エア・ギア ~カズに転生した俺は、最速の炎を目指す~   作:とらやす

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第3話 最初の一歩には金がいる

世の中には、金で買えないものがある。

 友情とか、努力とか、才能とか。まあ、そういうものだ。

 だが。

「……やっぱ金は必要だよなぁ」

 机に広げた小遣いを眺めながら、俺は深々とため息をついた。

 数日前から、暇を見つけては中古のA・Tを探している。新品は論外。中学生の小遣いで気軽に買える代物じゃない。中古なら何とか手が届く……ものもある。

 ただし、そういう格安品に限って、説明欄には不穏な言葉が並んでいた。

『動作未確認』

『現状品』

『修理できる方推奨』

 最後のやつなんて、ほとんど壊れていると言っているようなものじゃないか。

「……うーん」

 携帯を置き、天井を見上げる。原作では、イッキは野山野家にあったA・Tを使って、その世界へ足を踏み入れた。正直、羨ましい。

 俺もあの家に出入りしているんだから、一足くらい借りられないだろうか。

 ……いや。駄目だな。

 野山野家のA・Tには、色々と事情がある。俺はその一部を知っているが、向こうは俺が知っているなんて思っていない。下手に手を出せば、妙な警戒を招きかねない。

 そもそも、イッキがまだA・Tを知らない時点で、俺が騒ぎを起こすのも避けたい。

「……やっぱ自分で買うしかねえか」

 そう結論を出したところで、階下から母親の声がした。

「カズー! ちょっと手伝ってー!」

「はーい!」

 返事をして立ち上がる。

 ……あ、そうだ。

 手伝い。これ、使えるんじゃないか?

 

     *

 

「……小遣いを増やしてほしい?」

「はい」

 夕飯の後。俺は母親の前に座り、できる限り真面目な顔で頷いた。

「何よ、急に」

「ちょっと欲しいものがあってさ」

「ゲーム?」

「違う」

「新しい靴?」

「……まあ、靴ではある」

「靴?」

 母親が首を傾げる。

 嘘は言っていない。A・Tだって靴の一種だ。普通の靴とは比べ物にならないほど危険だが。

「それで、家の手伝いを増やすから、その分ちょっと小遣いを……」

「ふうん?」

 母親が俺をじっと見つめる。……何だろう。妙に居心地が悪い。

 二十五歳の社会人だった記憶があるせいだろうか。親に小遣いの交渉をするという行為が、何とも情けなく感じられる。

「別に、ただ増やしてほしいってわけじゃなくてさ」

「うん?」

「掃除とか買い物とか、ちゃんとやるから」

「……あんた、何か悪いものでも食べた?」

「何でだよ!」

「だってカズが自分から家の手伝いを増やすなんて」

 ……失礼な。

 いや、カズとしての記憶を辿る限り、あまり反論できないのが悔しい。

「ま、いいけど」

「えっ?」

「その代わり、途中で投げ出したら駄目よ?」

「……マジで?」

「ちゃんと続けられたらね」

 よし。交渉成立。

 ……と思ったのも束の間。

「それで、何の靴が欲しいの?」

「あー……」

 しまった。そこは聞かれるよな。

「……エア・トレック」

「A・T?」

 母親の表情が変わった。

「あれ、危なくないの?」

「……まあ、普通の靴よりは」

「普通の靴と比べないでよ」

 ごもっともです。

 その後、しばらく説明することになった。

 最初は平らな場所で練習すること。無茶な走り方をしないこと。中古でも状態の悪いものは買わないこと。何より、危険な場所で勝手に使わないこと。

 結局、購入する前に店で状態を確認するという条件で、何とか話をつけることができた。

 もちろん、俺が将来、ビルの壁を走ったり、命懸けの戦いに参加したりするつもりだとは言っていない。そんなことを言ったら、購入どころか外出まで禁止されそうだ。

 ……まあ。俺だって、いきなりそんなことをするつもりはない。最初はちゃんと基礎から始める。

 そこだけは、本心だった。

 

     *

 

