螺旋丸の開発を始めてから、しばらくが経った。
毎日の訓練で、少しずつ分かってきたことがある。
僕が最初に考えていたよりも、必要なのは単純な回転の速さではない。
オーラを球状に保つこと。 内部の流れを作ること。 異なる方向から生まれる力を制御すること。 そして、それらを一つの動作として維持すること。
どれか一つが欠けても、球体は崩れてしまう。
だから僕は、いったん複雑な操作を減らし、一つ一つの精度を上げることに集中していた。
その成果は、少しずつ現れ始めている。
「……よし」
手のひらの上で、青白いオーラが渦を巻いた。
球体の表面は、以前よりも滑らかだ。
内部では複数の流れが交差し、それぞれの動きが互いを乱しながらも、全体として一つの回転を作り出している。
わずかな歪みはある。
それでも、すぐには崩れない。
五秒。
十秒。
十五秒。
僕は慎重にオーラの流れを調整した。
回転を強めるのではなく、乱れた部分を整える。球体全体を無理に押さえ込むのではなく、流れが崩れないように制御する。
そして――。
球体が、今までにないほど安定した。
「できた……!」
思わず声が漏れた。
もちろん、完成ではない。
威力を高めようとすれば、まだ形が崩れる。実際に何かへぶつけた時、どれだけの力を伝えられるのかも分からない。
けれど、ようやく見えてきた。
この技を完成させるために、何をすればいいのか。
僕はゆっくりとオーラを消した。
そして、すぐに手帳を開く。
成功した時のオーラの量。 回転を加えた順序。 制御に意識を向けた箇所。 球体が安定した時の感覚。
忘れないうちに、すべて書き残していく。
何度も繰り返してきた作業だ。
それでも、今回はいつもと違った。
今までは、何が間違っているのかを探していた。
今日は、どうすれば完成するのかが、ほんの少しだけ分かった気がする。
「もう少しだな……」
僕は手のひらを見つめた。
螺旋丸。
憧れた技を、自分の手で作り上げる。
その夢が、ようやく現実の輪郭を持ち始めていた。
ビスケ視点 ――基礎を積み上げた先に
「へえ……ずいぶん安定してきたじゃない」
私は、レオンの手のひらに残っていたオーラの感覚を思い返した。
最近のあの子は、新しい技の制御に関して、目に見える進歩を遂げている。
最初の頃は、球体を作ることさえ不安定だった。
それが今では、複数の流れを組み合わせ、一定時間維持できるようになっている。
もちろん、実戦で使える段階にはまだ届いていない。
けれど、あの子が自分の失敗を分析し、何度も手順を見直してきたことは知っている。
だからこそ、私は余計な助言を控えていた。
本人が考えて、本人が見つけた答えには、本人にしか得られない経験がある。
「お母さん、今の見てた?」
「見てたわよ。いい感じじゃない」
「やっぱり?」
レオンの顔が、ぱっと明るくなった。
十三歳の少年らしい表情だった。
私は思わず笑みを浮かべる。
「でも、成功したからって、すぐに威力を上げようとしないこと。まずは同じ状態を何度でも再現できるようにするの」
「分かってる。今のは一回だけだし」
「そう。なら、よろしい」
私はレオンの手帳をちらりと見た。
そこには、細かな記録がびっしりと書かれている。
念の流れ、オーラの量、失敗した時の変化。
まるで研究者の実験記録だ。
この子の強さは、才能だけでできているわけではない。
もちろん、生まれ持った資質はある。オーラの制御も、感覚の鋭さも、同年代の子供と比べれば抜きん出ている。
でも、それ以上に大きいのは、積み重ねを惜しまないところだ。
できないことがあれば、できるようになるまで練習する。
失敗しても、原因を探して次に活かす。
そして、必要ならば、できていたことまで一度戻ってやり直す。
簡単なようで、なかなかできることではない。
「……いい子に育ってくれたわね」
「ん? 何か言った?」
「なーんにも」
私はレオンの頬を軽くつついた。
「さあ、休憩よ。おやつにしましょう」
「えっ、今いいところなんだけど」
「駄目。集中しすぎて周りが見えなくなるのは、あなたの悪い癖よ」
「う……」
レオンは不満そうな顔をしたが、すぐにオーラを消した。
その素直さも、私は気に入っている。
強くなることは大切だ。
でも、強くなることだけが人生ではない。
私はこの子に、強さだけを追い求める人間になってほしくなかった。
おやつを食べている時、レオンがふと尋ねた。
「お母さん」
「なあに?」
「念能力って、どこまで自分の努力で作れるものなんだろう?」
