いつの間にか、いつもつるんでる仲良しJK達のお話 作:シン_クワちゃん
育美と付き合ったことで今までになく充実した夏休みが終わり、二学期が始まった。
久しぶりの教室は、夏休み前とそれほど変わっていないように見えた。けれど、二学期最初の朝というだけで、どこか少しだけ空気が違う。机の上には夏休みの宿題や提出物が並び、休み時間になれば、誰がどこへ行ったとか、宿題が終わらなかったとか、そんな話があちこちから聞こえてくる。
そんな中いつもの女子五人組を見ると、悠木さんだけは朝から妙にそわそわしていた。
「よし。これで完璧」そう言って、悠木さんは一冊のレポートを両手で持ち上げた。
「それは夏休みの自由研究?」早田さんが声をかけた。
「そう。結構気合い入れて頑張ったんだから」
「珍しいわね。悠木さんがそんなに嬉しそうにしているの」
「だって、今回はかなり頑張ったんだよ。夏目漱石と芥川龍之介と太宰治で、文章の表現の違いを比べてみたの。先生に見てもらうんだ」悠木さんは胸を張って自慢げに話す。
「へえ。難しそう」東田さんがレポートを覗き込む。
「でしょ? だから先生にもちゃんと評価してもらわないと」
「先生?」
「そう、子安先生」悠木さんは即答した。
そして「ふん!」と気合を入れて出て行った先はきっと職員室だ。
自信作のレポートを胸に抱えて廊下を歩き、職員室の前で胸の高まりを深呼吸でなんとか落ち着けた私は、机にいた子安先生にレポートを差し出した。
「先生、これ、夏休みの研究です」
「お、夏休み前に言ってたやつだね。ちゃんとやったんだな」
「ちゃんと、じゃなくて、かなりちゃんとです」
「そっかそっかぁ。じゃあ、ありがたく読ませてもらおうかな」
子安先生はそう言って、悠木からレポートを受け取った。
そのとき、先生の左手に見慣れない指輪があることに気がついた。シンプルな金色の指輪。
悠木は一瞬、何のことなのか分からなかった。けれど、その意味に気づいた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「……先生」
「ん?なんだい?」
結婚したんですかと聞きたい。でも、声にならなかった。
子安先生はいつもと変わらない顔でレポートを眺めている。私は何も言えないまま、「じゃあ、失礼します」とだけ言って職員室を出た。
サオリンやココロンと話しているときに教室に戻ってきたやよっちは、なんか様子が変かも?って思った。
「悠木さん?」サオリンが声を掛ける。
「……なに?」
「どうしたの? 少し顔色が悪いようだけど」
「別に。なんでもない」
「でも……」
「なんでもないってば」やよっちはそう言うと自分の席に戻り、そのまま鞄を持って、教室から出ていってしまった。
残された私たちは、顔を見合わせた。
「悠木さん……何だったんでしょう」不安げなサオリン。
「ふむ……」ココロンが呟く。
私も気になって、しばらく廊下を見ていた。
翌日から、文化祭の準備が少しずつ動き始めた。
文化祭実行委員はクラスから二名、帰宅部だからと内田君と私がなった。隣のクラスからはイクミンも委員になっていて、委員会が始まると自然と内田君の隣に座っていた。これは絶対に示し合わせたなと思うけど、この二人ならまぁいっか。
「雄太、これ一緒にやろう」
「うん、いいよ」
「雄太、これってどうするんだろう?」
「先生に聞いてみようか」
「うん」
そんなやり取りを何度も見ているうちに、私は少し不思議な気持ちになった。
イクミンは、いつもウッチーに声を掛ける。ウッチーは普通に答えてるし、大体いつも「いいよ」だし、イクミンが楽しそうにしているとウッチーも自然に笑っている。
「雄太、帰りにちょっと寄っていかない?」
「いいよ」
特別なことを言っているわけでもないのに、二人の間には私にはまだ分からないものがあるように見えた。
委員会が終わった頃には、外はもう夕暮れになっていた。
「じゃあ、帰ろうか」イクミンがウッチーに声を掛ける。
「うん、じゃあ東田さんまたね」
「奈央ちゃんまたね」
二人は並んで廊下を歩いていった。
私はその背中を見送りながら、しばらくその場に立っていた。
一人になった帰り道、私は駅へ向かって歩いていた。途中、少し前に見覚えのある二人の姿に気がついた。
アツミンと石田君だった。私は思わず足を止めた。
二人は並んで歩きながら時折顔を向けあって話しているし、そんな時は二人とも笑顔だ。しばらくすると、近くのコンビニに入っていった。
私はどうしていいか分からないまま、少し離れたところで目立たぬように身を隠した。
やがて二人が出てくる。手には、それぞれアイスがあった。
「それ、またそれ?」アツミンが笑う。
「いいだろ。好きなんだから」
「まあ、アタシも好きだけど」
