翌朝。
目を覚ました瞬間から、僕の頭の中には昨日の感覚が残っていた。
放出したオーラの先端が、木片に残ったオーラに触れたような感覚。
あれが何だったのか、まだ分からない。
けれど、初めて空間跳躍が起きたときも、始まりは小さな違和感だった。
木片に残ったオーラを感じ取り、右手を伸ばした。
そして、次の瞬間には、いたはずの場所から消え、木片が置かれていた場所に移動していた。
あの現象を再現したい。
いや、今度こそ再現するための手がかりをつかみたい。
僕は急いで着替え、訓練場へ向かった。
「おはよう、お母さん!」
「おはよう。……ふふっ、今日はずいぶん張り切っているわね」
ビスケは僕の顔を見て、すぐに察したらしい。
「昨日の感覚が気になっているんでしょう?」
「うん。もう一度、確かめたいんだ」
「いいわ。でも、最初から空間跳躍を狙うのは駄目よ。まずは昨日と同じ現象が起きるかどうか。それから先は、結果を見て決めましょう」
「分かった」
僕は頷いた。
期待しすぎてはいけない。
それは、これまでの実験で何度も学んできたことだ。
ビスケは訓練場の中央に木片を置いた。僕が何度もオーラを残してきたものだ。
「今日は、私が条件を記録するわ。あなたは、感じたことをその場で説明してちょうだい。無理に続ける必要はないからね」
「うん」
僕は木片から三メートルほど離れた場所に座った。
目を閉じる。
まず、自分の身体を覆うオーラを確認する。
次に、木片に残されたオーラを探る。
そこにある。
昨日よりも、ずっとはっきりと位置を感じ取れた。
僕は右手を前へ伸ばし、少量のオーラを放出した。
細く、ゆっくりと。
先端が揺れたら、形を整える。
距離を詰めようと焦らず、木片の位置を意識しながら制御する。
一メートル。
二メートル。
そして、木片まで残りわずかというところで、僕は動きを止めた。
ここからが重要だ。
木片の位置を感じ取ること。
放出したオーラをそこへ導くこと。
二つの感覚を、同時に保つ。
僕は呼吸を整え、右手の先に意識を向けた。
そのときだった。
昨日と同じ感覚が、指先から伝わってきた。
――触れた。
今度は、曖昧なものではなかった。
放出したオーラの先端が、木片に残されたオーラの位置に重なった瞬間、二つの感覚が一つになったように感じられた。
僕は目を開けた。
「お母さん、今――」
「動かないで!」
ビスケの鋭い声が飛んだ。
僕は反射的に動きを止めた。
「今の感覚を、もう少し詳しく説明して。何が変わったの?」
「僕が伸ばしたオーラの先端と、木片に残っていたオーラの位置が重なったんだ。今までみたいに、場所が分かっただけじゃない。触れた瞬間、木片の位置が急にはっきりした」
「それ以外には?」
僕は右手を見つめた。
「……何かが、向こう側にあるような感じがする」
「向こう側?」
「うまく説明できない。でも、ただ遠くにあるものを感じているんじゃなくて、そこにあるものへ、何かが通じたような……」
言葉にしながら、自分でも戸惑った。
通じた。
何が?
どういう仕組みで?
まだ何一つ説明できない。
けれど、今までの感覚とは明らかに違った。
ビスケは慎重に僕の様子を観察していた。
「レオン。いったん、オーラを消せる?」
「うん」
僕は放出したオーラを消した。
すると、木片の位置は依然として感じ取れるものの、さっきまでの奇妙な感覚は薄れていった。
僕は思わず息を呑んだ。
「消えた……」
「何が?」
「さっきの、通じたような感覚。オーラを消したら、薄くなったんだ」
ビスケは少し考えたあと、木片を見た。
「それなら、もう一度、同じ条件で試してみましょう。ただし、今度は私がすぐに止められる距離にいること。何か異変があったら、すぐに中断するわ」
僕は頷いた。
再び目を閉じる。
木片の位置を感じ取る。
右手からオーラを放出する。
先端を少しずつ伸ばしていく。
そして、残留オーラに触れる。
――今だ。
そう思った瞬間、僕は右手をわずかに前へ伸ばした。
その動きに合わせて、感覚が急激に強くなった。
木片の位置が、遠くにある目標としてではなく、妙に近いものとして感じられる。
次の瞬間。
世界が歪んだ。
視界がぐにゃりと曲がり、身体の感覚が一瞬だけ消える。
前回と同じだ。
この感覚を、僕は知っている。
「――っ!」
気がついたとき、僕は床に片膝をついていた。
目の前には木片がある。
さっきまで、三メートルほど先に置かれていたはずの木片が。
僕は、そこにいた。
二度目の空間跳躍。
偶然ではない。
少なくとも、今回は前回と違う。
