私たちが自動車部に入ってから、1週間が経とうとしている。段々と新1年生の入部も増えてきたようで、もう既に私たち含め数十人は入って来ていた。それぞれ班に分けられて先輩たちから業務を学んでいる。時々班同士で交流して、それなりに仲良くなり、ユウリが架け橋になるような形で「自動車部1年生」というグループチャットが出来上がっていた。一応各班のリーダーのみのグループチャットも作ることになり、リーダーは誰かという話を4人で行ったところ、私が代表ということらしい。
まぁこの話はそこまでにして、今日は部内の一大イベント、「大整備」の日だ。
毎年度末に戦車の一斉整備をして、全車両完璧な状態にしてから来年度に備える日。新入生たちは、各班で先輩たちの班の戦車整備を手伝うことになっている。
私たち4人はユイナ先輩の班の手伝いをいそいそとやっていた。
「……あ、オイルフィルターも交換しなきゃいけないんだった。1年生たち、オイルフィルター取りに行ってくれる?」
「分かりました!」
ユイナ先輩の班に所属する先輩から、そう指示を受けて備品倉庫へと私たちは向かう。
備品倉庫で、手分けしてフィルターを探す。そうかからない内に指示されたフィルターを見つけた。番号も合っているから間違いないだろう。
「おーい、みんなこっち来てくれよー!」
リナが倉庫の奥から呼ぶ声がした。私が声の方へ向かうと、他のメンバーもリナの元に集まっていた。
「なになに、どうしたの〜?」
ユウリがリナにそう声をかけると、リナは「なぁ、コレ見ろよ」と親指で自身の後ろを指差す。
そこには暗い緑色の耐水布のような物がかけられた大きな備品があった。形状からしても、戦車以外に有り得ないだろう。
「……戦車だね」
「なんでこれだけ倉庫に仕舞われてんだろうな?」
「予備の備品なのかな〜?」
私の中で、何となく引っかかるような感覚を覚える。この形に、私はとてつもない程の既視感を覚えていた。
「……」
私はゆっくりとその戦車へと近寄っていく。近寄れば近寄るほど、その"既視感"は"確信"へと変わっていく。手の届く距離まで近付いて、布の上からそっと車体に触れた。
(……あぁ、やっぱり)
私の前世の記憶に鮮明に残るこの形は、きっと、間違いない。
私は、その戦車に掛けられた布の端を掴んで引っ張った。スルスルと布は外れていき、その姿が顕になっていく。
「……おぉ……」
「わぁ〜……」
「……!」
姿を現したその戦車は表の格納庫で並んでいるT-54とは違う物だ。私以外の3人は、その見たことの無い戦車を見て圧倒されている。
「……」
砲塔の側面には、赤色の歯車のマークと、識別番号なのだろう白い数字の「1」が描かれている。
「……これはT-34-85だよ」
突然、背後から聞き覚えのある声がして振り返れば、ユイナ先輩だ。
「フィルター取りに行って戻って来ないから、見に来たんだ」
「あっ、すみません……」
私は見つけたオイルフィルターを胸の前で持って縮こまった。
「大丈夫。……それよりも、その戦車に興味津々って感じかな?」
「えぇっと……はい」
正直にそう答えると、ユイナ先輩がこの戦車について話してくれる。
「これね、私が1年生の頃に3年生だった先輩たちが乗ってた戦車なんだ。その頃に、事務局の要請で戦車を新しい物に更新する、って話になって。けど先輩たちは全部処分するのは勿体なかったんだろうね。『いつか必要になった時に動かせるように』って処分する沢山のT-34から状態の良い部品を集めて、1両だけ綺麗な状態で倉庫に保管することになったんだ。……結局、そんなタイミング無くて保管しっぱなしだったけど」
