星の放浪者   作:朱鳥洵

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お久しぶりです
久々投稿!
今回はオリジナルです。短編なのでサクッと読めるかなと思います
よろしくお願いします


放浪の旅へ

 私達の星は、もうすぐ滅ぼうとしている。

 もうすぐ、あと10年ほどで、人間の住めない星に変わる。

 原因は無謀な開発だ。

 開発という名の破壊。百年くらい前から、このままではこの星はなくなると警鐘が鳴らされていたはずなのに、政治家はそれを問題だと言っていたはずなのに。

 どこまで行っても繰り返し。

 結局、大人たちはみんな保身が全てなんだ。

 具体的な対策は何一つ生まれないまま、宇宙から降り注ぐ放射線の影響で弱い人間から死んでいく。

 星から脱出する手段はある。

 だけど、私みたいな中間層より下の人間が手を出せる額ではない。

「…………」

 ――その時までは、そう思っていた。

 

 

 連日暗いニュースばかりで、希望も何もない毎日。

 明るいニュースといえばそうだなぁ……あ、この国のワンちゃんがアスレチックの大会で優勝したとかそういうの。

 でも一歩外に出たら、否応でも理解するしかない。

 減少したオゾン層を通過する強い紫外線とかの有害なものを保護するための皮膜で覆われた空。

 皮膜が開かれる夜側から星の外に出る宇宙船の光が昼でも見える。

 地上から見える宇宙船は全長数キロのものだ。だけど、私達は乗ることができない。

 世の中全てお金なんだから、私みたいな人間は到底手が届かない。最低でも数千万はかかるのだから。

 インフレだのデフレだのそんなものは些細なもの。宇宙旅行の延長みたいに案内されてるから、一見して物価高で値段が上がってるように見えるけど、本当はそんな事はない。

 だってこの光景が見え始めて一年半、船が増えても値段は変わらないんだから。

 街からも人が減った。裕福層が宇宙に逃れ、空いた屋敷が安値で貧困層に叩き売られる。

 そんなものに飛びつくから宇宙に逃げられないのに、彼らは気づきもしない。有り体に言って、バカなんだ。星に住めなくなるって話も、冗談だと思ってるのかも。アホらし。

 もう為政者はこの星にいない。だから税金もある時を境にほぼゼロになったし、治安が悪くなっても何の政策も打ち出されない。

 だけど商人はどんどん値段を釣り上げていく。だから仕方なく、いらない物を売って生活するほかない。

 そしてある時を境に、商人は街から消える。

 あーあ、大人って本当に嫌だ。

 私がいるこの場所はまだ治安がいいから、私が1人で外に出ていられる。

 日課は近くの公園を歩くこと。

 18歳なのだから学校にでも行くべきだ、とかいう大人もいるけど、学校は今休校中なのだから行けるはずもない。

 そういえば、この公園も日傘を差す人が増えた。

 有害な宇宙放射線は強くなるから、都市の上の遮蔽幕程度では完全に防ぎきれなくなっている証。ここ数十年で皮膚がんの発生件数が爆上がりしてるのもそのせいだ。貧困層の多くはそれで亡くなる。

 せっかくの快晴なのに、おちおち日光浴もしていられない。

「ちゃんとした場所で暮らしたいな……」

 不意に口から出てしまった。

 わかってる。この星にいる限り、ちゃんとした場所なんてありはしない。理解しているけど、そう思わずにはいられない。

 しばらく歩いて疲れた。ベンチはどこかな……。

 そんなことを考えた直後、遠くで小さな爆発音のようなものが聞こえてくる。

「……宇宙船?」

 どうやら爆発音ではなく、遠くで宇宙船が天幕にぶつかった音らしい。

 ふらふらと不安定なまま降下してくる宇宙船。

 落ちるところは大惨事になるかもしれない。まあ、この辺りはほとんど人いないんだけど。

 遠目に見ていると、宇宙船が落ちてきそうな場所に見当がついた。

「……ここじゃん……」

 とても信じがたいが、なぜかこの場所に来るっぽい。

 どうせ未来のない星の逃げられない住人ではあるけど、宇宙船に潰されて死ぬのはごめんだ。だって苦しいじゃん。

 走り出した私はチラチラと振り返りながら逃げる。

 逃げる。

 逃げ…………待って。

 なんで追ってくるの? 追いかけられてる⁉︎

「なんでー!」

「……待ってー!」

「待って……?」

 誰の声? どこにいる?

