「レッドウィンターの戦車が来たらしいぞ!既にこっちの戦車が1両やられてる!」
「あーもう!1両で充分だろってことでアタシらは後方でのんびりしてたのに!」
「連絡あった限りだと1両だけらしいよ。多分防衛の強化に使うだろうから、前線に行ってさっさと倒しちゃお」
温泉開発部の戦車の乗組員たちは、そんな話をしながらも、前線へと急行していた。
一方その頃、T-34-85は時速40km程で市街地を巡航する。
「……!正面500m、敵戦車!」
チラリと砲身の先端が見え、そう言うや否や前方の曲がり角から、III号戦車が姿を現した。
「ユウリ、徹甲弾!」
「はーい!」
指示を受け、ユウリは大急ぎで徹甲榴弾を装填して閉鎖機が閉じる。
「げっ……!?」
防衛の為に保安委員のバリケード辺りにいる、と思っていた件の戦車が、移動中に遭遇したということに驚いて、III号戦車の戦車長は驚きの声を上げた。
「敵戦車!左方向!」
「うぇっ……!?」
こちらの装填手も慌てて徹甲弾を装填し始めた。III号戦車は停止し、慌てて砲塔をT-34の方へと旋回させ始める。
「ライカ!ゆっくり減速して2速で速度維持!」
「う、うん!」
ライカはT-34の速度を少し落として、その速度で安定させた。舗装路も相まって砲身の揺れが小さくなる。
「リナ、撃てる?」
「あぁ!目標捕捉!」
「撃って!」
T-34が砲弾を放った。III号戦車はこちらに対して横を向けていたため、砲塔を旋回させている途中で砲塔の真下、車体側面へと砲弾を受ける。砲弾はいとも容易くIII号戦車の側面装甲を貫いて戦闘室へと入り込み、中に充填された炸薬を起爆した。
弾薬庫に命中した時ほどでは無いが、轟音とともにIII号戦車の砲塔ハッチから黒煙が上がる。損傷具合からして戦闘不能だ。
「撃破!」
「よし!……ん?」
「ひ……っ!?」
「……っ!」
III号戦車の背後から、もう1両のIII号……じゃない!IV号戦車が姿を現した。それは既に砲塔をこちらに向け始めている。
「ユウリ!徹甲弾!急いでっ!」
ユウリは慌てて砲弾を抱え、砲弾を込めて安全レバーを引いた。しかしこのままでは恐らく向こうが先に撃つと直感した私はライカに指示を出す。
「少し右に旋回!」
「……!」
ライカはその指示を聞いて、慌てて操向レバーを引き、指示通りに車体を旋回させた。走りながら車体の向きが変わったため、T-34の車体は前進しながらも右へと移動。同時にIV号戦車の主砲が火を吹き、こちらへと徹甲弾が飛翔する。
IV号戦車から放たれた砲弾はT-34の砲塔左側面に浅い角度で命中し、跳弾した。
「ぐぁ……っ!」
「〜っ!!!」
貫通はせずとも、車内に大きな金属音が響く。特に命中位置に近いリナと私は顔を顰めていた。ユウリとライカも強烈な音にギョッとした顔でこちらを見る。
「……ライカ!向きを戻して停車!リナは照準合い次第撃って!距離300m!」
「こんにゃろ……っ!」
T-34はIV号戦車に対して正面を向けて停車する。
リナはハンドルを回して照準を調整すると、引き金を引いた。
「あっ!?」
IV号戦車の砲手を務める温泉開発部員は、照準器越しに砲弾が弾かれるのを見て声を漏らす。そうしている内にT-34はIV号戦車に正面を向けて停車し、砲身をIV号戦車へと向けていた。
「ま、まずい!バック!バックしろぉ!」
IV号戦車は慌てて後退しようとするが、それも間に合わず、85mmの徹甲弾の餌食となる。弾薬庫を貫かれ、IV号戦車は鉄屑になった。
IV号戦車の乗組員たちは全員外に退避出来たようだ。悲鳴を上げながらも外に出てグッタリしている。
「撃破!……ふぅ」
「あっぶねぇ……」
「ホッ……」
「危なかったね〜……」
