月日は、少しずつ流れていった。
最初は偶然だった空間跳躍も、何度も失敗を繰り返すうちに、ようやく僕の技術として形になり始めていた。
十一歳の頃は、目印に向かってオーラを伸ばし、感覚がつながる瞬間を探すだけで精一杯だった。距離も短く、立ち止まって集中しなければ成功率は低い。
けれど、十二歳を過ぎた頃から、少しずつ変化が現れた。
目印を認識する。 オーラを導く。 つながりを維持する。 そして、身体を移す。
かつては一つずつ確認していた工程が、徐々に一連の動作へとまとまっていった。
もちろん、何もかも思い通りというわけではない。距離が伸びれば消耗も大きくなるし、目印の位置を正確に捉えられなければ跳躍先がずれる危険もある。
それでも――十三歳になった今、僕はようやく胸を張って言えるところまで来ていた。
避雷針は、念能力として形になった。
まだ完成形ではない。けれど、夢の中だけにあった力が、確かな技術として僕の手の中にある。
そして、その過程で生まれたものは一つではなかった。
簡易型と通常型。
その二つが、現在の僕を支えている。
簡易型は、素早く印をつけ、短い時間で跳躍するためのものだ。戦闘の最中でも使いやすい反面、印の持続性や扱える状況には制約がある。
通常型は、設置に少し時間がかかる。その代わり、印を残しておきやすく、あらかじめ準備した場所や物を利用する際に役立つ。
どちらも、まだ改善の余地はある。
特に通常型は、印を残す対象やオーラの流れによって安定性に差が出る。戦闘中に慌てて設置すれば、狙いどおりに機能しない場合もあった。
それでも、二つの型を使い分けられるようになったのは大きな進歩だった。
残る設置型は、今も試作段階だ。
広い範囲に印を置き、長距離の移動に利用する。理屈の上では可能性があるものの、距離が伸びるほど必要なオーラの量や維持の難しさが増していく。
何より、遠くに印を置いたからといって、そこへ確実に跳躍できるわけではない。
試作品は何度も失敗し、そのたびに記録を見直している。
焦るつもりはなかった。
僕はまだ十三歳なのだから。
「レオン、また難しい顔してるわね」
背後から聞こえた声に、僕は振り返った。
そこには、いつものように腕を組んだお母さん――ビスケット=クルーガーが立っていた。
「設置型のことを考えてたんだ」
「考えるのはいいことよ。でも、考えすぎて目の前の課題を忘れちゃ駄目」
「分かってるよ」
「本当に?」
「……今日の訓練が終わってから考える」
「よろしい」
お母さんは満足そうに頷いた。
その表情を見ると、僕は少しだけ苦笑してしまう。
念の基礎を教わり始めてから三年。お母さんは、僕の成長を誰よりも喜んでくれた。それと同じくらい、僕が先を急ぎすぎないように目を光らせている。
僕の能力が形になったからといって、その心配がなくなるわけではないらしい。
「今日は何をするの?」
「いつもどおり、跳躍を使った実戦訓練よ。止まった状態で成功するのと、戦いながら成功するのは別物だもの」
「もう、だいぶできるようになったと思うけど」
「そうね。だから今日は、できることを確認するんじゃなくて、できないことを見つけるの」
さすが、お母さん。
容赦がない。
けれど、その言葉は正しかった。
立ち止まって印を確認し、集中して跳ぶだけなら、成功率はかなり高くなった。問題は、相手が動いている時だ。
相手の攻撃を避けながら、印を認識する。 自分の身体を守りながら、オーラを導く。 そして、跳躍した直後に次の行動へ移る。
どれか一つに意識を奪われれば、ほかの動作が遅れる。
戦いの中では、その一瞬が致命的になる。
「じゃあ、始めようか」
僕は簡易型の印を刻んだ小さな金属片を取り出した。
それを地面に置き、数歩離れる。
お母さんは、少し離れた場所で構えた。
「今回は、あなたが攻撃する側。私は防御しながら反撃するわ。跳躍だけに頼ったら、すぐに捕まえるから」
「手加減は?」
「必要?」
「……いらないです」
「いい返事ね」
次の瞬間、お母さんの姿が迫った。
僕は横へ跳ぶ。
空間が歪み、景色が切り替わる。さっきまで立っていた場所を、お母さんの拳が通り過ぎた。
着地と同時に身体をひねり、反撃の蹴りを放つ。
お母さんはそれを腕で受け流した。
「今のは悪くないわ!」
褒め言葉の直後、足払いが飛んできた。
「うわっ!」
跳躍。
背後へ移動。
振り返りざまに拳を突き出す。
だが、お母さんはもう僕の動きを読んでいた。拳をかわし、僕の腕を取ろうとする。
僕は腕を引き、地面を蹴った。
再び跳躍。
今度は、少し離れた印の位置へ。
距離を取ったはずなのに、お母さんは追撃の手を緩めない。
それでも、以前とは違った。
僕はもう、跳躍するために戦いを止める必要がない。
攻撃を避ける。 位置を変える。 相手の死角へ回る。 そこから攻撃を仕掛ける。
すべてを完璧にこなせるわけではないが、少なくとも戦闘の流れを途切れさせずに空間跳躍を挟めるようになっていた。
やがて、お母さんが一歩下がった。
「はい、そこまで」
僕は息を整えながら、彼女を見る。
「どうだった?」
「合格点ね。前よりずっと自然に使えてるわ」
「やった」
「でも、跳躍した直後に視線が一度だけ印を探してる。次の攻撃への反応も、まだ少し遅いわね」