僕は、自分が何をしていたのかを覚えている。
残留オーラを感知した。
放出したオーラを伸ばした。
その先端を、残留オーラの位置に重ねた。
そして、右手をわずかに前へ伸ばした。
「レオン!」
ビスケが駆け寄ってきた。
「怪我はない? 気分が悪くない? どこか痛むところは?」
「だ、大丈夫……」
僕は自分の身体を確かめた。
頭も、腕も、脚も、問題ない。
ただ、心臓が激しく鼓動していた。
驚きと興奮で、すぐには立ち上がれない。
「お母さん……僕、もう一度、跳んだ」
ビスケは僕の肩を支えながら、真剣な表情で頷いた。
「ええ。確かに、あなたは今、別の場所に移動したわ」
彼女は僕がいた場所と、今いる場所を交互に見た。
「今度は、私もあなたが何をしていたか、最初から見ていた。前回と同じように突然消えたけれど、今回は直前までの動きがはっきりしている」
「うん……!」
僕は拳を握りしめた。
今まで、何度も試してきた。
何度も失敗した。
残留オーラを感じ取っても、オーラを伸ばしても、空間跳躍は起きなかった。
それが、今。
二度目の現象が起きた。
しかも、今回は直前に何を感じたのか、かなり具体的に説明できる。
「お母さん。これ、僕の念能力につながっているんだと思う」
「可能性は高いわね。でも、まだ断定はしないこと。今は、何が起きたのかを整理するのが先よ」
「分かってる。でも……!」
言葉が止まらなかった。
「前回は何が起きたのか分からなかった。でも今回は違う。残留オーラを感じて、放出したオーラをそこまで伸ばして、触れた瞬間に……!」
「ええ。あなたが積み重ねてきた練習が、今回の現象に関係している可能性は十分にあるわ」
ビスケは僕の頭を撫でた。
「よく頑張ったわね、レオン」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
ようやく、一歩進めた。
長い間、手探りで続けてきた実験が、初めて大きな結果につながった。
僕は立ち上がり、木片を見つめた。
そこには、僕自身のオーラが残っている。
その位置を感じ取ることもできる。
けれど、今はもう、それだけではない。
放出したオーラが、残留オーラに触れた瞬間。
何かが起きた。
その先に、空間跳躍があった。
まだ、自由自在に使えるわけではない。
距離も短い。
条件も分からない。
けれど、少なくとも僕は、もう一度そこへたどり着いたのだ。
◯飛躍の手応え◯
その日の訓練は、そこで終わりになった。
僕はすぐにもう一度試したかったが、ビスケは首を縦に振らなかった。
「今日はもう駄目。二度も空間跳躍を経験したばかりでしょう? 身体への影響も、オーラの消耗も、まだ分からないのよ」
「でも、今なら、何をすればいいのか分かる気がするんだ」
「その気持ちは分かるわ。でも、分かった気がすることと、再現できることは違うの」
僕は口を閉じた。
その言葉は、これまで何度も聞いてきた。
そして、今回も間違ってはいない。
「……明日、実験してもいい?」
「身体に問題がなくて、今日の記録を整理してからならね。もちろん、私が立ち会うわ」
「約束だよ」
「ええ、約束」
僕はノートを開き、今回の現象をできる限り詳しく記録した。
前回と違い、今回は直前の手順を明確に覚えている。
ただし、重要なのは、今回の手順が本当に空間跳躍を引き起こした原因なのか、という点だ。
偶然、別の条件が重なった可能性もある。
だからこそ、今後は一つずつ条件を変えて、再現性を確かめる必要がある。
僕は記録の最後に、太字で一文を書いた。
「残留オーラの位置へ放出したオーラを導き、両者が重なった直後に、空間跳躍が発生した」
その下には、まだ疑問符を残した。
「この接触が、空間跳躍を起こすための条件なのか?」
答えは、まだ出ていない。
だが、今までの実験とは決定的に違う。
これまでは、感覚の変化を観察することしかできなかった。
今回は、空間跳躍という明確な現象が、再び起きた。
その直前の感覚も、手順も、前回より詳しく把握できている。
これは大きな進展だった。
僕はノートを閉じ、窓の外を見た。
四代目の飛雷神のような技。
前世からずっと憧れてきた力。
それを、この世界の念能力で実現するための道が、ほんの少しだけ見えた気がした。
まだ、完成には程遠い。
それでも、今なら言える。
僕は、確実に前へ進んでいる。
そして、明日からの研究は、これまでとは違う段階に入る。
偶然起きた空間跳躍を、再現できる技術へ。
そのための、本当の挑戦が始まろうとしていた。