――ビスケ視点――
レオンが神字に興味を持ち始めてから、しばらく経った。
最初は、ちょっとした好奇心だと思っていた。
念の修行を始めたばかりの子供が、自分の能力についてあれこれ考えるのは珍しくない。むしろ、自分から学ぼうとする姿勢は褒めるべきだろう。
けれど、あの子の場合は少し違う。
一度気になったことがあると、納得できるまで考え続ける。
しかも、ただ頭の中で考えるだけではない。実際に念を使って試し、うまくいかなければ原因を探し、次の方法を考える。
その繰り返しだ。
「……本当に、誰に似たのかしらね」
資料室で、私は小さく呟いた。
もちろん、答えはわかっている。
あの子の父親や母親のことを、私はほとんど知らない。
それでも、レオンを育ててきた十年間で、あの子がどれほど優しく、頑固で、そして努力家なのかは嫌というほど知った。
危険な虫を見つければ、わざわざ逃がしてやろうとする。
転んだ子供がいれば、真っ先に駆け寄る。
そのくせ、自分が怪我をしても「これくらい平気」と笑うのだ。
……まったく。
誰にでも優しくするのはいいけれど、自分のことも大切にしてほしいものだ。
私は息子のノートを思い出した。
以前、修行の記録をつけるために使っていたものだが、最近は念能力について考えたことも書き込んでいるらしい。
もちろん、本人に無断で中身を読むつもりはない。
ただ、あの子がどんな能力を目指しているのかは、少し気になっていた。
離れた場所にいる人のもとへ、すぐに駆けつける。
レオンは、そう言っていた。
あの子らしい目標だと思う。
けれど、放出系の念能力者が瞬時に移動する能力を作るとなれば、簡単な話ではない。
オーラを飛ばすことと、自分自身を移動させることは違う。
神字を使えば、何かを補助できる可能性はある。だが、それだけで問題が解決するとは限らない。
それでも、私はあの子の挑戦を止めるつもりはなかった。
――あの子なら、いつか何かを見つけるかもしれない。
根拠があるわけではない。
ただ、十年間ずっとそばで見てきた母親として、そう思うのだ。
「ふふっ。楽しみね」
私は資料を棚へ戻した。
そのとき、廊下から足音が聞こえてきた。
「母さん、いる?」
「いるわよ。どうしたの?」
扉から顔を出したレオンは、いつもより真剣な表情をしていた。
「ちょっと、試したいことがあるんだ」
私は思わず笑みを浮かべた。
どうやら、また何か思いついたらしい。
「いいわよ。何を試すの?」
「放出したオーラを、できるだけ長く維持する練習。それと……」
レオンは少し言い淀んだ。
「自分のオーラが、どこまで届くのかを調べたいんだ」
私は目を細めた。
ただオーラを遠くへ飛ばす練習なら、これまでもやってきた。
だが、今回は少し違うようだ。
「いいわ。でも、ひとつ約束して」
「なに?」
「疲れたら、ちゃんと休むこと。夢中になりすぎて、倒れるまで続けるのは禁止よ」
「……わかった」
返事が少し遅れた。
怪しい。
「レオン?」
「わかったってば、お母さん!」
「よろしい!」
私は息子の頭を撫でた。
この子がどこまで成長するのか。
母親として、その瞬間を見届けられることが、何よりも嬉しかった。