泥蓮転生-ドロドロータスリインカーネーション- 作:環状線EX
高層ビルから落ちた。
首を吊った。
後ろから刺された。
煙を吸った。
水に溺れた。
自分が死んだのだと感じる前に浮かんだ情景は、一つではなかった。
ただ、最終的に地球の引力に吸い込まれるように意識を失ったことは死因全てに共通していた。
そして……。
「うぐぅ……」
衝撃がうがったのは背中だった。肺の空気が押し出される。
泥色の視界。
映るのは随分と近くまできた、横向きの地面だった。
反射的に腹部を抑えるのは、走る痛みに耐えるためか。
そんな俺に対して、声が振りかけられた。
「ガキが、嘗めてると殺すぞ」
視界は低く、声の主を捉えることはできない。
痛みに堪えるためだけに汚れた靴の一点だけを睨みつけて、随分と俺から離れてから視界にその男の全貌をおさめた。
不機嫌そうな様子と薄汚れた服、俺はただ泥に身体を埋めながら見送っていた。
◆
俺は死んだのだろう。
そして、生まれ変わった。
詰まるところ転生していた。
というのが、しばらくして出した結論だった。
正直自分でも信じられない。
非科学的な事象であることもそうだが、自らの脳を疑いたくなる要素が多くあった。
まず、転生というが、いわゆる前世の記憶というものが俺にはない。
自身の名前、家族構成。パーソナルな情報全てが抜き取られているようだった。
唯一覚えているのは、死に際の光景。
だが、それだって五つもある。
頭がおかしくなったとあたりをつける方が自然だろう。
しかし、それでも、俺が結局転生だと結論づけるに至ったのは、やはり理由があった。
記憶こそないが、自らが日本人の高校生で17歳であるという自認があり、少なからず日本の常識的なものを兼ね備えているからだ。
というのも、今現在俺の身体を水溜りで確認したところ、外見状は日本人には見えなく、さらに言えばその見た目も10歳かそこらと言ったところ。
頭を打っていかれてしまった可能性も十分にあるが、それでも知るはずのないことを知っているのだ。
周囲を見渡してわかる街並みも余程日本とは似つかない。
今いるこの場所が、泥に塗れて崩れかけの石が積まれた小屋が立ち並ぶ場所となれば、自身が前世で生活していた場所とは余程につかなかった。
しかし、そこまで考えたところで、俺にはこれ以上前世について考えるための情報もなければ、その行動が得策とも思えなかった。
今すべきことは、現状の把握だろう。
俺の頭がイカれてなければ、前世は17歳。
となれば、今の10歳そこからの体とは動かす感覚が違うはずだ。
「っ」
試しに動かしてみれば、身体中の至る所が痛む。
切り傷と打撲傷と言ったところだろうか。
思い返せば、ここで意識を取り戻した時にも、腹部を蹴られていたようだし、痣も至る所に残っている。
記憶はないが、前世ではこんなにも大きな怪我を負ったことはなかったように思う。
五つもある死の情景は、これを差し引いてもあまりあるような気もするが、少なくともこの年の頃には転んだ、ぶつけたくらいがせいぜいだったように思う。
そんなことを考えながらも意外だったのは、動かしてみた体は痛むものの、思ったよりもスムーズに動かすことができたことだ。
無論完全に違和感がないわけではないが、別の人間、それも体格の違う点も考慮すれば、随分と動かしやすいと評価して良いと思えるほどだった。
体中についた泥はどうにもならないが、それでも形だけでも埃や砂を払うようにして服を叩く。
そうしてから、未だ痛む体に鞭を打って俺は歩みを進めた。
正直、痛む体に任せるままにあの場に寝転がっていたい気持ちはあった。
だが、明らかに物陰であって、先ほど男に蹴られていたことを考えれば安全であるとは言えないだろう。
最低でも人目のある所へ行こうとして、近くの建物を観察する。
先ほど確認していたが、やはり前世の日本のような発展はしていない。
中世ヨーロッパなんてことはないだようだが現代日本ではない。
比較的現代に近い外国と言った感じだろう。
建物は木造で、泥や土を盛っているように見える。
時々、石やレンガを積んでいる物もあるが、大抵が半ばで崩れている。
少し遠くを見れば、随分と近代的な高層ビルと言った建物も見えたので、貧富の差はありそうだ。
そんな中を歩いて、座れそうな場所を探していた時、不意に少女の声が掛けられた。
「€!〇÷」
意味の分からない言葉を投げかけられてなぜ声を掛けられただなどと思ったのか。
