エア・ギア ~運命を追い越す炎~【カズ転生】   作:とらやす

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第16話 炎の王

「カズくーん! おっはよー!」

 

 朝の教室。鞄を机に置いたところで、安達が顔を覗き込んできた。

 

「おう。朝から元気だな」

「ふふーん! そりゃもう!」

 

 俺の机に両手をつき、わざとらしく背筋を伸ばす。

 

「この前は大変お世話になりました、カズ様!」

「お前、まだそれ言ってんのかよ」

「えー? 命の恩人に敬意を払ってるんですけどぉ?」

「そのにやけ面で言われてもな」

「えへへ、バレた?」

 

 否定しろよ。

 

 ブッチャとの一件が片づいてから、安達はすっかり調子を取り戻していた。いや、前より遠慮がなくなってないか?

 

「あ、まだ包帯してる」

 

 返事をするより早く、手を取られた。

 安達の指が包帯の端へ触れる。さっきまで笑っていた顔が、少しだけ近づいた。

 

「……まだ痛い?」

「もう大丈夫だって」

「ほんとに?」

「前も聞いてただろ、それ」

「何回だって聞きますー」

 

 何だ、その理屈。

 

 安達は俺の指先まで確かめると、ようやく手を放した。

 

「うん。少しはよくなってるかな」

「先生みたいなこと言うな」

「カズ様専属の看護師さんですから!」

「お前、陸上部だろ」

「臨時です!」

「資格なさそうで怖えな」

「失礼な!」

 

「エミリ、おはよ」

 

 やってきた中山が、俺たちを見て笑った。

 それから、こちらへ小さく頭を下げる。

 

「カズくん、この前は本当にありがとう。もう商品を売らなくていいって、連絡が来たの」

「……そっか」

「部活の子たちにも伝えられたし。みんな、安心してたよ」

 

 ブッチャの奴、約束は守ったらしい。

 

「いや、気にすんなって」

「駄目だよ、中山。それじゃ感謝が足りません!」

 

 安達が横から割り込んできた。

 

「ありがたやー、我らがカズ様に栄光あれー!」

「変な宗教作るな!」

「ほら、中山も!」

「えっ、私も?」

「増やそうとすんな!」

 

 中山が吹き出す。安達も机に手をついて笑っていた。

 

 少し前までは、携帯が鳴るだけで顔を強張らせていたのに。

 俺は包帯の巻かれた手を机の下へ引っ込め、二人が笑い終わるのを待った。

 

     *

 

 ただ、ブッチャの方は、まだ終わりにする気がなかったらしい。

 

 放課後、使いに来た男が告げたのは、正式なパーツ・ウォウでの再戦だった。今度は夜王のエンブレムを賭けるという。

 

 返事をする前に、隣の馬鹿が食いついた。

 

「お前、もう勝ったんだろ? だったら次は俺様だ!」

「どういう理屈だよ」

「強えんだろ、そいつ。俺もやってみてえ!」

 

 俺の包帯を指差し、勝手に話を進めていく。

 

「カズは見てろって。お前の分までぶっ飛ばしてやっからよ!」

「俺の仇みたいになってんじゃねえか」

 

 使いの男も困っていたが、連絡を受けたブッチャは構わないと答えたらしい。

 

 夜の東中。障害物を越え、最後に二宮金次郎像へ触れた方が勝ち。

 イッキは話を聞き終える前から、もう靴紐を締め直していた。

 

     *

 

「せーのっ! もうちょっと!」

「お前ら、ほんとに動かす気かよ!」

 

 夜の校庭で、俺はプレハブの壁に肩を押しつけていた。

 

 応援に来た安達と中山、それに女子陸上部の連中まで、プレハブを押している。オニギリも向こう側で唸っていた。

 

 勝負は、もう最後の通路だ。

 先頭はブッチャ。イッキはその背中に迫っているが、あの巨体に道を塞がれ、抜く場所がない。

 

 ならば、と動き出したのが安達だった。

 

「ほら! こっちを塞いじゃえば、あいつ止まるでしょ!」

 

 仲間の援護も、障害物を動かすのも、お互い自由。それがブッチャの提示したルールだ。

 

 ――ギギギッ!