二人は並んで歩きながらアイスを食べている。何か特別なことをしているわけじゃない。
ただ、一緒に帰ってコンビニに寄ってアイスを食べているだけなのに、私はそれを見ているうちに胸の奥が苦しくなってきた。
そっか、私は、ああなりたかったんだ。石田君と一緒にいたかった。
学校で話したり、帰り道を一緒に歩いたり、くだらないことで笑ったり。そういう時間を、石田君と過ごしたかった。
でも。
私は何をしただろう。好きだと思っていただけだった。石田君が私と一緒にいたいと思ってくれるために、私は何かしただろうか。
何もしていない。
「……私も、ああなりたかったんだ」口に出してみると、それがはっきり分かった。
そして、その次に出てきた言葉は、自分でも嫌になるくらい単純だった。
「……でも、私は何もしなかった」涙が滲んできた。
「……バカだな、私」
翌日の教室では、やよっちもどこか元気がなかった。
サオリンが何度か声を掛けたけれど、やよっちは「大丈夫」としか言わない。
私も同じだった。この気持ちは、自分でもうまく説明できそうになかった。
放課後、私は一人で靴箱へ向かった。そこで、やよっちと鉢合わせした。
「奈央」
「やよっち」
お互いに、少しだけ黙った。
やよっちも何かを抱えている。それだけは分かった。
「ちょっと、話を聞いてくれる?」やよっちが言った。
「うん、いいよ」
私たちは学校の近くの公園まで歩いた。
ベンチに座ると、やよっちはしばらく黙っていたけど、空を見上げながら話し始めた。
「私ね、昨日子安先生に夏休みのレポートを渡したの」
「うん」
「結構頑張ったんだよ。三人の小説を読んで比べて、ちゃんとまとめて。先生に読んでもらえるの、すごく楽しみだった」やよっちは足元に目線を落として続けた。
「それでね、先生が私からレポートを受け取ったとき、先生の左手の薬指にね……」
私は何も言わずに聞いていた。
「指輪してた」
「……うん」
「たぶん、結婚したんだと思う」
そこでやよっちは一度言葉を切った。
「聞けばよかったんだよね。先生、結婚したんですかって。でも、聞けなかった」
「どうして?」
「分かんない。聞いたら、本当にそうだって分かっちゃう気がして」少しだけ笑った。
でも、その笑い方はいつものやよっちとは違った。
「私、子安先生のこと、すごくいい先生だと思ってた。授業も分かりやすいし、話してても面白いし。だから先生のことが好きなんだと思ってた」
「……先生として?」
「うん。でもね、昨日、指輪を見た瞬間に分かっちゃった」やよっちは顔を上げた。
「私、先生と付き合いたいって思ってたんだと思う」
私は何も言えなかった。
「変だよね。自分でも、そんなこと考えてたなんて思わなかった」
「変じゃないと思うよ」
「でも、わかった瞬間に終わったのよ」悠木はあっさりと言った。
「先生が結婚してるなら、先生は私と付き合えない。それだけだから」
「……うん」
「だから、昨日まで自分でも気づいてなかった気持ちが、気づいた瞬間になくなっちゃった」
やよっちは少しだけ寂しそうに笑った。
「なんか、私の初恋は変な恋だったのかな」
私はその言葉を聞いて、自分のことを話してみようと思った。
「私もね、好きな人がいたの」
「それって石田のこと?」
私は驚いて悠木を見る。
「なんで分かるの?」
「だって、分かりやすかったもん」
「……そうだったんだ」少し恥ずかしくなった。
「私、石田君が好きだった。でも……最近、ちょっと違うことに気づいたの」
「違うこと?」
「私は、石田君に私のことを好きになってほしかったんだと思う」
やよっちは黙って聞いている。
「石田君と付き合いたいって思ってた。でも、そのために自分は何をするのかって考えてなかった」
「……奈央?」
「うん。この前ね、石田君がアツミンと一緒に帰るところを見かけたの」
「その時のアツミンを見てて、分かったの。二人は自然に一緒にいるんだよね。どっちかがどっちかを追いかけてるんじゃなくて、二人とも相手と一緒にいたいから、一緒にいる感じ」
「なるほど敦美がね。そうだったんだ」
「私は、石田君のことが好きだった。でも、石田君がどうしたら楽しいのかとか、何をしたら喜ぶのかとか、そういうことを考えてなかった」
そこまで話して、自分でも少しだけ納得できた。
「だから、私のは恋じゃなかったんだと思う」
「でも、好きだったんでしょ?」やよっちが首を傾げる。
「うん。好きだった」
「でも、恋じゃないってこと?」
「まだ……分からない」私は少し考えた。
「好きっていう気持ちは、本当にあった。でも、それだけだったんだと思う」
やよっちはしばらく考えてから、ぽつりと言った。
「じゃあ、私も同じなのかもね」
「やよっちも?」
「私も先生のこと好きだった。でも、先生と一緒に何かしたいとか、先生が私と一緒にいたいと思ってくれるようにするにはどうしたらいいとか、そういうところまでは考えてなかった」