彼女は続けるように喋るが日本語ではない。
だが、聞いている内に段々と理解ができるようになっていた。
まるでもとからあった知識とすり合わせるような感覚を覚える。
これは、この身体の持ち主の経験から言語を引き出したと言う事なのだろうか。
そう予想立ててみるも、依然としてこの身体の目を覚ます以前の記憶がないと言う事実は変わらなかった。
「ねぇ! 聞いてるの?アリ!」
少女は俺を叱るように言葉を掛ける。
段々と分かるようになってきた言葉から推測してみれば、アリと言うのが俺の名前らしい。
そして何とか出来るだけ自然に俺は言葉を紡ぐ。
「ああ、ごめん。なに?」
「もう! ちゃんと聞いてよね」
わかりやすく怒っていると主張するかのようにして彼女は自分の腰に手を置いて言った。
だが、このまま叱ろうとする仕草を見せた時、不意に彼女は何かを思い出したように声を上げた。
「あ、いけない。アリ、早くもどろ!」
何か用事を思い出したのだろうか。
だが、それにしても切羽詰まったような顔をした彼女に手を引っ張られて俺は聞き返す間もなく連れていかれた。
◆
彼女に手を引かれて連れてこられたのは、小さな農園だった。
何か作物がなるだろう木々がひしめきあったそこには他にも子供がいた。
そんな子供たちを見ながら、状況の把握に努めていると、不意に背中を押され体勢を崩す。
嫌な感覚にドキリと、心臓が痛むが特に俺を害すようなことは起こならなった。
だが、バランスを崩して無様に尻もちをついた俺が振り向いたとき、男の声がその場に響いた。
「どこ行ってやがった、ガキィ!」
薄汚くも、俺や少女が着る服よりも良い物を身にまとった男は唾を飛ばして言った。
向けられたのは、少女だ。
少女はぎこちなくも笑って言った。
「えっと、さっきおつかいを頼まれたので行ってきました。……これです」
少女が袋のようなモノを差し出すと男はひったくった。
「ああ。そうだったな。紛らわしいんだよォ!」
「ふぐっ!?」
男は、足で少女を蹴り飛ばして、少女は尻もちをついた。
俺が思わず近づこうとすると、少女が叫ぶ。
「アリ! やめて。私は大丈夫だから……」
その言葉に、俺が足を止めると、男がこちらを睨んでいることに気付いた。
俺が駆けよれば、もっとひどいことになるのは想像が出来た。
俺が大人しく引き下がると、男は足を向こうへ向けた。
「チッ。さっさと、働け。ガキが」
そして顔を向こうに向けたまま、そう言って去っていった。
俺がどのタイミングで駆け寄ろうかと考えていると、少女は痛みをこらえた顔をしてこちらに寄って来た。
「アリ。仕事しよ」
今の一瞬で切り替えたかのようにして、彼女は言った。
だが、未だ苦痛の表情を浮かべる彼女はとても平気そうには見えなかった。
そんな彼女に俺は置いて行かれそうになるも、記憶がなくどうすることも出来ないので彼女について行った。
農園の中を歩いていると不意に彼女は俺に声をかけて来る。
「よかったね。さっきは、おじさんの機嫌が良くて」
よかったねと言う言葉が何に向けられたのか、疑問に思いながら最後まで聞いた俺は思わず呆けた。
おじさんと言うのは、さっきの男のことだろうと思いながらも、機嫌が良いという言葉には首を傾げざるを得ない。
そんな俺に、彼女は疑問を口にした。
「さっきからどうしたの? なんだか、様子が変だよ」
「あ、いや」
当たり前であるが、俺という存在はこの身体の持ち主であるアリと言う少年とは違うのだろう。
故に、親しい間柄の人物が居るのならば、数度会話するだけでバレるのは必至だ。
そこで俺が取るべき行動は大きく分けて2つだろう。
しらを切りとおすか、転生のカミングアウトないしは記憶がないことを相手に伝える。
唯一この世界に来て話すことが出来た目の前の少女ではあるが、それでも自身の弱みを見せることが得策であるかは分からない。
彼女から大人に伝わって、何か大事になる可能性はゼロではない。
そんな思考が俺の頭を支配する。
だが、相手は子供。
ここは敢えてこういってもいいのではないだろうか。
「実は俺、さっき頭を打った時に色々と忘れちゃったみたいで」
面倒な説明を抜きにして、今ある状況を伝えてみた。
どんな返答が返ってくるだろうかと、少し身構えつつも俺は少女の顔を見た。
しかし、すぐに言葉が紡がれるだろうと考えていた俺の予想に反して、何をいうでもなく、少女は首を傾けた。
