4代目に憧れて   作:ryyonn

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再現できない奇跡

 

 

翌朝、僕は修行場に着くなり、ビスケに釘を刺された。

 

「レオン。昨日のことだけど、勝手に再現しようとしたら本気で怒るわよ」

 

「……まだ何もしてないよ?」

 

「その顔は、もう頭の中で何度も試してる顔よ」

 

「うっ」

 

 さすがお母さん。鋭すぎる。

 

 僕は観念して、両手を上げた。

 

「分かった。ちゃんと指示に従うよ」

 

「よろしい。じゃあ、今日は実験の準備から始めるわ」

 

 ビスケは修行場の地面に、白い石でいくつか印をつけた。

 

 僕が昨日までいた場所。木片を置いていた場所。そして、空間跳躍の後に僕が現れた場所。

 

 それぞれの位置を記録し、距離を測る。

 

 昨日の移動距離は、およそ十メートル。

 

 移動先は、木片を置いていた場所とほぼ一致していた。

 

「まず確認することは三つ。ひとつ目、あなたが本当に移動したのか。ふたつ目、移動が何によって起きたのか。みっつ目、再現できるのか」

 

「うん」

 

「ただし、今日はあなた自身を移動させないわ」

 

「えっ?」

 

「当たり前でしょう。原因も分からない現象を、何度も自分の身体で試すなんて危険すぎるわ」

 

 ビスケは僕の額を指でつついた。

 

「まずは、あなたが使ったオーラと木片の関係を調べる。移動が起きた条件を絞り込むのよ」

 

 僕は少し残念に思いながらも、頷いた。

 

 確かに、昨日の現象を再現できる保証はない。

 

 それに、もし移動に失敗したらどうなるのかも分からない。

 

 地面に埋まったり、身体の一部だけが移動したり……なんてことは、さすがに考えたくもない。

 

 漫画ならともかく、現実に起きたら笑い事では済まない。

 

「じゃあ、最初は木片ね」

 

 ビスケは木片を僕の前に置いた。

 

「昨日と同じようにオーラを残して。ただし、移動しようとは考えないこと。今日は感知だけに集中しなさい」

 

「分かった」

 

 僕は木片に触れ、少量のオーラを流し込んだ。

 

 そして、数メートル離れた場所に移動する。

 

 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。

 

 ――あった。

 

 かすかな気配が、確かに感じられる。

 

「感じ取れるよ」

 

「じゃあ、次。木片にオーラを残さずに、同じように試してみて」

 

 僕は頷き、今度は何もせずに同じ場所へ移動した。

 

 目を閉じる。

 

 感覚を探る。

 

 当然ながら、さっきの気配はない。

 

「感じない」

 

「そう。では、木片にオーラを残した状態で、今度はその木片を別の場所に動かすわ」

 

 ビスケが木片を持ち上げ、五メートルほど横にずらした。

 

「さあ、どう?」

 

 僕は目を閉じたまま、意識を集中させた。

 

 ……分からない。

 

 いや、正確には、気配は感じるのだが、それが木片の現在位置なのか、元の位置なのかが曖昧だった。

 

「気配はある。でも、どこにあるのか、はっきりしない」

 

「なるほどね」

 

 ビスケは木片を元の位置へ戻した。

 

「今の結果だけでは、何も断定できないわ。でも、少なくともあなたは、残したオーラの存在を感じ取れている。そこは間違いなさそうね」

 

 僕は木片を見つめた。

 

 昨日、僕が移動したのは、木片のあった場所だった。

 

 だが、木片そのものを目印にしていたのか。

 

 そこに残したオーラを目印にしていたのか。

 

 あるいは、移動先を決める別の仕組みが働いたのか。

 

 まだ分からない。

 

 けれど、ひとつずつ確かめていけば、いつか答えに近づけるはずだ。

 

     ◇

 

 午前中の実験は、思った以上に地味だった。

 

