4代目に憧れて   作:ryyonn

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母の眼差し、老兵の期待

 

 

ビスケ視点 ――息子が見つめる先

 

 最近のレオンは、また少し変わった。

 

 十三歳になった息子は、以前にも増して訓練に熱心だ。

 

 もちろん、それ自体は珍しくない。あの子は幼い頃から努力家だったし、一度目標を定めれば、簡単には諦めない。

 

 でも、ここ最近は少し違う。

 

 避雷針の開発に一区切りがついたことで、今まで溜め込んでいた課題に次々と手を伸ばし始めたのだ。

 

空間跳躍を戦闘中に使う訓練。  円の精度を高める訓練。  そして、新しい念技の開発。

 

 あの子がどこまで先を見据えているのか、私にもすべては分からない。

 

 けれど、一つだけ確かなことがある。

 

 レオンは、強くなることそのものを目的にはしていない。

 

 あの子が力を求める理由は、ずっと変わっていないのだ。

 

 ――大切な人を守りたい。

 

 初めて心源流総本山へ連れていった時、ネテロ会長にそう答えたことを、私は今でも覚えている。

 

 あの時はまだ十歳だった。

 

 小さな身体で、真剣な顔をして、自分の目標を口にした。

 

 その姿が嬉しかった一方で、私は少し怖くもなった。

 

 守りたいものがある人間は強くなれる。

 

 でも、守りたいものがあるからこそ、自分を犠牲にすることもある。

 

 私は、あの子にそんな生き方をしてほしくなかった。

 

「……またやってるわね」

 

 訓練場の隅から、レオンの姿を見つめる。

 

 息子は手のひらに小さなオーラを集めていた。

 

 最初は球状にまとめるだけ。

 

 次に、少しずつ回転を加える。

 

 形が歪む。崩れる。もう一度やり直す。

 

 それを何度も繰り返していた。

 

 私は腕を組んだ。

 

 あの子が新しい技の開発に取り組んでいることは、すでに聞いている。

 

 ただし、具体的に何を目指しているのかは、まだ詳しく聞いていない。

 

 念能力というものは、本人の発想や経験、性格によって形が変わる。

 

 だからこそ、私はできるだけ口を挟まないようにしていた。

 

 必要な知識は教える。

 

 危険があれば止める。

 

 けれど、答えまで私が与えてしまえば、あの子自身が考える意味がなくなってしまう。

 

「……あら?」

 

 レオンの手元で、オーラの球体が一瞬だけ安定した。

 

 ほんの数秒。

 

 次の瞬間には崩れてしまったけれど、今までとは違う動きだった。

 

 私は思わず目を細めた。

 

 あの子は失敗したことに腹を立てるでもなく、成功したことに浮かれるでもなく、すぐに手帳へ何かを書き込んでいる。

 

 失敗の原因を考えているのだろう。

 

 その横顔を見て、私は小さく笑った。

 

「本当に、誰に似たのかしらね」

 

 ……なんて。

 

 そんなの、考えるまでもない。

 

 私だって、納得できるまで何度でも試す性格なのだから。

 

 ただ、レオンには私とは違うところもある。

 

 あの子は、自分の力を誰かに見せつけるために鍛えているわけではない。

 

 誰かを守るために、必要な力を探している。

 

 その優しさは、私にとって誇らしいものだ。

 

 同時に、いつかあの子を苦しめることになるのではないかと、不安にもなる。

 

「レオン」

 

「ん? どうしたの、お母さん?」

 

「今日はそこまでにしなさい。そろそろ休憩よ」

 

「あと少しだけ」

 

「駄目」

 

「……はい」

 

 素直にオーラを消す息子を見て、私は頷いた。

 

 頑張ることと、無理をすることは違う。

 

 それを教えるのも、母親の役目だ。

 

「それで、新しい技はどうなの?」

 

 私が尋ねると、レオンは少し考えてから答えた。

 

