九歳の春。
俺は母さんに連れられ、山奥にある施設を訪れていた。
周囲は自然に囲まれ、空気が澄んでいる。
都会の喧騒とは無縁の場所だった。
「お母さん、ここは?」
「心源流の総本山よ」
心源流。
その言葉を聞いて、俺は心の中で頷いた。
やはり、そういうことか。
原作でゴンたちが念を学ぶ際にも、心源流の教えが関わってくる。
ただし、俺はまだ念を教わっていない。
だから、今は余計なことを口にしない。
知らない子供として、母さんについていけばいい。
「ここで、お母さんも修行していたの?」
「ええ。もっとも、あたしの場合は、ここ以外でも色々と鍛えられたけどね」
母さんは懐かしそうに笑った。
「今日は、先生にあなたを紹介するの。きちんと挨拶するのよ?」
「うん!」
俺は元気よく返事をした。
施設の奥へ進んでいくと、やがて開けた場所に出た。
そこには、一人の老人が立っていた。
白い髪。
細い身体。
穏やかな笑み。
そして、どこか底知れない雰囲気。
俺は思わず息を呑んだ。
間違いない。
アイザック=ネテロ。
ハンター協会の会長にして、作中でも屈指の実力者。
俺が憧れている四代目火影とは、まったく異なるタイプの強者だ。
だが、彼もまた、俺が目指すべき高みの一つだった。
「おお、ビスケ。久しぶりじゃのう」
「お久しぶりです、会長」
母さんは丁寧に頭を下げた。
「今日は、あたしの息子を紹介しに来ましたの」
「ほう?」
ネテロの視線が、俺に向いた。
俺は背筋を伸ばした。
「初めまして! レオン・クルーガーです!」
「ほっほっほ。これは元気がよい」
ネテロは楽しそうに笑った。
「ビスケの息子か。なるほど、確かに面影があるのう」
「そうでしょう? あたしの自慢の息子ですもの」
母さんが、誇らしげに答えた。
その言葉が、少しくすぐったかった。
自慢の息子。
そう言ってもらえることが、何より嬉しい。
「ほうほう。自慢の息子とな」
ネテロは俺の前にしゃがみ込んだ。
「レオン君。おぬし、強くなりたいかね?」
突然の質問だった。
だが、俺は迷わず答えた。
「はい!」
「なぜじゃ?」
俺は少しだけ考えた。
そして、いつも母さんに話していることを口にした。
「大切な人を守りたいからです!」
ネテロは俺をじっと見つめた。
その瞳は穏やかだったが、どこか底知れないものを感じさせた。
やがて、老人は笑った。
「……よい答えじゃ」
ネテロはゆっくりと立ち上がった。
「じゃが、強さとは一朝一夕で手に入るものではない。長い年月をかけ、積み重ねていくものじゃ」
「はい!」
「そして、強さを求める者には、時として苦しい道も待っておる」
ネテロは俺の肩に手を置いた。
「それでも、おぬしは進むかね?」
俺は拳を握った。
前世で、俺は物語の中の英雄たちに憧れていた。
けれど、今の俺は違う。
この世界で生きている。
守りたい人がいる。
そして、叶えたい夢がある。
「進みます!」
俺の答えを聞くと、ネテロは満足そうに頷いた。
「よろしい。ならば、まずは今できることを大切にするのじゃな」
ネテロは俺の頭を軽く撫でた。
「身体を鍛え、心を鍛え、自分自身を知る。そうした積み重ねが、いつか大きな力になる」
「はい!」
その言葉を、俺は胸に刻んだ。
ネテロは俺を見て、どこか面白そうに目を細めた。
「ふむ……。この年齢で、なかなかしっかりした子じゃのう」
「そうでしょう? あたしの息子ですもの」
母さんが、得意げに胸を張った。
「ほっほっほ。ビスケ、おぬしも親バカになったものじゃな」
「なっ……! 失礼ね!」
二人のやり取りに、俺は思わず笑ってしまった。
なんだか、いい雰囲気だ。
原作のネテロは、もっととんでもない人物だった気がするが、こうして見ると、母さんにとっては大切な師匠なのだろう。
そして、俺にとっても。
いつか、この人から学べることがあるはずだ。
その日が来るのを、俺は楽しみにしていた。
*
帰り道。
俺は母さんの手を握りながら、今日のことを振り返っていた。
ネテロに会えた。
それだけでも、大きな収穫だった。
ただし、俺はまだ念について何も聞いていない。
母さんも、ネテロも、俺に念の話をしていない。
今の俺は、あくまでも身体を鍛えている九歳の子供だ。
そして、それでいい。
いずれ、母さんが教えてくれる時が来る。
その時には、念の基礎を一から学び、俺自身の力として身につけていこう。
前世の知識だけに頼るつもりはない。
この世界で生きる以上、この世界の理屈を理解しなければならないのだから。
「レオン?」
「なに、お母さん?」
「今日は楽しかった?」
「うん! また会いたいな、先生に!」
「ふふっ。そうね。あなたがもっと成長したら、また連れてきてあげるわ」
「約束だよ!」
「ええ、約束」
母さんは俺の手を握り返した。
その温かさを感じながら、俺は空を見上げた。
青く澄んだ空。
どこまでも広がる世界。
この世界には、俺の知らないことがまだまだたくさんある。
だからこそ、学びたい。
強くなりたい。
そして、いつか。
誰よりも速く、大切な人のもとへ駆けつけられる男になりたい。
四代目火影に憧れた男として。
レオン・クルーガーとして。
俺の物語は、まだ始まったばかりだった。
――第五話・了