翌朝、僕はいつもより早く目を覚ました。
窓から差し込む朝日を眺めながら、昨日の実験を頭の中で整理する。
残留オーラを探すこと。
放出したオーラを一定の形に保つこと。
そして、その二つを同時に行うこと。
どれも単独なら少しずつできるようになっている。問題は、それらを組み合わせた途端に精度が落ちることだった。
「……まずは、別々の技術をちゃんと身につけないと」
そう呟いて、僕はベッドから降りた。
朝食を終えると、ビスケが訓練場で待っていた。
「今日は予定どおり、基礎を分けて練習するわよ。最初は放出したオーラを保つ訓練。残留オーラのことは考えないこと」
「うん」
僕は床に置かれた小さな木製の球を見た。
以前、僕が放出したオーラを球状に保つ練習に使ったものだ。今日はそれを目標にするわけではない。自分の身体から少し離れた位置にオーラを出し、その形と量を維持する。
ビスケの指示に従い、僕は右手の前に小さなオーラの塊を作った。
最初は安定している。
しかし、意識を少しでも別のことへ向けると、形が歪んだり、量が減ったりする。
「力を入れすぎよ。維持しようとするあまり、余計なオーラを使っているわ」
「分かってるんだけど、意識するとどうしても……」
「だったら、維持することだけに集中するんじゃなくて、変化を感じ取りなさい。崩れたら直す。小さくなったら調整する。最初から完璧な形を保とうとしないの」
僕は一度、オーラを消した。
それから、もう一度作る。
今度は、形を固定しようとするのではなく、変化を感じながら少しずつ調整した。
すると、さっきよりも長く保てた。
「そう。それでいいわ」
ビスケの声に、少しだけ自信が戻る。
午前中は、ひたすらこの練習を繰り返した。
劇的な変化はない。
ただ、同じ量のオーラを維持するために必要な集中力が、少しずつ減っている気がした。
昼食を挟み、午後からは残留オーラの感知に取り組んだ。
今度は放出したオーラを使わない。
少し離れた場所に置かれた木片を前に、目を閉じて意識を集中する。
自分のオーラが残っている場所を探す。
以前よりも、感覚をつかむまでの時間は短くなっていた。
「見つけた」
「じゃあ、木片を動かすわね」
ビスケが木片を別の場所へ移動させた。
僕は一瞬、位置を見失いかけた。
けれど、すぐに気づく。
僕が探しているのは、木片そのものではない。そこに残った自分のオーラだ。
木片が移動すれば、木片に付着したオーラも一緒に移動する。
頭では理解していたことだが、実際に感知しながら確かめると、以前よりはっきりと区別できた。
「今度は、ちゃんと追えたね」
「うん。木片が動いても、残ったオーラを感じ取れれば、位置を探せる」
「ただし、いつでも正確に分かるとは限らないわ。時間が経てばオーラは薄れていくし、あなたが感知できる範囲にも限界がある。そこは忘れないこと」
僕は頷き、記録をつけた。
今日のところは、これで十分だろう。
だが、訓練を続けるうちに、一つ気になったことがあった。
「お母さん。残留オーラって、時間が経つと消えていくよね?」
「そうね。量や性質、周囲の環境にもよるけれど、ずっと同じ状態で残り続けるわけじゃないわ」
「じゃあ、もし残留オーラを目印として使うなら、目印が消える前に使わないといけないのかな」
ビスケは少し考えた。
「それは、あなたがどんな仕組みを作りたいかによるわね。単に残ったオーラを感知するだけなら、今言ったとおり。でも、それを特定の技術の中で利用するなら、別の工夫が必要になるかもしれない」
「別の工夫……」
「以前、神字について教えたでしょう?」
その言葉に、僕は顔を上げた。
神字。
オーラの働きを補助し、組み合わせ方によっては複雑な仕組みを作ることもできる、特殊な文字。
僕はこれまで、神字の形や意味、オーラとの関係を少しずつ学んできた。けれど、実際の訓練では、まず自分自身のオーラを理解することを優先していた。
「神字を使えば、残留オーラを長く保てるようになるの?」
「可能性はあるわ。でも、必ずできるとは言えない。神字は便利な魔法の文字じゃないの。どう使うか、どんな仕組みを与えるかによって、結果は変わるのよ」
「そっか……」
僕は木片を見つめた。
今の僕にできるのは、残留オーラを感知すること。そして、放出したオーラをある程度制御すること。
その二つを結びつける方法は、まだ見つかっていない。
神字を使うのは、その先だ。
焦って文字を書き込み、何かが起きるのを期待するのでは意味がない。
「もう少し、基礎を続けるよ。ちゃんとオーラを扱えるようになってから、神字のことも考えたい」
「ええ。それがいいわ」
ビスケは僕の頭を軽く撫でた。
「でも、忘れないでね。基礎を身につけることと、目的を考えることは両立できるのよ。あなたが何を作りたいのか。それを見失わないことも大切だから」
僕は頷いた。
僕が作りたいのは、ただ遠くまでオーラを飛ばす技ではない。
一瞬で場所を移り、大切な人のもとへ駆けつける技だ。
そのために何が必要なのか。
まだ答えは出ていない。
けれど、昨日よりも自分のオーラを理解できた。
それは確かな前進だった。
夜、自室にて
訓練を終えた僕は、机に向かってノートを開いた。
今日の成果を整理してから、最後に一つだけ書き加える。
「残留オーラを感知する能力」と「放出したオーラを制御する能力」を、別々に鍛える。
その下に、もう一行。
「二つを結びつける仕組みは、まだ分からない」
以前なら、何も分からないことに焦りを感じていただろう。
けれど今は、少し違う。
分からないことが明確になれば、次に何を調べるべきかが見えてくる。
僕はノートを閉じ、窓の外を見た。
いつか、この世界の誰もが驚くような移動技術を完成させる。
その目標は変わらない。
ただし、そのために必要なのは、ひらめきだけではない。
積み重ねた基礎と、失敗から得た知識。そして、偶然の出来事を何度でも再現できる技術に変えること。
僕はもう一度、机の上の木片に目を向けた。
今夜は、もう訓練をしない。
明日になれば、また新しいことを試せる。
今は、そのために休むことも必要だった。