「まだまだだよ。オーラを球にまとめるのはできるけど、中の流れを安定させるのが難しいんだ」

 

「どんな効果を狙っているの?」

 

「強い回転を維持して、ぶつけた時に大きな威力を出せるようにしたい」

 

 なるほど。

 

 放出系の能力を中心に考えているようだけれど、単純にオーラを増やせばいいわけではない。

 

 回転を維持しながら、球体を崩さず、なおかつ攻撃に使えるだけの威力を確保する。

 

 制御が難しいのは当然だ。

 

「いいんじゃないかしら。ただし、威力を上げることばかり考えないこと。まずは安定させることね」

 

「うん。分かってる」

 

「それと、手を痛めたらすぐに言いなさい。変な我慢をしたら、次の日の訓練は全部お休みにするわよ」

 

「それは困る!」

 

「だったら約束しなさい」

 

「分かったよ、お母さん」

 

 レオンは苦笑しながら頷いた。

 

 私はその頭を軽く撫でる。

 

 いつの間にか、こんなに大きくなった。

 

 抱き上げなければ移動もできなかった赤ん坊が、今では自分の念能力を開発し、私でも簡単には予想できない場所を目指している。

 

 時々、成長の速さに驚かされる。

 

 それでも、私にとっては変わらない。

 

 どれだけ強くなっても。

 

 どれだけ遠くへ行けるようになっても。

 

 この子は、私の大切な息子だ。

 

「……楽しみにしてるわよ、レオン」

 

「え?」

 

「新しい技。完成したら、ちゃんと私に見せなさい」

 

 レオンは一瞬きょとんとしたあと、嬉しそうに笑った。

 

「もちろん!」

 

 その笑顔を見て、私は心の中で誓った。

 

 この子がどこまで進もうとも、私はその成長を見守り続ける。

 

 そして、もしあの子が道を急ぎすぎた時には、必ず立ち止まらせる。

 

 強くなるためだけではない。

 

 この子が、この子らしく生きていくために。

 

ネテロ視点 ――若き才能の足音

 

「ほっほっほ。あの小僧、また妙なことを始めおったか」

 

 心源流総本山。

 

 届いた報告書に目を通しながら、ネテロは楽しげに笑った。

 

 ビスケットから送られてきたのは、レオンの近況についての簡単な報告だった。

 

 十三歳。

 

 円の半径、一・三キロメートル。

 

 空間跳躍を戦闘中に使用可能。

 

 そして、新たな念技の開発を開始。

 

 文字だけを見ても、十分に異常な成長速度だった。

 

 円の広さだけなら、熟練した念能力者の中にも優れた者はいる。

 

 しかし、まだ十三歳の少年が、広範囲の円を扱いながら空間跳躍まで戦闘に組み込もうとしている。

 

 それも、ただ教えられた技術を再現しているのではない。

 

 自分で考え、試し、失敗し、形にしているのだ。

 

「才能という言葉だけでは片づけられんな」

 

 ネテロは報告書を机に置いた。

 

 レオンの強さには、確かに生まれ持った資質がある。

 

 オーラの扱いが上手く、観察力にも優れている。身体能力も年齢を考えれば十分に高い。

 

 だが、ネテロが評価しているのは、それだけではなかった。

 

 あの少年は、自分にできることと、できないことを分けて考える。

 

 成功したからといって、すぐに完成したと思い込まない。

 

 失敗した時には、その原因を探ろうとする。

 

 念能力者として、これは大きな強みだった。

 

 強力な能力を持つ者は多い。

 

 だが、自分の能力を理解し、状況に合わせて改良し続けられる者は、それほど多くない。

 

「それにしても、十三歳で一・三キロか」

 

 ネテロは顎を撫でた。

 

 円は広さを競うだけの技術ではない。

 

 範囲を広げれば、感知できる情報は増える。しかし、その情報を処理し、必要なものを選び、行動につなげられなければ意味がない。

 

 レオンが今後どのように円を発展させるのか。

 

 そこにも興味があった。

 