 辺りを見回すけど、誰もいない。

 そりゃそうだ、宇宙船が落ちてくるのに、その下にいる人なんていない。

 というか人自体が少ない。

「にーげーなーいーでー!」

 声は背後から聞こえてくる。

 遠いけど。

「……えっ、もしかして」

 立ち止まって振り返る。

 宇宙船は……ほぼ目の前だった。

「まっ――!」

 反射的に腕で防ごうとすると、直後にものすごい突風が吹いてきた。

 直後に鳴った轟音で、堕ちたのは分かる。

 土のかけらもいくつか身体にあたったし。

「……やっば……」

 目を開けて辺りを見る。

 どうやら宇宙船は私を避けたらしく、船体は斜めに地面に突き刺さっていた。

 微妙にカーブを描いて抉れた土……ギリギリで避けたみたいだ。

 しばらく呆けて見ていたけど、冷静に考えてそれどころじゃない。

 中には女の子が乗っていたはずだ。

 ……多分。

 でも飛んでいたなら誰かがいるはず。助けないと。

「あの! 大丈夫ですか⁉︎」

 返答がない。

 いや、冷静に考えて当然か。だって宇宙船だもん。

 とりあえず近づいて、熱くなってないことを確認して扉らしき場所を叩く。

「おーい!」

 反応は見られない。

 辺りを見回すと、赤く点滅する場所があった。

「……タッチ……手を触れればいい、と」

 書いてある文字と点滅する手形から察知する。

 耐熱モニターかな。

 迷っている暇はない。

 とりあえず触ってみると、緑に光って勢いよく扉が開いた。

 と同時に、まとわりついた土が土煙としてあたりに漂う。

「うわっ! ……けほっ、けほっ」

 1日に2回も防御姿勢を取ることになるとは思わなかった。

 身体中砂まみれ、髪もザラザラ……はぁ。

 違う、そんなことより!

「いるんでしょ! 大丈夫なの⁉︎」

 声を出しながら中に入る。

 中は案外広い。海にある豪華なボートみたいな大きさだからか、2人から4人くらいまでなら快適に過ごせそうだ。

「誰か!」

 さらに呼びかけると、窓から入る光に照らされた人影を見つけた。

 この大きさの宇宙船に1人だけなのは不思議だけど、それはいい。

「あなた、大丈夫なの?」

 駆け寄って声をかけるが、反応は無い。

 いや、動いた。

 ……動いたって、赤ちゃんじゃないんだから。

「返事して!」

「んぅ……ぅぅ……ぃ」

 ようやく返答が聞こえてきた。

 うめき声だけど。

「さ……ぃ」

 違う、言葉だ。

「なに? 聞こえないんだけど」

「……ぅるぁぃ」

 なんか、聞きたくない言葉が。

「なんだっ……」

「ぅ……うるさーい!」

「あんたがうるさい!」

 即座に言い返したけど、身を乗り出した彼女が私に抱きつくように体重をかけ、そのまま斜めの床を滑り落ちていく。

「がふっ」

「ふみゅっ」

 壁に当たった後、胸に彼女の顔が突っ込んできた。

「いた……あんまり痛くない」

「私は痛いんだけど?」

「あっ、ごめん……」

 睨んだからかおとなしく私から避けて、壁に背中を預ける。

「でも、あんな大声で起こしたのが悪いよ」

「気絶してると思ってたから」

「してないよ見りゃ分かるじゃん」

「分かるわけないでしょ、私は素人なんだから」

「どっちにしても大声は無いよ」

「無いって……いや、まあそうかも……」

「ん……でも、ありがと」

「それで、なんで私を追いかけてきたの? 宇宙船なんて持ってきて」

 問いかけるが、彼女は考え込んだまま硬直してしまった。

「……?」

 彼女の前で手を振ってみたりするけど、応答なし。

 少し待って、鼻に触れそうなほど手を近づけて……。

 パチンッ!

