4代目に憧れて   作:ryyonn

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見えない糸をたどって

 

 

念の修行を始めて、半年。

 

 纏、絶、練、発。基本の四大行を繰り返し、オーラを練り、放出し、制御する。その積み重ねは、確実に僕の力になっていた。

 

 けれど、最近の僕にはひとつ悩みがある。

 

 ――研究が、足踏みしている。

 

 石に向けてオーラを放つ。放ったオーラを維持する。消える直前の感覚を確かめる。

 

 そんな実験を繰り返してきたが、得られたのは曖昧な感触ばかりだった。

 

 このまま同じことを続けても、大きな発見にはつながらないかもしれない。

 

「レオン、今日はその石を使わないわよ」

 

 朝の修行場で、ビスケが僕の前に小さな木片を三つ並べた。

 

「石じゃなくて、木片?」

 

「ええ。それと、今日は応用技の修行もするわ」

 

「応用技……!」

 

 思わず声が弾んだ。

 

 ビスケはそんな僕を見て、楽しそうに笑った。

 

「何よ、その顔。まさか、ずっとそれを待ってたの?」

 

「待ってたよ。もちろん基礎も大事だけど、そろそろ次に進みたいと思ってたから」

 

「その気持ちは分かるわ。でも、基礎を忘れたら承知しないからね」

 

 彼女は人差し指を立てた。

 

「今日は凝、隠、それから円の練習をするわ。発の精度も、引き続き鍛えていくわよ」

 

 僕の胸が高鳴った。

 

 凝は、オーラを身体の一部に集中させる技術。隠は、オーラを目立たなくする技術。円は、オーラを広げて周囲の動きを感知する応用技だ。

 

 原作知識がある僕にとって、どれも馴染み深い言葉だった。

 

 ただし、知っていることと、実際に使えることはまるで違う。

 

「まずは凝。目にオーラを集中させて、私の手を見なさい」

 

 ビスケが掌をこちらに向けた。

 

 僕は目の周囲にオーラを集める。

 

 最初は視界が少し歪んだ。だが、意識を集中させると、彼女の手を包む薄いオーラが見えてくる。

 

「できてるわね。じゃあ、次」

 

 ビスケは三つの木片を少し離して置いた。

 

「この中にひとつだけ、私がオーラを残したものがあるわ。凝を使って見つけなさい」

 

 僕は木片を順番に見た。

 

 左。中央。右。

 

 中央の木片に、ごく薄いオーラがまとわりついている。

 

「これだ」

 

「正解。じゃあ、隠を使って、今度はあなたのオーラを隠してみて」

 

 僕は身体を包むオーラを抑え、気配を薄くする。

 

「……うん。悪くないわね。でも、まだ粗いわ。念に長けた人間なら違和感に気づくでしょうね」

 

 僕は頷いた。

 

 隠は、単にオーラを小さくするだけではない。相手に悟られにくくする技術だ。

 

 そして、僕が将来作りたい能力にも関係してくる。

 

 もし、何かを目印にできるオーラを残せるなら。

 

 それを相手に気づかれないようにできるなら。

 

 ただ、今はまだ、その二つを結びつける具体的な方法がない。

 

「次は円よ。あなたのオーラを身体の外へ広げて、私がどこにいるか当てなさい」

 

「お母さんが動くの?」

 

「もちろん。止まっている相手を見つけるだけじゃ、修行にならないもの」

 

 僕は息を整え、練でオーラを増幅させた。

 

 そして、身体の周囲へゆっくり広げる。

 

 最初は数十センチ。

 

 少しずつ、範囲を広げていく。

 

 足元の草。木々の幹。地面の小石。

 

 オーラに触れたものの輪郭が、ぼんやりと感覚として伝わってくる。

 

 その範囲の外側を、ビスケが歩いた。

 

 僕は意識を研ぎ澄ませる。

 

 右。

 

 いや、右前方から背後へ。

 

「そこ!」

 

 振り返ると、ビスケがにっこり笑っていた。

 

「正解。だけど、円を維持しながら動くのはまだ難しそうね」

 

「うん。広げることに集中すると、他のことが疎かになる」

 

「だから練習するのよ。念はひとつの技を覚えたら終わりじゃない。複数の技術を組み合わせて、初めて戦いの中で活きるんだから」

 

 その言葉は、僕の胸に深く響いた。

 

 僕が目指しているのは、ただ遠くへ移動する能力じゃない。

 