 空間跳躍との組み合わせ次第では、相手の位置を把握することと、実際に移動することを高い精度で結びつけられるかもしれない。

 

 だが、現時点でそこまで完成しているわけではないだろう。

 

 報告書に書かれた内容から判断する限り、レオンはまだ一つ一つの技術を磨いている段階だ。

 

 それでいい。

 

 今から何もかも完成させてしまえば、成長する余地がなくなる。

 

「さて……新しい技の方はどうなるかのう」

 

 報告書には、オーラを球状にまとめ、内部の流れを制御する訓練を始めたと記されていた。

 

 ネテロは目を細める。

 

 オーラの形状を安定させるだけなら、特別なことではない。

 

 だが、球体の内部に複雑な流れを作り、それを維持しながら攻撃に転用するとなれば話は変わる。

 

 制御の精度が問われる。

 

 放出系の資質を持つレオンにとって、相性のよい方向性ではあるかもしれない。

 

 しかし、適性があることと、完成させられることは別だ。

 

「自分で答えを見つけられるかのう」

 

 ネテロは立ち上がり、窓の外を眺めた。

 

 若い才能を見るのは楽しい。

 

 しかもレオンは、ただ強さを追い求めているだけではない。

 

 自分の信念があり、その信念のために強くなろうとしている。

 

 そういう人間は、時に驚くほどの力を発揮する。

 

 一方で、信念が強い者ほど、危険な道を選ぶこともある。

 

 ネテロは長く生きてきた。

 

 強さを求める者も、守るために戦う者も、数えきれないほど見てきた。

 

 その中で、最後まで自分を見失わずにいられる者が、どれほど少ないかも知っている。

 

「ビスケも、苦労するじゃろうな」

 

 そう呟いたネテロの顔には、笑みが浮かんでいた。

 

 心配していないわけではない。

 

 だが、今のレオンには、正しい方向へ導いてくれる母親がいる。

 

 自分ができることは、必要な時に相手をすること。そして、あの少年が自分の限界を決めつけないよう、少しばかり刺激を与えてやることだ。

 

「よし。近いうちに、また相手をしてやるかの」

 

 ネテロは楽しそうに拳を握った。

 

 十三歳の少年が、どこまで成長したのか。

 

 実際に拳を交えれば、報告書だけでは分からないものも見えてくる。

 

 もっとも――。

 

「今度は、少しばかり本気を出させてもらうかのう」

 

 その言葉を聞く者は、誰もいなかった。

 

レオン視点 ――新たな壁

 

 数日後。

 

 僕は心源流総本山を訪れていた。

 

 もちろん、目的はネテロ会長との訓練だ。

 

「おお、来たか。レオン!」

 

「こんにちは、会長」

 

「ほっほっほ。ビスケから聞いたぞ。なんでも、新しい技を開発しておるそうじゃな」

 

「もう聞いてるんですか?」

 

「孫のような若者の成長を知るのは、老人の楽しみじゃからな」

 

 孫。

 

 そう言われると、少し照れくさい。

 

 僕にとってネテロ会長は、師匠であり、目標であり、もう一人の祖父のような存在だった。

 

「それで、どんな技なんじゃ?」

 

「まだ試作段階です。オーラを球状にまとめて、その中で回転を維持する技を考えています」

 

「ほう。見せてもらえるかの?」

 

「今は、数秒だけなら……」

 

 僕は手のひらにオーラを集めた。

 

 球体を作り、回転を加える。

 

 形が少し歪む。

 

 それでも、すぐには崩れなかった。

 

 数秒後、球体は弾けるように消えた。

 

 ネテロ会長は、しばらく黙っていた。

 

 そして、ゆっくりと頷いた。

 

「面白い。じゃが、まだ制御に意識を取られておるな」

 

「はい。少しでも回転を強めると、形が崩れてしまいます」

 

「ならば、まずは崩れぬようにすることじゃ。威力を求めるのは、その後でも遅くない」

 

