エア・ギア ~運命を追い越す炎~【カズ転生】   作:とらやす

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第10話 眠りの森、嵐の夜

 朝、教室に入った途端、妙な視線を感じた。いつもなら騒いでいる連中が、今日はやけに静かだ。

 

「……何だ?」

 

 自分の席へ向かったところで、足が止まった。

 机の上に、大きな髑髏のマークが描かれていた。交差する二本の骨。その下には、黒いマジックで二つの名前。

 

『南樹・美鞍葛馬』

 

「……おいおい」

 

 俺まで名指しかよ。

 

「カズ!」

 

 振り返ると、オニギリが駆け寄ってきた。

 

「お前、見たか!?」

「ああ。朝っぱらからご苦労なこった」

「笑い事じゃねえって! スカル・セイダースだよ!」

 

 オニギリが声を潜めた。

 

「昨日の件で、学校中に脅しかけてんだ。イッキに味方した奴は全員潰すってよ!」

「……マジか」

 

 髑髏十字軍(スカル・セイダース)。

 その名前を聞いて、昨日の光景が頭をよぎった。女の子たちを逃がし、俺が戻ったときには、すべて終わっていた。

 

 地面に座り込んだイッキ。腫れ上がった頬と、切れた唇。

 

「……で、イッキは?」

「来てるぜ。さっき廊下にいた」

「そっか」

 

 俺は鞄を置き、教室を出た。

 

     *

 

「おい、イッキ!」

 

 廊下の向こうで、見慣れた黒髪が振り返った。

 

「あ? カズか」

 

 ……うわ。

 明るいところで見ると、昨日よりひでえな。頬には大きな絆創膏。口の端が切れ、片目の下もまだ腫れている。

 

「お前、その顔で学校来たのかよ」

「うっせえ。ちょっと転んだだけだ」

「どう転んだら顔面だけそんなことになんだよ」

「知らねえよ!」

 

 イッキが顔をしかめた。いつもならここから言い合いになるところだが、今日はそれきりだった。

 

「……なあ、昨日――」

「おい、南!!」

 

 俺の声を遮って、男子生徒が数人近づいてきた。

 

「お前、どうしてくれんだよ!」

「……あ?」

「スカル・セイダースの奴ら、学校まで来て脅してんだぞ!」

「俺らまで巻き込むんじゃねえよ!」

 

 廊下にいた生徒たちが、一斉にこちらを見る。

 

「謝りに行けよ! お前が始めた喧嘩だろ!」

「……おい、待てよ」

 

 俺が口を挟もうとすると、イッキが片手を上げた。

 

「カズ、いい」

「……イッキ?」

 

 イッキは男子生徒たちを見回した。

 

「お前ら、俺に頭下げろって言ってんのか?」

「当たり前だろ! このままじゃ俺たちまで――」

「冗談じゃねえ」

 

 イッキが鼻で笑った。

 

「誰があんな奴らに頭下げるかよ」

「お、お前! 何考えてんだ!」

「るっせえな。迷惑かけた分は何とかしてやるって言ってんだろ」

「どうやってだよ!」

 

 イッキは答えなかった。代わりに、切れた唇の端をぐいっと持ち上げた。

 

「へっ。そんなに心配なら見てろよ」

 

 傷だらけの顔で、いつものように笑う。

 

「俺は東中最強のベビーフェイス!」

 

 廊下中に響く声だった。

 

「もういっぺん、鷹が空を飛ぶトコ見せてやる!!」

 

「…………」

 

 男子生徒たちが言葉を失う。誰かが小さく「馬鹿じゃねえの」と呟いた。

 だが、イッキは構わず歩き出した。

 

「おい、イッキ!」

 

 俺が呼ぶと、あいつは面倒くさそうに振り返った。

 

「何だよ」

「……本気か?」

 

 イッキが、にやりと笑う。

 

「当たり前だろ」

 

 それだけ言って、階段を下りていった。

 残された連中が、また何か文句を言い始める。俺はその声を聞き流し、階段の方を見ていた。

 

 ……あいつ。

 昨日あんだけやられたくせに、よくあんな顔できるな。

 

「……カズ」

 

 いつの間にか、オニギリが隣に立っていた。

 

「イッキの奴、また行く気なのかな」

「だろうな」

「……大丈夫かよ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「さあな。でも、止めたって聞かねえだろ」

「……それはそうだけどよ」

 