 相手の動きを読み、危険を察知し、必要な瞬間に移動する。

 

 そのためには、放出系の技術だけでは足りない。

 

 周囲を把握する感覚も、オーラを隠す技術も、正確に制御する力も必要になる。

 

 避雷針の術を再現する道は、思っていた以上に長い。

 

 けれど、必要な技術は少しずつ見えてきた。

 

     ◇

 

 午後。

 

 応用技の修行を終えた僕は、いつもの実験場にいた。

 

 木片をひとつ地面に置き、その前に座る。

 

 今日は、これまでの実験を少し変えてみることにした。

 

 今までは、放出したオーラが消える直前の感覚を確かめていた。

 

 でも、もし重要なのが「消える瞬間」ではなかったら?

 

 僕は右手から、ごく少量のオーラを放出する。

 

 それを木片の表面に沿わせるように動かした。

 

 触れさせるのではなく、木片のすぐ近くを通す。

 

 すると、わずかな違和感があった。

 

 木片そのものではない。

 

 その周囲に、僕のオーラとは別の何かがあるような感覚。

 

「……今のは?」

 

 僕はもう一度試した。

 

 今度はオーラを木片から少し離して通す。

 

 何も感じない。

 

 木片に近づける。

 

 ――かすかな感触。

 

 もう一度。

 

 同じだった。

 

 胸が大きく脈打った。

 

 ただし、まだ確証はない。集中の仕方が変わっただけかもしれないし、凝や円の練習によって感覚が鋭くなった結果かもしれない。

 

 そこで僕は、木片を別の場所に移した。

 

 同じようにオーラを放つ。

 

 今度は、何も感じなかった。

 

 木片を元の位置に戻す。

 

 かすかな感触がある。

 

 僕は息を呑んだ。

 

 もしかすると、木片に何かが残っているのか?

 

 いや、木片そのものに特殊な力があるわけじゃない。

 

 なら、考えられるのは――。

 

 僕は木片に手を触れた。

 

 そして、ほんの少しだけオーラを流し込む。

 

 すぐに手を離し、距離を取った。

 

 数秒後。

 

 先ほどと同じ感触が、指先にかすかに返ってきた。

 

 僕は目を見開いた。

 

 今のは、単なる気のせいではないかもしれない。

 

 木片に触れたとき、僕のオーラがそこに残った。

 

 そして、その残ったオーラに近づいたとき、何かを感じた。

 

 僕は何度も実験を繰り返した。

 

 オーラを流し込む量を変える。

 

 触れる時間を変える。

 

 距離を変える。

 

 すると、少なくともひとつ、はっきりした傾向が見えてきた。

 

 木片に残すオーラが多いほど、感触を捉えやすい。

 

 そして、時間が経つほど、その感触は弱くなっていく。

 

「……これだ」

 

 思わず呟いた。

 

 まだ遠く離れた場所から正確に感知できるわけではない。

 

 残したオーラを自由に操れるわけでもない。

 

 もちろん、移動することなんてできない。

 

 それでも、ようやく一歩進んだ気がした。

 

 僕は木片を見つめた。

 

 もし、自分のオーラを特定の場所に残し、それを後から感知できるなら。

 

 その感知をもっと正確にできたなら。

 

 遠くにある目印を見失わずに済むかもしれない。

 

 そして、いつかその目印を移動先として指定できるなら――。

 

「……まだ、先は長いな」

 

 期待に胸が膨らむ一方で、僕は自分を戒めた。

 

 今できたのは、あくまで小さな実験だ。

 

 感知と移動の間には、大きな隔たりがある。

 

 今の段階で分かったのは、木片に残したオーラらしきものを、ある程度感じ取れるということだけ。

 

 それが本当に残留したオーラなのか。なぜ感じ取れるのか。どれくらい離れても感知できるのか。

 

 まだ確かめなければならないことは多い。

 

 だからこそ、次に何を試せばいいのかを考える必要があった。

 

 僕は木片を大事に拾い上げた。

 

「お母さんに見てもらおう」

 

     ◇

 

 ビスケは、僕の話を最後まで黙って聞いていた。

 

 それから、木片を手に取り、目を細めた。

 

「つまり、あなたはここに自分のオーラを残して、後からその存在を感じ取ったのね?」

 

「うん。まだ確実とは言い切れないけど、何度か同じ結果が出たんだ」

 

「それは面白いわね」

 