それ自体何らおかしなことではなかったが、ただ、信じていないと言うよりあまり理解が及ばないといった様子だった。
恐らくその原因は記憶喪失の類に対する概念的なものへの理解が彼女に中に存在していない点だろう。
ドラマや映画なんかで王道設定とも言える記憶喪失と言うものは、俺がいた日本においては遭遇する可能性は極めて低いだろうが、その症状について知りえないと言う人間がいる可能性は限りなく低いだろう。
ただ、ここは少なくとも現代日本ではない。
彼女がそう言った映像作品や書籍などに触れていないと考えるのが自然と言えた。
だから、そもそも記憶喪失といったものがあるという認識自体なかったのだろうと推測した。
そんなことを察した俺は、なんとなく記憶喪失について説明をした。
そして俺がその状況にあることを話すと、疑うことなく信じてくれた。
ついでに彼女の名前も知ることが出来た。
どうやら、スガレと言うらしい。
それから、取りあえずこの場所について聞いてみた。
先ほどここを彼女は農園と言っていた。
そしてそれは、木々が生えていてその実を他の子供たちも採っているところを見れば明白だった。
「これってなんの実なの?」
「うーん。わかんない」
俺は、教えてもらったやり方で木の実を取りながら質問するも彼女もこれが何であるか知らないようだった。
まあ、そんなものかと思いつつ、俺の分からないこと一通り彼女に聞いた。
スガレは面倒くさがることなく、答えを知らない事こそあるものの知っていることは何でも教えてくれた。
「アリはねぇ。病気のお母さんのために働いてるんだって」
そして仲が良かったのか、俺ことアリの身の上も知っていた。
どうやら俺は病気の母親のために、この農園で働いているらしい。
俺が働いた分の給料は、母親に送られ、そしてアリ自身は給料の代わりとして食事と寝床を与えられているようだ。
正直、この労働環境で母親に金が送られていると言われても素直に信じることは難しいが、少なくともそういうことになっているらしい。
「私も、似たような感じ~」
スガレはどうなのかと問えば、そう返って来た。
ただ、彼女は親がいるわけではないらしい。
自分が食うために働いているようだ。
ただ、聞く限り食事が俺より少し多い程度で、お金はもらえていないと言うことを考えればさらに農園主の男の怪しさは増した。
まあ、子供を働かせて食事をくれているのだから、有情な気もする。
発生した労働の対価が実際どうなってるかは知らないが、親にお金を送っていないスガレは子供の目にも分かるようにして食事の量が違うらしいし真っ向から対価に対する不義理はしていないのだろう。
「それにしても……」
俺は収穫した木の実を手に取って首を傾げた。
つくづく不思議な見た目をしている。
そう思って実を見れば、ほのかに光って見えた。
とは言っても、まじまじと観察しなければ分からない程度ではあるのだが。
「アリ。ちゃんとやらないと怒られちゃうよ」
「あ、ごめん」
木の実観察に夢中になっていた俺にスガレは注意を促す。
それに軽く謝罪した。
正義感によるものと言うより、先ほどのように大人に怒られるという面から来ていた忠告はきっと俺とスガレが暮らす環境を分かりやすく表現しているように思えた。
スガレに仕事を教えてもらいながら、日が暮れるまで作業をした。
単純作業ゆえに慣れないところもありながらもなんとかこなすことができていた。
そうして、やっと夕飯にありつけたのだが……。
「何してるの?おなかすいてないの?」
横に座るスガレにのぞき込まれ、声を掛けられる。
そして半分は彼女の顔で絞められた視界で、俺はその向こうにあるものを再度眺めた。
そこには、皿に盛りつけられたペースト状の物体が乗っていた。
いや、盛ると言うほど乗ってはいないが。
これが、今日の、いや、普段の食事らしい。
良く表現すれば、レーションだろうか。
しかし、到底現代日本で出会うことのないビジュアルを前に俺は動きを止めていた。
「これ、食べるの?」
「うん。いつも食べてるでしょ」
「ああ、アリは忘れん坊になっちゃったんだっけ」と横で食事を口に入れながら、少女は言う。
元気よく食べる彼女の視線は、自らの皿に注がれている。
それを聞き流しながら、俺は眉をひそめた。
別にこの食事自体に文句をつけたいわけではない。
この状況で食事を選べるなどとは考えてない。
だが、それ以前に盛られた器が気になった。
何と表現すればいいだろうか。
とにかく汚かった。