それからの日々は、思っていた以上に忙しかった。

 朝は学校。放課後は軽い走り込み。帰宅したら家の手伝い。寝る前にはストレッチと、原作知識の整理。

 もちろん、毎日全力で走ったりはしない。初日の筋肉痛で懲りたからだ。練習する日と休む日を分け、少しずつ身体を慣らしていく。

 ……地味だ。実に地味である。

 漫画なら、ここは見開き数ページで終わるところだろう。だが、現実ではそうもいかない。

 走ったからといって、翌日いきなり速くなるわけじゃない。筋トレをしたからといって、すぐに身体が変わるわけでもない。むしろ、疲れが残って思うように動けない日もあった。

 それでも。

「……よしっ」

 ある日の放課後。校庭の直線を走り終えた俺は、小さく拳を握った。

 以前より、最後までフォームが崩れなくなっていた。まだまだ改善できるところはある。けれど、走り終えたときの感覚が明らかに違う。

 足が前に出る。身体がついてくる。無理に力を入れなくても、自然に加速できる瞬間が増えてきた。

 ……こういうの、結構楽しいな。

「カズくん!」

 声に振り返る。陸上部の練習を終えたらしい安達が、こちらへ歩いてきた。

「ああ、安達」

「また走ってたんだ?」

「ああ。ちょっとな」

「最近、よく見かけるよね」

「まあ、暇なときは」

「へえ。続いてるじゃん!」

「……何だよ。その言い方」

「だって、最初は三日坊主かと思ってたし」

「ひでえな!」

 安達が笑う。

 このところ、放課後に何度か顔を合わせるようになっていた。きっかけは最初の競走だ。それから何度か勝負をしているうちに、自然と話す機会が増えた。

 もちろん、安達には陸上部の練習がある。俺も毎日一緒に走っているわけではない。ただ、部活が終わった後に少し話したり、たまに競走したり。そんな関係が続いていた。

「そういえば、カズくん」

「ん?」

「この前言ってた競走、まだやってなかったよね?」

「あー……そういやそうだな」

 筋肉痛で延期して以来、何だかんだで機会を逃していた。

「どう? 今日」

 安達が、にやっと笑う。

「リベンジしてみる?」

「……いいぜ」

「おっ、やる気じゃん!」

「今度は負けねえからな」

「ふふっ。言ったね?」

 そして、数分後。

「……っ、はぁ……はぁ……!」

「やったー!」

 安達が両手を上げた。

 ……負けた。また負けた。

 ただし。

「……危なかったぁ」

 安達が笑いながら、額の汗を拭う。

「カズくん、前より速くなってない?」

「……そうか?」

「うん。最後、結構ギリギリだったよ!」

 俺は自分の足元を見た。

 確かに、以前よりずっといい走りができた。最初の加速も、最後の踏み込みも。少なくとも、前みたいに足がもつれることはなかった。

「……次は勝つ」

「またそれ?」

「今度こそ」

「はいはい。楽しみにしてまーす!」

 安達が笑う。その笑顔を見ながら、俺も少しだけ笑った。

 悪くない。こうやって、少しずつ速くなっていくのは。それに、同じ目標を持って走っている相手がいるというのも、思っていた以上に励みになる。

