翌日、僕は訓練場に入るなり、ビスケに一つの提案をした。
「お母さん。今日は、残留オーラを感知する練習と、放出したオーラを制御する練習を、交互にやってみたいんだ」
「交互に?」
「うん。別々なら、前より安定してできるようになってきたから。片方をやった直後にもう片方をやれば、何か違いが分かるかもしれない」
ビスケは腕を組み、僕をじっと見た。
「いいわ。ただし、違いが出ると決めつけないこと。何も変わらなかったら、それも立派な結果よ」
「分かってる」
「本当に?」
「……分かってるってば」
ビスケはくすくすと笑った。
「じゃあ、始めましょうか」
訓練場の中央に、二つの木片が置かれた。
一つには、昨日までの練習で僕のオーラが残されている。もう一つは、まだ何もしていないものだ。
まずは、残留オーラを感知する。
僕は目を閉じ、意識を集中させた。
以前よりも早く、一つ目の木片の位置を把握できた。二つ目については、木片そのものを感じ取ることはできない。
次に、木片から意識を離し、自分の右手の前に小さなオーラの塊を作る。
大きさを一定に保ち、形が崩れたら修正する。
数分後、ビスケが声をかけた。
「はい、交代。もう一度、残留オーラを探して」
僕はオーラを消し、木片に意識を向けた。
――あれ?
ほんのわずかだが、さっきよりも感覚が鈍い。
集中力が切れたのか。それとも、放出したオーラを維持するために意識を使ったせいか。
僕はその違和感をノートに記録した。
同じ手順を何度か繰り返すと、似た傾向が見られた。ただし、毎回はっきりと差が出るわけではない。疲労や集中の具合も影響しているのだろう。
「何か分かった?」
ビスケに尋ねられ、僕は考えながら答えた。
「二つの練習を続けてやると、残留オーラを探す感覚が少し鈍くなることがある。でも、それがオーラの制御そのもののせいなのか、集中力の問題なのかは、まだ分からない」
「いいわね。今の段階で原因まで決めつけなかったのは正解よ」
彼女は木片を片づけながら続けた。
「ただ、今日の目的は二つの練習を交互にすることだったでしょう? 次は、同時にやることを考えてみてもいいんじゃないかしら」
「同時に……」
僕は右手を見つめた。
残留オーラの位置を感じ取りながら、放出したオーラを維持する。
今まで何度も試してきたことだ。
けれど、どちらかに意識が偏ると、もう一方が不安定になる。
「やってみる」
僕は木片の前に座り、右手を伸ばした。
まずは残留オーラを探す。
場所が分かったところで、少量のオーラを放出する。
意識を二つに分けるような感覚だった。
一方では、木片の位置を捉え続ける。
もう一方では、放出したオーラの形を保つ。
最初の数秒は、うまくいった。
しかし、木片の位置を確かめようと意識を強めた途端、放出したオーラが揺らいだ。
「……っ」
すぐに修正しようとしたが、今度は残留オーラの感覚が曖昧になる。
結局、両方とも維持できなくなってしまった。
僕はオーラを消し、肩の力を抜いた。
「難しいな……」
「そうね。でも、さっきより長く続いたわよ」
ビスケは僕の正面に腰を下ろした。
「あなたは、一つのことに集中すると、かなり高い精度でオーラを扱える。でも、二つの作業を同時に行うと、意識の配分が崩れやすい。これは、これから先も課題になるでしょうね」
「つまり、もっと慣れればいいのかな?」
「慣れも必要。でも、それだけじゃないわ。毎回、頭で細かく指示を出さないとできない動作は、実戦では間に合わないこともあるでしょう?」
僕は黙って頷いた。
たしかに、そのとおりだ。
敵の攻撃を避けながら、残留オーラを探し、放出したオーラを制御し、移動先を選ぶ。
もし、すべてを一つずつ考えなければ動けないのなら、完成したところで実戦では使い物にならないかもしれない。
「だから、まずは一つ一つの動作を安定させる。そのあとで、少しずつ組み合わせていくのよ」
「うん。焦らずにやるよ」
「その言葉、最近よく聞くわね」
「……お母さんが毎日言うからでしょ」
「あら、ちゃんと覚えてくれて嬉しいわ」
ビスケは悪戯っぽく笑った。
僕は苦笑しながら、ノートを開いた。
今日の結果は、派手なものではない。
新しい現象も起きなかったし、空間跳躍に近づいたと確信できるような発見もなかった。
それでも、一つだけはっきりしたことがある。
僕が目指している技術には、オーラの量や放出距離だけでなく、複数の感覚と操作を同時に扱う能力も必要になる。
これは、今後の訓練方針を決めるうえで重要な発見だった。
僕はその一文を書き、ペンを置いた。
「お母さん。明日は、歩きながら残留オーラを探す練習をしたい」
「いいわよ。ただし、歩くことに慣れているからって、簡単だと思わないこと。身体を動かすだけでも、意識は使うんだから」
「分かってる」
今度は、ビスケも疑わしそうな顔をしなかった。
数日後
歩きながら残留オーラを探す練習は、思った以上に難しかった。
止まっているときなら簡単に感じ取れる木片も、歩き始めると途端に見失いやすくなる。足運びに意識を向ければ感覚が薄れ、感覚に集中すれば歩幅が乱れる。
それでも、何度も繰り返すうちに、少しずつ変化が現れた。
最初は数歩で見失っていた残留オーラを、十歩、二十歩と歩きながら追えるようになったのだ。
まだ放出したオーラを同時に制御する余裕はない。
けれど、できることは確実に増えている。
そして、その日の訓練を終えようとしたときだった。
木片の横を通り過ぎた僕は、ふと足を止めた。
「……あれ?」
「どうしたの、レオン?」
僕は振り返り、自分が歩いてきた道を見た。
歩きながら木片の位置を探っていたとき、一瞬だけ、木片の位置を意識し直さなくても、その方向が分かるような感覚があったのだ。
ほんの短い時間だった。
何かがつながったわけでも、オーラが勝手に移動したわけでもない。
ただ、位置を探すために集中し続けなくても、そこにあると分かった。
「今、木片の位置が……いつもより自然に分かった気がする」
ビスケはすぐに僕を止めた。
「もう一度、同じことが起きるか確かめたい?」
「うん。でも、今すぐ同じ感覚になるかは分からない」
「なら、今日はそこで終わり。疲れているときに無理をしても、条件が変わってしまうでしょう?」
僕は少し迷ったが、頷いた。
確かめたい気持ちは強かった。
けれど、今の感覚を無理に再現しようとすれば、何が起きたのか分からなくなるかもしれない。
僕はノートに、感じたことをそのまま書き留めた。
まだ技術とは呼べない。
空間跳躍への手がかりかどうかも分からない。
それでも、動きながら残留オーラを捉える感覚には、止まっているときとは違う可能性があるのかもしれなかった。
僕はノートを閉じた。
明日からは、歩く速度や距離を変えながら、同じ感覚が現れるかを確かめていこう。
今度こそ、偶然を追いかけるだけではなく。
自分の意思で、その感覚に近づくために。