洗い残しがあると言うか、そもそも洗ってない様な。
とてもじゃないが、衛生上よろしくは見えない。
ただ、俺が皿を眺めていれば、自分の分を食べ終わった他の子供がこちらに視線を集めていることに気付いた。
きっと狙っているのだろうと思い、意を決して俺はかき込むよう口に入れた。
「アリ。おなか減ってたんだね」
スガレは食べ終わったのか、俺を見て笑った。
俺は、口に違和感を感じてペッと何かを吐き出す。
何か混ざっていたのだろう。
そう思って吐き出したものを見ようと地面を見れば蝿だった。
こんなの混ざってんのかよ。
「アリ、おいしい?」
「え、うん……」
「そっか、ってあれ?このお皿って、あっちの動物さん用のじゃない?それに中身も……」
向こうの方には、家畜でもいるのかスガレはそう言って奥の建物を見た。
それから、先ほどまでその家畜用の餌か何かをガツガツとかき込んでいた俺を見ると、それはないだろうといった視線を向けた。
食べてしまったことはともかく、おいしいと聞かれて頷いたせいで状況は悪化していた。
スガレはこの一件があっても依然として優しく接してくれたが、これ以降他の子どもたちからは「残飯野郎」と呼ばれることになった。
◆
「おっとっ」
「ってぇ」
俺は背後から迫って来た運搬用の手押し車に充てられる。
手動であり、動力がついているようなものではないが、それでもダメージは少なくなかった。
声を洩らしつつ起き上がると、手で押ししていた少年は嫌な笑みを浮かべた。
「残飯野郎か。気付かなかった」
「……」
いじめに近いだろうか。
あの日、家畜用の餌を食べたのを皮切りに、こういった嫌がらせが増えた。
何が面白いのか。
別に彼らの気分を害した覚えはないのだが。
ただ、おかしな行動をした人間に対する嫌がらせにしては敵意がこもり過ぎているような気がして疑問を覚える。
とは言え、特に気にせず仕事に戻る。
「チッ」
そんな俺の様子が気に入らなかったのか、俺を手押し車で轢いた少年は舌打ちをした。
一緒に遊んでいると思われて、大人に怒られるのは御免だと思いつつ、早くどこかに行ってくれないかと願っていれば、向こうから大きな声が聞こえた。
農園主の男ではない。
スガレだ。
「やめなさい!」
彼女はよく俺に目を掛けてくれていて、俺がこうしてちょっかいを掛けられていると飛んでくる。
そして、注意をするのだが。
「アリをいじめないの!」
「だって、こいつ生意気だから」
少年は俺を見ることなくそう言った。
見ているのはただ一点、スガレだ。
と言うか、この少年に限らず俺にちょっかいを出してスガレに注意をされた者たちは皆似たような反応をする。
怒られているのに、なぜか浮ついたような。
そこで、俺は少年たちが俺に嫌がらせをする要因に気付いた。
恐らく、スガレに怒られるためだろう。
そう言うと少し誤解を生んでしまいそうな気もするが……。
前世でもよくあった小学生男子が、好きな女子にちょっかいを掛けるような。
それをここの少年たちは、スガレの興味を引くことが出来る俺に嫌がらせをすることでスガレに構ってもらっているのだろう。
スガレに好意があるのなら、仲良くしている俺には尚更いい気持ちはしないだろうと言う事も含めて。
「おい!何見てる!」
「いや」
スガレにくぎ付けだった視線が俺に向けられた。
俺は短く返すと、少年は顔を背けて去っていった。
「大丈夫だった?アリ」
「うん。平気、怪我もしてないし」
心配そうに俺の顔を覗いて来るスガレに俺は無事だと言って見せる。
実際にけがなどしていない。
安心した様子を見せるスガレに声をかけて仕事へ戻ることにした。
あまりサボっていると後が怖い。
俺は仕事をしつつ考える。
無論それは今後の方針だ。
現状、転生しそして子供の体に入り、農園で働いている。
一応対価として食料と寝床は貰えているが、正直、このままの生活を続ける気なんてサラサラなかった。
どうやってここを抜け出すかと言うことと、どうして金を稼ぐかが問題であるのだが。
まずは、情報が圧倒的に足りない。
俺が分かることは、この農園で食わせてもらっていることくらいで、この場所が何て名前の街だとか、国だとかは全く分かっていなかった。
農園の外にいたのだって、目覚めた時の一回きりで、あれから一度も出ていない。
子供達が農園から出ることが出来るのは、大人が子供たちに命じる『おつかい』の時だけらしく、それ以外は外に出ることを禁止されていた。