 

 台車が軋み、プレハブが通路の出口へ張り出した。

 

 ……そうだ。

 原作でも、ここでブッチャの足が止まって――。

 

「へへーん! これでもう通れないでしょ!」

 

 安達が顔を上げた、そのときだった。

 

「なるほどね。でも、そう簡単に足を止められてあげる気はないよ!」

 

 ブッチャが壁へ突っ込んだ。

 

 ――ドンッ!

 

 四輪が壁を噛み、巨体が斜めに駆け上がる。

 そのまま壁を蹴った影が、俺たちの頭上を横切った。

 

 ――ゴォンッ!

 

 屋根が鳴る。ブッチャはプレハブを踏み越え、向こう側へ着地した。

 

「ええっ!? ちょっと、あんなのアリ!?」

「……アリ、なんだろうな」

 

 俺も、押していた肩を離した。

 

 通じなかった。

 俺の知っている展開なら、ここで止まるはずだったのに。

 

「この前、カズくんに散々走り回されたからね!」

 

 振り返ったブッチャが笑った。

 

 ……あれから考えてたのか、こいつも。

 

「イッキ! まだ――」

 

 声を上げかけて、止まった。

 

 イッキが笑っている。

 前を塞ぐプレハブを見て、なぜか、さっきより楽しそうに。

 

「おい、クソデブ! 上も見とけよ!」

 

 ――タンッ!

 

 地面を蹴った身体が、屋根へ届く。

 

 だが、着地しない。

 

 ――ガンッ!

 

 片足が狭い縁を叩いた。

 そこから、さらに上へ。

 

「……は?」

 

 俺の口から、間の抜けた声が漏れた。

 

 河川敷じゃ、あんな踏み切り一度もできてなかっただろうが。

 

 イッキはブッチャの頭上を飛び越え、校庭へ降り立つ。着地で膝を沈め、そのまま地面を蹴った。

 

「いっけえええ、イッキくん!」

 

 安達が叫ぶ。

 俺も、気づけば声を張り上げていた。

 

「そのまま行け!」

 

 伸ばした手が、二宮金次郎像に触れた。

 

 少し遅れて、ブッチャの駆動音が止まる。

 

「……っしゃあああ! 俺様の勝ちだ!」

 

 イッキが拳を突き上げた。膝は土まみれで、息も上がっているくせに、顔だけは得意満面だ。

 

「何なんだよ、君は! あんな跳び方、普通しないだろ!」

「普通じゃねえから勝ったんだろ!」

 

 ブッチャが口を曲げる。

 だが、やがて胸元からエンブレムを外し、イッキへ放った。

 

「約束だからね。持っていきなよ、カラス」

「へっ! 悪いな、クソデブ!」

「それ、いい加減やめない?」

 

 俺は笑いながら、二人のところへ歩いた。

 

 知っている展開と違っても、こいつは勝手にその先へ跳んでいく。

 こっちが心配している間にも、ずっと上を見ていやがる。

 

 そのときだった。

 

 ――キュンッ。

 

 頭上で、小さな車輪の音がした。

 

     *

 

「見事だったね。特に、最後の跳躍」

 

 校舎の屋上に、一人の男が立っていた。

 明るい髪。整った顔立ち。片手をポケットに入れたまま、月明かりの下からこちらを見下ろしている。

 

 スピット・ファイア。

 

 ……本当に、来た。

 

 ここに現れることは覚えていた。

 それなのに、声を聞いた途端、背筋が伸びた。

 

「誰だよ、あんた。さっきから見てたのか?」

 

 イッキが顔を上げる。

 

「まあね。僕の名は、スピット・ファイア」

 

 男が屋上の縁へ歩み寄った。

 足元のA・Tが、甲高い音を立てる。

 

「炎の道の称号を持つ者だ」

 

 ――ゴォッ!

 

 壁を駆け下りた身体が、地面へ降りる。

 

 次の瞬間、熱風が頬を打った。

 

「うおっ!?」

 

 イッキが身を引く。

 その足元を朱色の軌跡が走り、校庭の向こうまで伸びた。

 

 目で追った先で、男はもう向きを変えていた。

 

 ……いつ曲がった?

