──ナザリック地下大墳墓、第九階層、作戦会議室。
常に冷徹な知性と判断力が支配するその部屋は、一瞬にして、未だかつてないほどの激震に見舞われていた。
「「モ、モモンガ様……!?」」
二つの驚愕の声が、作戦会議室の凍りついた空気に重なった。
〈《遠隔視の鏡》ミラー・オブ・リモートビューイング〉に映し出された光景。
それは、漆黒のローブを纏った一具の骸骨。そして、その骨の手に握られた燦然たる黄金の杖。
見間違えるはずがない。
至高の四十一人を束ねしギルド長の証──スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
ほんの一瞬前まで、アルベドとデミウルゴスは同じ光景を観察していたはずだった。
正体不明の不審な存在。ナザリックへと秘匿して接近し、探知されたと知るや即座に撤退を試みた、不届き極まる侵入者。
捕らえられるなら生け捕りとして情報を引き出す。それが困難であるならば、跡形もなく排除する。
その冷酷な判断に、躊躇のひとかけらなど存在しなかった。
──だが、誰を?
アルベドの思考が、そこで完全に停止した。
自分たちは一体、誰を捕らえようとしていたのだ。
誰の退路を封じ、誰に対して完全武装したシャルティアを差し向けた。
鏡の中で黄金の杖を握り締める、あの至高の御方を。
自分たちの、モモンガ様を。
「…………ぁ」
アルベドの端正な貌が引きつり、喉の奥から声にならない喘ぎが漏れた。
気の遠くなるような歳月を、ただ、待った。あの御姿をもう一度拝見することだけを、狂おしいほどの飢餓感と共に求め続けてきた。
本来ならば、狂喜乱舞すべき奇跡の瞬間。
だが、現在のアルベドの脳裏を絶望的に埋め尽くしたのは、自らが下した最悪の命令であった。
捕縛。必要ならば、排除せよ、と。
(私は……モモンガ様に……何ということを……)
叱責される。当然だ。
罰を与えられる。それも当然だ。
不敬の極みとして自害を命じられるのなら、喜んでこの命を差し出せばいい。
──だが。
もし、何も命じてもらえなかったら。
怒りの眼差しすら向けてもらえず、自分たちには罰する価値すら残されていないと見限られたなら。
(そして。再びモモンガ様が、自分たちに冷たく背を向け、去っていったなら──)
「──っ!」
それだけは駄目だ。それだけは、絶対に耐えられない。
デミウルゴスもまた、〈《遠隔視の鏡》ミラー・オブ・リモートビューイング〉から目を離せずにいた。
智謀の悪魔の眼鏡の奥、その瞳がかつてないほど激しく揺れ動いている。
しかし、その卓越した頭脳は、冷や汗を流しながらも猛烈な速度で回転を始めていた。
何故、モモンガ様は正体を隠して隠密に動かれていたのか。
何故、ナザリックへ接近しながら、守護者である自分たちにその御名を名乗らなかった。
偶然か。それとも──。
最初から、自分たちの動向を御覧になっていたのではないか。
至高の御方々なき二百年という空白を経て、ナザリックがどうなったのか。
自分たちが今なお、その御名に仕えるに値する忠義を保っているのか。それを冷徹に見定めるための、至高のテスト。
だとすれば。
(私は……モモンガ様の深遠なる御心を、読み違えたのか……?)
処罰なら、どれほど苛烈なものであろうと受ければいい。自害を命じられるのであれば、即座に従えばよい。
それはまだ、命令を与えるだけの価値が自分という道具に残されているということの証左なのだから。
デミウルゴスが本当に恐怖したのは、その先にある絶望であった。
失望。
そして。
完全に、見限られること。
ガタ、と椅子を蹴るような勢いで、アルベドが立ち上がった。
「行きます」
「ええ」
デミウルゴスもまた、すでに動いていた。
叱責なら受ける。処罰なら受ける。何を命じられようと、ただ平伏して従う。
ただ、もう一度だけ。あの至高の御前へ。