4代目に憧れて   作:ryyonn

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積み重ねた力、その先へ

 

 

 

螺旋丸の開発を始めてから、しばらくが経った。

 

 毎日の訓練で、少しずつ分かってきたことがある。

 

 僕が最初に考えていたよりも、必要なのは単純な回転の速さではない。

 

オーラを球状に保つこと。  内部の流れを作ること。  異なる方向から生まれる力を制御すること。  そして、それらを一つの動作として維持すること。

 

 どれか一つが欠けても、球体は崩れてしまう。

 

 だから僕は、いったん複雑な操作を減らし、一つ一つの精度を上げることに集中していた。

 

 その成果は、少しずつ現れ始めている。

 

「……よし」

 

 手のひらの上で、青白いオーラが渦を巻いた。

 

 球体の表面は、以前よりも滑らかだ。

 

 内部では複数の流れが交差し、それぞれの動きが互いを乱しながらも、全体として一つの回転を作り出している。

 

 わずかな歪みはある。

 

 それでも、すぐには崩れない。

 

 五秒。

 

 十秒。

 

 十五秒。

 

 僕は慎重にオーラの流れを調整した。

 

 回転を強めるのではなく、乱れた部分を整える。球体全体を無理に押さえ込むのではなく、流れが崩れないように制御する。

 

 そして――。

 

 球体が、今までにないほど安定した。

 

「できた……!」

 

 思わず声が漏れた。

 

 もちろん、完成ではない。

 

 威力を高めようとすれば、まだ形が崩れる。実際に何かへぶつけた時、どれだけの力を伝えられるのかも分からない。

 

 けれど、ようやく見えてきた。

 

 この技を完成させるために、何をすればいいのか。

 

 僕はゆっくりとオーラを消した。

 

 そして、すぐに手帳を開く。

 

成功した時のオーラの量。  回転を加えた順序。  制御に意識を向けた箇所。  球体が安定した時の感覚。

 

 忘れないうちに、すべて書き残していく。

 

 何度も繰り返してきた作業だ。

 

 それでも、今回はいつもと違った。

 

 今までは、何が間違っているのかを探していた。

 

 今日は、どうすれば完成するのかが、ほんの少しだけ分かった気がする。

 

「もう少しだな……」

 

 僕は手のひらを見つめた。

 

 螺旋丸。

 

 憧れた技を、自分の手で作り上げる。

 

 その夢が、ようやく現実の輪郭を持ち始めていた。

 

ビスケ視点 ――基礎を積み上げた先に

 

「へえ……ずいぶん安定してきたじゃない」

 

 私は、レオンの手のひらに残っていたオーラの感覚を思い返した。

 

 最近のあの子は、新しい技の制御に関して、目に見える進歩を遂げている。

 

 最初の頃は、球体を作ることさえ不安定だった。

 

 それが今では、複数の流れを組み合わせ、一定時間維持できるようになっている。

 

 もちろん、実戦で使える段階にはまだ届いていない。

 

 けれど、あの子が自分の失敗を分析し、何度も手順を見直してきたことは知っている。

 

 だからこそ、私は余計な助言を控えていた。

 

 本人が考えて、本人が見つけた答えには、本人にしか得られない経験がある。

 

「お母さん、今の見てた?」

 

「見てたわよ。いい感じじゃない」

 

「やっぱり?」

 

 レオンの顔が、ぱっと明るくなった。

 

 十三歳の少年らしい表情だった。

 

 私は思わず笑みを浮かべる。

 

「でも、成功したからって、すぐに威力を上げようとしないこと。まずは同じ状態を何度でも再現できるようにするの」

 

「分かってる。今のは一回だけだし」

 

「そう。なら、よろしい」

 

 私はレオンの手帳をちらりと見た。

 

 そこには、細かな記録がびっしりと書かれている。

 

 念の流れ、オーラの量、失敗した時の変化。

 

 まるで研究者の実験記録だ。

 