 

 あの速度からなら、一度は減速するはずだ。

 けれど、車輪が滑る音すら聞こえなかった。

 

 ――ギュンッ!

 

 揺らめく光が視界を横切る。

 遅れて届いた熱が、頬に残った。

 

 ――キュンッ。

 

 ほんの数歩先で、スピット・ファイアが止まる。

 髪を軽く直す顔は、屋上にいたときと変わらない。

 

「……桁が違え……」

 

 イッキが呟いた。

 

 俺は男の足元から目を離せなかった。

 形は、俺たちのA・Tとそう変わらない。それで、あの速度と切り返し。

 

 炎の王。

 いつか辿り着きたいと思っている道の、今の頂点。

 

 思わず拳に力が入った、その直後。

 

「ちょっと待てぇぇぇ!!」

 

 安達が走ってきた。

 

「イッキくんに何してんの、あいつ!」

「おい、安達――」

 

「何さらすんじゃ、このクソボケがあああ!!」

 

 ――ドガッ!

 

 両足がスピット・ファイアの背中へ炸裂した。

 男は片足を滑らせ、どうにか踏みとどまる。

 

「えっ!? ちょ、ちょっと!?」

 

 ……お前、何してんの!?

 

「イッキくん燃やそうとしたでしょ!」

「いや、僕は別に――」

「安達、落ち着け!」

 

 俺は慌てて間へ入った。

 

「火をつけたんじゃねえって! 車輪が摩擦で熱を出して、炎みたいに見えたんだよ!」

「……え?」

 

 安達がイッキを見る。

 

「燃えてない?」

「燃えてねえよ!」

 

 スピット・ファイアは両手を上げたまま、困った顔をしていた。

 

「そういうことなら、早く言ってよ!」

「言う前に蹴ったの誰だよ!」

 

 この前まで上級生に怯えていた奴が、今日は炎の王へドロップキック。

 元気になったにも程があるだろ。

 

「ご、ごめんなさい! でも、紛らわしいことしないでよね!」

「ははっ。気をつけるよ」

 

 男は背中をさすりながら笑った。

 俺の方が、よっぽど心臓に悪かった。

 

     *

 

「そうそう、南樹くん」

 

 スピット・ファイアがイッキへ向き直った。

 

「A・Tの世界には、八本の道と、その頂点に立つ八人の王がいる」

「八人の王?」

「僕もその一人さ。炎の道を走る、炎の王」

 

 男の視線が、イッキの持つエンブレムへ落ちる。

 

「王たちは、それぞれの道を極めるためのレガリアを持っている。君が今日手に入れたものは、その世界への小さな一歩だ」

 

「へえ」

 

 イッキがエンブレムを裏返し、また表へ戻した。

 

「じゃあ、その王って奴らを全部ぶっ倒しゃ、一番になれんのか?」

「ずいぶん簡単に言うね」

「やる前から無理とか決めつけんの、つまんねえだろ!」

 

 男が目を細める。

 

「君がそれを手にし、王座に座るべき男なのか。その翼が、蝋で塗り固めた偽りの翼なのか――」

「要するに、俺が飛べるかどうかってことか?」

 

 イッキが口元を吊り上げた。

 

「だったら見てりゃ分かんだろ。俺様は、飛べるぜ?」

 

「……楽しみにしているよ」

 

 スピット・ファイアが笑った。

 それから、その視線が俺へ向く。

 

「それと、君。この前、ブッチャ君とやり合っていた子だろう?」

「……ええ。見てたんですか?」

「少しだけね」

 

 男の目が、俺のA・Tへ落ちた。

 

「君も、なかなか速いね」

 

「……ありがとうございます!」

 

 思わず背筋が伸びた。

 

 あの走りを見せた人に、速いと言われた。

 顔が緩みそうになるのを堪えていると、スピット・ファイアは少しだけ首を傾げた。

 

「……いや。走る速さだけじゃないな」

「え?」

 

 足元へ向いていた視線が、俺の顔へ戻る。

 

「君は、反応そのものが速いんだ」

「……反応、ですか?」

 

「ブッチャ君との最後の攻防だよ。彼が動いてから、君が動き始めるまでの間が、ずいぶん短かった」

 

 あの巨体が踏み込んできた瞬間を思い出す。

 次に動く方向が分かった。そう思ったときには、もう足を出していた。

 

「あの距離で間に合わせたのは、少し驚いたよ」

 

「……自分じゃ、あんまり分からないんですけど」

「そうだろうね。本人には、間に合って当然に感じられるのかもしれない」

 

 ……当然、だったか?

