翌朝、僕は訓練場に入ると、昨日使った木片を三つ並べた。
一つには僕のオーラが残っている。
もう一つにも同じようにオーラを残したが、こちらは昨日よりも弱くなっているはずだ。
最後の一つには、まだ何もしていない。
今日、確かめたいことは一つだった。
動きながら残留オーラを感知できたとき、放出したオーラも同じように扱えるのか。
「レオン、準備はいい?」
「うん。今日は歩く練習だけじゃなくて、歩きながらオーラを伸ばしてみたい」
ビスケは僕の顔を見て、それから三つの木片に視線を落とした。
「昨日の感覚を再現したいのね」
「そう。歩いているとき、一瞬だけ木片の位置を自然に捉えられたんだ。あれが何だったのか、もう少し調べたい」
「いいわ。ただし、最初から全部同時にやろうとしないこと。まず歩きながら位置を探る。次にオーラを出す。最後に両方を組み合わせる。順番にね」
「分かった」
僕は訓練場の端に立った。
最初は、残留オーラを感知しながら歩く。
一歩、二歩、三歩。
木片の位置を見失わないように意識を保つ。
慣れてきたところで、今度は右手から少量のオーラを放出した。
歩きながらオーラを維持するだけでも、立ち止まっているときより難しい。足を動かすたびに意識が揺れ、オーラの形が崩れそうになる。
それでも、昨日よりは長く保てた。
僕は木片の位置を感じ取りながら、放出したオーラを少しずつ前へ伸ばした。
一メートル。
二メートル。
ここまでは問題ない。
そのまま歩き続け、木片のある方向へ身体を向ける。
そして――。
「……っ!」
右手から伸ばしたオーラの先端が、かすかに震えた。
昨日までと同じような感覚。
しかし、今回は違った。
僕はその震えを感じた瞬間、木片に残された自分のオーラを、いつもよりはっきりと捉えていた。
放出したオーラの先端と、木片に残ったオーラ。
二つの位置が、ほんの一瞬だけ、明確に意識の中で重なった。
いや、位置が分かっただけではない。
伸ばしたオーラの先端が、何かに触れたような感触があった。
「止めて!」
ビスケの声が響いた。
僕はすぐに足を止め、オーラを維持した。
「今、何が起きたの?」
「分からない。でも……今のは、今までと違った」
僕は息を整えながら、自分の右手を見つめた。
「オーラを伸ばしていたら、先端が木片のほうに向いたんだ。それで、木片に残っていたオーラと、僕が放出していたオーラが……一瞬だけ、触れたような気がした」
ビスケの表情が変わった。
「触れた?」
「うん。でも、物理的に触れたわけじゃない。オーラの感覚として、そう感じたんだ」
「なるほどね」
彼女は慎重に頷いた。
「じゃあ、今の感覚を忘れないうちに記録しましょう。何歩目だったか、どれくらいの距離だったか、オーラをどのくらい伸ばしていたか。覚えていることを全部書いて」
僕は急いでノートを開いた。
歩数はおよそ十五歩。
木片までの距離は、三メートルほど。
放出したオーラは、右手から二メートル程度。
木片に残っていたオーラは、強いものではなかった。
そして、歩きながら二つのオーラを意識していたとき、先端に触れたような感覚が生じた。
書き終えたところで、僕は顔を上げた。
「もう一度、やってみてもいい?」
「ええ。ただし、さっきと同じことが起きると期待しすぎないこと」
僕は頷き、最初の位置へ戻った。
今度は、歩く速度を少し落とす。
残留オーラを探り、右手からオーラを放出する。
一歩ずつ進みながら、二つの感覚を同時に維持する。
しかし、何も起きなかった。
二回目も。
三回目も。
何度試しても、先ほどの感触は戻ってこなかった。
「……また再現できないか」
僕が呟くと、ビスケは首を横に振った。
「いいえ。今回は、前よりも具体的な情報が得られたわ」
「でも、もう一度できないと意味がないんじゃ……」
「そんなことはないわ。再現できない現象でも、何が起きたのかを絞り込む手がかりにはなるもの。ただし、今の感覚だけで、二つのオーラが本当に接触したと断定するのは早いわね」
そのとおりだった。
僕はノートを見下ろした。
今までは、残留オーラを感じ取ることと、放出したオーラを制御することを、それぞれ別々に考えていた。
けれど、今の感覚が正しければ、その二つを結びつける何かがあるのかもしれない。
「お母さん。もし、放出したオーラと残留オーラを、ちゃんと接触させられるようになったら……何か変わると思う?」
「それは、やってみないと分からないわ」
ビスケは即答した。
「でも、仮に二つのオーラを接触させられたとしても、それだけで空間を移動できるとは限らない。そこは別の問題よ」
「うん。分かってる」
僕は頷いた。
分かっている。
分かっているけれど、胸の奥では期待が膨らんでいた。
あのとき、僕は確かに一瞬で移動した。
木片に残ったオーラを意識し、右手を伸ばした直後、世界が歪み、気がつけば木片のあった場所にいた。
あれは幻覚ではない。
ビスケも、僕がその場から消えて別の場所に現れたことを確認している。
つまり、僕の念には、まだ理解できていない何かがある。
そして今日、その何かに近づく手がかりが得られたのかもしれない。