「わっ!」

 猫騙しは効いたらしい。

「どうしたの?」

「あのね」

「うん」

「……忘れちゃった!」

「…………は?」

「なんかやらなきゃいけない事があって追っかけたはずなんだけど……なんでだろう……でも多分、キミをこの宇宙船に乗せるのが目的だと思う」

「どういう……」

「それがわかんないから困ってるんだよね」

 ぐうの音も出ない。

 が、その言葉を元凶から聞くととてつもなくイライラする。

「むぎゅっ⁉︎」

 ほんの無意識に、私は彼女の頬をつねっていた。

「いひゃい」

「お仕置きです」

「ああぁぁぁぁぁ」

 不甲斐ない声を出しながら、彼女はおとなしくされるがまま。

「ふぅ、満足」

 心なしか満たされた気持ちで手を離すと、涙目でこちらを見る彼女が目に入った。

「あたし、なんも悪いことしてないのに……」

「ごめんね、なんかつい」

「それが人に謝る態度かー!」

 と、怒っているけど、なんか怖くない。

「それで、なんだけど」

「スルー⁉︎」

「あなた、名前は?」

「名前……あっ、言ってなかったね!」

「私はミハル。それで、あなたは?」

「あたし、ルーシェ」

「名前を覚えていてよかった……」

 ほっと安堵していると、どこからか機械音が聞こえてくる。

「……なんの音?」

「再起動かなぁ?」

「再起動? 墜落してシステムダウンしてたの?」

「いやだなぁ、墜落じゃなくて、軟着陸って言ってよ」

「外見てみなさい、どこが軟着陸なの? というか、軟着陸なら斜めになってないよね」

「ぅぐ……確かに……」

「まあいいよ。どうせ人も少なくなって、きっと誰も気づかないし」

 私が言うと、ルーシェは一瞬ハッとして、俯いた。

「そっか……気のせいかと思ったけど、本当に少なくなってたんだね」

「うん。もう為政者もいないよ」

「えっ⁉︎」

「ん?」

「いないの? じゃあ誰が治安を」

「そんなのいないよ。一応、宇宙船がいっぱいいるあたりは警備する人もいるけど、きっともうすぐいなくなる」

「じゃあ本当の世紀末じゃん!」

「世紀末……?」

「あれっ、通じない?」

「世紀って何?」

「うん、まあそうだよね。いいや、忘れて。とりあえず、こんなところにミハルみたいな若くて可愛い女の子を置いておけないよ」

 なんか急に主人公みたいなことを言い出した。

 真面目な顔で何を言ってるんだろうこの人。

「よし、そろそろだね」

 立ち上がったルーシェは、灯り始めた船室に立って両手を広げた。

 

「さあ行こう! こんな星からの逃避行に!」

 

 

 