 

 あのときは必死だった。

 見てから動いたのか。動き始めてから、そうしようと思ったのか。

 思い返しても、その順番がはっきりしない。

 

 男は穏やかに笑って、俺のA・Tへ目を戻した。

 

「今度は、それをもっと速いままやってごらん」

「……速いまま?」

「うん。君なら、もっと速度を残して切り返せる場面があるはずだ」

 

 あの距離で、さらに速く動く。

 

 ブッチャの腕をかわしてから加速するんじゃなく、かわしたときには、もうその先へ――。

 

「その反応に、走りが追いついたら」

 

 スピット・ファイアの口元が、少し緩んだ。

 

「君を捕まえるのは、ずいぶん難しくなりそうだね」

 

「…………」

 

 俺は、自分の靴を見下ろした。

 

 そんな走りが、できるのか。

 この足で。

 

「ただ、その前に」

「……はい?」

 

「靴は直した方がいい。そちらは、もう限界みたいだからね」

 

 左の車輪をわずかに動かす。

 小さな引っかかりが、靴底へ伝わった。

 

「……ですよね」

 

 男が笑う。

 俺も少し笑ってから、もう一度その顔を見上げた。

 

 直したら。

 その先を、試せるだろうか。

 

「……ありがとうございます!」

 

 思わず頭を下げた。

 

 もっと聞きたいことはあった。

 あの速度から、どうやって曲がっているのか。どうすれば、さっきのように足を運べるのか。

 

 けれど、顔を上げたときには、スピット・ファイアはもう背を向けていた。

 

「じゃあ、また」

 

 ――キュンッ。

 

 校舎の壁を軽く蹴り、上へ駆けていく。

 屋上の縁を越えた影は、そのまま夜空に紛れた。

 

 ……行っちまった。

 

 俺は、誰もいなくなった屋上を見上げた。

 

 原作で知っていたのは、炎の王としての姿と、その先に待つ運命だった。

 けれど、今会ったのは、俺の走りを見てくれて、安達に蹴られて困っていた一人の男だ。

 

 また会いたい。

 次は、あの人が言った走りを、少しでもできるようになってから。

 

「おい、カズ! 聞いたか!」

 

 イッキが横から肩を叩いた。

 

「八人の王だってよ! こりゃ、やること増えちまったな!」

「お前、今勝ったばっかだろ」

「だから何だよ!」

 

 夜王のエンブレムを握って、あいつは笑った。

 

「俺様は、こんなとこで止まる男じゃねえからな!」

 

「……ははっ。そうだな」

 

 俺も左足の車輪を軽く回した。

 また、小さな引っかかりが靴底へ伝わってきた。

 

 ……まずは、こいつを何とかしねえとな。

 

     *

 

「ねえ、カズくん」

 

 帰り道、安達が俺の顔を覗き込んできた。

 

「さっきの人みたいに、走れるようになりたいの?」

「ああ」

「ふーん。やっぱり」

「何だよ」

「さっきから、ずっとにやにやしてる」

 

 頬へ手をやると、安達が笑った。

 

「マジかよ」

「マジマジ。分かりやすーい!」

 

 否定できなかった。

 頭の中で、あの朱色の軌跡が何度も走っている。

 

「じゃあ、あたしも練習しよっと」

「お前もA・T?」

「違う! カズくんとの競走!」

 

 安達が俺の前へ回り込み、指を突きつけた。

 

「それと、また無茶して怪我したら、カズ様ファンクラブ会員第一号として許しませんからね!」

「何だよ、そのファンクラブ!」

「会長兼会員第一号です!」

「一人しかいねえじゃねえか!」

「これから増やすの!」

「勝手に増やすな!」

 