撃破された2両の戦車を前に、私たち4人は胸を撫で下ろした。
特に2両目はIV号の長砲身型だった。運が悪ければ貫徹されていたかもしれない。
これで撃破は3両目。けれど、まだ油断は出来ない。聞いた話によればあと2両どこかに居るはずだ。
「全員、まだ気は抜いちゃダメだよ!あと2両!頑張って倒そう!ライカ、出発進行!時速30kmで巡航!」
「うん!」
ライカが返事をしてから、T-34はすぐに発進し、指示された速度で走り始める。
段々と戦線を押し返しているようで、撃破された戦車の近くまでやって来た保安委員が戦車に乗っていた温泉開発部員たちを確保していた。
走りながら、私はキューポラの窓を覗いて周囲を見渡す。
まだ戦車は見当たらないけど……この先は確か広場になっていたはず。
「あっ!」
前方には、広場に仮の拠点を設営しているのか、温泉開発部の重機や弾薬箱を運ぶ温泉開発部員たちが見えた。
「……ん?あっ」
弾薬箱を運んでいた温泉開発部員が何かの駆動音を聞いてそちらを振り向けば、そちらに正面を向けるT-34-85の姿が目に入る。
「……や、ヤバい!戦車だぁー!」
「早くロケット弾持って来い!」
「ユウリ、榴弾装填!」
「はーい!……よいしょ、出来たよ〜!」
装填完了の返事を聞いて、すぐにリナへと標的の指示を出した。
「目標、正面広場の入口に置かれたバリケード!保安委員会が入れる入口を作るよ!大体で当たればいいから、そのまま狙える!?」
「おう!目標捕捉!」
「撃て!」
閉鎖機が後退し、砲身から砲弾が放たれる。走りながらの射撃のため、少し狙いはブレるが、しっかりとバリケードに命中。榴弾が炸裂し、爆風で土煙が上がった。
「ライカ、加速しながら目の前の交差点を右!」
「は、はい!」
すかさず私はライカに右折の指示を出し、ライカの操作によってT-34は指示通りに急旋回で交差点を曲がった。
「おっとっとっとぉ!?」
急な旋回で立っていたユウリがよろけたが、何とか持ち直す。ライカは操縦に慣れているとはいえ、速度を出したままこう滑らかに曲がれるのは素直に脱帽だ。前世でもここまでの操縦手はなかなか見ない。
これなら、機動戦も難なく出来るはず。
一方、広場にいた温泉開発部員たちは一時的に混乱に陥っていた。
「ケホッケホッ……あれ!?」
榴弾による土煙が晴れる頃には、T-34の姿が無くなっていたのだ。
「ロケット弾持ってきた……ってあれ?戦車は?」
「どこ行った!?」
そこへ、まるで示し合わせたかのように保安委員の突撃隊が向かっていく。
「行けーっ!奴らに好き勝手させるなぁーっ!」
「よし、保安委員が行ったね」
私はハッチを少し開けて後方を見ながら、前進していく保安委員たちを見て、ハッチを閉じた。
「一時的に目標変更!ここから保安委員が温泉開発部の拠点を叩くのを支援するよ!」
「おう!」
「了解〜!」
「ライカ、その先を左!その後またすぐ左ね!」
「うん……!」
T-34は指示通りに交差点を左に曲がって、その先の曲がるべき場所を視認すれば、ライカの操作によってそのまま滑らかな弧を描くように続きの旋回挙動に入っていく。
「ユウリ、榴弾込めて!」
「はーい!……装填完了〜!」
「……あっ!?レッドウィンターの戦車!!」
「撃て!!」
その近辺で拠点を見張っていたらしい温泉開発部員から銃撃を受けるが、対人用のライフルから放たれる銃弾はいとも容易く車体の側面装甲に弾かれ、軽快な金属音が響いた。
「わぁっ!?撃たれてるよ〜!?」
「ただの銃弾程度じゃ貫通しないから大丈夫!戦車、停止!」
私の指示でライカは急ブレーキをかける。通りに入って、さっき撃ってきた開発部員からは建物で見えない位置でT-34は完全に停止した。
