十五歳になった。
この一年で、僕の戦い方は大きく変わったと思う。
螺旋丸は、動きながらでも使えるようになった。
念波はまだ円の代わりになるほど精密ではないが、戦闘中に意識を割きすぎず、周囲の変化を感じ取るための感覚として、少しずつ形になっている。
瞬身の術も、以前のように加速したまま止まれなくなることは減った。短い距離なら、踏み込みと方向転換を組み合わせて、相手の死角へ素早く回り込める。
そして、避雷針。
簡易型と通常型は、僕の戦闘に欠かせない技術になっていた。
問題は、設置型だった。
「……やっぱり、距離が伸びると消費が跳ね上がるな」
訓練場に置いた目印から離れ、僕は息を吐いた。
設置型の印は、神字を組み合わせた複雑な構造を持っている。簡易型や通常型よりも、遠くの地点との空間跳躍を可能にするために設計していた。
印そのものは、少しずつ安定してきている。
問題は、跳躍するときだ。
近距離なら、それほど大きな負担にはならない。
だが、距離を伸ばすと、必要な念の量が急激に増えていく。
しかも、単純に距離に比例しているわけではないようだった。
少し遠くへ跳ぶだけなら問題がなくても、そこからさらに距離を伸ばすと、急に消費が重くなることがある。
「これじゃあ、遠くに印を置けても、気軽には使えない」
長距離移動を一度成功させたとしても、その一回で念を大きく消耗してしまえば意味がない。
移動した先で戦闘になったらどうする。
敵の攻撃を避けるために跳躍したいとき、念が足りなかったらどうする。
帰るための念まで残っていなかったら?
考えれば考えるほど、無視できない問題だった。
「レオン、そこで何を唸っているの?」
振り返ると、お母さんが腕を組んで立っていた。
「設置型の問題です。印は前より安定してきましたけど、長距離の跳躍で念の消費が急激に増えるんです」
「なるほどね。それで、どうするつもり?」
「神字の構造を見直すつもりです。ただ……」
僕は言葉を切った。
神字の組み合わせだけで解決できるのか。
それとも、能力そのものに何らかの制約を設ける必要があるのか。
今までは、制約と誓約を使わず、技術と工夫だけで能力を発展させることを優先してきた。
それは間違っていなかったと思う。
けれど、ここから先は別かもしれない。
「そろそろ、制約と誓約について本格的に考えるべきなのかもしれません」
お母さんは、すぐには答えなかった。
僕のノートに目を落とし、設置型の神字の構造や、距離ごとの念の消費量を書き込んだ記録を確かめる。
「そうね。今なら、考える価値はあると思うわ」
「ただ、何を制約にするかは決めていません」
「当然よ。強化したい部分だけを考えて、制約を決めるのは危険だもの」
お母さんはノートを閉じ、僕を見た。
「制約と誓約は、便利な強化手段じゃないわ。自分に何を課すのか。その代わりに何を得たいのか。失敗したときに何を失う可能性があるのか。そこまで考えなければ駄目よ」
「はい」
「それに、あなたの能力は神字を組み合わせたもの。神字の構造そのものを制約に利用する方法だって、考えられるかもしれない」
その言葉に、僕は目を見開いた。
神字と制約と誓約。
今までは、それぞれを別のものとして考えていた。
神字は、オーラの働きを補助し、能力の仕組みを形作るもの。
制約と誓約は、自分に条件を課すことで、能力に大きな力を与えるもの。
だが、もし両者を組み合わせられるなら?