私は手を止めた。
「どういう意味?」
「例えば、僕の避雷針。あれは制約と誓約を使っていないよね」
「そうね」
「神字を使ったり、オーラの制御を工夫したりして、何とか形にした。でも、制約と誓約を使えば、もっと強くできる可能性がある」
レオンは少し考えながら続けた。
「ただ、最初から制約と誓約に頼っていたら、自分でできるようになるはずだったことまで、制約の力で補ってしまうんじゃないかって」
私は、黙って息子の話を聞いた。
「本当は努力して身につけられる技術なのに、先に制約をつけて能力を強化したせいで、その先の成長を止めてしまう。そういうこともあるんじゃないかな」
なるほど。
この子は、自分の能力を強化する方法だけではなく、強化することそのものの意味を考えているらしい。
「……面白い考え方ね」
「変かな?」
「いいえ。少なくとも、考える価値はあるわ」
私はカップを置いた。
「制約と誓約は、確かに強力よ。でも、何でも解決してくれる魔法じゃない。何かを制限することで、その分だけ能力を高める仕組みなの。制約をつけたからといって、技術そのものが身につくわけじゃないわ」
「やっぱり、そうだよね」
「ただし、制約をつけること自体が悪いわけでもないわ。大切なのは、何を実現したいのか、そのために何を差し出すのか、そして、その制約を本当に守り続けられるのかということ」
私はレオンの目を見た。
「自分でできることを増やす努力と、制約によって能力を強化すること。その両方を理解したうえで選べるのが、一番いいんじゃないかしら」
レオンは真剣な表情で頷いた。
「……ありがとう、お母さん」
「どういたしまして」
私は微笑んだ。
この子は、まだ十三歳だ。
それなのに、能力の強さだけでなく、自分がどう成長していくべきかまで考えている。
誇らしいと思う。
同時に、少しだけ心配にもなる。
あまりにも先を考えすぎて、今の自分に必要なことを忘れてしまわないだろうか。
でも、今のレオンなら大丈夫かもしれない。
なぜなら、あの子は自分で考える一方で、誰かの言葉にも耳を傾けられるから。
私は、もう一度息子の頭を撫でた。
「それで、レオン。今のあなたに一番必要なことは何だと思う?」
「……基礎をもっと鍛えること?」
「正解!」
私は笑った。
制約と誓約を考えるのは、今の努力を積み重ねた先でも遅くない。
その時が来たら、また一緒に考えればいいのだ。
レオン視点 ――制約に頼らないということ
お母さんとの会話は、僕にとって大きな意味があった。
僕はこれまで、避雷針を作るために多くの時間を費やしてきた。
神字を学び、オーラの制御を磨き、何度も失敗を繰り返した。
その結果、簡易型と通常型を形にすることができた。
設置型については、まだ試作段階だ。
それでも、ここまでの過程で、僕は一つのことを実感していた。
発は、自分の努力と工夫次第で、想像していた以上のところまで形にできるのではないか。
もちろん、何でもできるわけではない。
念には系統ごとの向き不向きがあるし、実現したいことによって必要な技術も変わる。
けれど、最初から制約と誓約に頼らなくても、技術を磨き、仕組みを考え、工夫を積み重ねれば、能力は少しずつ形になっていく。
僕の避雷針は、その実例だった。
そして、今になってようやく気づいたことがある。
僕は、最初から制約を使う必要がなかったのだ。
もし、空間跳躍の最初の段階で、距離や使用回数に厳しい制限を設けていたら。
あるいは、特定の条件を満たした時だけ跳躍できるようにしていたら。
確かに、能力を形にするのは早かったかもしれない。
けれど、今のように、オーラをどう導けばいいのか、印をどう識別すればいいのか、どうすれば戦闘中でも跳躍できるのかを、自分で考え抜く機会は減っていたかもしれない。
制約と誓約は、強くなるための有力な手段だ。
でも、使い方を間違えれば、本来伸ばせるはずだった自分の可能性を、早い段階で固定してしまうこともある。
僕は、そう考えるようになった。
「……お母さんには、本当に感謝しないとな」
思わず口に出た。
お母さんは、僕に念の基礎を徹底的に教えてくれた。
纏、絶、練、発。
凝、隠、円。
オーラの扱い方だけでなく、能力を考える際の注意点や、制約と誓約の危険性まで。
そして何より、僕が新しいことを始めるたび、すぐに答えを与えるのではなく、自分で考える時間をくれた。
そのおかげで、今の僕がある。
もし、もっと手っ取り早く強くなる方法ばかり教えられていたら、今の僕は違っていたかもしれない。