 ビスケは木片を机に置いた。

 

「ただし、ひとつ覚えておきなさい。オーラを残すことと、残したオーラを正確に捉えることは別の技術よ。そして、それを目印にすることと、その場所へ移動することは、さらに別の問題」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「……うん。ちょっとだけ、先のことを考えすぎた」

 

 僕が正直に答えると、ビスケは満足そうに笑った。

 

「そう。それならいいわ。発想が先に進むのは悪いことじゃない。でも、できていないことまで、できた気になっちゃ駄目よ」

 

 彼女は木片を僕に返した。

 

「明日からは、残したオーラがどれくらいの時間維持されるのか、距離が離れるとどうなるのかを調べましょう。それと、あなた自身がそのオーラを感知しているのか、それとも木片の変化を感じているのか。その区別も必要ね」

 

「うん!」

 

 ようやく、次に試すべきことが見つかった。

 

 それだけで、明日の修行が待ち遠しくなった。

 

 ビスケはそんな僕を見て、小さくため息をつく。

 

「まったく……。少し前まで、私の後ろをついて歩いていた子がねえ」

 

「今でもついていくよ、お母さん」

 

「……そういうことを、さらっと言うんじゃないの」

 

 ビスケは顔を背けた。

 

 けれど、耳がほんの少し赤くなっている。

 

 僕は笑った。

 

 この人がいてくれる。

 

 失敗しても、遠回りしても、ちゃんと見ていてくれる人がいる。

 

 だからこそ、僕は焦らずに進める。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 ビスケは、レオンが眠ったあとも、彼の実験記録に目を通していた。

 

 十歳の子供が書いたものとは思えないほど、観察と仮説が丁寧に分けられている。

 

 結果が出なければ、条件を変える。

 

 期待した結果が出ても、すぐには結論を出さない。

 

 うまくいった実験だけで判断せず、うまくいかなかった場合の記録も残している。

 

 それは、研究を続けるうえで大切な姿勢だった。

 

「本当に、変わった子ね……」

 

 もちろん、念の才能だけなら、珍しい子供はほかにもいる。

 

 けれど、レオンの強みは才能だけではない。

 

 彼は、自分の予想と実際に起きたことを区別できる。

 

 予想どおりの結果が出れば喜ぶ。だが、それだけで自分の考えが正しいと決めつけたりはしない。

 

 まだ分からないことがあれば、それを確かめるために次の実験を考える。

 

 その積み重ねが、やがて彼自身の力になっていくのだろう。

 

 ビスケは記録帳を閉じ、静かに立ち上がった。

 

 廊下の向こうから、寝息が聞こえる。

 

「……頑張りすぎないでね、レオン」

 

 小さく呟いてから、彼女は寝室の扉をそっと閉めた。

 

 母としては、いつまでも危険から遠ざけておきたい。

 

 師匠としては、彼がどこまで成長するのか見届けたい。

 

 そのふたつの気持ちは、ときに矛盾する。

 

 けれど、今はまだ。

 

 彼が自分の足で進めるように、そばで支えていればいい。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 僕はいつもより早く目を覚ました。

 

 机の上には、昨日の木片が置いてある。

 

 僕はそれに触れ、少量のオーラを流し込んだ。

 

 そして、少し離れた場所へ移動する。

 

 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。

 

 かすかな気配。

 

 昨日よりも、ほんの少しだけはっきりしている。

 

 僕は息を止めた。

 

 その瞬間、頭の中にひとつの考えが浮かんだ。

 

 もし、残したオーラを単に感知するだけでなく、そこへ向かうための「目印」として利用できたら?

 

 まだ、その方法は分からない。

 

 どうすれば場所を指定できるのか。

 

 どうすれば自分の身体をそこへ移動させられるのか。

 

 何ひとつ、答えは出ていない。

 

 それでも、僕は初めて、目指す能力の輪郭をほんの少しだけ掴んだ気がした。

 

 避雷針の術。

 

 僕が憧れた四代目の技。

 

 その再現は、遠い夢のままではなくなりつつある。

 

 今の僕にできるのは、残したオーラを調べ、仕組みを理解し、使い道を考えることだけだ。

 

 だが、ひとつずつ確かめていけば、今は想像もできない方法が見つかるかもしれない。

 

 焦る必要はない。

 

 目指す場所は、もう決まっているのだから。

 

 ――そして、次の一歩は、僕自身も予想していなかった形で訪れることになる。

 

 

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