 オニギリが頭を掻く。俺は、もう一度階段の先を見た。

 

 あそこまで言い切ったんだ。今夜は、あいつにとって大事な夜になる。

 

 ……さて。

 俺も準備しねえとな。

 

     *

 

 放課後、家に戻ると、まずA・Tを机に並べた。昨日の傷を確かめ、車輪を一つずつ回す。

 

 ――カラッ。

 

「……ん?」

 

 左足の車輪が、少し引っかかった。もう一度回すと、今度は普通に動く。

 

「……気のせいか?」

 

 中古で手に入れたA・Tだ。元から傷も多いし、最近は練習で酷使している。そろそろ本格的に整備した方がいいかもしれない。

 とはいえ、今夜はこいつに頑張ってもらうしかない。

 

 俺は車輪の緩みを確かめ、留め具を締め直した。次に、携帯を取り出す。

 イッキの連絡先を開いたところで、指が止まった。

 

 ……まあ、連絡したところで来るなって言うよな。

 あいつ、昨日の借りを自分で返すつもりだろうし。

 

 俺は携帯を閉じた。

 原作の流れなら、今夜あたりに野山野家の姉妹たちが動くはずだ。

 

 眠りの森(スリーピング・フォレスト)。

 

 イッキの家にいる、リンゴ、みかんさん、ウメ。

 普段の姿からは想像もつかないが、あの三人が揃えば、髑髏十字軍程度のチームは相手にならない。

 

 問題は、いつ出発するのかだ。原作を読んでいたとはいえ、時刻まで覚えているわけじゃない。

 

「……ま、早めに行くか」

 

 俺はA・Tを鞄へしまった。

 昨日、イッキが倒れていた場所を思い出す。あいつの喧嘩を代わりにやるつもりはない。ただ、今度は近くにいたい。

 

 あいつがまた無茶をしたとき、指をくわえて待っているのは御免だった。

 

     *

 

 夜。

 野山野家から少し離れた道端で、俺は携帯の時計を確認した。

 

 ……まだか。

 

 もう随分待っている。さすがに家の前で張り込むのも怪しいので、角を曲がったところの塀に寄りかかっていた。

 

 ……これ、出発した後だったら笑えねえな。

 

 そう思ったときだった。

 

 ――キュンッ!

 

 頭上を、車輪の音が横切った。

 

「……おっ?」

 

 顔を上げる。

 街灯の向こう。屋根の縁に、一人の少女が降り立った。続いて、もう一人。さらに、小柄な影がその後ろへ並ぶ。

 

 リンゴ、みかんさん、ウメ。

 

 その姿を見た瞬間、思わず口元が緩んだ。

 

 ……来た。

 

「……あれ?」

 

 道路の向こうから声がした。

 

「……カズ!?」

 

 イッキだった。制服姿のまま、目を丸くしている。

 

「よう」

「よう、じゃねえよ! 何でここにいんだよ!」

「ちょっと散歩にな」

「こんな時間に、A・T持ってか?」

「夜風が気持ちよくてさ」

「嘘つけ!」

 

 ……まあ、無理があるよな。

 イッキは俺の鞄を見て、顔をしかめた。

 

「お前も来んのかよ」

「悪いか?」

「悪いっつーか……お前、昨日もあいつらとやり合ったんだろ」

「お前こそ、昨日あんだけやられたのにまた行くのかよ」

「……あ?」

「同じだろ」

 

「…………」

 

 イッキはしばらく俺を睨んでいたが、やがて鼻を鳴らした。

 

「……勝手にしろよ」

「おう。勝手にする」

 

 俺が笑うと、イッキは舌打ちした。

 

「足引っ張んなよ」

「そっちこそな」

 

「……おーい!」

 

 頭上から、みかんさんの声が降ってきた。

 

「カズ! お前まで来んのかよ!」

「こんばんは、みかんさん」

「何がこんばんはだ、ボケ! 昨日の今日で懲りねえ奴だな!」

 

 相変わらず挨拶が物騒な人だ。

 

「まあ、イッキだけ行かせるわけにもいかないんで」

「ハッ! 言うようになったじゃねえか」

 

 みかんさんは俺の足元を見た。

 

「それ、その前のボロ靴だろ?」

「……はい」

「途中でぶっ壊れても知らねえぞ!」

「そこは何とか頑張ります」

「靴に頑張らせんなよ!」

 

 ……ごもっとも。

 横でリンゴがくすくす笑っている。

 

「カズくんも来るんだね」

「ああ。邪魔にならないようにはするよ」

「ふふっ。無理しないでね」

 

 リンゴがそう言って、イッキへ視線を向けた。イッキは屋根の上の姉妹たちを見上げ、面白くなさそうに鼻を鳴らしている。

 

「……で、まだ行かねえのかよ」

「おっ。やる気じゃねえか!」

 

 みかんさんが笑った。

 

「じゃ、行くぞ!」

「ウメも行くでし!」

 

 ――タンッ!

