4代目に憧れて   作:ryyonn

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初めての実験

 

 

「レオン、最近ずいぶん考え込んでいるわね」

 

朝の修行を終えた俺に、母さんが声をかけてきた。

 

「そうかな?」

 

「そうよ。食事中も、修行中も、時々どこか遠くを見ているもの」

 

……そんなにわかりやすかっただろうか。

 

俺は頬をかいた。

 

「ちょっと、念能力について考えていたんだ」

 

「どんな能力にしたいの?」

 

母さんの問いに、俺は少し迷った。

 

本当の目標を話すこと自体は問題ない。俺が瞬時に移動できる能力を作りたいと思っていることは、すでに伝えてある。

 

ただ、前世の記憶については話せない。

 

そもそも、そんな話をしたところで、信じてもらえるとは思えないしな。

 

「遠くにいる人のところへ、すぐに行けるような能力が欲しいんだ。走る速さを上げるだけじゃなくて、もっと別の方法で」

 

「なるほどね」

 

母さんは腕を組んだ。

 

「それなら、まずは何をもって『移動できた』とするのか、考えてみたら?」

 

「どういうこと?」

 

「目的地まで自分の身体を動かすのか。それとも、身体を動かす過程そのものを省略するのか。似ているようで、必要な技術は違うでしょう?」

 

俺は目を見開いた。

 

身体を速く動かすことと、移動の過程を省略すること。

 

確かに、別物だ。

 

前者なら身体能力の強化や放出系の応用で、ある程度は近づけるかもしれない。

 

だが、俺が本当に欲しいのは後者だった。

 

「……移動の過程を省略したい」

 

「ふふ。ずいぶん大胆な目標ね」

 

母さんは笑ったが、否定はしなかった。

 

「できるかどうかは、まだわからないわ。でも、何を目指しているのかがはっきりしているのはいいことよ」

 

「うん」

 

「ただし、いきなり完成を目指すのは禁止。まずは、あなたができることから始めましょう」

 

そう言って母さんが取り出したのは、二つの小さな木片だった。

 

「今日はこれを使うわ」

 

     ◇

 

木片は、どちらも同じくらいの大きさだった。

 

母さんは片方を俺の前に置き、もう片方を数メートル離れた場所に置いた。

 

「まず、手元の木片にオーラを込めてみて」

 

「うん」

 

俺は木片に触れ、ゆっくりとオーラを流した。

 

念を物に込める練習は、これまでにも何度か行っている。

 

ただ、オーラを流すことと、その状態を長く維持することは別の話だ。

 

俺はできるだけ一定の量を保つように意識した。

 

「できたよ」

 

「じゃあ、次は手を離して。どのくらいオーラが残るか、感じ取ってみて」

 

俺は木片から手を離した。

 

少しだけオーラの気配が残っている。

 

しかし、時間が経つにつれて、その気配は薄れていった。

 

「……消えていくね」

 

「ええ。オーラを込める方法や、込めた後の状態によっても変わるわ。何も考えずに流し込むだけでは、思った通りに維持できないこともあるの」

 

俺は頷き、もう一度木片に触れた。

 

今度は、オーラを流し込んだ後も、その木片に意識を向け続ける。

 

だが、結果は大きく変わらなかった。

 

「うーん……」

 

「簡単にはいかないでしょう?」

 

「うん。でも、ちょっと面白い」

 

母さんは意外そうに眉を上げた。

 

「面白い?」

 

「自分の身体から離れた場所に、自分のオーラの気配が残っているんだ。これをもっと正確に扱えたら、いろいろなことができそうだから」

 

それは本心だった。

 

今は、木片に込めたオーラが少し残るだけ。

 

だが、俺が考えている能力を実現するためには、こうした基礎的な理解が必要になるかもしれない。

 

遠くへオーラを飛ばす。

 

物にオーラを残す。

 

そして、その気配を把握する。

 

それぞれの技術が、どこかで繋がる可能性がある。

 

もっとも、現段階では推測にすぎない。

 

「いいわね。その好奇心は大切にしなさい」

 

母さんは俺の頭を撫でた。

 

「でも、ひとつだけ注意して。オーラを残せることと、そこへ移動できることは同じじゃないわよ」

 

「……うん。わかってる」

 

