簡易型・避雷針が完成してから、二週間。
僕は一つの問題に頭を悩ませていた。
「……消えるのが早いな」
訓練場の机に置かれた木片を見つめながら、僕は小さく呟いた。
神字の印を通してオーラを残せば、何も刻んでいない場合よりも、目標の感触を識別しやすい。
そこまでは確認できた。
けれど、時間が経つにつれて、印の感触は少しずつ弱くなる。
もちろん、木片に残したオーラが薄れていくのだから、当然と言えば当然だ。
問題は、印があるからといって、オーラそのものがいつまでも残るわけではないことだった。
神字は、僕の念を補助してくれる。
けれど、僕が注いだオーラ以上のものを、勝手に生み出してくれるわけではない。
「お母さん。印を長持ちさせるには、どうすればいいと思う?」
机の向かい側で資料を読んでいたお母さんが、顔を上げた。
「長持ちさせたいのは、印? それとも、印を通して残したオーラ?」
「……あ」
僕は思わず声を漏らした。
同じように聞こえるけれど、この二つは違う。
神字の紋様が木片に残っていること。
そこに僕のオーラが残っていること。
そして、僕がそれを感知できること。
今まで、僕はそれらを一まとめに考えていた。
「まず、どれが先に失われるのか確かめてみなさい。原因が分からないまま、何かを足しても意味がないでしょう?」
「そうだね」
僕はノートを開いた。
また実験だ。
ただし、今回は少しだけ条件を変える。
◇
木片を三つ用意した。
一つ目には、いつも通りの方法でオーラを残す。
二つ目には、神字の印を刻み、同じ量のオーラを流し込む。
三つ目にも同じ印を刻むが、オーラを流し込む手順を少し変える。
僕はそれぞれに残したオーラを確認し、時間を置いてから、順番に感知を試みた。
最初のうちは、どれも問題なく見分けられた。
時間が経つと、一つ目の感触が弱くなる。
二つ目も弱くなるが、印による違いはまだ感じ取れた。
三つ目は、最初から感触が不安定だった。
「……流し込む手順が大事なのか」
僕は三つ目の木片を手に取った。
オーラをただ押し込むように流すのではなく、神字の形を意識しながら、一定の流れで通してみたのだ。
その結果、印の感触がはっきりしなかった。
つまり、印を刻んでオーラを注げば、それだけで同じ結果が得られるわけではない。
形だけでなく、オーラを通すときの制御も必要らしい。
「お母さん、これ……」
「ええ。神字の形だけを整えても、あなたがそこへどんなオーラを流し込むかで、結果が変わるのね」
「うん。印を作ることと、印を機能させることは別なんだ」
僕は記録を続けた。
印は、ただの模様ではない。
少なくとも、僕が作ったものは、神字の形とオーラの流し方を組み合わせて初めて、狙った働きを示している。
その事実は、僕の中で大きな意味を持った。
将来、もっと複雑な仕組みを作るときにも、この考え方は重要になるはずだ。
ただし、長持ちさせる方法は、まだ分からない。
そこは別の問題として、改めて考える必要がある。
◇
午後。
僕は、いつもの訓練場から少し離れた林の中にいた。
お母さんに許可をもらい、木々の間に目印を置くためだ。
木片を持ち、一本の木の幹にそっと触れる。
神字の印を刻んだ木片にオーラを流し込み、その感触を確かめた。
準備はできた。
僕は十メートルほど離れた場所まで歩いた。
目を閉じ、凝を使う。
印の感触を探す。
――見つかった。
距離が離れると、感触は薄くなる。
それでも、目印がある場所を見つけることはできた。
僕は右手を前に出し、オーラを放出する。
細く伸ばしたオーラを、木の幹に残したオーラへ向けて導いていく。
先端が揺れる。
方向を修正する。
目印の感触を失わないように意識を保つ。
そして、オーラが触れた。
「よし……!」
思わず声が出た。
十メートル離れても、目標にオーラを導くことができた。
以前にも同じ距離で成功したことはある。
だから、距離だけを見れば新しい成果ではない。
けれど、今回は印がある。
目標を見失いかけたときも、印の感触を頼りに意識を立て直せた。
これは、確かな進歩だった。
「レオン、どうだった?」
林の入り口から、お母さんが声をかけてきた。
「成功したよ。目印があると、途中で方向を修正しやすい」
「なら、今度は少し休みなさい。集中し続けるのも訓練だけれど、疲労した状態で続けるのは別の話よ」
「……あと一回だけ」
「レオン?」
「はい、休みます」
僕はすぐに手を下ろした。
お母さんの笑顔は優しかったけれど、逆らっていい種類のものではなかった。
◇
その夜、僕はノートを読み返していた。
ここまでの研究で分かったことは、少しずつ増えている。
神字の印を使えば、僕が残したオーラを識別しやすくなる。
印の機能を引き出すには、形だけでなく、オーラを流すときの制御も重要になる。
印を目印にすれば、放出したオーラを目標へ導く際、方向を修正しやすくなる。
ただし、印もオーラも、時間が経てば感知しにくくなる。
そして、最も重要な問題が残っている。
目標にオーラを届けられることと、自分自身がそこへ移動できることは、同じではない。
僕はペンを置いた。
これまで、空間跳躍は二度起きている。
一度目は偶然。
二度目は、オーラの先端が目標に触れた感覚を得たあと、右手を少し前に動かしたとき。
そのときの感覚は、今でも覚えている。
けれど、同じ手順を繰り返しても、空間跳躍は起きない。
印ができた今なら、以前よりも条件を揃えやすくなった。
それでも、最後の一歩が分からない。
「……何が足りないんだろう」
答えは出なかった。
ただ、焦る必要はない。
僕はノートに、次に調べるべき課題を書き込んだ。
――印を目標にして、オーラを届ける。
――その状態を保ったまま、身体を動かす。
――過去に空間跳躍が起きたときの感覚と、何が違うのか比較する。
そして、最後に一文を付け加えた。
移動を起こそうとする前に、まず、オーラが目標に触れた状態を安定させる。
僕はノートを閉じた。
簡易型・避雷針は、完成した。
けれど、それはあくまで、目標を見つけ、そこへオーラを導くための仕組みだ。
僕が本当に欲しいのは、その先にあるもの。
目印を見つけるだけではなく、その目印のもとへ、自分自身を運ぶ力。
そのために必要な最後の仕組みを、僕はまだ知らない。
だから、明日も研究を続ける。
焦らず、一つずつ。
いつか、この小さな印が、本当に距離を越えるための道標になることを信じて。