 

 三人が、一斉に屋根を蹴った。俺も慌ててA・Tを履き、地面を蹴る。

 

「おい、イッキ! 置いてくぞ!」

「うっせえ! 今行く!」

 

 街灯の下を、二つの影が走り出した。

 

     *

 

 ――ギュンッ!

 

 上では、みかんさんたちが建物から建物へ跳んでいる。俺とイッキは、その下の道路を走っていた。

 

「……くそっ、速え!」

 

 最初の角を曲がったときには、三人の姿はもう二つ先の屋根にあった。こちらは交差点を回り込み、細い路地を抜けなければならない。

 

「おーい! 遅えぞ、カズ!」

 

 みかんさんが屋根の縁から叫ぶ。

 

「無茶言わないでくださいよ!」

「ハハッ! 声だけは元気じゃねえか!」

 

 ……あの人、絶対楽しんでるだろ。

 俺は姿勢を低くして加速した。

 

 ――ギュンッ!

 

 街灯が横を流れていく。

 ここ三か月、必死に走り込んできた。直線なら、以前とは比べものにならないくらい速度が出る。

 

 だが、みかんさんたちは違う。

 建物の角でもほとんど減速せず、屋根の段差を次々に越えていく。ウメでさえ、俺が苦労する高さを軽々と跳んでいた。

 

「……マジかよ」

 

 あんな小さい子まで、普通に走ってやがる。

 

「おい、カズ!」

 

 後ろからイッキが怒鳴った。

 

「てめえまで速く走ってんじゃねえよ!」

「だったら追いついてこい!」

「上等だ、コラ!」

 

 イッキが踏み込む。

 

 ――ギュンッ!

 

 そのまま俺の横へ並ぼうとして、カーブで大きく膨らんだ。

 

「うおっ!?」

「おいおい、危ねえぞ!」

「分かってるって!」

 

 ……ほんと、無茶な奴。

 だが、さっきから目だけは屋根の上を追っていた。リンゴたちが跳ぶたび、あいつも足元を見て、何かを試そうとしている。

 

 ……ああ。

 こいつ、もう覚える気でいやがる。

 

 俺は少しだけ笑って、前を向いた。

 

     *

 

 髑髏十字軍の縄張りに入ると、街の様子が変わった。

 シャッターの閉まった店。壁に描かれた髑髏の落書き。路地の入口には、同じような服装の男たちがたむろしている。

 

 屋根の上を走っていた三人が、建物の陰で速度を落とした。俺とイッキも、その下で足を止める。

 

「……あそこか」

 

 少し先の建物に、髑髏十字軍の旗が見えた。

 外階段に二人。屋上にも一人。さらに路地の奥から、無線機を持った男が歩いてきた。

 

「……何だ?」

 

 イッキが怪訝そうな顔をする。

 

「昨日より、やけに人が多くねえか?」

 

 ……確かに。

 原作では、眠りの森が見張りを片づけて、そのまま奥へ進んでいたはずだ。だが、今夜は外周にまで連中がいる。

 

 それも、ただたむろしているだけじゃない。無線を持って交代しながら見張っている。

 

「……昨日の仕返しを警戒してんのかね」

 

 俺が呟くと、みかんさんが上から顔を出した。

 

「何だ。お前ら、随分嫌われてんじゃねえか」

「……嬉しくないですけどね」

「ハハッ! ま、数が増えたところで関係ねえよ」

 

 みかんさんが立ち上がる。その横で、リンゴが遠くの建物へ目を向けた。

 

「……行こっか」

 

 さっきまで笑っていた声が、すっと静かになる。ウメも小さく頷いた。

 三人の足元で、A・Tの車輪が鳴る。

 

 ……あ。

 空気が変わった。

 

     *

 

『こちら東地区。敵影、未だ見えず――』

 

 無線を持った男が、路地を歩いていた。

 その頭上。月を背に、リンゴが立っている。

 

「……ん?」

 

 男が足を止めた。どこからか、歌声が聞こえてきたらしい。

 

「木々は腕をからめ、

 天へと伸ばす……♪」

 

「……あ?」

 

 男が屋根を見上げる。リンゴは動かない。

 その後ろで、別の影がすっと立ち上がった。

 

「……おい。誰だ、てめえら!」

「子守歌だよ」

 

 みかんさんが、にやりと笑った。

 

「おやすみ坊や」

 

 ――ドガッ!!

