ミハルとルーシェの仲は進展して、更に……?
どこからやってきたのか分からない、一部の記憶と頭のネジがぶっ飛んでいるらしい女の子、ルーシェと一緒に星を飛び出して数ヶ月。
半年は行ってないはず、だけど3ヶ月以上は経ってると思う。4ヶ月くらいかな。
彼女の言っていた通り、星での標準時間の感覚や日にちの感覚を忘れる事もなかった。
ベルが毎日、深夜0時と朝8時、そして正午に時報を流してくれるし、起きてる間も時間で照明の明るさや色合いを変えてくれる。
船内の重力も心地いいけど、一室につけられた自転車みたいな機械は日課にしないといけないらしい。やっぱり筋肉が退化するとかで。
そして週に一回ほど、この宇宙船シールベイは超長距離を一気に飛ぶワームホームを通る。
なんでも、昔人類が広い宇宙を本当の意味で旅し始めた頃に作られた物らしい。ワームトンネルと言われる構造物で、その中では距離が切り取られるように短縮されるらしい。
もちろんずっと開いてる訳ではなくて、宇宙船が出すビームみたいなもので扉を開くんだそうだ。ずっと開けておくと宇宙ごと崩壊するけど、その前に宇宙そのものの自然治癒力で穴はいずれ自動で閉じるとのこと。
難しくてよくわからない。
まあ、そんなこんなでルーシェとの宇宙船生活も慣れてきたし、暮らしていると、ルーシェの意外な面も知られて面白い。
例えば夜。
寝る前に、昔聞いた怪談を話した後は、怖くて眠れない上に1人でトイレも行けない。
怪談だけじゃなくて、色んな理由でたまに眠れない時は私のところに来て添い寝を懇願してくる。寝苦しいからやめてほしいけど、どういう訳か私はいつも許してしまう。
ルーシェとは話のネタが尽きるほどに話している。宇宙船の娯楽は少なくて、トレーニングという名の運動と、ご飯と、ルーシェと話すことのほかは、ルーシェが持ってきたりベルが作ったゲームをする事くらい。
家事の分担はあるけど、何もする事がないのって、中々に退屈なもので。
ちなみに、ルーシェとの仲は比較的良いと言えそう。
もちろん数ヶ月毎日顔を合わせていれば、多少の口喧嘩はあるけど、それも1時間、長くても寝て起きれば忘れる程度のものだ。大抵の原因は、どちらかの家事当番のサボり。
「ミハル!」
ほらね?
「なに」
「トイレ掃除、やってないでしょ!」
「えっ……と……」
時計を見る。
もうそろそろ正午になろうとしている時間だ。
トイレ掃除は嫌な事なので、午前中にやる事になっている。
「忘れてた……」
「もう……怒ってないけど。何してるの?」
言いながら既に部屋に入って手元を見ている。
ならもう分かるはずだ。
「日記?」
「そう。いつかこの事を思い返せるように」
「ふぅーん……また三日坊主なんじゃない?」
「そうかもね」
「ふんふん……んっ?」
勝手に中身を読んでいたらしいルーシェが目を止めた。
「ちょっと」
「何?」
「ミハル、この日記なんだけど」
「うん」
「なんで日記に、あたしが夜トイレ行けない話とか書いてるの! 関係ないでしょ!」
「いや、同居人の恥ずかしい話こそ書いておくべきでしょう」
「こんのぉ……ミハルのあることない事書いてやるから!」
「書けるもんなら書いてみたら? 私、何にも無いはずだから。捏造しても無駄だよ」
「いーやあるね、一緒に寝る時にあたしをぎゅぅっと抱きしめてくれる事とか、1人の時は掛け布団か抱き枕を抱きしめててかわいい事とか、たまに寝相が悪くてパジャマが脱げそうに――」
「なっ……ね、寝てる時のは反則でしょ⁉︎」
「ルールなんて聞いてないもーん」
「ぐっ……それはその通り」
大抵、くだらない話はこんな程度のものだ。
喧嘩にもならない痴話喧嘩は、今のところ私の負け越し。ルーシェは弁が立つというか、なんというか。
ともあれ、そんな調子で生活を続けていたある日のこと。
そう、それはこの日から……さらに1ヶ月後くらいの時だった。
「ちゅーもーく!」
「いや注目も何も私達しかいないじゃん」
「いいの、こういうのは雰囲気!」
「はあ……さいですか……」
何を言ってるんだこの子は。
とはいえ、大きな窓の前に仁王立ちしているからには、きっと何かあるんだろう。
