自室に戻り、服を着替え、趣味の読書に……いや、今日はやめておこうかな。疲れたので私はベッドに入った。
「……」
時計に目をやるとまだ8時を回ったくらいだ。天井に向き直って、今日の部活見学のことについて考える。色々な所を見て回って、どこに入るか決めるつもりだったけど、どこもやりがいがありそうだったり、楽しそうだったり、なかなか悩ましい。本が好きだから、知識解放戦線も捨て難いし、ミノリ先輩には恩があるから、工務部の力にもなりたい。……自動車部のあの雰囲気も好きだったな。
ふと、自動車部の見学のことを思い出していたら、前世の記憶のことが気になった。私は、どうして前世の記憶を手に入れたんだろう?
たしかにそれとなく前世の「祖国」とこの学園は雰囲気が似ているような気がするし、現に自動車部の雰囲気はとても懐かしいような気もした。けれど、こっちでは銃撃戦は……時々あるかもしれないけれど、戦争なんかとは縁遠い世界なんじゃないかとも思うし……。
「……うーん……」
考えれば考えるほど分からなくなる。試しに、思い出せる限りの前世の記憶を思い返してみた。
そういえば、前世でも私は本が好きだったみたい。絵本、文学、技術書……沢山の本を読んだ思い出が思い返せる。こっちの世界で主に使われてる文字じゃないけれど、その意味はしっかりと理解出来た。前世の私のことだから、きっと、学校でも沢山本を読んでたに違いない。
「……って、あれ……?」
思い返そうとしても、学校での記憶が浮かんでこない。いや、"無い"……?
「前世の私って学校に行ってなかった……?」
ふと、浮かんでくる、前世の記憶の1シーン。両親が残念そうに私の頭を撫でながら「学校では教師が足りなくて受け入れ出来ないそうだ」と、伝えるところだった。
「あぁ……前世の頃はまだ学校ってちゃんと無かったんだ……」
もう分かっていたことだけれど、前世の私が生きてたのは、今の時代に比べたら多分、大昔。学校の制度もまだ発展途上で、生徒の受け入れができなかったのかもしれない。
それから、前世の私は両親が仕事の為に都市部に行ったついでに買ってきてくれた本を読んで色々なことを覚えていったみたいだった。あの頃の夢は、父親と同じ自動車の整備士。だから、機械の本を沢山読んで、勉強して……20歳も近くなって専門学校に行こうとしたところで……徴兵の通達があった。結局、専門学校には行けず、軍の指示で、戦車の扱いを学ぶ機甲学校に入学させられた。確かにここも学校ではあったけど、軍隊学校だったからかとても普通の学校とは言い難い厳しさだったみたいだ。
それからあれよあれよという間に祖国の西で、戦車に乗ることになって。それからは今の私には想像もつかない、胃が痛くなるような記憶が沢山続いていた。時々、整備中みたいな楽しかったこともあったみたいだけど、殆どは戦争の悲しい記憶だった。
(……もしかして)
前世の私は、ただただ、普通に学校に行きたかったんじゃないか。普通に学校に行って、友達と一緒に勉強して、たまに遊んで。そんな「普通な」学校生活を送りたかったのかも。だから、これから学園生活を送る私に、前世の私は記憶を託したのかもしれない、前世の私にとっての"2度目"で、今世の私にとっては"最初で最後"の学園生活のチャンスを逃さないために。
「……」
私はただ独りでに小さく微笑む。その胸には、本当にささやかで、それでいて固い決意を抱いて。
「……うん。後悔が無いように全力で学園生活楽しむね」
前世の私に伝えるかのように独り言を呟いて、時計を見ると、10時をとっくに回っていた。目覚ましアラームをセットして、目を閉じる。自分なりに一つの悩みの答えに辿り着いた私が、眠りに落ちるのに時間はそうかからなかった。
「そうだ。それで良い」
夢の中で、そんなことを誰かに言われた気がした。
アラームが鳴る。頭上にふわりとヘイローが灯り、私は目を覚ました。私は身体を起こして大きく伸びをする。時計を見れば、アラームに設定した8時を少し回ったくらいだ。
「……よし!」
気合を入れるようにそう言ってベッドを降り、服を着替えると、寮の食堂へと向かう。手早く朝食を食べて、部屋に戻ったら出かける支度を済ませて、部屋を出た。
「あっ、ニコちゃんおはよ〜!」