 木片に残すオーラの量を変える。

 

 木片を移動させる。

 

 僕と木片の距離を変える。

 

 それぞれの条件で、感知のしやすさを記録する。

 

 だが、昨日の空間跳躍は起きなかった。

 

 何度試しても、僕はただ木片の気配を感じ取るだけだった。

 

「……駄目か」

 

 僕は額の汗を拭った。

 

「何が駄目なの?」

 

「昨日と同じことをしてるつもりなのに、何も起きない」

 

「同じことをしているつもり、でしょう?」

 

 ビスケの言葉に、僕は顔を上げた。

 

「念の修行では、自分が同じことをしていると思っていても、実際には細かな違いがあるものよ。オーラの量、集中の仕方、感情、呼吸……。昨日のあなたが何をしていたのか、全部正確に覚えている?」

 

「……いや」

 

「なら、再現できなくても不思議じゃないわ」

 

 僕は唇を噛んだ。

 

 そうだ。

 

 昨日の僕は、何かにつながったような感覚に引っ張られた。

 

 あの瞬間、意識していたことは覚えている。

 

 けれど、オーラをどう動かしたのか、どんな順序で何をしたのか、細部までは覚えていない。

 

 そもそも、意図的に起こした現象ですらなかった。

 

「レオン。ひとつ、覚えておきなさい」

 

 ビスケは僕の前にしゃがみ、目線を合わせた。

 

「珍しい現象が起きたからといって、それを自分の実力だと思い込んでは駄目。でも、再現できないからといって、無意味だったと決めつける必要もないわ」

 

「……うん」

 

「昨日のことは、あなたが実際に経験した事実よ。今日の実験で分かったことも、同じように事実。両方を大切にしなさい」

 

 僕はゆっくりと息を吐いた。

 

 焦っていたのかもしれない。

 

 四代目の術に近づけたかもしれない。

 

 その期待が大きすぎて、すぐに同じことを起こしたいと思っていた。

 

 でも、僕が欲しいのは、一度だけ起きる奇跡じゃない。

 

 必要なときに、必要な場所へ移動できる能力だ。

 

 なら、今やるべきことは明確だった。

 

「ありがとう、お母さん。もう少し、条件を整理してみる」

 

「ええ。そうしなさい」

 

 ビスケは満足そうに笑った。

 

     ◇

 

 昼食の後、僕は実験記録を広げた。

 

 これまでの記録を読み返し、昨日の出来事と照らし合わせる。

 

 昨日と今日の違いは何か。

 

 まず、昨日は木片にオーラを残していた。

 

 これは今日も同じだ。

 

 昨日は木片の位置を強く意識していた。

 

 これも、今日の実験で試した。

 

 昨日は、何かにつながったような感覚があった。

 

 しかし、今日はその感覚が一度も起きていない。

 

 ならば、違いはそこにあるのだろうか。

 

 僕は記録帳に書き込んだ。

 

 「残留したオーラの感知」と「空間跳躍の発生」は、現時点では別の現象として扱う。

 

 この二つが関係している可能性はある。

 

 だが、関係があると証明できたわけではない。

 

 僕はその下に、もうひとつ書き加えた。

 

 「空間跳躍が起きた直前の感覚を、次回は可能な限り細かく記録する」

 

 これなら、次に同じような現象が起きたとき、手掛かりを残せる。

 

 もっとも、次があるかどうかも分からないのだが。

 

「よし……」

 

 僕は記録帳を閉じた。

 

 昨日は、何も分からないまま移動した。

 

 今日は、移動を再現できなかった。

 

 成果だけを見れば、あまり進展がなかったようにも思える。

 

 けれど、昨日の現象をそのまま能力の完成だと考えるより、ずっと確かな一歩を踏み出せた気がした。

 

 今の僕には、まだ空間を自由に移動する力はない。

 

 あるのは、正体不明の現象を一度経験したという事実と、それを解き明かすための手掛かりだけだ。

 