 

「ぐあっ!?」

 

 男の身体が、路地へ吹き飛んだ。手から離れた無線機が地面を跳ねる。

 

『こ、こちら東地――うぐっ!?』

『おい、東地区! どうした!?』

 

 返事はない。

 その代わり、少し離れた建物から悲鳴が響いた。

 

『こちら南……なんだ、あれは……!?』

 

 ――ガシャンッ!!

 

『ぐああっ!!』

 

 俺は慌てて顔を上げた。

 隣の建物、そのまた向こう。屋根の上を、小さな影が駆け抜ける。

 

 ウメだ。

 

 男が二人、屋上の手すりへ駆け寄った。

 

「おい! どこ行きやがった!?」

「上だ! 上に――」

 

 ――タンッ!

 

「……え?」

 

 二人が振り返る。その背後には、もうウメがいた。

 

「ウメも行くでし!」

 

 ――ドガッ!!

 

 一人がもう一人を巻き込み、屋上へ転がった。

 ……おいおい。あっちも一瞬かよ。

 

「群がる葉々は光を喰らい、

 森の闇をいよいよ深くする……」

 

 リンゴの声が、夜の建物に響く。

 その下では、男たちが必死に周囲を見回していた。

 

「くそっ! どこだ!?」

「見えねえ! 何人いるんだよ!」

 

 懐中電灯の光が、屋上から路地へと走る。

 だが、その光が誰かを捉えるより早く、別の場所で悲鳴が上がった。

 

 ――キュンッ!

 

 みかんさんが、建物の壁を蹴る。

 

「……あっ!?」

 

 男が顔を上げたときには、もう遅かった。

 

 ――ドゴッ!!

 

「がっ!?」

 

 蹴りを食らった男が、後ろの仲間を巻き込んで倒れた。

 

「狩人は気付かない。

 闇に潜むケダモノ達の双眸も牙も――」

 

 さっきまで、見張りの連中は余裕そうに歩き回っていた。それが今は、誰もまともに前を見ていない。

 頭上の物音に振り返れば、背後から別の影が現れる。逃げようとすれば、その先にもう一人が待っていた。

 

『なっ……ピ――! 増援を……!』

 

 無線から切羽詰まった声が漏れる。

 

『ひいいいいっ!!』

 

 ――ガシャァン!!

 

『た、助け……!』

 

 そこで声が途切れた。

 俺は、思わず足を止めた。

 

 ……おい。

 これ、もうほとんど終わってねえか?

 

「今日は狩人が、

 狩られる夜……」

 

 リンゴが、最後の見張りの背後へ降り立つ。

 

「……ひっ!?」

 

 男が振り返る。

 

 ――タンッ!

 

 次の瞬間には、足元を払われていた。

 

「うわああっ!!」

 

 ――ドサッ!!

 

 男が倒れる。

 転がった無線機から、まだ声が漏れていた。

 

『おい! 東地区! 南地区! 応答しろ!』

『誰かいねえのか!?』

 

 誰も答えない。

 さっきまであちこちから聞こえていた足音も、もうなかった。

 

 月明かりの下。

 リンゴ、みかんさん、ウメの三人が、屋根の縁に並ぶ。

 

「ここは眠りの森《スリーピング・フォレスト》……」

 

 リンゴの声が、静かに響いた。

 

 ――ザザッ。

 

 地面に転がった無線機が雑音を吐く。

 

『……おい』

 

 少し間を置いて、男の声がした。

 

『まさか……外の見張り、全滅したのか……?』

 

 返事はなかった。

 ……いや。そりゃそうだろ。

 

 俺がようやく状況を飲み込んだ頃には、あの三人は外周の見張りを片づけちまったんだから。

 

「……ふう」

 

 みかんさんが首を鳴らす。

 

「ま、こんなもんか」

 

