4代目に憧れて   作:ryyonn

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形にならない力

 

 

神字の勉強を始めて、数日が過ぎた。

 

朝はいつも通り身体を鍛え、母さんとの修行で念の基礎を磨く。午後は神字の資料を読み、覚えた文字を紙に書き写す。

 

そんな生活を繰り返していた。

 

「……うーん」

 

机に向かった俺は、目の前の紙を見つめながら唸った。

 

そこには、何度も練習した神字が並んでいる。

 

文字の形は少しずつ覚えられてきた。意味についても、基本的な部分なら理解できるようになっている。

 

けれど。

 

「やっぱり、これだけじゃ何も起きないか」

 

俺は紙の上に指を置いた。

 

念を込めてみる。

 

ほんのわずかにオーラを流し、神字を意識する。けれど、紙には何の変化もなかった。

 

当然といえば当然だ。

 

文字を覚えたからといって、すぐに念の力を引き出せるわけではない。母さんも、神字は念を補助するためのものだと言っていた。

 

大切なのは、文字の形だけじゃない。

 

その意味を理解し、念をどう扱い、どんな仕組みを作るのか。

 

結局、そこに行き着く。

 

「レオン。何をしているの?」

 

振り返ると、母さんが扉のところに立っていた。

 

「神字に念を込めてみたんだけど、何も起きなくてさ」

 

「ふふ。ずいぶん気が早いわね」

 

母さんは俺の隣に座り、紙を覗き込んだ。

 

「神字は便利な道具だけれど、書けば何でもできる魔法の文字じゃないの。どんな効果を持たせたいのか、そのためにどんな念を使うのか。そこを考えなくちゃ」

 

「効果……か」

 

「そう。あなたは、神字を使って何をしたいの?」

 

その問いに、俺は少しだけ言葉を詰まらせた。

 

何をしたいのか。

 

答えなら、ずっと前から決まっている。

 

「……もっと速く動けるようになりたい。それと、離れた場所にいる人のところへ、すぐに行けるようになりたい」

 

母さんはすぐには答えなかった。

 

俺の顔をじっと見て、それから柔らかく微笑んだ。

 

「あなたらしいわね」

 

「そうかな?」

 

「ええ。小さい頃から、誰かを助けることばかり考えているんだもの」

 

少し恥ずかしくなり、俺は頬をかいた。

 

「でも、どうやったらできるのかは、まだ全然わからないんだ」

 

「なら、まずは今できることを増やしましょう」

 

母さんは紙を片づけると、俺の手を取った。

 

「今日は神字の勉強はおしまい。修行場へ行くわよ」

 

「えっ、今から?」

 

「もちろん。念の修行も忘れちゃ駄目でしょう?」

 

……ですよね。

 

俺は苦笑しながら立ち上がった。

 

     ◇

 

修行場に着くと、母さんは俺から少し距離を取った。

 

「今日は放出系の練習をするわ。まずはオーラを身体から離してみて」

 

「身体から離す?」

 

「そう。ただし、無理に遠くへ飛ばそうとしないこと。最初は手のひらから少し離すだけでいいわ」

 

俺は右手を前に出し、ゆっくりとオーラを集めた。

 

纏で身体を覆うときとは違い、今回はそのオーラを自分の身体の外へ押し出すように意識する。

 

手のひらに集まったオーラが、指先からふわりと浮かび上がった。

 

だが、次の瞬間には形が崩れ、空気に溶けるように消えてしまった。

 

「うーん……」

 

「悪くないわ。もう一度」

 

俺は何度も繰り返した。

 

最初は一瞬で消えていたオーラも、少しずつ手のひらから離れた状態を保てるようになっていく。

 

けれど、距離を伸ばそうとすると急激に不安定になる。

 

逆に、安定させようとすれば、今度はほとんど動かせなくなる。

 

放出系の念能力者にとっては基礎的な練習なのだろう。

 

しかし、実際にやってみると簡単ではなかった。

 

「レオン。オーラを遠くへ飛ばすことだけを考えないで」

 

母さんが声をかける。

 

「念を身体から離した状態で、どれだけ安定させられるか。それを意識して。距離を伸ばすのは、そのあとよ」

 

「わかった」

 

俺は一度深呼吸し、意識を切り替えた。

 

遠くへ飛ばすのではなく、手のひらから離れたオーラを維持する。

 

力を入れすぎない。

 

かといって、弱めすぎない。

 

自分のオーラがどう動き、どこで不安定になるのかを感じ取る。

 

何度も失敗を繰り返すうち、ようやく小さな球状のオーラが、手のひらから数センチ離れた位置に留まった。

 

「……できた!」

 

思わず声が出た。

 

「ええ。よくできたわね」

 

母さんが嬉しそうに笑う。

 

その声を聞きながら、俺はオーラの球をじっと見つめた。

 

自分の身体から離れた念。

 

今は、ほんのわずかな距離でしか維持できない。

 

けれど、これをもっと遠くまで飛ばせるようになったら?

 

離れた場所でも維持できるようになったら?

 

そこに神字の仕組みを組み合わせれば、何か新しいことができるかもしれない。

 

――いや、まだ決めつけるのは早い。

 

今の俺にあるのは、ぼんやりとした可能性だけだ。

 

まずは、できることを一つずつ増やしていこう。

 

そう考えた瞬間、維持していたオーラの球が弾けて消えた。

 

「あっ……」

 

「集中が切れたわね」

 

「せっかくできたのに」

 

「だからこそ、何度も練習するのよ。できた一回と、いつでもできることは違うでしょう?」

 

母さんの言葉に、俺は素直に頷いた。

 

「うん。もう一回やるよ」

 

「その意気!」

 

     ◇

 

夕方、修行を終えて家に戻った俺は、再び机に向かった。

 

今度は神字を書き写すためではない。

 

紙の中央に、今日の修行で気づいたことを記していく。

 

念を身体から離すこと。離した念を維持すること。離れた場所まで念を届けること。

 

それぞれは似ているようで、きっと違う技術だ。

 

俺が望む力を実現するためには、どれも欠かせないのかもしれない。

 

そして、神字はその仕組みを補助するために使える可能性がある。

 

「……焦るな、俺」

 

小さく呟いて、鉛筆を置いた。

 

前世で知っていた物語の知識は、確かに俺の中にある。

 

けれど、知識があることと、それをこの世界で実現できることは別だ。

 

この世界には、この世界の理屈がある。

 

念の仕組みを理解し、自分の力で確かめていかなければならない。

 

いつか、誰よりも速く大切な人のもとへ駆けつけられるように。

 

そして、守りたいものを守り抜けるように。

 

俺は新しい紙を取り出し、もう一度、神字の練習を始めた。

 

今はまだ、文字の意味を覚えることしかできない。

 

念を離して維持することさえ、ようやく始めたばかりだ。

 

それでも、一歩は進んだ。

 

――焦らず、着実に。

 

俺の目指す力は、まだ形にならない。

 

だからこそ、今日も修行を続けるのだ。

 

 

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