「……安達」

「ん?」

「さっきの走りなんだけどさ」

「うん?」

「最後、ちょっと身体が浮いてなかった?」

「あー、そうかも。カズくん、加速しようとすると少し上に跳ねるんだよね」

「……やっぱり?」

「うん。もうちょっと前に進む感じの方がいいと思う」

「なるほどな……」

 俺が真面目に頷くと、安達が少し意外そうな顔をした。

「……何?」

「いや、カズくんって結構真面目なんだなーって」

「今さらかよ」

「だって、前はそんなに走ること気にしてなかったじゃん」

「……まあな」

「何か目標でもできたの?」

 その問いに、少しだけ言葉が詰まった。

 目標。ある。とんでもなく大きな目標が。ただ、今ここで話しても理解してもらえないだろう。

「……誰よりも速くなりたいんだよ」

「……へえ?」

 安達が少し目を丸くした。それから、ふっと笑う。

「大きく出たね?」

「笑うなよ」

「笑ってないって!」

「いや、笑ってるだろ」

「ちょっとだけ!」

 そう言って、安達は楽しそうに笑った。

「でも、いいんじゃない?」

「……ん?」

「そういう目標がある方が、練習も楽しいでしょ?」

「……まあな」

「じゃ、頑張ってね。カズくん!」

「ああ」

「でも、次の競走も私が勝つから!」

「……それはどうかな」

 そう返すと、安達はまた笑った。

 ……うん。次こそ勝ってやる。そのためにも、もっと練習しないとな。

 

     *

 

さらに数週間が過ぎた。

 小遣いは、少しずつ増えていった。家の掃除、買い物、庭の片づけ。その他、頼まれたことはできるだけ引き受けた。

 もちろん、全部が小遣いになるわけじゃない。親からすれば、家の手伝いは家族として当然のことでもある。そこは分かっている。

 だが、約束した分はちゃんと増やしてもらえた。使っていなかったゲームや本も、家族に確認してから一部を手放した。

 そうして貯めた金を、机の上に並べる。

「……よし」

 計算する。もう一度。念のため、さらにもう一度。

「……届いた」

 ようやく、中古A・Tの購入に必要な金額へ手が届いた。

 ……長かった。

 いや、実際にはそこまで長い時間が経ったわけじゃない。けれど、欲しいものが目の前にあるのに、すぐ買えないというのは、思った以上に長く感じるものだ。

「……あとは、いいやつが見つかるかどうかだな」

 問題はそこだった。安くても壊れていたら意味がない。むしろ、最初の一足だからこそ、ちゃんと動くものが欲しい。

 そう思いながら携帯を確認していると、以前訪ねた中古用品店から連絡が入っていた。

『中古A・Tが一足入りました。興味があれば見に来てください』

「……おっ?」

 思わず身を乗り出す。

 来た。とうとう来た。

「……よしっ!」

 俺は勢いよく立ち上がった。

 ……が。

「いって!」

 机の角に膝をぶつけた。

 ……落ち着け、俺。まだ買えると決まったわけじゃない。

 

     *

 