「……そこまで見てたの?」
「当たり前でしょう。私はあなたのお母さんで、師匠なんだから」
胸を張るお母さんに、僕は笑った。
この人には、いつまでたっても敵わない気がする。
それでも、確かな進歩はあった。
空間跳躍は、もはや実験のための現象ではない。
僕が戦いの中で使う、僕自身の技術になりつつあった。
訓練を終えた僕は、森の中で一人、静かに目を閉じた。
次の課題に取りかかる前に、確認しておきたいことがあった。
「――円」
身体からオーラを広げる。
薄く、広く。森の木々を包み込み、地面を這い、さらに遠くへ。
草の揺れ。 小動物の動き。 枝に止まった鳥の気配。 少し離れた場所を流れる水の音。
視覚に頼らずとも、周囲の様子が感覚として伝わってくる。
僕の円は、十三歳の現在、半径一・三キロメートルにまで達していた。
我ながら、かなりの広さだと思う。
円はただ範囲を広げればいいというものではない。広く展開するほど、維持するオーラも増えるし、範囲内の情報を処理する負担も大きくなる。
今の僕は、広範囲の円を維持すること自体には成功している。だが、戦闘中に同じ範囲を保ちながら、相手の細かな動きまで正確に読み取るのは難しい。
それでも、この感知能力は避雷針との相性がいい。
周囲の状況を把握し、印の位置を認識し、空間跳躍で移動する。
将来的には、視界の外から仕掛けられた攻撃に対しても、円や別の感知手段を利用して対処できるようになるかもしれない。
もっとも、今はまだ可能性の段階だ。
僕は円を解除し、ゆっくりと息を吐いた。
「さて……次は、こっちだな」
今までの僕は、避雷針の開発に多くの時間を費やしてきた。
だが、能力が形になったことで、ようやく次の課題へ本格的に取り組む余裕ができた。
ずっと頭の片隅にあった、もう一つの技。
前世で憧れた、あの技だ。
手のひらを上に向ける。
まずは、小さなオーラを生み出した。
そこに少しずつ力を込め、球状にまとめていく。
球体を維持すること自体は、そこまで難しくない。僕は幼い頃からオーラの制御を繰り返してきたし、放出したオーラを精密に扱う訓練も積んできた。
しかし、今回目指すものは、ただの球体ではなかった。
回転。
複数の方向から生まれる力。 異なる流れがぶつかり合いながら、互いを打ち消すことなく、一つの球体の中に収まる状態。
それを、手のひらの上で維持する。
頭の中には、完成形のイメージがある。
けれど、イメージできることと、実際に再現できることは別だ。
僕はオーラの流れを少しずつ変えた。
球体が歪む。
慌てて修正する。
今度は回転を強めすぎて、表面が弾けた。
「……難しいな」
思わず声が漏れた。
避雷針の開発では、何度も失敗した。
それでも、あの時は一つずつ現象を観察し、仮説を立て、条件を変えながら答えを探してきた。
今回も同じだ。
最初から完成を求める必要はない。
まずは、オーラを球状に保つこと。 次に、球体の中で回転を生み出すこと。 そして、回転を維持したまま、十分な威力を持たせること。
順番に確かめていけばいい。
僕はもう一度、手のひらにオーラを集めた。
ゆっくりと回転を加える。
球体の表面が揺れた。
今度は、崩れる前に回転を弱める。
少しだけ形が保たれた。
ほんの数秒。
それだけだった。
けれど、最初の一歩としては十分だ。
「よし……!」
思わず笑みがこぼれる。
頭に浮かぶ名前は、最初から決まっていた。
――螺旋丸。
もちろん、この世界に同じ技があるわけではない。
僕が知っているのは、前世で好きだった作品の中に登場した技術だ。それを念で再現できるかどうかは、まだ分からない。
念には、念の理屈がある。
作品で見た動きを、そのまま真似れば完成するほど甘くはないだろう。
だが、僕には放出系の適性がある。そして、オーラの制御にも自信がある。
避雷針を形にする過程で、オーラを精密に動かし、流れを維持する技術も身につけてきた。
ならば、挑戦する価値はある。
僕は手のひらを握り、オーラを消した。
「今度は、これを自分の技にする」
避雷針は、離れた場所へたどり着くための力だ。
けれど、移動できるだけでは守れないものもある。
大切な人を守るためには、敵の攻撃をかわすだけではなく、必要な時に相手を止められる力もいる。
そのための技を、僕はずっと考えていた。
螺旋丸は、その候補の一つだった。
もちろん、これだけで満足するつもりはない。
身体能力も、戦闘技術も、念の基礎も、まだ伸ばせる。
円だって、半径一・三キロメートルに到達したからといって、それで終わりではない。
もっと広く。 もっと精密に。 もっと自然に。
そして、どんな状況でも自分の力を発揮できるように。
僕の目標は、まだ遠い。
けれど、遠いからこそ、一歩ずつ進む意味がある。
森の向こうから、お母さんの声が聞こえた。
「レオーン! いつまで一人でやってるの! お昼にするわよ!」
「あ、もうそんな時間か!」
慌てて道具を片づける。
食事の後には、きっとまた訓練が待っている。
明日も、明後日も。
僕はまだ十三歳だ。
焦らず、けれど立ち止まらずに進んでいこう。
避雷針を、さらに実戦的な技へ。
そして、新たな力――螺旋丸を、自分のものにするために。
四代目に憧れた少年の挑戦は、次の段階へと進み始めていた。