だからこそ、今の段階で制約と誓約を使わずに済んだことは、僕にとって大きな財産だった。
ただし――。
僕は机の上に、避雷針の記録を広げた。
今までの努力と神字によって、避雷針は形になった。
ならば、ここから先はどうだろう。
今まで積み上げてきた技術がある。
神字の仕組みについての知識もある。
そして、制約と誓約についての理解も、少しずつ深まってきた。
これらを組み合わせれば、今の避雷針をさらに進化させられるのではないか。
単純に制約をつけて威力を高めるのではない。
神字で能力の仕組みを補い、そこへ必要な制約を組み合わせる。
そうすることで、今まで実現できなかった機能を生み出せる可能性がある。
例えば、印を残す方法。
印を維持する仕組み。
跳躍の際に必要となるオーラの消費。
あるいは、距離による制限。
今すぐ答えが出るわけではない。
設置型だって、まだ完成していないのだ。
けれど、今の僕には、以前よりも多くの選択肢がある。
技術だけで解決できる部分は、技術で解決する。
そのうえで、技術だけでは難しい部分に、神字や制約と誓約を利用する。
それなら、自分の可能性を狭めずに、能力を先へ進められるかもしれない。
「……面白くなってきた」
僕は新しいページを開いた。
そこに、二つの項目を書き込む。
一つ。螺旋丸の完成。
二つ。神字と制約・誓約を組み合わせた、避雷針の発展。
どちらも簡単な道ではない。
螺旋丸は、ようやく完成が見え始めた段階だ。
避雷針の発展については、まだ考え始めたばかり。
それでも、焦るつもりはなかった。
今までどおり、基礎から積み重ねていけばいい。
そして、必要な時が来たら、新しい仕組みを試せばいい。
僕は手帳を閉じ、窓の外を見た。
空は、夕暮れに染まり始めていた。
今日もまた、一歩進むことができた。
それだけで十分だった。
ネテロ視点 ――可能性を閉ざさぬために
「制約と誓約に頼りすぎぬ、か」
後日、ビスケからレオンの考えを聞いたネテロは、興味深そうに顎を撫でた。
「十三歳にしては、ずいぶんと考えておるのう」
「でしょう? 私も驚いたわ」
ビスケは腕を組んだ。
「ただ、あの子の考え方がいつでも正しいとは限らないわ。制約と誓約が必要になる場面もあるもの」
「無論じゃ。制約と誓約は、念能力の大きな可能性の一つじゃからな」
ネテロは頷いた。
「じゃが、あの年齢で、自分の成長そのものを考えておるのは面白い。強さを求める者の多くは、すぐに結果を欲しがるものじゃ」
「レオンも、早く強くなりたい気持ちはあると思うわ。でも、最近は少しずつ、強くなる過程そのものにも目を向けるようになってきたの」
「ほっほっほ。それはよい傾向じゃな」
ネテロは窓の外へ視線を向けた。
レオンの避雷針は、まだ発展途上だ。
螺旋丸も、完成には至っていない。
しかし、あの少年には、技を作るための根気がある。
自分の能力を理解しようとする知性がある。
そして、何より、学んだことを自分のものにしようとする意志がある。
制約と誓約を使うかどうか。
神字をどこまで組み込むのか。
どの技術を磨き、どの機能を新たに加えるのか。
それらを自分で選べるようになれば、レオンの能力はさらに広がっていくだろう。
「ビスケよ」
「何?」
「おぬしは、よい育て方をしておる」
ビスケは一瞬、目を丸くした。
そして、すぐに少し照れくさそうに笑う。
「当たり前でしょう。私の息子なんだから」
「ほっほっほ! 違いない!」
二人は笑った。
だが、ネテロの胸には、確かな期待があった。
今はまだ十三歳。
これから先、どれほどの技術を身につけるのか。
どれほどの失敗を経験し、どれほどの壁を乗り越えるのか。
それは誰にも分からない。
しかし、少なくとも今のレオンは、自分の可能性を自分で狭めようとはしていない。
基礎を鍛え、考え、試し、必要な時に新しい手段を選ぶ。
その姿勢を失わない限り、あの少年はまだまだ強くなる。
「さて……次に手合わせする時が楽しみじゃのう」
ネテロは拳を握り、口元を緩めた。
若い才能が育っていくのを見るのは、何度経験しても飽きないものだ。
そして、レオン・クルーガーという少年は、まだその可能性の一端しか見せていない。
避雷針の完成は、終着点ではない。
螺旋丸の開発も、始まったばかりだ。
努力によって得た技術に、神字の工夫を重ね、必要ならば制約と誓約を加える。
その先に、どんな能力が生まれるのか。
ネテロは、心から楽しみにしていた。