神字で能力の仕組みを定め、その仕組みの一部に制約を組み込む。
あるいは、神字によって条件を明確にすることで、制約と誓約の効果をより効率よく能力へ反映させる。
もちろん、まだ仮説にすぎない。
実際にどこまで可能なのか、何が起こるのかもわからない。
けれど、考える価値はある。
「……面白そうですね」
「でしょう? ただし、焦って実行しないこと。まずは、どんな制約が必要なのかを整理するのよ」
「わかりました」
僕は新しいページを開いた。
そこに、大きく書き込む。
『避雷針――神字と制約・誓約の組み合わせ』
ようやく、次の段階へ進むための課題が見えてきた気がした。
ビスケ---視点
レオンが十五歳になった。
初めて会ったときは、まだ小さな赤ん坊だった。
あの子が私の指を握りしめた日のことを、今でも覚えている。
それから十五年。
泣き虫だった子供は、いつの間にか自分で考え、自分で道を切り開く少年になった。
もちろん、今でも甘えてくることはある。
疲れれば私のそばで休むし、嬉しいことがあれば真っ先に報告してくれる。
私にとっては、どれだけ強くなっても大切な息子だ。
だからこそ、そろそろ考えなければならないことがある。
「レオン。あなた、今年はハンター試験を受けなさい」
夕食のあと、私はそう切り出した。
レオンは、飲んでいたお茶を置いた。
「……ハンター試験、ですか?」
「そうよ。十五歳になったでしょう?」
「はい。でも、今すぐ受ける必要があるんですか?」
「あるわ」
私はきっぱりと言った。
「あなたは長い間、私とネテロ会長のもとで訓練を積んできた。念の扱いも、身体能力も、戦闘技術も、同年代の中では十分すぎるほど高いわ」
「それは、お母さんとおじいちゃんのおかげです」
「そういうところは素直なのよね」
私は苦笑した。
「でも、あなたが経験してきた戦いは、私たちが用意した環境でのものが多いでしょう?」
レオンは黙って聞いていた。
「実際のハンターは、必ずしも自分に都合のいい場所で戦えるわけじゃない。情報が足りないこともあるし、相手の実力がわからないこともある。依頼人や仲間を守らなければならない場面もあるわ」
「……はい」
「あなたには、そういう経験を積んでほしいの」
私は彼の目を見た。
「それに、ハンターになれば、今まで知らなかった世界にも触れられる。あなたが目指す強さは、訓練場の中だけでは完成しないわ」
レオンは少し考え込んでいた。
彼が強くなりたい理由は、ずっと変わっていない。
大切な人を守るため。
その願いは立派だ。
けれど、守るべきものが増えれば増えるほど、必要になるのは力だけではなくなる。
経験、判断力、知識、そして人との関わり方。
ハンター試験は、そのすべてを教えてくれるわけではない。
それでも、新しい世界へ踏み出すための一歩にはなる。
「……わかりました。受けます」
レオンは顔を上げた。
「ただ、合格するだけじゃなく、ハンターとして何ができるのかを学んできます」
その答えに、私は笑った。
「ええ。期待しているわ」
そして、少しだけ声を柔らかくした。
「でも、忘れないでね。あなたがハンターになろうと、どれだけ遠くへ行こうと、あなたは私の息子なんだから」
レオンは一瞬きょとんとしたあと、照れくさそうに笑った。
「……はい、お母さん」
その笑顔を見て、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
この子が自分の足で外の世界へ歩き出す。
嬉しくないはずがない。
けれど、親というものは、いつだって少しだけ心配なのだ。
レオン----視点
ハンター試験。
原作でも、物語の始まりとなる大きな関門だ。
もちろん、僕はそのことを知っている。
ただし、知っているからといって、すべてが思いどおりに進むとは限らない。
僕の存在そのものが、この世界にどんな影響を与えているのか、正確にはわからないからだ。
それでも、ハンター試験を受けることには意味がある。
今まで僕が戦ってきたのは、主にお母さんやネテロ会長との訓練、そして限られた実戦経験の中だった。
試験には、さまざまな目的を持った人間が集まる。
強さを求める者。
金や名声を求める者。
自分の目的を果たすため、ハンターという資格を必要としている者。
そこには、僕がまだ知らない考え方や戦い方があるはずだ。
「まずは、試験の準備だな」
僕は机に向かい、必要なことを書き出した。
身体能力の維持。
念の基礎訓練。
戦闘技術の確認。
螺旋丸の実戦運用。
念波の精度向上。
瞬身の術の制御。
避雷針の各型の使い分け。
……多い。
自分で書いておいて、思わず苦笑した。
「全部を完璧にしてから受ける、なんて言っていたら、いつまで経っても受けられないな」
今の自分にできることと、まだできないこと。
それを把握したうえで、試験に臨めばいい。
設置型の避雷針についても、焦って完成させる必要はない。
長距離の空間跳躍には、念の消費という大きな問題が残っている。
制約と誓約を組み合わせることも考え始めたが、まだ具体的な条件は決めていない。
試験までの間に、少しでも理解を深めよう。
ただし、危険な実験を急ぐつもりはなかった。
僕が求めているのは、一時的な強さではない。
長く戦い続けられる力。
必要なときに、大切な人を守れる力。
そのためには、今できることを着実に積み重ねるしかない。
翌朝。
僕はいつもどおり、訓練場へ向かった。
「おはようございます、お母さん」
「おはよう。今日も元気そうね」
「はい。ハンター試験まで、できることをやっておきたいので」
「いい心がけね。でも、今日は基礎訓練からよ」
「……やっぱり、そうなりますか」
「当たり前でしょう!」
お母さんの拳が、僕の頭に軽く落ちた。
痛くはない。
でも、逆らう気にもなれなかった。
僕は苦笑しながら、訓練の構えを取った。
十五歳。
ハンター試験への挑戦が決まった。
螺旋丸は戦いの中でも使えるようになり、念波と瞬身の術も少しずつ形になってきた。
避雷針は、まだ完成していない部分を残している。
それでも、僕は前へ進んでいる。
そして、これからは訓練場の外で、自分の力を試すことになる。
「よし……お願いします!」
僕は地面を蹴った。
新しい世界へ向かうための、最初の一歩だった。