる寮の建物は、5階建てで結構な大きさだ。学年関係なく生徒同士の交流を深めるためという名目で、特に学年ごとで棟が分けられている、と言うわけでもなく、その部屋は一部の生徒を除いてランダムに割り振られ、年に1度の部屋替えがあるのだそうだ。……5階に部屋を割り振られた生徒は大変だろうな。
上級生からの説明を終え、配られたプリントから部屋割りを確認し……4階だ。なかなかにつらそう……。
ふと、右斜め前にいる、私以上に大きな荷物を抱えた生徒が「わぁ、4階だぁ」と呟いているのが聞こえた。少し気になって覗き込めば、彼女は自分と部屋番号が隣同士だ。
「あ、君も4階なんだ。私、隣の部屋に入る前宮ニコ。よろしく。あなたは?」
「わたしは丸田ユウリだよ。よろしく〜」
少しおっとりとした喋り口調の彼女は、私にそう返してにこりと笑った。
「凄い大荷物だけど……大丈夫?手伝おうか?」
「ううん、大丈夫〜!もう〜パパったら、いっぱい物持たせるんだもん……よい、しょっと」
ユウリは困ったように笑い、荷物に手をかけると、ひょいと持ち上げる。正直、私よりも小柄なのだから驚きである。
「わぁ、力持ちなんだね!?」
「えへへ、力だけは自信あるんだ~」
そんな会話をしながら、寮へと入っていく。エレベーターは無く、階段を昇って指定された部屋へと向かった。
「……ふぅ……やっと4階だ……」
やはり荷物を持って建物の4階まで階段で上がるのは骨が折れる。……隣にいるユウリは全く疲れを感じさせない顔で「お疲れ様〜」と私に声をかけてくれた。多分彼女は腕力だけでなく持久力も優れている……。
なんとか自室へ荷物を運び、自室を見回す。シンプルなクローゼットと机、パイプベッドの置かれた最低限の生活空間といった部屋だ。これからの生活できっと物も増えて彩られていくのだろう。
「さて、と」
ある程度持って来た荷物を片付けてから、隣の部屋の様子を見に行ってみた。
「うわっ!?」
扉を開ければ、部屋にずらりと並ぶ服。夏物から冬物、手袋のような小物までなんでも揃っている。まるで服屋にいるかのようだ。
「ふえぇ……ニコちゃん片付け手伝ってぇ〜……」
もう参った、と言うような半泣き顔で私に助けを求めるユウリに苦笑しながらも、荷物を片付けるのを手伝ってやった。……3時間かかった。中々大変な作業だったが、夕食後のプリンを譲ってくれたので良しとしよう。
その日の夜には、風呂などの寮の設備に関しての説明などを受け、その日はそのまま自室で休む流れになった。これから、学校が始まるまでは昼間は校内や校区内の施設の見学など自由な行動が許可されているらしい。
さて、明日は何をしようか。今日はもう疲れていたので、それを考えるのは明日の自分に任せることにして、ベッドに潜り込み、ゆったりとやってくる睡魔に身を任せる。
こうして、私のレッドウィンター連邦学園での生活が始まった。
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