第14話 教室から抜け出して
「……はぁ……」
レッドウィンター連邦学園に入学して数日。今は数学の授業中だ。私、前宮ニコは、頬杖をつきながら溜め息を零した。
『ひとつの角が直角の三角形において、辺Aの二乗と辺Bの二乗の和は───』
教室の一角に置かれたディスプレイに映し出された映像と共に、機械的な音声で三平方の定理に関しての説明が淡々と行われている。
キヴォトスにおいて、こういった授業では「先生」に教えてもらうということはそう無い。基本的にブルーレイディスクに収録された授業を聞いてノートを取る作業。
中学までの授業の時点でそうだったのだから、何となくそんな予感はしていたのだけれど、やはり高校生になってもそれは変わらない。
その上、私は部活で先輩に色々なものを教えてもらう楽しさを知ってしまっているし、前世の私も学校に入学する、となれば「学校で先生に教えてもらう」というのを楽しみにしていた記憶がある。
それを考えると、どうも前世の私に申し訳ない気持ちにもなるけれど……。
「……退屈だなぁ」
……それ以上にとにかく、退屈だった。
特に三平方の定理や三角関数は、地図を見る上でとても重要なのもあって、前世の知識であらかた理解が出来てしまっている。知っていることを長々と聞いているのは少々つらいものがあるわけで。
「……ねぇねぇ、ニコちゃんも退屈なの〜?」
小声でそう問いかけてくるのは、後ろの席に座るうちの班の装填手、丸田ユウリだ。
「あぁ、ごめん。気を散らせちゃった?」
振り返って、小声でユウリに謝ると「大丈夫だよ〜」とにこやかな笑顔で返してくれた。
……ん?「も」……?
「ユウリも退屈なの……?」
そう問い掛ければ、コクコクとユウリが頷く。
「実はね〜、この辺りは中学校の授業で習ったの〜……」
「そうなんだ?」
「うん」
(中学で高校範囲の勉強を習うなんて、ユウリって実は頭良い学校出身だったんだ……)
話し方からはあまり勉強に没頭するユウリの姿が私には想像できなくて、意外だった。人は見かけによらず、ってことなんだろう。でも確かに教えたことはすぐ覚えるし、結構周りを良く見てるし、地頭は良いんだろうな〜……。
そんなことを考えていたら、ユウリが小声で私に提案してきた。
「ねぇねぇ、教室抜け出しちゃおうよ〜」
「えっ、それはマズいでしょ……!?」
授業はちゃんと受けとかないと成績に影響出るかもしれないし、私たちまだ入学して数日だよ……!?
「大丈夫だよ〜。ほら、授業抜け出してる人いっぱいだよ〜?」
「……それは……まぁ……」
私は言いよどみながら周囲に視線を向ける。教室の席は殆どが空いていて、半数以上が教室におらず、なんならちゃんと自分の席に座っている生徒はその中でも一握り。
それもそのはず、ただただ画面に教材が映されるだけで、見張っている人がいる訳でもないんだから、途中で抜け出したってバレることもないんだ。
ふと、私たちと離れた所で授業を受けるリナとライカの姿が目に入る。リナとライカは本来離れた席だが、ライカは落ち着かないのか教室の後ろの隅っこの席に移動しているし、リナはその隣に行って頭を抱えていた。
(……あの二人はあの二人で大丈夫なのかな……)
と心配に思っていると、リナが「だあぁあ!」と痺れを切らしたような声を出して私たちの方へとやってきた。
「全っ然分かんねぇ!」
「えぇ……どこが分からないの?」
私が困惑顔でそう返していると、部活での顔馴染みが集まっているからか、ライカもこちらへやって来る。
「小難しい言い回しばっかりしやがって、何がなんなのかサッパリだよ……」
「ライカは分かった?」
「う、うん。なんとか……」
ライカは問題無さそうで安心した。しかし、リナの方はマズい。まだ入学して数日なのに躓いていたら、この先はきっとどんどん難しくなっていってしまう。
「どういう所で使うものなんだよ、こんなの……」
あぁー……説明から計算の感覚が掴めてないタイプだ。それなら、身近な物で例題を出してあげたら解けるかも……?