 ……いやいやいや。

 こんなもん、じゃねえだろ。

 

「おーい、カズ!」

 

 みかんさんが振り返った。

 

「いつまで突っ立ってんだ! 行くぞ!」

「……はい!」

 

 俺は慌てて地面を蹴った。

 

     *

 

 建物の奥へ進むにつれ、様子がおかしくなってきた。

 見張りはほとんど片づいている。それなのに、裏手の通路からはまだ何人もの足音が聞こえていた。

 

「……何だ?」

 

 俺は角の陰から覗き込んだ。

 男たちが、慌てて建物の裏へ走っていく。

 

「間垣さん! 南側、開けました!」

「急げ! こっちの出口も押さえろって!」

 

 ……出口?

 逃げるつもりか。

 

 そのとき、倒れた見張りの無線機から、がなり声が響いた。

 

『ふざけんな! 何で眠りの森が来てんだよ!』

 

 ……おっ。

 聞き覚えのある声だな。

 

『昨日のガキ二人くらいなら、お前らで何とかできるっつっただろ!』

 

 間垣だ。

 

『そ、それが、いきなり屋根から――!』

『うるせえ! とにかく裏を空けろ! 早くしろってんだよ!』

 

 そこで通信が途切れた。

 

「……なるほどね」

 

 思わず笑ってしまった。

 昨日、俺が追っ手を倒したせいか。イッキ一人ではなく、俺も仕返しに来ると考えて、間垣は人を増やしていたらしい。

 

 だが、来たのは眠りの森。

 完全に当てが外れたわけだ。

 

 ……まあ、あの三人が来るなんて、普通は思わねえよな。

 

「……カズくん?」

 

 屋根の上から、リンゴが声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

「間垣が裏から逃げる気らしい!」

 

 俺が答えると、みかんさんが顔を出した。

 

「……ああ?」

「まだ部下が何人か残ってる。裏口を空けろって騒いでるんですよ」

「ハッ! だっせえ奴だな!」

 

 みかんさんが笑った。リンゴは建物の奥へ目を向けた。

 

「……じゃあ、先に行こっか」

 

 そう言って、屋根を蹴る。ウメも後に続いた。

 

「おい、カズ!」

 

 みかんさんがこちらを見る。

 

「お前は地上から来い。無理して屋根に上がんなよ!」

「分かってますって!」

「イッキもな! 遅れんなよ!」

「うっせえ!」

 

 イッキが言い返す。

 みかんさんは楽しそうに笑うと、二人の後を追った。

 

 ――キュンッ!

 

 三人の姿が夜の屋根へ消える。

 

「……よし」

 

 俺も裏口へ続く道へ向き直った。

 だが、すぐに足が止まる。

 

 細い通路の先に、男たちが集まっていた。

 一人、二人、三人。さらにその後ろにも、数人。

 

 さっきの見張りとは違う。A・Tを履き、鉄パイプまで持っている奴がいる。

 

「……おい」

 

 先頭の男が俺を指差した。

 

「こいつだ! 昨日、仲間をやったガキ!」

 

「……へえ」

 

 俺は男たちを見回した。どうやら、俺のことも覚えていてくれたらしい。

 

「間垣さんから言われてんだよ。てめえが来たら、絶対通すなってな!」

 

 ……なるほど。

 そういうことか。

 

 間垣は、俺たちが仕返しに来た場合に備えて、ここにも人を置いていたんだな。だが、今となっては逃げ道を守るための壁になっている。

 

「……カズ!」

 

 後ろから、イッキが呼んだ。

 俺は振り返らずに答えた。

 

「イッキ、お前は先に行け!」

「……はあ!?」

「間垣、逃げる気だ! あいつを逃がすな!」

 

「……っ!」

 

 イッキの足音が止まる。

 

 それから。

 

「……へっ!」

 

 あいつが笑った。

 

「言われなくても分かってら!」

 

 ――ギュンッ!

 

 イッキが横の細い道へ走り出す。

 男たちの一人が、慌てて追おうとした。

 

「おい! 待て!」

「……おっと」

 

 俺はそいつの前へ滑り込んだ。

 

「そっちは通行止めだ」

「……このガキ!」

 

 男が鉄パイプを振り上げる。

 俺は膝を曲げた。

 

 ……さて。

 昨日とは、少し違うところを見せてやるか。

 

 ――ギュンッ!

 

 夜の路地に、A・Tの駆動音が響いた。

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