 ――この星に嫌気がさしている私がルーシェの提案を断ることはなく、ひとまず家に荷物を取りに帰った。

 そしてあの草むらに戻ると、宇宙船は超低空で浮き上がっていた。

「ルーシェ!」

「ほい、何かな?」

「うわっ、どこから」

 宇宙船の中にいると思って声を出したら、背後からルーシェが出てきた。

「どこからって、この宇宙船、シールベイの様子を見るのに外にいたんだよ」

 この宇宙船、名前あったんだ。

 そう思うと同時に、一つの疑問に思い当たる。

「誰が浮かせてるの?」

「あぁ、ベルだよ」

「誰、それ」

「ベルっていうのは……」

『ルーシェ サマ。外装チェック完了。異常ナシ』

「あ、おっけ。じゃあ着陸」

 ルーシェの声で宇宙船はまっすぐ降りてきて、せり出してきたスキー板みたいなものにその重量を預けた。

「今の女の人の声が、ベル?」

「そうだよ」

「でも宇宙船には、ルーシェしかいなかったよね」

「うん、あたし一人」

「じゃあベルって……」

 言い終わる前に扉を開けたルーシェは、中に入って私を手招きする。

「ミハル、荷物はそれだけ?」

「うん。これで全部」

「スーツケースひとつ分……ミニマリスト?」

「違う。基本的にいらないものは全部売ったから、これしか残ってないの」

「そうなんだ……大丈夫だよミハル、あたしが色んなもの用意してあげるからね!」

 果たして、ルーシェの収入源はなんなんだろうか。

『未認識ノ乗員ヲ確認。生体コード認証ヲ求ム』

 その声にびっくりしたけど、ルーシェが窓の前まで行ったので私もついていく。

 大きい窓、前を見るためのものなのは分かるけど、その割に操縦のためのコンソールみたいなものは極端に少ない。

 モニターの一角に、あの時の扉と同じ手型と文字が見えた。

「触ればいいの?」

「うん、触って」

 手を触れると、一瞬チクっとする感触の後で音声が流れた。

『ミハル サマ。ヨウコソ』

「名前も分かるの?」

「…………」

 横目で見たルーシェの顔は、何かを考えているようだった。

「ルーシェ?」

「あ、いや、ううん、なんでもない! 分かることもあるんだね!」

「そうなんだね……」

 あの子、隠し事下手くそだ。

 絶対隠し事とか嘘ついたりとか苦手なタイプだ。そういうタイプは信じられる。

「ベル、扉閉めて。もう人乗らないから、出発準備だよ」

『了解シマシタ』

「それでミハル」

 真面目な顔で振り向いたルーシェに少し身構える。

「部屋はどこがいい⁉︎」

「は? 部屋?」

 突然の笑顔の問いかけに驚く。

「そう、部屋! あたし一人だし、あたしも荷物少ないから余ってるんだよね。物資はたくさん積んであるんだけど」

「どこでもいいよ」

「相部屋でも?」

「最終的にはそれでもいいけど、個室は欲しいかも」

「オッケー。じゃあその部屋で」

 指差された部屋に向かう。

 部屋は存外広めで、一人暮らしのワンルームくらいはある。

 ベッドも布団が既にあるし、棚も机もある……生活環境が整いすぎてる。

「どう? 殺風景かもだけど」

「ベッドの布団も家具も揃ってるんだけど……どこから?」

「どこからって、最初から。迎えに来てるんだからそのくらい用意するよ」

「なに、その常識でしょみたいな顔は……」

「まあとにかく、荷物はテキトーに置いておいていいよ。ぐちゃぐちゃにはならないからさ」

 何を言ってるんだろう、とは思うけど、とりあえずそれは置いておこう。

 言われるがまま荷物はそこら辺に置いて、これまたルーシェに言われるままに窓の前に用意された席に座る。

 そもそも2人以上乗る事を想定していたのか、窓の前の席は2席あるけど、他にもいくつか椅子は用意できそうに見えた。

「ベル、離陸だよ」

『了解シマシタ。宇宙港カラ加速シマス』

 ふわりと浮かんだ感覚の後、後ろに背中が押しつけられる。

 加速度、だね。

 窓から見える景色からはそれほど速そうには見えない。

 けど失速もしなければ、墜落なんてしそうにもない。