 安達が、けらけら笑う。

 俺もつられて笑った。

 

「あ、あたしこっちだから!」

 

 分かれ道に差しかかると、安達が立ち止まった。

 

「じゃあ、また学校でね!」

「おう。またな!」

 

 手を振ると、安達も大きく振り返した。

 それから数歩走ったところで、またこちらを向く。

 

「次の勝負までに、ちゃんと怪我治しといてよー!」

「分かってるって!」

「約束だからねー!」

 

 返事をする前に、安達は走り出していた。

 

 ……ほんと、よく走る奴だな。

 

 俺は包帯の巻かれた手を一度開いてから、ポケットに突っ込んだ。

 次の勝負までには、ちゃんと治しておかないとな。

 

     *

 

 その夜。

 

 机の上に置いたA・Tの車輪を、指で回してみた。

 

 ――ギリッ。

 

「……あー、終わったな」

 

 車輪が妙なところで止まった。

 

 もう一度回してみたが、今度は半回転もしない。

 

 ……そういや、スピット・ファイアも言ってたな。

 

『靴は直した方がいい。そちらは、もう限界みたいだからね』

 

 まさか、ちょっと見ただけでここまで分かるとは。

 

 ……やっぱ、すげえ人だ。

 

 叩けば直るかな、と一瞬思ったが、さすがにやめておく。

 

 みかんさんに怒られる前に、自分から連絡しておこう。

 

 俺は携帯を取り出し、トーク画面を開いた。

 

『みかんさん、折り入ってお願いが』

 

 送信。

 

『断る』

 

「……早っ!」

 

 まだ用件言ってねえぞ。

 

『まだ何も言ってないんですけど』

 

『どうせろくでもねえことだろ』

 

『A・Tが壊れまして』

 

『ほらな』

 

 ……読まれてる。

 

『直せます?』

 

『実物見なきゃ分かんねえよ』

 

『じゃあ明日持っていってもいいですか?』

 

『いいけど何か奢れよ』

 

『うまい棒でいいですか?』

 

『死ね』

 

『十本なら?』

 

『うっせえ。学校終わったら来いよ。遅れたら殺す』

 

『了解です!』

 

 携帯を置こうとしたところで、また通知が来た。

 

『めんたい味な』

 

「……食うんかい!」

 

 思わず吹き出した。

 

『了解です。十本買っていきます』

 

 今度こそ携帯を置こうとすると、もう一通。

 

『あとお前、明日は時間空けとけよ』

 

「……ん?」

 

『修理、結構かかりそうなんですか?』

 

『靴見てからだな』

 

『ま、それとは別にちょっと付き合え』

 

「……え?」

 

『何にですか?』

 

『明日教える。じゃあな』

 

 ……おい。

 

 何に付き合うかくらい教えてくれよ。

 

『せめてヒントくらいは?』

 

 送信。

 

 すぐに既読がついた。

 

 だが、返事は来ない。

 

「……無視かよ!」

 

 俺は携帯を机に置き、動かなくなった車輪を眺めた。

 

 ……修理代、うまい棒十本じゃ済まねえ気がしてきた。

 

 

────────────────────────

 

 ……今思い出しても、腹が立つんだよね。

 

 カズくんは、捕まえたと思ったところからするりと抜けていく。

 カラスは、人の頭の上を平気な顔で飛び越えていく。

 

 夜王なんて呼ばれていた僕が、二人続けて好き勝手されちゃったんだから。

 

 そりゃ、次こそはって思うじゃないか。

 

 どうすれば、あの速さを捕まえられるか。

 どこを走れば、カラスが降りてくるより先に着けるか。

 

 商売のことなんか、考えている暇がなくなったよ。

 

 ……ふふっ。

 

 でも、不思議だよね。

 負かしてやりたい相手に会うのが、だんだん楽しみになってくるんだから。

 

 気づけば、二人と走る日は、いつもより早く靴を履いていた。

 

 夜王だった頃は、僕が通ればみんな道を空けた。

 あの二人は、ちっとも空けてくれない。

 

 ……悔しいけどね。

 

 そっちの方が、ずっと面白かったんだ。




これにて2章完結です! 

次はみかん回をお楽しみください
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