 この子の強さは、才能だけでできているわけではない。

 

 もちろん、生まれ持った資質はある。オーラの制御も、感覚の鋭さも、同年代の子供と比べれば抜きん出ている。

 

 でも、それ以上に大きいのは、積み重ねを惜しまないところだ。

 

 できないことがあれば、できるようになるまで練習する。

 

 失敗しても、原因を探して次に活かす。

 

 そして、必要ならば、できていたことまで一度戻ってやり直す。

 

 簡単なようで、なかなかできることではない。

 

「……いい子に育ってくれたわね」

 

「ん? 何か言った?」

 

「なーんにも」

 

 私はレオンの頬を軽くつついた。

 

「さあ、休憩よ。おやつにしましょう」

 

「えっ、今いいところなんだけど」

 

「駄目。集中しすぎて周りが見えなくなるのは、あなたの悪い癖よ」

 

「う……」

 

 レオンは不満そうな顔をしたが、すぐにオーラを消した。

 

 その素直さも、私は気に入っている。

 

 強くなることは大切だ。

 

 でも、強くなることだけが人生ではない。

 

 私はこの子に、強さだけを追い求める人間になってほしくなかった。

 

 おやつを食べている時、レオンがふと尋ねた。

 

「お母さん」

 

「なあに?」

 

「念能力って、どこまで自分の努力で作れるものなんだろう?」

 

 私は手を止めた。

 

「どういう意味?」

 

「例えば、僕の避雷針。あれは制約と誓約を使っていないよね」

 

「そうね」

 

「神字を使ったり、オーラの制御を工夫したりして、何とか形にした。でも、制約と誓約を使えば、もっと強くできる可能性がある」

 

 レオンは少し考えながら続けた。

 

「ただ、最初から制約と誓約に頼っていたら、自分でできるようになるはずだったことまで、制約の力で補ってしまうんじゃないかって」

 

 私は、黙って息子の話を聞いた。

 

「本当は努力して身につけられる技術なのに、先に制約をつけて能力を強化したせいで、その先の成長を止めてしまう。そういうこともあるんじゃないかな」

 

 なるほど。

 

 この子は、自分の能力を強化する方法だけではなく、強化することそのものの意味を考えているらしい。

 

「……面白い考え方ね」

 

「変かな?」

 

「いいえ。少なくとも、考える価値はあるわ」

 

 私はカップを置いた。

 

「制約と誓約は、確かに強力よ。でも、何でも解決してくれる魔法じゃない。何かを制限することで、その分だけ能力を高める仕組みなの。制約をつけたからといって、技術そのものが身につくわけじゃないわ」

 

「やっぱり、そうだよね」

 

「ただし、制約をつけること自体が悪いわけでもないわ。大切なのは、何を実現したいのか、そのために何を差し出すのか、そして、その制約を本当に守り続けられるのかということ」

 

 私はレオンの目を見た。

 

「自分でできることを増やす努力と、制約によって能力を強化すること。その両方を理解したうえで選べるのが、一番いいんじゃないかしら」

 

 レオンは真剣な表情で頷いた。

 

「……ありがとう、お母さん」

 

「どういたしまして」

 

 私は微笑んだ。

 

 この子は、まだ十三歳だ。

 

 それなのに、能力の強さだけでなく、自分がどう成長していくべきかまで考えている。

 

 誇らしいと思う。

 

 同時に、少しだけ心配にもなる。

 

 あまりにも先を考えすぎて、今の自分に必要なことを忘れてしまわないだろうか。

 

 でも、今のレオンなら大丈夫かもしれない。

 

 なぜなら、あの子は自分で考える一方で、誰かの言葉にも耳を傾けられるから。

 

 私は、もう一度息子の頭を撫でた。

 

「それで、レオン。今のあなたに一番必要なことは何だと思う?」

 

「……基礎をもっと鍛えること?」

 

「正解!」

 

 私は笑った。

 