「で、何?」
「実は、重大な問題が発生しました……」
いつものパターンか。
声色こそ深刻そうだけど、前にそのトーンで語られた時は「ここ3日の便秘が治りません!」とか、そういう内容だった。
どうせ今回もそういう――。
「食べ物があと1週間分しかありませんっ!」
「大問題じゃん!」
「そう、大問題なの!」
2人、呼応する。
食料が無いという事は燃料を兼用している水も残量が少ないという事かもしれない。
これは生存に関わる大問題だ。
「それで、どうするの?」
「ここから3日くらいの場所に、中規模のスペースコロニーがあります」
「うん」
「なので、そこに向かいます」
「なるほど、買い出しね」
「その通り!」
腰に手を当てて大きく頷く。
確かに後1週間ぶんしかないのは大問題ではあるけど、買い出しに行く算段があるのならさほど深刻な問題でもない。
「大袈裟に言うから心配しちゃった」
「でもね! まだ問題はあるの!」
「…………なに」
「ミハル、好き嫌いはある? 娯楽品で何か困ってない? 欲しいものはある? 新しい服とか髪飾りとか!」
「いや、何その保護者みたいな心配事は」
「大事な事でしょう⁉︎」
「えぇ……?」
四つん這いで私ににじり寄ってきたルーシェは、その場でまたドヤ顔のまま続ける。
「女の子のオシャレは心の健康! ミハルは荷物も少なかったし、持ってる服も少ないんじゃない?」
確かに少なくはある。
昔はあったけど、生活のために売ったのがほとんどだった。だから元々、持ってる服は宇宙船に持ってきたお気に入りの服だけだ。
確かに金銭的な余裕があるのなら、多少服を買う事はやぶさかではない。
だけど。
「ルーシェ、前から聞こうと思ってたんだけど」
「うん」
「ルーシェの収入源は何?」
「収入は無いよ。見ての通り、今はミハルと旅してるだけだもん」
「なら全財産は?」
「宇宙船の倉庫にいくらか現金とか、あとは現地で売れるようなものがあるよ」
「…………ルーシェって、いいとこのお嬢様なの?」
「そう見える?」
「見えないから言ってる」
「そうだよねー、見えないよねーって失礼か!」
「事実でしょ」
「うぅ、ミハルのばーかばーか」
「ごめんって。ちなみにそれでどれくらい買えるの?」
「コールドスリープ前にメモしたレートが今も正しければ、コロニーを転々としながら後10年はミハルと2人旅ができるくらい」
「なるほど、結構な額だね」
「だから服も買お? ねっ?」
「うん、わかった。私も服欲しいし」
「ぃやったあああっ!」
飛び上がって喜ぶ彼女に思わず頬が緩む。
一体何がそんなに嬉しいのやら。
「さあベル! 近くのスペースコロニーへ、大急ぎでゴー!」
『了解シマシタ』
「もっとテンション上げて行こうよー!」
「ルーシェ、AIにテンションなんて言ってもぅぉわああぁぁぁぁ⁉︎」
ノリノリの彼女を嗜めようと思ったら、ベルが宇宙船を加速させてしまった。
ニコニコの彼女を尻目に、とんでもない声を出してしまう。
くそぅ……AIのくせにぃ……!
2日半。
あの場所から私達がコロニーまで移動するのにかかった日数。
予定より早いのは、ベルを焚きつけたルーシェのせいだ。
「よーしお買い物だああぁぁたたたた………」
「自業自得でしょ」
「ねぇ、いくらちょーっとベルを焚きつけて超加速させたからって正座反省はやりすぎじゃない?」
「ご飯2食抜きか正座反省4時間か選ばせたじゃん。軟弱なんだよ」
「こちとら一年前にコールドスリープ開けたばっかりなんですぅー」
「解凍できてない冷凍肉かアンタの脚は」
「一年経って解凍できない肉があるかぁーい!」
「それはこの脚でしょうよ」
「いったあぁぁ! 蹴る事ないじゃん!」
「反省してないようでしたので」
「部屋の中はちゃんと片付けたってば! あーちょっと待ってよ!」
そんなこんなで慌ただしくコロニーへ上陸した私達は、ルーシェが雇った整備担当者に会釈しながら中に入る。
宇宙港は無重力だったけど、コロニーの地面は重力がある。
久しぶりの大地、自然……と言いたいけど、コロニーの中の植物は自然なのかな?