二人とも黙った。公園には、夕方の風が吹いていた。
「恋って、好きより難しいものなのかな」やよっちが言う。
「……たぶん」私は答えた。
「少なくとも、好きって思うだけじゃないんだと思う」
二人ともその答えを言えないまま、その日は帰った。
数日後。文化祭実行委員の集まりが終わる頃には、また遅い時間になっていた。
イクミンは風邪を引いて休んでいたからか、ウッチーは早々に鞄を持って帰ろうとしている。
「ウッチー、今日は一人だよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、たまには一緒に帰ろっか?」
「うん、いいよ」
私たちは二人で学校を出た。しばらく歩いたところで、私はコンビニを指差した。
「ウッチー、ちょっと寄っていい?」
「いいよ」
店に入り、私は飲み物を買った。ウッチーも自分の分を買う。店を出てから私は聞いた。
「ウッチーって、イクミンと付き合ってるよね」
「うん、そうだね」
「付き合うって、どういう感じ?」
「どういう感じって言われてもなあ」ウッチーは少し困った顔をした。
「ウッチー、恋愛経験豊富そうだから」
「いや、全然。付き合ったのは育美が初めてだよ」
「そうなの?」
ウッチーは少し考えてる様子で
「だから、僕も最初はよく分からなかったよ」
「じゃあ、イクミンとはどうして付き合ってるの?」
「好きだから……かな」
「それだけ?」
「うーん」ウッチーは歩きながら考えていた。
「育美といると楽しいんだよね。育美が行きたいところがあったら一緒に行くし、食べたいものがあったら一緒に食べる。僕は自分からどこか行こうって決めるの、あんまり得意じゃないから、育美に連れていってもらうことが多いし」
「それでいいの?」
「僕はいいよ。育美が楽しそうだから」
「イクミンが楽しそうだから?」
「そう。育美が楽しそうにしてるのを見ると僕も楽しいから」
私は黙って聞いていた。
「たぶん、付き合うって、自分の好きな人が自分の思った通りになるとかじゃないんだと思う」
「じゃあ、何?」
「一緒にいること……だと思う」
私はそこで、少しだけ首を傾げた。
「それ、よく分からない」
「僕も、ちゃんと説明できるか分からないけど」ウッチーは笑った。
「例えば、育美がどこかに行きたいって言ったら、僕は一緒に行きたいと思う。僕が見たいものがあったら、育美も一緒に見てくれる。別に同じことを好きになる必要はないし、いつも同じことをする必要もない」
「うん」
「でも、相手が楽しい時間を過ごしてるなら、自分も一緒にいたいと思う。逆に、自分が楽しいと思ったことを相手にも見せたいと思う」
私は黙った。
「だから、一緒にいるって、単に同じ場所にいるだけじゃないんじゃないかな」
「相手がどうしたいかを考えたり、自分がどうしたいかを伝えたりして、二人で過ごす時間を作っていくことなんじゃないかな」
その言葉を聞いた瞬間、私はこの前見たアツミンと石田君の姿を思い出した。
コンビニでアイスを買って、話して笑っていた二人。
あれは、ただ一緒にいたんじゃない。二人とも、相手と一緒にいたかったんだ。
「……じゃあ」私はゆっくり言った。
「好きな人と付き合うって、その人を自分のものにすることじゃなくて……」
「うん」
「その人と一緒にいたいと思って、その人も自分と一緒にいたいと思って、それで二人で一緒にいる時間を作っていくことなのかな」
「たぶん、そういうことなんじゃないかな」ウッチーはそう言って、少し照れたように笑った。
「まあ、僕は育美に連れていってもらってることがほとんどだけど」
「ふふっ」私は思わず笑った。
「ウッチーらしい」
「そう?」
「うん。でも……なんとなく分かった」
駅へ向かう道を歩きながら、私は考えていた。
私は石田君が好きだった。それは本当だった。
でも、私は石田君と一緒にいるために何もしなかった。石田君が私と一緒にいたいと思ってくれるために何をするかも考えていなかった。私はただ、自分の「好き」だけを大事にしていた。
それは、まだ恋の入口に立っただけだったのかもしれない。
「ウッチー」
「ん?」
「ありがと」
「何が?」
「……いろいろ」
ウッチーは少し考えてから、「どういたしまして」と笑った。
その顔を見て、私は少しだけ思った。恋って好きな人を振り向かせることだけじゃない。
好きな人と自分も一緒にいたい。そして、その人にも自分と一緒にいたいと思ってもらう。
そのために自分からも何かをしていく。
それがきっと私がまだ知らなかった「付き合う」ということなのだ。
今年の冬に気づいた「好き」は、秋になってようやく、その先に何があるのかを知った。
そして私は、きっとそれを知るのが遅すぎたんだと思った。