その週末。俺は商店街の中古用品店へ向かった。

 店に入ると、以前話した店員が顔を上げた。

「お、君か」

「あ、こんにちは!」

「A・T、見に来たんだろ?」

「はい!」

 店員が奥へ引っ込む。そして、しばらくして戻ってきた。

 その手には、一足の靴があった。

「……おお」

 思わず声が漏れた。

 A・T。エア・トレック。

 現実世界では、絶対にお目にかかれなかった代物。それが、今、目の前にある。

 外装には細かな傷がついていた。色も少しくすんでいる。新品とは、とても言えない。

 けれど、足元の車輪。内部に収められた駆動機構。普通のインラインスケートとは明らかに異なる構造。

 間違いない。本物のA・Tだ。

「……すげえ」

「古い型だけどな」

 店員が笑う。

「前の持ち主が買い替えたらしくて、こっちに回ってきたんだ。整備してあるから、基本的な動作は問題ないよ」

「……ほんとですか?」

「ああ。ただ、最新型みたいな出力は期待するなよ」

 店員は一度、動作を確認してみせた。

 低い駆動音が響く。車輪が滑らかに回転する。

 ……おお。思わず見入ってしまった。

「初心者なら、むしろこれくらいの方が扱いやすいと思うけどな」

「……なるほど」

 俺は靴を手に取った。

 思っていたより重い。ただのスニーカーとは、全然違う。

 これを履いて、走る。壁を駆け上がる。空へ跳ぶ。

 ……いや。さすがに、いきなりそんなことはできないだろう。今の俺では、まともに立てるかどうかも怪しい。

 それでも。

「……これ、買います」

 気づけば、そう言っていた。

 店員が少し驚いた顔をした。

「ちゃんと値段見たか?」

「はい」

「結構ぎりぎりじゃないか?」

「……まあ、そうですね」

 正直、財布の中身はかなり寂しくなる。だが、ここまで来て引き返す気はなかった。

 店員にサイズや動作状態、整備内容を改めて確認する。その後、購入手続きを済ませた。

 保護具についても説明され、必要なものを揃えることにした。予算はさらに厳しくなったが、怪我をして練習できなくなるよりはマシだ。

「ま、最初は無茶するなよ」

「はい」

「止まる練習を先にしろ。走るのはその後だ」

「……分かりました」

 店員が笑う。

「みんな最初は走りたがるけどな。ちゃんと止まれないと危ないぞ」

「……覚えときます」

 袋を受け取る。その重みが、手に伝わってきた。

 ……買った。

 とうとう、自分のA・Tを手に入れた。

 

     *

 

店を出た俺は、しばらく袋を眺めていた。

「……マジか」

 実感が湧かない。いや、確かに買ったんだけど。

 漫画の中で、何度も見たあの靴が、今、自分の手の中にある。

「……ははっ」

 自然と笑みがこぼれた。

 ようやくだ。これで、ようやくスタートラインに立てる。

 ……まあ、実際にはまだ立てるかどうか分からないんだけど。

 そう考えていると、携帯が震えた。イッキからだった。

『おいカズ! 今ヒマか?』

「……ん?」

 続けてメッセージが届く。

『うち来いよ。オニギリもいるぜ』

 ……こいつら。相変わらず急だな。

 少し考える。せっかく買ったA・Tを早く家へ持ち帰りたい気持ちもある。だが、別に急いでいるわけじゃない。

 ……いや、気持ちとしては今すぐ履いてみたいんだけど。

 それはそれ。これもこれだ。

『分かった。ちょっと寄る』

 そう返信して、野山野家へ向かった。

 

     *

 

「おっせえぞ、カズ!」

 玄関を開けるなり、イッキが文句を言ってきた。

「呼んだの、ついさっきだろ!」

「何だよ、その袋」

「ああ、ちょっと買い物」

「何買ったんだ?」

「……靴」

「靴?」

 イッキが首を傾げる。

「見せろよ」

「いや、今はいいだろ」

「何でだよ!」

 ……まずい。こいつ、こういうとき無駄にしつこいんだよな。

 どう誤魔化そうか考えていると。

「おいイッキ! 玄関で騒ぐなって言ってんだろ!」

 奥から怒鳴り声が響いた。そして。

「……あ?」

 野山野みかんが顔を出した。

「またカズ連れてきたのか」

「あ、どうも。お邪魔します」

「別にいいけどよ。靴くらいちゃんと脱げよ、お前ら」

「分かってるって!」

「分かってねえから言ってんだろ!」

 ……相変わらずだ。

 イッキが何か言い返そうとしたところで、みかんが俺の手元に視線を向けた。

「……何だ、その袋」

「え?」

「買い物か?」

「ああ、はい」

「ふーん」

 みかんはそれ以上追及しなかった。

 ……助かった。

 そう思った矢先。

「カズ、その袋こっち置いとけよ」

 イッキが手を伸ばしてきた。

「おい、勝手に触んなって!」

「何だよ、減るもんじゃねえだろ!」

「いや、壊れたら困るんだよ!」

「……壊れる?」

 イッキが眉をひそめる。

 しまった。余計なことを言った。

 そのときだった。

「おい」

 みかんが、イッキの頭を軽く小突いた。

「いてっ!」

「人の買い物、勝手に漁んな」

「何すんだよ!」

「うるせえな。さっさと部屋行けよ」

 イッキは不満そうな顔をしたが、やがて奥へ引っ込んでいった。

「……ったく」

 みかんがため息をつく。

「悪かったな、カズ」

「あ、いえ。大丈夫です」

「で?」

「……はい?」

「何買ったんだよ」

 ……結局、聞くのか。

 みかんは俺の顔を見て、にやりと笑った。

「別に言いたくねえならいいけどさ」

「……いや、その」

「妙に大事そうに抱えてるから、ちょっと気になっただけだ」

 ……どうする?