 制約と誓約を考えるのは、今の努力を積み重ねた先でも遅くない。

 

 その時が来たら、また一緒に考えればいいのだ。

 

レオン視点 ――制約に頼らないということ

 

 お母さんとの会話は、僕にとって大きな意味があった。

 

 僕はこれまで、避雷針を作るために多くの時間を費やしてきた。

 

 神字を学び、オーラの制御を磨き、何度も失敗を繰り返した。

 

 その結果、簡易型と通常型を形にすることができた。

 

 設置型については、まだ試作段階だ。

 

 それでも、ここまでの過程で、僕は一つのことを実感していた。

 

 発は、自分の努力と工夫次第で、想像していた以上のところまで形にできるのではないか。

 

 もちろん、何でもできるわけではない。

 

 念には系統ごとの向き不向きがあるし、実現したいことによって必要な技術も変わる。

 

 けれど、最初から制約と誓約に頼らなくても、技術を磨き、仕組みを考え、工夫を積み重ねれば、能力は少しずつ形になっていく。

 

 僕の避雷針は、その実例だった。

 

 そして、今になってようやく気づいたことがある。

 

 僕は、最初から制約を使う必要がなかったのだ。

 

 もし、空間跳躍の最初の段階で、距離や使用回数に厳しい制限を設けていたら。

 

 あるいは、特定の条件を満たした時だけ跳躍できるようにしていたら。

 

 確かに、能力を形にするのは早かったかもしれない。

 

 けれど、今のように、オーラをどう導けばいいのか、印をどう識別すればいいのか、どうすれば戦闘中でも跳躍できるのかを、自分で考え抜く機会は減っていたかもしれない。

 

 制約と誓約は、強くなるための有力な手段だ。

 

 でも、使い方を間違えれば、本来伸ばせるはずだった自分の可能性を、早い段階で固定してしまうこともある。

 

 僕は、そう考えるようになった。

 

「……お母さんには、本当に感謝しないとな」

 

 思わず口に出た。

 

 お母さんは、僕に念の基礎を徹底的に教えてくれた。

 

 纏、絶、練、発。

 

 凝、隠、円。

 

 オーラの扱い方だけでなく、能力を考える際の注意点や、制約と誓約の危険性まで。

 

 そして何より、僕が新しいことを始めるたび、すぐに答えを与えるのではなく、自分で考える時間をくれた。

 

 そのおかげで、今の僕がある。

 

 もし、もっと手っ取り早く強くなる方法ばかり教えられていたら、今の僕は違っていたかもしれない。

 

 だからこそ、今の段階で制約と誓約を使わずに済んだことは、僕にとって大きな財産だった。

 

 ただし――。

 

 僕は机の上に、避雷針の記録を広げた。

 

 今までの努力と神字によって、避雷針は形になった。

 

 ならば、ここから先はどうだろう。

 

 今まで積み上げてきた技術がある。

 

 神字の仕組みについての知識もある。

 

 そして、制約と誓約についての理解も、少しずつ深まってきた。

 

 これらを組み合わせれば、今の避雷針をさらに進化させられるのではないか。

 

 単純に制約をつけて威力を高めるのではない。

 

 神字で能力の仕組みを補い、そこへ必要な制約を組み合わせる。

 

 そうすることで、今まで実現できなかった機能を生み出せる可能性がある。

 

 例えば、印を残す方法。

 

 印を維持する仕組み。

 

 跳躍の際に必要となるオーラの消費。

 

 あるいは、距離による制限。

 

 今すぐ答えが出るわけではない。

 

 設置型だって、まだ完成していないのだ。

 

 けれど、今の僕には、以前よりも多くの選択肢がある。

 

 技術だけで解決できる部分は、技術で解決する。

 

 そのうえで、技術だけでは難しい部分に、神字や制約と誓約を利用する。

 

 それなら、自分の可能性を狭めずに、能力を先へ進められるかもしれない。

 

「……面白くなってきた」

 