ユイナ先輩は話しながら、懐かしむような、哀愁の漂う微笑みでT-34の方を見た。
「……もうそろそろこれも処分しなきゃね。誰も乗れないし」
「乗れない……?」
「だって私の2つ上の先輩たちの時点で更新があったんだもん。多少動かせても、本当の乗り方が分かる生徒なんてもう居ないんだよ」
「……」
そうか。私は前世の記憶が有るから分かるだけ。普通の生徒は動かし方、ましてや戦い方なんて分かるわけが無いんだ。
「ほら、早くそのフィルター持ってかなくちゃ」
「……あっ!」
「布は掛け直さなくていいよ。近いうちに処分するだろうし」
「分かりました。急いで行ってきます!」
そうして私たちは頼まれたオイルフィルターを持って、頼んだ先輩の元へと向かった。少し叱られたものの、それ以上はその先輩も何も言わないでくれた。優しい先輩たちで本当に良かった。
整備の手伝いをしながら、数時間が経った。部室で昼食を摂り、また整備の続きを始めようと各部員が動き始めた、その時だった。
「はい、お疲れ様です。……え゛ぇっ!?」
ユイナ先輩の携帯に1件の着信があり、それに出て直ぐにユイナ先輩が驚愕の声を上げた。私たちは全員ユイナ先輩の方へと視線を向ける。ユイナ先輩はそのまま通話相手に話し続けた。
「無理ですよ……!今日明日は戦車の一斉整備をしてるから出せないって事前にも言ったじゃないですか!……はぁ、分かりました。他部員とも掛け合って後程掛け直します」
そう言ってユイナ先輩は電話を切り、全員に集合をかける。
「今、保安委員から戦車出動の要請があったんだよね」
その発言に部員のほとんどがざわつき始めた。「嘘だろ……」「戦車ないじゃん」「どうしろってんだ」とそこかしこから聞こえる。
「今からどうにか稼動状態に戻せそうな班は居る?」
ユイナ先輩の問いかけに、誰からも返事はなく、場が一気に静まり返った。それもそのはず、全員エンジンの部品を外したり、砲の部品を外していたり、何かしら稼働するには無理がある状態にしてしまっている。稼動可能な状態に戻すにしても、また数時間はかかるだろう。
「……だよね。ちょっとやっかみ受けそうだけど無理って連絡入れとくよ」
溜め息を吐きながら、ユイナ先輩は保安委員に連絡を入れようと携帯電話を操作しようとした。
何か役に立ちたい。そんな思いが私の中に湧き上がってくる。
「待って!……ください」
私はユイナ先輩にそう声を掛けて制止していた。部員全員が私の方を見る。
「?……どうしたの、ニコ」
「私に考えがあります!ユウリ、リナ、ライカ。着いて来て」
そう言って私は走り出した。
「あ!?おい!」
「え〜!?ニコちゃんどうしたの〜!?」
「あ……っ、ええっと……」
「え?ちょっと、ニコ!?」
3人とユイナ先輩は私を走って追いかけて来る。そのまま、私は奥の資材倉庫へと走った。
資材倉庫に入って、私は一目散に"目的の物"へと走る。
「……!まさか、それ動かす気!?」
さっき倉庫で見たT-34を見たユイナ先輩は私にそう言った。
「はい!これなら少し点検すれば稼働できると思うんです!」
「無理無理!メンテナンスマニュアル持って来ないと点検も出来な……」
「私、分かります!」
「……え?」
唖然とするユイナ先輩を放置して、私はT-34の点検を始める。私の前世の知識を活かせば、この戦車なら生き返らせてやれるはず。普通の学校生活を送るって決めたけど……部活に貢献するためなら……ちょっとくらい、いいよね?