となれば、おつかいに行って情報を集めるべきか。
この近くにどんなものがあるのかと言う程度であっても、今の俺にとっては大きな情報に変わり無い。
そんなことを思って過ごしていれば、案外早くその機会は来た。
「おい、そこのガキ。これもって、ホンハのとこ行ってこい」
俺が仕事をしているとき、不意に声を掛けられて袋を押し付けられた。
押し付けて来たのは、農園主ではない紐でくくった鍵を首から掛けた男。
ここには三人の大人がいて、農園主、鍵の男、そして黒髪の若い女が時折姿を見せる。
彼はその中の一人で、俺たちに指示を出すのは、農園主かこの鍵の男だった。
「あの、俺」
「あ?」
「場所が分からないんですけど」
生憎記憶がない影響で、そのホンハとやらは分からない。
それに地理的なものも俺の頭には入っていなかった。
「じゃあ、分かる奴連れてけ。そして、おぼえろ。……おい、そこの!そうだ、女のガキ。お前がついてけ」
理不尽に殴られるものと思ったがそんなことはなく、彼は俺の近くで仕事をしていたスガレを指名するとさっさと去っていった。
こうして、俺とスガレは農園の外へと『おつかい』に行くこととなった。
◆
「アリ。手離さないでね」
「うん」
俺は固く握られた手にそう答える。
スガレは、俺がどこかに行ってしまわないか心配なようで手を繋いでいると言うのに何度もいるかどうか確認をしてくる。
そこまで心配するかと思ったが、前回外に出た時は俺がどこかに行ってしまったようで同じ轍を踏むまいとしているらしかった。
そう言えば、俺が目覚めた時、大人に絡まれていたのを思い出す。
それに傷だらけの状態であったのをスガレは見ている。
そりゃ、心配になるわけだ。
「アリ、道覚えてね」
考え事をしているとスガレはそんなことを言う。
先ほど鍵の男に言われた俺は無論そのつもりだ。
ただ、道を覚えれば、一人で行かされるようになるのだろうか。
治安を考えれば、今のように二人で言った方が安全な気もする。
そんなことを思いつつスガレに聞けば、どうやら農園主からのおつかいは二人で行かされることに対して、鍵の男から頼まれるときは同様に二人で行かされることもあるが、加えて一人で行かされるときもあるらしい。
そこから考えるに、農園主は万が一のことを考えて二人で行かせて、鍵の男は農園内の人員を減らさないために一人だけで行かせることがあると言う事だろうか。
まあ、理由はわからないが。
たかだか子供一人分、別に収穫スピードが上がったところで、そう大きな差が出るとは思えない。
お使いだって、そう長い時間かかるわけでもないのだし。
「もうすぐだよ」
スガレに言われて、道の向こうを見る。
どうやら、どんどんと寂れた方に進んでいるのが分かった。
ビルが並ぶ、いわゆる富裕層が住んでそうな街とは反対側に進んでいる。
そして、彼女がもうすぐと言ったように、すぐに到着した。
そこはレンガ積みの建物だった。
とても裕福な暮らしには見えなかったが、木と土の家が多いこの辺では比較的マシに見えた。
「あの。農園から来たんですけど」
スガレが建物を覗いてそう言うと、ドアのない建物の奥にいた人物がゆっくりと顔をこちらに向けた。
皺が入り、たるんだ顔は口を動かした。
「渡しな」
老婆は不愛想にそう言った。
その言葉にスガレは袋を手渡した。
そして、老婆は受け取ると中から何かを取り出した。
紙だろうか。
とても上質には思えないそれを見て、袋に何かを詰め込んでいく。
そして、それをこちらにドンと置いた。
「ほらよ」
紙と一緒に取り出したのか、硬貨のようなモノをしまい込んでそっぽを向いた。
スガレはひとこと「ありがとう」とだけ言って袋をもってその場を離れた。
俺もそれについていく。
「俺が持とうか?」
「ううん。いいよ。私が持つ」
一応頼まれたのは俺だと思い袋を持とうとするも拒否される。
スガレからすれば俺は弟のようなものなのだろう。
彼女に持たせるのを少し躊躇ったが、重たい荷物と言うほどのものでもないので、特に抵抗はしなかった。
ただ、先ほど紙と硬貨が入っていた時よりも、確実に重くなった袋を見て俺は言った。
「中には何が入っているの?」
街ではなくあの老婆から買う物とは何なのだろうか。
そう思っての質問だった。
「わかんない。あっ、あと見ちゃだめだからね」
スガレも知らないようで、更に開けるなと言いつけられているようだった。
「わかってるよ」と返しつつ、俺たちは農園へと帰った。