 みかんは、普通の人間じゃない。眠りの森のメンバーだ。

 A・Tを見せたところで驚きはしないだろう。むしろ、何かを隠そうとして変に怪しまれる方が面倒かもしれない。

「……A・Tです」

「……へえ?」

 みかんの表情が、少しだけ変わった。

「お前、A・Tなんか買ったのか」

「あ、はい。中古ですけど」

「ふーん……」

 みかんは袋をちらりと見て、それから俺へ視線を戻した。

「イッキには?」

「……まだ言ってないです」

「何で?」

「いや……自分でちょっと練習してみようかなって」

 嘘ではない。実際、自分で練習するつもりだ。ただ、原作知識があることまでは言えない。

 みかんはしばらく俺を見つめていた。そして。

「……まあ、いいんじゃねえの」

「……え?」

「別に、何始めようが、お前の勝手だろ」

 あっさりした返事だった。ちょっと意外だ。

「ただし」

 みかんが指を一本立てる。

「最初っから無茶すんなよ」

「……はい」

「あと、止まり方を先に覚えとけ」

「……え?」

 思わず顔を上げる。

 みかんは、面倒くさそうに肩をすくめた。

「何だよ」

「……いや、詳しいんですね」

「……は?」

 一瞬、妙な沈黙が生まれた。

 しまった。踏み込みすぎたか?

 だが、みかんはすぐに鼻を鳴らした。

「別に、ちょっと知ってるだけだよ」

「……そうですか」

「走るのに夢中になって、止まれねえ奴って結構いるからな」

 そう言って、俺の頭を軽く小突いた。

「怪我して帰ってきても、俺は面倒見ねえぞ」

「……気をつけます」

「おう」

 みかんはそれだけ言って、奥へ戻っていった。

 ……ふう。何とか、変に怪しまれずに済んだらしい。

 いや、最後の顔を見る限り、多少は気になっているのかもしれない。

 それでも、今はまだそこまで深く考えなくていいだろう。

 原作が始まるまで、あと一年近くある。

 俺は俺のペースで、準備を進めるだけだ。

 

     *

 

その夜。自室に戻った俺は、机の上へ袋を置いた。

 中から、A・Tを取り出す。

「…………」

 しばらく、無言で眺めた。

 傷のついた外装。使い込まれた車輪。決して新しくはない。最新型でもない。

 それでも、俺にとっては十分すぎる一足だった。

「……ようやく、か」

 靴を手に取り、重さを確かめる。

 手に伝わる、確かな感触。

 漫画の中でしか見られなかった道具が、今はこうして目の前にある。

 ……やばいな。ちょっと感動してる。

「……いや、まだ何も始まってねえんだけど」

 自分で突っ込んで、笑ってしまった。

 そうだ。まだ、何も始まっていない。

 A・Tを買っただけ。履いてもいない。走ってもいない。ましてや、炎の道なんて遥か先だ。

 それでも、この一足があれば、ようやくあの世界へ踏み出せる。

「……よし」

 俺はA・Tを机の上に並べた。そして、ノートを開く。

『A・T購入』

 その文字を書き込んだ瞬間、不思議と胸が熱くなった。

 一つ目の目標、達成。

 次は、基礎操作の習得。まずは立つ。それから進む。そして止まる。当たり前のことを、一つずつできるようにしていく。

「……待ってろよ、イッキ」

 小さく呟く。

 あいつがA・Tと出会う頃には、俺はもっと先を走っていたい。

 そのためにも、明日からいよいよ本格的な練習だ。

 ……もっとも。

「……転ばねえといいな」

 目の前のA・Tを眺める。何だか、妙に嫌な予感がした。

 いや、大丈夫だ。

 俺には原作知識がある。カズの速度の才能もある。それに、ここ数週間で身体だって鍛えてきた。

 だから、きっと初めてでも、ある程度は乗れるはずだ。

「……うん」

 自分に言い聞かせる。そして、もう一度A・Tを見る。

 ……何だろう。

 さっきより、嫌な予感が強くなった気がする。

 まあ、気のせいだろう。

 たぶん。

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