人がたくさんいる場所は久しぶりで、柄にもなくテンションを上げながら2人で買い物をしていった。
買ったものは宇宙港への配送を手配し、私達は手ぶらのまま次の場所へ次の場所へと移動する。
1日でかなり買い物をしたけど、これでもルーシェが乗せていた換金可能なモノの3割程度しか使っていないらしい。1割でおおよそ2人で半年ぶんの食料……細かく聞かなかったけど、全部でいくらくらいなんだろう、あれ。
ちなみにルーシェ曰く、このコロニーの物価は高いらしい。
値切りをしようとする姿を何度見たことか……全部失敗してるけど。
「いやぁ服まで買っちゃったね!」
「そうね。私はもう疲れたけど」
「でも楽しかったでしょう、ミハル」
「うーん…………楽しい」
「まだこのコロニーにはいる予定だし、そろそろ帰る?」
「ルーシェがそれでいいなら」
「あたしはいいよ。帰ろっか」
彼女の言葉に頷いた直後、視界の端に動くものを認めてそちらに顔を向ける。
――が。
「わっ!」
「おっと」
何かがぶつかってきた。
「ちょっとミハルぅ」
「うるさい。大丈夫?」
尻餅をついた女の子に手を伸ばすけど、彼女はその手は取らずに立ち上がって、少し汚れたスカートをはたく。汚れてるお尻をはたいてるけど、それ以上に前が汚れてるんだけど?
まるで埃まみれの部屋にいたみたいな服。
「ごめんなさい、お姉さん」
私を見上げたその顔は……正直、めっちゃ可愛かった。
「かわいい子だねぇぐへへ」
「それには同感なんだけど、言い方キモい」
「かわいい子を見るとつい……」
「うわ……」
指を動かしてるルーシェを少しだけ突き放し、女の子の前にしゃがみ込む。
「いいんだよ、痛くなかった?」
「うん……大丈夫……なんだけど」
「ん?」
「お姉さん達……あの……」
スカートの裾を握ったままもじもじする。
「どうしたの?」
「あの……」
「うん」
「たっ、助けてください!」
「…………へっ?」
状況は飲み込めないけれど、おそらく7歳くらいの子に助けてなどと言われては放っておけないのが私達というものでもあり。
外装の補修がほぼ済んでいたシールベイに連れて帰る事にした。決して誘拐などではない。
宇宙船の大きな窓は外から中が見えない遮蔽モードというものになっていて、中から見るとコの字型の大きなモニターといった感じに変貌していた。
「どうぞ」
そんな宇宙船の中を興味深そうに見回す女の子に、湯気の立つマグカップを差し出す。
「あ、ありがとうございます……」
それを両手で受け取り、ふーっと息で冷ましてから口に運ぶ。
「あちっ……あっ、ココアだ」
甘味がわかって笑顔になった彼女の頭を撫でて、私は隣に座る。
ルーシェも向かいに座り、私達もココアを入れていた。
「キミ、お名前は?」
ルーシェが問うと、ちびちびとココアを飲む手を止め、ハッとした顔でマグカップをテーブルに置く。
「ユウは、ユリアっていいます」
「ユリアちゃんだね」
自分のことをユウって言われると、なんかこんがらがるな……。
「助けてって、どういう事?」
微妙な顔をしている私をよそに、ルーシェは構わず聞く。
「ぅゅ……せつめーは、ちょっと、難しいんだけど」
「いいよ、急かしたりしないから。ゆっくり話して」
――ユリアの話をまとめると。
彼女もまた、私と同じで孤児らしい。
このコロニーには正式な孤児院というものがあり、彼女は普段そこで暮らしているのだそう。
ただ、孤児院は子供に優しい環境ではなく、保護担当の暴力や子供同士のいじめが横行しているとの事。
流石にこの場でユリアを脱がせる気は無いのだが、どうも目に見える彼女に傷がないのはもう一つの理由なのだそう。
孤児院では、満8歳になると半ば強制的にどこかの家に売られるのだそうだ。
彼女の話が本当なのかは分からないが、目的は……私からはあまり言いたくない。尊厳に関わる。
さて、ここからが本題なのだけど。
ユリアの願いは至ってシンプル。
「攫ってほしい……ねぇ……」
眠ってしまったユリアをぽんぽんと優しく叩きながら、ルーシェは困った顔を見せる。
……多分、困った顔してる。暗くて見えないけど。
そう、私達は今、ユリアを真ん中にして添い寝しているから部屋が暗いのである。
……ベッドは狭いんだけど、こうやってユリアを抱きしめてると愛着湧いてくるね……ユリア、かわいいし。
「ユリアの話を聞くと、そう思うのも分かるけどね」
「それはそうなんだけど……あたし達、罪人になるよ?」
「そうかな。孤児院での暴力がバレないように、いなくなっても探さないと思うけど」
「そういうものかな……? それよりさ」
「ん?」
視線を上げてルーシェを見る。
「こうしてると、あたし達の子供みたいだね」
「ユリアみたいな可愛い子なら、子供になってほしいかも」
「見た目で見てるの?」