 一番気になるのは、隣で足をぶらぶらさせているルーシェが、操縦している素振りが全くない事。

「ルーシェ」

「なぁに?」

「操縦は?」

「今はしてないね」

「しなくていいの?」

「ベルがしてるからね」

「……さっきは」

「あたしがしてたよ」

「…………ずっとベルにしてもらったら?」

「ちょっと、あたしが操縦下手だって言ってる?」

「言ってる。だって墜落してたし」

「あれは特殊な操作をするために仕方なくやってたの!」

「それは私を追いかけるため?」

「そう!」

「今は?」

「宇宙行くだけだし、巡航なら操作はいらないよ」

「……ふぅーん」

「信じて!」

 さっき宇宙船を墜落させた人の言うことは信じられないけど、少なくとも今は安定してるらしく、ほとんど揺れを感じない。

 それに、これからしばらくお世話にはなるんだし、聞きたいことはこのさい聞いておくべきだろう。

「ねぇ、ルーシェ」

「なんでしょう」

 あ、明らかに不機嫌な声だ。

 それに、ちょっと睨まれてる。まあ、気にしなくてもいいはず。

「動力は?」

「食べ物」

「ルーシェのじゃなくて」

「水」

「だからルーシェのではなくて」

「水だってば。宇宙ではね」

「……そうなんだ。それはごめん」

「いえいえ」

「で、今何で浮いてるの」

「反重力機関だよ、当たり前じゃん」

 確かに当たり前ではある。

 大きなサイズの宇宙船も増えてきたし、反重力機関が無いと飛ばせないのは事実。

 だけど、私達一般人には当然馴染みはない。

 気になる事はもっとある。

「宇宙だとやっぱり無重力になるの?」

「んー、無重力にも出来るけど、反重力機関の副産物で重力を作れるから基本的に一緒だよ。外を見たらずっと夜なだけ」

「ずっと夜……」

 時間感覚無くなりそう……。

「あぁ、ずっと夜だけど、ここの照明の明るさも変わるから大丈夫だよ」

「ルーシェって、たまに心読める?」

「読めないよ宇宙人でも超能力者でもあるまいし。ああでも、テレパシーできればミハルの気持ちを隅々まで理解できるなぁ」

「きも……」

「引かないでよ傷つくでしょ!」

「信じてこれから逃避行しようとする人が変質者だと判明した私の心の傷はどうなるんですか」

「さーて、そろそろお喋りしない方がいいかもね」

「ちょっ、話逸らすな!」

「舌噛むよ?」

 ハッとして前を見ると、大きな窓の外の景色は変わっていた。

 いつしか雲はほぼ目の前、大地は遥か下にある。

 いや、そうじゃない。加速している。

 雲が通過する速度はどんどん上がっていき、宇宙船が縦向きに変わっていくと、重力だけとは違うさらなる加速度によって背中が席に押し付けられる。

 でも反重力機関のおかげか、訓練していない私が耐えられない程のものではない。

 段々と空が暗くなっていく。

 大気の粒子に太陽光が反射してできていた青空はいつしか薄くなり、宇宙船は遥かな永遠の夜に入っていった。

『静止軌道デス。五時間後ニハ第一宇宙速度マデ加速シマスノデ、時間ガ来タラ動カナイデ下サイ』

 ベルの声がする。

「よーしやっと立てる!」

 加速の時間は正味数十分だったのに、大袈裟な人だ。

「ねぇねぇ、何か飲む?」

「コーヒー」

「それは無い。あたし苦いの苦手で」

「そっか。じゃあ……お茶」

「りょーかい」

 立ってみた感じ、確かに重力はあるみたいだ。

 地上より少し軽い程度で、普通に歩いたりできる。

 駆けて行ったルーシェは少しして、冷たいお茶のポットとコップを持って出てきた。

「ありがとう、ルーシェ」

「ミハルはいっぱい名前呼んでくれるね」

「響きがいいでしょ、ルーシェって名前は」

「あたしもお気に入り。でもミハルって名前は可愛くて好き」

「…………うるさい」

「あー! 照れてる!」

「照れてない。ほら、早くちょうだい」

「はぁーい」

 受け取って、なんとなく窓の外を見る。

 そこには、青く輝く惑星があった。

「名残惜しい?」

 テーブルを挟んで向かいに座ったルーシェは、少し心配そうに聞いてくる。