今の俺には、まだ何もできない。

 

それでも、考えるための材料は少しずつ増えている。

 

     ◇

 

午後。

 

俺は再び神字の資料を広げていた。

 

午前中の実験を踏まえ、ノートにいくつかの項目を書き出す。

 

オーラを物に込める。

 

オーラを身体から離して維持する。

 

離れた場所にあるオーラの気配を把握する。

 

神字によって、念の働きを補助できるか調べる。

 

こうして整理してみると、自分が何を知らないのかがよくわかった。

 

特に気になるのは、神字の役割だ。

 

神字は念を補助するためのもの。

 

ならば、念だけでは難しい働きを補える可能性はある。

 

しかし、どこまで補えるのか。

 

何を補うことができて、何は補えないのか。

 

その境界は、まだわからない。

 

俺は資料のページをめくった。

 

しばらく読み進めたところで、部屋の入口から声がした。

 

「レオン、少しいい?」

 

母さんだった。

 

「どうしたの?」

 

「あなたが神字を使って何かを作りたいと思っているなら、文字を覚えるだけじゃなくて、実際に使われているものを観察するのも勉強になるわ」

 

「実際に使われているもの?」

 

「ええ。以前見せた道具を覚えているでしょう?」

 

「ああ、母さんが神字を書いていた道具?」

 

「そう。あれをもう一度見せてあげる」

 

俺はすぐに立ち上がった。

 

神字についての理解を深める、いい機会だ。

 

     ◇

 

母さんが持ってきたのは、以前にも見せてもらった小さな道具だった。

 

表面には神字が刻まれている。

 

俺は許可をもらって、間近から観察した。

 

文字の形。

 

配置。

 

それぞれの間隔。

 

そして、道具全体から感じられる、ごく微かな念の気配。

 

「この神字は、どうしてこの順番で並んでいるの?」

 

「その並び方にも意味があるのよ。どの文字を使うかだけでなく、どう組み合わせるかも大切だから」

 

「文字を入れ替えたら、効果も変わる?」

 

「変わることはあるわ。ただし、何でも順番を変えればいいというものではないの。組み合わせによっては、意図した働きが失われることもあるから」

 

俺はじっと道具を見つめた。

 

神字は、ただの文字ではない。

 

念の働きを補助するために、意味と構造を持たせて使うものなのだ。

 

だとすれば、俺が将来作る能力でも、神字の組み合わせが重要になるかもしれない。

 

けれど、今はまだ、その具体的な形を思いつけない。

 

「母さん。この道具を作るのに、どれくらい時間がかかったの?」

 

「そうね。準備も含めれば、それなりにかかったわよ」

 

「やっぱり、簡単には作れないんだね」

 

「当然でしょう?」

 

母さんは笑った。

 

「でも、時間がかかるからこそ、丁寧に作る意味があるの。念も神字も、雑に扱えば思った通りの結果にはならないわ」

 

俺は頷いた。

 

急いで完成させることばかり考えていたけれど、今は基礎を身につける時期だ。

 

焦って中途半端なものを作るより、きちんと理解してから挑戦するほうがいい。

 

「ありがとう、母さん。もう少し勉強してみるよ」

 

「ええ。わからないことがあったら、いつでも聞きなさい」

 

母さんは道具を片づけ、部屋を出ていった。

 

俺は机に戻り、ノートを開いた。

 

今日わかったことを、忘れないうちに書き留める。

 

念を残すことと、念を使って移動することは別の課題。

 

神字は、文字の意味だけでなく、組み合わせや構造も重要。

 

まだ、目的地へ瞬時に移動する方法は見つかっていない。

 

けれど、何を調べ、何を練習すべきなのかは、少しずつ見えてきた。

 

俺はノートを閉じ、窓の外を眺めた。

 

いつか必ず、自分だけの能力を作り上げる。

 

そのために必要なのは、特別なひらめきだけではない。

 

地道な修行と、失敗から学ぶこと。

 

そして、わからないことを一つずつ解き明かしていくことだ。

 

「……よし」

 

俺は再び資料を手に取った。

 

まだ道のりは長い。

 

それでも、前に進んでいる実感はあった。

 

――明日は、今日より少しだけ先へ。

 

そう心に決めて、俺は神字の勉強を続けた。

 

 

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