私がペリスコープで前方を見れば、現在保安委員会と銃撃戦の真っ最中である温泉開発部員たちが見える。さっき榴弾を撃ち込んで気を逸らした奴らだ。
「目標、前方の温泉開発部員の集まり!直射距離だよ、ド真ん中に撃ち込んで!」
「目標捕捉!」
「撃て!」
銃撃戦で激しい銃声に包まれる温泉開発部員たちは、側面のディーゼルエンジンの音に気付かない。
「あの戦車は一体どこに行っ……ん?」
まだ榴弾で砕かれていないバリケードに集まった温泉開発部員たちのうちの一人が、こちらを見た。明らかに砲身をそちらへ向けた戦車の姿に血相を変える。
「みんな逃げ……」
その開発部員は慌てて逃げようとしたが、もう遅い。
主砲が吼える。音を置き去りにする速度で放たれた砲弾がたかだか数十メートルを飛翔するのはほんの一瞬だった。
「ぐぁーっ!?」
「きゃあああああっ!?!?」
榴弾の炸裂で、バリケードに集まって戦線を維持していた十数名の温泉開発部員が吹き飛ばされ、戦線が崩壊する。
「戦車の支援だ!今だ、行けぇーー!!!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
崩壊した戦線から、雄叫びと共に保安委員たちが広場へとなだれ込んだ。
「効果あり、ナイス砲撃!ライカ、前進して!広場に入ったら右旋回!保安委員について行くよ!」
「分かった……!」
T-34は再びゆっくりと動き出す。私は、ユウリが床に落ちた空薬莢を邪魔にならないよう空いた弾薬箱に収納しているのを一瞥してから、車長ハッチを開けて顔を出した。
ニコたちの乗るT-34は、まるで強大な熊の如く奮迅する。一方その頃。自動車部の部室は、ただただ静まり返っていた。
「……大丈夫ですかね。あの子たち」
「……分からない」
1人の部員の言葉に、部長ユイナは俯きながらそう返した。
「だって、温泉開発部の戦車は複数居るし、戦闘員だって沢山いるはず。それなのに旧式の戦車、しかもたった1両だけで戦うなんて、正直無茶通り越して無謀ですよ……」
「そんなこと……っ!言われなくたって分かってるよっ!」
無謀だなんてことはもちろん分かっていた。分かっているからこそ、声をつい荒らげてしまう。
「……けど、あの子たちが、私たちのために頑張りたいって言うから……信じたかったの。あの子たちなら何とかしてくれるかもしれないって」
「……」
部室に、完全な静寂が流れる。
(どうか、無事に帰って来て……)
勝てなくたっていい。戦車を潰してしまったっていい。彼女たちはもう、私たちの株を落とさないためにやれることをやってくれているのだから。だから、どうか4人が無事に帰って来れますように。ただただ、ニコ達の無事を願うユイナだった。
その時、ユイナの携帯から着信音が鳴り響く。ユイナは相手の表示を見て、ゆっくりと電話に出た。相手はレッドウィンター事務局。このレッドウィンター連邦学園の生徒会であり、保安委員の本部とも言える場所だ。
「……はい。……はい。……はい?」
ユイナが素っ頓狂な返事をして困惑した表情になる。それを見た周りの自動車部員たちも怪訝な顔をした。
「……ありがとう、ございます。はい。失礼します」
そうして、ユイナは電話を切ってからも訳が分からないという表情で虚空を見つめていた。
「……何かあったんですか?」
部員の1人が、ユイナにそう問いかける。
「……お礼の電話だった。自動車部が送った戦車1両によって既に敵戦車を3両撃破、戦線を押し返しつつある。優秀な戦車の支援に感謝するって……」
「「「……」」」
数秒の静寂が場を包む。
「「「……え?」」」
他の自動車部員達も、ユイナと同じように困惑するのだった。
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