 そんな彼女に、私は満面の笑みで答えてやった。

「いや、全然!」

「あっはは! そっか……後悔してるって言われたらどうしようかと思ったよ」

「言うわけないでしょ。感謝してる」

「そっか。ありがとう」

「それは私の言葉。それで、これからどこに向かうの?」

 私が問うと、ルーシェは悩む事もなくコップのお茶を飲む。

「知らない!」

 タンッ、と音を立てながらコップを置くのと同時に、そんな言葉を放つ。

「知らないの?」

「知らない。ベルが再起動した時にはもう決まってたみたいで、あたしが選ぶ権利すらなかったよ」

「それはルーシェが最初に決めたんじゃなくて?」

「そうかもしれないし、予めベルの基幹プログラムに入れられてたのかもしれない。細かくは分かんないけど」

 つまり、行き先はルーシェが記憶をなくす前に決めたということか。

 ……まあ、その記憶もつい今日頭をぶつけて飛んだ程度のものなんだからすぐに思い出すだろう。

「そんな事より、お茶!」

「お茶?」

「おいし?」

「うん、美味しいけど」

「そっかー良かった!」

「ルーシェ」

「そのお茶、目覚めてすぐに探して用意したお茶の葉を使ったんだ! ストックはたくさんあるから安心して。他のコロニーでも取り扱いを……」

「ルーシェ! ……聞いて」

「なに?」

「さっきから……いや、宇宙船に乗るって言った後から、なんか隠してない?」

「忘れちゃったって言ったでしょ?」

「でもそれだって、数時間前に頭ぶつけたから――」

「コールドスリープってね、記憶の欠落を引き起こすんだよ。10年以上も眠っていればなおのこと」

 私の言葉を遮って、少し悲しげな顔をしてルーシェが話す。

「まあ、もっと長くコールドスリープをしてる人もいるけど、記憶が無くなるかどうかは人それぞれなんだよね。だからあたし、何を覚えていて、何を忘れているのかもハッキリしないんだ。ミハルは経験ないでしょ?」

「……うん……その」

「もちろん、言ってない事もあるよ。でもそれは、本当かどうかわからないから……頭をぶつけて忘れちゃった事もあるし、コールドスリープで無くした記憶もあるし、普通に物忘れしちゃってるものもあるからね!」

「うん……そうだね」

「あははっ! ミハルのそういう、人を疑えないところ……大好きだよ!」

「今日会ったばかりでしょ?」

「そうだね、でも分かるよ。あたし、人を見る目は自信あるんだ!」

 窓から入ってきた光に照らされた彼女の笑顔は、とても美しかった。綺麗で、可愛くて……。

 いや、待って私。落ち着け私。深呼吸、深呼吸……よし。

「ルーシェ」

「ん?」

 呼びかけた私の声は、自分でも驚くほど親愛に満ちていた。と、思う。

 でも、元々言おうとしていた事は言えなかった。

「あと5時間だっけ……時間がくればまたあの席に座ればいいの?」

「ううん、もうかなりの速度がついてるから、立ってなければいいだけだよ。ベッドで寝ててもいいし、このテーブルの椅子に座ってても。最悪、壁に背中をくっつけて床に座っててもいいよ」

「そう」

「あ、でもコップとかの倒れやすいものは片付けなくちゃ」

「そうだね、時間が来たら一緒に」

「うん! それと、何かして遊ぼうよ! 何したい?」

「ルーシェに任せるよ。2人でも楽しくできるやつ」

「オッケー任せて!」

 奥に駆けて行ったルーシェの背中となびく髪を見送り、大きな窓の外を見る。

 家事当番とか決めなきゃ……あとは暮らすにあたってのルール決めとか、それから……。

「いてっ……あれ、この辺りに入れたはず……違うの⁉︎」

 ルーシェの慌てる声が聞こえて、少し笑ってしまう。

 いいや。後のことは、この後考えよう。この後も、ルーシェと一緒に暮らすんだから。

「あったーーー! いてっ!」

 この、ドジで落ち着きのない女の子と一緒に、宇宙を旅するのだ。

 細かい事は、後から聞けばいいさ。今は、気にしなくていい。

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