 僕は新しいページを開いた。

 

 そこに、二つの項目を書き込む。

 

 一つ。螺旋丸の完成。

 

 二つ。神字と制約・誓約を組み合わせた、避雷針の発展。

 

 どちらも簡単な道ではない。

 

 螺旋丸は、ようやく完成が見え始めた段階だ。

 

 避雷針の発展については、まだ考え始めたばかり。

 

 それでも、焦るつもりはなかった。

 

 今までどおり、基礎から積み重ねていけばいい。

 

 そして、必要な時が来たら、新しい仕組みを試せばいい。

 

 僕は手帳を閉じ、窓の外を見た。

 

 空は、夕暮れに染まり始めていた。

 

 今日もまた、一歩進むことができた。

 

 それだけで十分だった。

 

ネテロ視点 ――可能性を閉ざさぬために

 

「制約と誓約に頼りすぎぬ、か」

 

 後日、ビスケからレオンの考えを聞いたネテロは、興味深そうに顎を撫でた。

 

「十三歳にしては、ずいぶんと考えておるのう」

 

「でしょう? 私も驚いたわ」

 

 ビスケは腕を組んだ。

 

「ただ、あの子の考え方がいつでも正しいとは限らないわ。制約と誓約が必要になる場面もあるもの」

 

「無論じゃ。制約と誓約は、念能力の大きな可能性の一つじゃからな」

 

 ネテロは頷いた。

 

「じゃが、あの年齢で、自分の成長そのものを考えておるのは面白い。強さを求める者の多くは、すぐに結果を欲しがるものじゃ」

 

「レオンも、早く強くなりたい気持ちはあると思うわ。でも、最近は少しずつ、強くなる過程そのものにも目を向けるようになってきたの」

 

「ほっほっほ。それはよい傾向じゃな」

 

 ネテロは窓の外へ視線を向けた。

 

 レオンの避雷針は、まだ発展途上だ。

 

 螺旋丸も、完成には至っていない。

 

 しかし、あの少年には、技を作るための根気がある。

 

 自分の能力を理解しようとする知性がある。

 

 そして、何より、学んだことを自分のものにしようとする意志がある。

 

 制約と誓約を使うかどうか。

 

 神字をどこまで組み込むのか。

 

 どの技術を磨き、どの機能を新たに加えるのか。

 

 それらを自分で選べるようになれば、レオンの能力はさらに広がっていくだろう。

 

「ビスケよ」

 

「何?」

 

「おぬしは、よい育て方をしておる」

 

 ビスケは一瞬、目を丸くした。

 

 そして、すぐに少し照れくさそうに笑う。

 

「当たり前でしょう。私の息子なんだから」

 

「ほっほっほ! 違いない!」

 

 二人は笑った。

 

 だが、ネテロの胸には、確かな期待があった。

 

 今はまだ十三歳。

 

 これから先、どれほどの技術を身につけるのか。

 

 どれほどの失敗を経験し、どれほどの壁を乗り越えるのか。

 

 それは誰にも分からない。

 

 しかし、少なくとも今のレオンは、自分の可能性を自分で狭めようとはしていない。

 

 基礎を鍛え、考え、試し、必要な時に新しい手段を選ぶ。

 

 その姿勢を失わない限り、あの少年はまだまだ強くなる。

 

「さて……次に手合わせする時が楽しみじゃのう」

 

 ネテロは拳を握り、口元を緩めた。

 

 若い才能が育っていくのを見るのは、何度経験しても飽きないものだ。

 

 そして、レオン・クルーガーという少年は、まだその可能性の一端しか見せていない。

 

 避雷針の完成は、終着点ではない。

 

 螺旋丸の開発も、始まったばかりだ。

 

 努力によって得た技術に、神字の工夫を重ね、必要ならば制約と誓約を加える。

 

 その先に、どんな能力が生まれるのか。

 

 ネテロは、心から楽しみにしていた。

 

 

 

 

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