 お母さんと同じことを言われた。

 

 やはり、経験豊富な念能力者の考えることは似ているらしい。

 

「それと、レオン」

 

「はい?」

 

「おぬしは、技を作ることに夢中になりすぎる時がある」

 

 僕は思わず姿勢を正した。

 

「技術を磨くことは大切じゃ。じゃが、技術を磨くことと、戦いに勝つことは同じではない」

 

 その言葉には、重みがあった。

 

 ネテロ会長は、僕の避雷針を評価してくれている。

 

 けれど、それに頼りすぎてはいけないということだろう。

 

 空間跳躍ができても、相手の攻撃を読めなければ意味がない。

 

 強力な攻撃技を持っていても、それを当てられなければ意味がない。

 

 念能力は、作って終わりではないのだ。

 

「今日も、いつもの訓練をするぞい」

 

「お願いします!」

 

 僕は構えた。

 

 次の瞬間、ネテロ会長の姿が消えた。

 

 いや、違う。

 

 消えたように見えるほど、動きが速かったのだ。

 

 反応が遅れた。

 

 拳が迫る。

 

 僕は跳躍した。

 

 空間が歪み、別の位置へ移る。

 

 だが、着地した瞬間には、すでに次の攻撃が迫っていた。

 

「ぐっ……!」

 

 腕で受ける。

 

 衝撃が身体を揺らした。

 

 距離を取ろうとするが、会長は追撃してくる。

 

 僕は印の位置を意識しながら、再び跳躍した。

 

 今度は攻撃を避けるだけでなく、会長の背後へ回り込む。

 

 拳を突き出す。

 

 しかし、会長はわずかに身体を傾けてかわした。

 

「惜しいのう!」

 

 直後、足元を払われた。

 

 視界が回転する。

 

 僕は地面に倒れ込む寸前に跳躍し、少し離れた場所へ移動した。

 

 なんとか立て直す。

 

 だが、呼吸はすでに乱れ始めていた。

 

 それでも、以前よりは戦えている。

 

 跳躍を使うたびに動きを止める必要はなくなった。

 

 攻撃と回避を組み合わせ、位置を変えながら戦うこともできる。

 

 けれど、会長にはまだ届かない。

 

 経験も、反応速度も、戦闘の組み立ても。

 

 何もかもが、まだ足りなかった。

 

「今日はここまでじゃ!」

 

 ネテロ会長の声が響いた。

 

 僕はその場に座り込み、荒い息を整える。

 

「ありがとうございました……」

 

「うむ。以前より、ずいぶんと良くなっておるぞ」

 

「でも、まだ全然勝てません」

 

「当たり前じゃろう。わしを簡単に倒せるようになったら、訓練にならんわい」

 

 会長は楽しそうに笑った。

 

 僕も、つられて笑う。

 

 悔しい。

 

 けれど、こうして自分の足りないところを教えてもらえるのは、ありがたいことだった。

 

 僕は強くなりたい。

 

 避雷針を完成させるだけではなく、螺旋丸も身につけたい。

 

 円の精度を高め、戦闘技術を磨き、どんな相手にも対応できるようになりたい。

 

 その道のりは、まだまだ長い。

 

 だからこそ、焦らず進む。

 

 僕は立ち上がり、ネテロ会長に向き直った。

 

「会長。次は、もっと戦えるようになってきます」

 

「ほっほっほ。楽しみにしておるぞ」

 

 その笑顔を見て、僕は改めて思った。

 

 目指す場所は遠い。

 

 けれど、そこへ向かうための道は、確かに僕の目の前に続いている。

 

 十三歳。

 

 避雷針は形になった。

 

 そして今、僕は新たな技――螺旋丸の習得に挑み始めた。

 

 ここから先も、きっと失敗の連続だろう。

 

 それでも、僕は歩みを止めない。

 

 守りたいものがあるから。

 

 そして、いつか自分が憧れた強さに、少しでも近づくために。

 

 

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