「えっと、それじゃあ……」
私はノートに三角形を簡単に描き、例題を出してみた。
「まず、リナが故郷で対雪崩砲を撃つ仕事をするのを想像しながら考えてね」
「お、おう……?」
「『今日撃つ場所は砲台から真っ直ぐ中腹の山小屋に行って、そこから直角に右に曲がって400m行ったところだ』って言われました。砲台から、山小屋までは500mだっていうことは分かっています。じゃあ目標地点に当てるには大砲は何mの調整で撃つべき?」
「え?大体640mくらいだろ?」
「できるじゃん……」
逆になんでそれがパッと答えられるの……?というのは置いといて、計算すると640.3124……となるので本当に正解している。ユウリは「暗算!?凄〜い!」と拍手していた。
「今さっきの問題みたいなのを正確に計算できるのが、今習ってるやつだよ」
「……あっ、そういうことか!」
リナはポンと手を叩いて、そう言う。多分、これから三平方の定理の問題でリナが苦しむことはなさそうで安心した。
「……よっしゃ、じゃあ解けるようになったし、みんなで教室抜け出そうぜ」
……リナもそっち側だったか〜……。
「ん〜……」
私はしばらく唸って悩んだ末に「まぁいっか」という結論に達した。友達と教室抜け出すのも、それはそれで学園生活でしかできないことだよね。
「……OK、じゃあ抜け出しちゃおっか」
「わ〜い!」
「よしっ、行こうぜ!」
「ライカはどうする?」
「わ、私もついて行って……いい?」
「もちろん!」
そうして、顔馴染みの4人組で教室を抜け出した。
「……さて、教室を出てきたのは良いけれど」
何しよう。と私が周りに問い掛ければ、全員で空を見上げ「うーん」と唸る。
そう、出てきたは良いけど、娯楽らしい娯楽なんてあまり無いんだよね。ちょっと遠くにピクニックに出かけてみる、なんてのもアリだけれど、今は4月。正直遠出するにはレッドウィンター校区内はまだ寒い。
「じゃあ、みんなで電車に乗ってD.U.地区まで行ってみようよ〜」
そうユウリが提案した。
D.U.地区。連邦生徒会直轄の地区で、様々な学園の生徒が集まる地区だ。それ故に沢山の店が立ち並び、色々な物が手に入る。それは娯楽に関しても言えることで、レッドウィンター校区内よりも遥かに色々な娯楽があるらしいとか。……とは言っても行ったことほとんど無いんだけど。
「んな言ったって、アタシら
リナの言う通りだ。私たちはあまりお金を持っていないので、電車賃はギリギリ出せても、その後遊ぶにはお小遣いが心許なさすぎる。
「え、あ……たしかにそれもそうだね〜。お金のことすっかり忘れてたよ〜」
そう言ってユウリは恥ずかしそうに笑った。……なんだろう。今、ユウリが言葉に詰まったような……?
何か引っかかったが、リナの言葉でそれはかき消されることになる。
「それじゃあよ。やっぱり
「そうだね。行こう」
全員がそれに同意して、私たちは歩き出した。
リナの言う「あそこ」とは自動車部の部室のこと。もはや学校が終わったらとりあえずここに来るルーティンになってしまっている。
「お疲れ様です!」
そう声をかけながら部室に入れば、部長のユイナ先輩が格納庫の奥からやってきた。
「あれ?ニコたち、こんな時間にどうしたの?……あっ!アンタたち学校抜け出して来たね?」
腰に手を当ててムッとした顔をするユイナ先輩に「えへへ」と笑いかけて誤魔化すと、ユイナ先輩も本気で怒ってる訳では無いのかすぐにいつもの優しい顔に戻る。
「まったく、テストの成績悪かったら部室で補習させるからね」
その言葉に全員で「はーい」と返事をした。
「……ところで、ユイナ先輩も学校抜け出してきたんですか?」
「私はちゃんと学校に許可取ってあるの。部長として仕事が色々あるんだからね」
それもそうか。真面目なユイナ先輩が学校を無断で抜け出すとは考えにくい。
「……4人とも、悪いんだけどさ。暇なんだったら、お喋りしながらでいいから仕事手伝ってくれない?」
「分かりました」
「もっちろん!」
「良いですよ〜」
「わ、私なんかで良ければ……」
全員ユイナ先輩の頼みを承諾して、ユイナ先輩の抱える書類仕事を手伝った。
「ところで、4人……特にニコには頼みたいことがあってさ」
仕事を手伝っていると、ユイナ先輩がそう切り出す。
「頼み……ですか?」
「うん。今度、トラックに乗って4人で荷物の配送の仕事に行って欲しいんだよ。それについては詳細はまた今度話すね。……それと、ニコには講師になって欲しいんだ」
「講師……?」
私が頭に「?」を浮かべながら聞き返すと、ユイナ先輩は頷いた。
「うん。戦車戦のね」
「えっ、私がですか……!?なんで……?」
「あのね、戦車1両で6両撃破だなんてうちの部じゃ前代未聞だよ?運が良かったじゃあ通らないレベルだし、ちゃんと戦車の動かし方が分かってるんでしょ?それだけ指揮ができるなら役も十分。ね、お願い出来ない?」
「うーん……」
ユイナ先輩に頼み込まれて私は唸る。まるで前世の知識をひけらかしているような気分になってあんまり気が進まないけれど……。
「……わかりました」
承諾した。
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