「すみません、先輩!60番のメッシュフィルターってどこにありますか!?」
「あ、えっと、あそこの棚」
「ありがとうございます!」
そう言って、指された棚へと向かい、フィルターを取って次は漏斗を探す。
「……っ、ま、待って!本当に分かるの!?」
「私の家に母の学生時代のメンテナンスマニュアルがあって、読んだことあるのでこの戦車なら分かります!」
漏斗も無事見つけて、フィルターと組みあわせてオイルタンクの給油口に差し込んだ。
「ま、まぁそれは良いとして、砲手や操縦士は!?」
「リナ!砲手やって!」
「は!?」
突然名指しされたリナは当然の反応を返す。
「出来るわけないだろ!?アタシが使えるのはアタシん
私は、近くにあった弾薬箱を漁って目的の物を見つけると、それを地面に立てて置いた。
「この砲弾に見覚え無い?」
「……あ?ウチにある大砲の弾がなんで……、あっ」
リナは意図する所を察したようで、砲弾とT-34の砲身を交互に見た。
「そう。この戦車、リナの家の大砲と同じ弾を使うんだよ。弾道特性も大体一緒。操作方法は教えるから、お願い出来ない?」
リナは少し黙っていたが、大きく溜息をついてから、返事をした。
「……はぁー……分かったよ。やればいいんだろ?」
「ありがと!」
リナは私の元に来て、弾薬箱の中身を物色している。多分砲弾の状態を確認しているのだろう。
さて、砲手は確保して、次は操縦手……ライカは……さすがに戦車の操縦は難しいだろうしなぁ。トラクターには乗り慣れてるって言ってたけど、トラクターとはわけが違うし……。最悪私が操縦して……。
「……ね、ねぇ、ニコちゃん」
考えていたら、ライカに声をかけられた。
「ん?どうしたの、ライカ」
「そ、その……さっき言えなかったんだけど……チャガーチってこんなふうに大砲載せられるの……?」
「え?」
チャガーチ……"
「この車体のこと?」
「う、うん……私が故郷で動かしてたトラクター、この車体と同じ形なんだ……大昔に村に移り住んできた人が持ってきたものなんだって。村の人みんな『チャガーチ』って呼んでたから、そういう名前なんだと思ってたんだけど……」
「……」
……なんという奇跡だろう。そうか、豪雪地帯でただのトラクターだと力不足だったから、戦車を改造した物が持ち込まれていたんだ。
「ライカ、ちょっと運転席見てもらえる?」
「あ、う、うん」
私はライカを戦車の正面に連れていくと、ライカは慣れた手つきでハッチを持ち上げて中を覗き込んだ。
「どう?チャガーチと一緒?」
「……うん。一緒……だと思うよ」
よし。私は、中を見終わったライカの両肩に手を置いた。
「ライカ、操縦手お願いできない?」
「……!?で、出来るかな……?」
「むしろこんな適任いないよ。ダメ?」
ライカはオロオロと視線を右往左往させて、考えているようだ。「で、でもリナちゃんも乗るんだもんね……」とブツブツ呟いている。
「う……うん。頑張ってみる」
ライカは操縦手を引き受けてくれた。
「……!ありがとう!」
こうして、操縦手も揃った。
「……あーもう!分かった!」
突然、ユイナ先輩が声を上げた。そして私の所へと歩いて来ると、私の肩に手を置いた。
「本当に動かせるみたいだから、今回はニコたちに任せる。みんな!緊急でメンテナンス手伝ってやるよ!燃料とエンジンオイル持って来て!細かい指示はニコに従って!」
ユイナ先輩が声をかけると、倉庫の入口から様子を見ていた他の部員たちがぞろぞろと入って来る。
「……!ありがとうございます!」
礼を言うと、ユイナ先輩は私の方を向き直って私をビシッと指差した。そして、リナ、ライカ、ユウリも呼んで、4人がユイナ先輩の前に集結する。
「良い?確かに任せるけど無理は禁物だよ。いくら綺麗だからって旧式の戦車なんだし、それに乗る君たちは1年生……むしろまだ正式には入学してないんだからね!」
「……」
私たちは真剣な顔で頷いた。
「……ちゃんと無事に帰って来てね」
「はい!」
「勿論!」
「は、はい……」
「は〜い!」
私たちはユイナ先輩に各々返事をして、メンテナンスに戻った。
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