声をかけられて振り返ると、そこには私と同じように出かける準備を済ませたユウリが駆け寄ってくる。
「おはよ、ユウリ」
「ニコちゃんもお出かけ?」
「うん。入部届を貰いに行こうと思って。ユウリは?」
「私もだよ〜。一緒に行こ!」
私はユウリの提案に快諾して、一緒に歩き出した。寮の近くのバス停からバスに乗って、学校の事務室のある校舎へと向かう。
「ニコちゃんは部活どこに行くの?」
ユウリはバスの中で、私にそんな質問を投げてきた。昨日、途中から前世のことについて考えてて結局決まっていなかったことだけれど、今なら即決出来る。
「私は……自動車部。凄く悩んだんだけど、やっぱり自動車部かなって」
工務部や知識解放戦線、他の部活も捨て難い。それなら、全部に関われる部活をしてしまえばいい。資材運搬や配車、そういう縁下の力持ちとして色んな部活を支えるために、自動車部に居ようと思ったのだ。
「ニコちゃん機械に詳しそうだもんね!良かった〜!」
「……?……良かったって、なんで?」
私は首を傾げてユウリに問い掛ける。
「私もね、自動車部に入ろうと思ってたんだ〜。機械にはあんまり詳しくないけれど、それは頑張ってお勉強すればいいし、なんだか楽しそうだったんだよね〜。ニコちゃんも一緒に自動車部に入ってくれるなら、私凄く嬉しい!この学校で最初に出来たお友達だもん!」
と、ユウリは眩しい笑顔で言ってくれた。ユウリが私のことを友達だと思ってくれていたことが分かって、私の方も嬉しくなる。
「私も嬉しい。じゃあ、部活でもよろしくね、ユウリ」
「うん!よろしくね〜ニコちゃん!」
「私のことは呼び捨てでも構わないよ」
「……ん〜、でもやっぱりニコちゃんの方が呼びやすいかも」
「そっか、それならそれで」
そうして、私たちは事務室で無事に入部届を受け取って、自動車部の部室へと向かうのだった。
途中で、工務部の現場の前を通る。今日も工務部は工業棟の補修作業をしていたが、もうすぐ終わりそうだった。恐らく、今日でこの現場は終わりなのだろう。
「おーい!」
足場の上から、聞き覚えのある声がして、見上げたらミノリ先輩がこちらに手を振っていた。手を振り返すと、ミノリ先輩が降りてきてくれる。
「やぁ!2人とも今日はどうしたんだ?」
「えっと、入部届を貰って、これから出しに行くところなんです」
「……出しに行く、ということは、工務部じゃないんだな……」
少し、ミノリ先輩がしょんぼりした顔をした。
「……その、工務部が嫌だったとか、そういうのじゃないんです。どの部活も楽しそうで、ずっと悩んでて……私、それなら全部に関われる部活にすれば良いじゃないかと思って」
「それで……ここを通るということは自動車部か」
「はい。自動車部に入って、資材運搬とか、移動手段とか、そういうので工務部に貢献したいなと思ったんです!……その、入部出来ないのは申し訳ないですけど」
「……いや、いいさ。ニコたちの気概は十分に伝わった。それなら、資材運搬もこれからどんどん自動車部にも依頼するけど、構わないな?」
「……はい!頑張ります!」
「よし、行ってこい!これからは良き契約相手として、よろしく頼むぞ」
そう言って、ミノリ先輩は私たちの肩をバシバシと叩き、笑顔で送り出してくれた。自動車部の部室に辿り着いて、私とユウリは人間用の通用口を通る。鍵は開いていた。今は始業前の春休みなので、どこも部活に集中しているのかもしれない。
「おはようございます!」
「おはようございま〜す!」
と声をかければ、ユイナ先輩がこちらに走って来た。
「おはよう、2人とも。どうしたの?」
「あの、これを提出しに来たんですけど……書き方、教えてくれませんか?」
「……!もちろん!」
それから、私とユウリはユイナ先輩の助けを借りて入部届を書き終え、そのまま部長であるユイナ先輩へと渡す。
「……うん、2人とも確かに受けとったよ。改めて、ようこそ自動車部へ。これからよろしく」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします〜!!」
こうして、私たちの自動車部員としての生活がスタートした。
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