「そうじゃないよ。まあ見た目も可愛いけど」
髪を撫でる。
子供の、柔らかくて、細くて、綺麗な髪。
彼女の服から見れば、彼女の髪は綺麗すぎるかもしれない。
「やっぱり、この子もさせられるために」
「やめて、ルーシェ」
「……ごめん。それで、どうしよっか」
「明日、また買い出しかな」
「お金は作れるけど、それはまたどうして」
「ルーシェは、旅の途中でユリアに『お腹すいた』って言われて、何にも思わない自信ある?」
「……無いね。もっと買っておかないと」
「ルーシェ」
撫でていた手でまたユリアを抱きしめると、私も目を閉じた。
「寝るの、ミハル」
「寝ないよ。ルーシェ、孤児院の子供達ってさ、戸籍が無い子もいるんだよ」
「どういう事?」
「捨て子ってこと。私は違ったけど、赤ちゃんの時に捨てられた子の中には出生届が出されていない子供がいるの。この世にいない子だから、死んでも誰も気にしない」
「じゃあさ、ミハル」
「うん」
「人攫いをするからには、幸せにしよう、ユリアちゃんを」
「私達、正義の味方っぽい?」
「どっちかと言えば悪役じゃない? 人攫いだしね」
「確かに。バレる前に逃げなくちゃ」
「明後日には出ようね。じゃないとバレちゃう」
「そうだね」
2日後、私達はユリアを「荷物」と偽装して出発準備を整えた。
荷物検査は簡易的なもので、ぱっと見だけのもの。一つ一つ開けたりはしない。
開けたりしないのなら、めちゃくちゃ大きい箱の中に入ってもらえれば問題ない。
「じゃあ、気をつけてね」
「ありがとうございます。もうすぐ出ますので」
「おお、そうか。じゃあな」
係員が出たのを見て扉を閉め、何か仕掛けられていないかを確かめる。
なんか、悪いことしてるみたい。
「よし、大丈夫だね」
確認した後、大きな箱を開ける。
「ユリア、もういいよ」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「ゲートの切り離し確認……扉ロック。よし、誰も入って来れないよ」
ルーシェも同意し、ユリアは箱から出てきた。
『発進準備完了シマシタ。デスガ未確認ノ乗員ガイマス。発進デキマセン』
「分かってるってうるさいなぁ!」
ユリアが箱から出てきた途端、ベルが警告を発してきた。
というか箱に入ってたら認識されないんかい。
「ベルの認識って、結構ザルなの?」
「ザルなの。でも箱から出たらすぐこれ」
「そっか……でもさ、入ったままなら出られたんじゃないの?」
「途中で出たらシステム全部止まるよ」
「……マジ?」
「マジ。融通効かないの。だから出る前にやんなきゃ」
そう言って、ルーシェはユリアを手招きする。
「ここに手置いて」
「うん」
ユリアは私がやったように、コンソールに手を置いて……。
「いてっ」
あ、やっぱり痛いんだ。
『認証シマシタ。オ名前ヲドウゾ』
「名前……? ユウは、ユリアっていいます」
『ユリア サマ。認証シマシタ。ヨウコソ』
「よろしくね!」
笑顔で答えるユリアを横目に、私はルーシェを睨みつける。
「……何、怒ってる?」
「別に」
ふんっとルーシェから目を逸らした私は、ユリアを広いテーブルの椅子に座らせて自分も隣に座った。
「じゃあ、出発するよー!」
ルーシェの緊張感のない掛け声を聞いて、ユリアを後ろから優しく抱きしめる。
「よろしくね、ユリア」
「うん、お姉ちゃん」
「あ、こらそこの2人! あたしをのけ者にしないで!」
惑星から飛び立つ時と違い、宇宙船は静かにゆっくりとコロニーを後にする。
前に広がる大きな窓を指差し、ユリアの視線を導く。
「前、見てみて」
「前……?」
言われるがまま顔を前に向けた彼女は、すぐに声を上げた。
「わぁ……!」
「これが宇宙だよ」
「うちゅう……お星様がいっぱい!」
「これで、ユリアちゃんも自由だね」
ルーシェも隣に来て言うけど、ユリアは意味がよくわかっていないのか首を傾げた。
「これからあたし達と、楽しい事いっぱいしよう!」
「……うんっ!」
大きく頷いたユリアは、笑顔で私達の方に駆け寄って飛びついてくる。
私とルーシェは2人で彼女を受け止め、微笑みかけた。
「ミハル」
「なに、ルーシェ」
私を見つめながら声をかけてきた彼女は、ゆっくり私と指を触れ合わせる。
何も言わずに指を絡めると、ルーシェは少し驚く。
「ルーシェからやってきたんでしょ」
「してくれるとは思わなくて」
「さっき怒ってたから?」
「…………うん」
「ふふっ……ばーか。すぐ重く取らないの」
「そうだね」
2人、強く手を握る。
「お姉ちゃん達、仲良し!」
「うん、私達は仲良し」
「ユリアちゃんもね」
これから、私達は3人で旅をしていく。
きっと何があっても、ルーシェとユリアとなら大丈夫だろう。
そして同時に私は気づき始めている。
本当の、自分の気持ちに。