 それでも十分だった。

 

 僕はもう、何もないところから能力を想像しているわけではないのだから。

 

     ◇

 

 その日の夕方。

 

 修行を終えた僕は、庭先でビスケと一緒にお茶を飲んでいた。

 

「ねえ、お母さん」

 

「何?」

 

「僕、いつか本当に、自由に空間を移動できるようになると思う?」

 

 ビスケはカップを置き、少しだけ考えた。

 

「可能性はあると思うわ」

 

「本当?」

 

「ええ。でも、必ずできるとは言わないわよ。念能力は、本人の資質や発想、修行の積み重ねによって変わるものだから」

 

 彼女は僕の頭を優しく撫でた。

 

「ただ、あなたには考える力がある。それに、失敗したときに原因を探ろうとする姿勢もある。そういうものは、きっとあなたの助けになるわ」

 

 僕は少し照れくさくなった。

 

「……ありがとう」

 

「ふふっ。どういたしまして」

 

 しばらく、二人で夕日を眺めた。

 

 温かな風が吹き、庭の木々が揺れる。

 

 僕は、この時間が好きだった。

 

 強くなりたい。

 

 もっと多くのことを知りたい。

 

 いつか、誰かを守れる力を手に入れたい。

 

 その願いは、今も変わらない。

 

 でも、強くなることだけが人生のすべてではない。

 

 こうして大切な人と過ごせる時間も、同じくらい大事なのだ。

 

「レオン」

 

「ん?」

 

「今日はよく頑張ったわね」

 

 ビスケが微笑んだ。

 

「明日も修行はあるけど、今夜はゆっくり休みなさい」

 

「うん!」

 

 僕は笑顔で頷いた。

 

 空間跳躍の謎は、まだ解けていない。

 

 それでも、焦る必要はない。

 

 いつか必ず、その仕組みを理解してみせる。

 

 そして、あの瞬間を自分の意志で再現できるようにする。

 

 それが、僕の次の目標だった。

 

     ◇

 

 同じ夜。

 

 遠く離れた心源流総本山では、ネテロが一通の報告に目を通していた。

 

 ビスケから届いた、レオンの修行に関する簡単な手紙だった。

 

 その中には、彼が一瞬で十メートルほど離れた場所へ移動したらしい、という内容が記されていた。

 

「ほう……?」

 

 ネテロは、面白そうに目を細めた。

 

「まだ十歳じゃというのに、妙なことを始めおったな」

 

 もちろん、手紙だけでは何が起きたのか分からない。

 

 偶然なのか、念能力の片鱗なのか、それとも別の現象なのか。

 

 ネテロにも判断はつかなかった。

 

 だが、彼が興味を抱いたのは、移動そのものだけではなかった。

 

 ビスケの手紙には、レオンがその現象を再現できず、原因を調べるために実験を続けていることも書かれていた。

 

「ふむ……。すぐに答えを求めず、まずは現象を見極めようとしておるか」

 

 ネテロは手紙を机に置き、窓の外を見た。

 

 あの少年は、強くなりたい理由を「大切な人を守るため」だと語った。

 

 その気持ちは今も変わっていないのだろう。

 

 そして、そのために自分なりの道を探している。

 

「さてさて……どこまで伸びるかのう」

 

 ネテロは楽しそうに笑った。

 

 今はまだ、手を出す必要はない。

 

 レオンには、ビスケという優れた師がいる。

 

 それに、彼自身が答えを探す時間も必要だ。

 

 いつか、本人が壁にぶつかり、助言を求めてきたなら、そのときは力を貸してやればいい。

 

「楽しみにしておるぞ、レオン」

 

 静かな夜の中、ネテロの笑い声が小さく響いた。

 

 少年が初めて経験した、謎の空間跳躍。

 

 それが何を意味するのか。

 

 答えは、まだ誰にも分からなかった。

 

 

 

 

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