エア・ギア ~運命を追い越す炎~【カズ転生】   作:とらやす

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第8話 知っている未来、知らない現実

原作開始が近い。

 

そう気づいた翌日から、俺は少しだけ行動を変えた。

 といっても、イッキを尾行したり、髑髏十字軍の連中を片っ端から探し回ったりしているわけじゃない。

 

……いや、正直に言えば、少し考えた。

 けれど、そんなことをすれば確実に怪しまれるし、何より学校生活が成り立たなくなる。

 

 だから、まずは情報収集だ。

 

「……イッキ」

「あ?」

「最近、何か変わったことねえか?」

「変わったこと?」

「ああ。誰かと揉めたりとか、変な奴に絡まれたりとか」

「……何だよ、急に」

 

朝の教室。机に腰掛けていたイッキが、怪訝そうな顔をした。

 オニギリも隣から顔を出す。

 

「何だカズ。イッキが喧嘩してねえ日なんてあると思ってんのか?」

「お前は黙ってろ!」

 

 イッキがオニギリの頭を小突く。

 

「ま、別にいつも通りだぜ。何で?」

「いや、最近この辺でガラの悪い連中が増えたって聞いたからさ」

「へえ?」

 

もちろん、そんな噂を聞いたわけじゃない。

 だが、これくらいなら不自然ではないだろう。

 

「何だよ。カズ、お前も喧嘩したくなったのか?」

「何でそうなるんだよ」

「最近走ってばっかだし、今度は腕っ節でも鍛えんのかと思って」

「お前の頭の中じゃ、運動したら全部喧嘩に繋がるのか?」

「ハッ! 強くなって損はねえだろ!」

 

……まあ、それは否定しない。

 今後のことを考えれば、俺だって喧嘩に強くなっておく必要はある。

 

ただし、普通の殴り合いを練習したところで、A・Tを履いた相手にどこまで通用するかは怪しい。

 必要なのは、まず足元の制御。そして、動いている相手との間合いだ。

 

「で、変な奴は見かけてねえんだな?」

「だから、見てねえって。お前、何か心配してんのか?」

「……まあ、ちょっとな」

 

 そう答えると、イッキは一瞬だけ俺を見た。

 

「ふーん。ま、何かあったら言えよ」

「……え?」

「相手がどこのどいつか知らねえけど、カズ一人で面倒抱えんなってこと」

「……おう」

 

……何だよ。

 こいつ、こういうときだけ妙に格好いいこと言いやがる。

 

「ま、俺が出りゃ大抵の奴は一発だからな!」

「台無しだよ!」

 

 やっぱりイッキはイッキだった。

 

     *

 

放課後、俺はいつもの河川敷ではなく、少し離れた商店街へ向かっていた。

 目的は、髑髏十字軍の情報を集めることだ。

 

原作の記憶を辿れば、連中は序盤でイッキと衝突するストームライダーのチームだったはずだ。

 ただ、厄介なのはそのきっかけだ。

 

どこで誰が絡まれたのか。どういう順番で騒動が大きくなったのか。

 大まかな展開は覚えているのに、いざ細部を思い出そうとすると曖昧だった。

 

「……漫画、もう一回読みてえな」

 

切実にそう思う。

 未来知識持ちの最大の弱点。それは、記憶が曖昧になっても攻略サイトを開けないことである。

 

まあ、当然だ。

 この世界に『エア・ギア』という漫画が存在するはずもない。

 

俺は商店街の端にある小さな公園へ足を向けた。

 その周辺にはA・Tで走る連中が時折集まっている。実際、遠くの壁にはチームのステッカーらしいものがいくつか貼られていた。

 

「……あれか」

 

 近づいて確かめようとしたときだった。

 

「おーい! カズ!」

 

聞き覚えのある声が飛んできた。

 振り返ると、三人の少年がA・Tでこちらへ向かってきていた。

 

「……シン?」

 

先日、河川敷で勝負した相手だった。

 相変わらず短い黒髪に、左耳のピアス。俺を見つけるなり、楽しそうに笑っている。

 

「何だよ、お前! 今日はあっちで走ってねえのか?」

「ああ。ちょっと用事があって」

「へえ? 何の用事だよ?」

「……別に、大したことじゃねえけど」

 

 適当に誤魔化すと、シンが俺の足元を見た。

 

「今日はA・T履いてねえんだな」

「学校帰りだからな」

「そりゃそうか。……あ、そうだ」

 

 シンが何かを思い出したように手を打った。

 

「お前、どっかのチーム入ってねえって言ってたよな?」

「ああ」

「だったら、今度うちの連中とも走ってみねえ?」

「……うちの連中?」

「俺ら、一応チームで走ってんだよ。ま、そんな大層なもんじゃねえけど」

 

……なるほど。

 そういえば、前に勝負したときも三人で行動していたな。

 

「考えとくよ。今は一人で練習したいんだ」

「そっか。ま、気が向いたら声掛けろよ」

 

シンがあっさり頷いた。

 それから、俺の視線が壁のステッカーへ向いていることに気づいたらしい。

 

「何だ? チームでも探してんのか?」

「……ああ、そうだ」

 

ちょうどいい。

 こいつなら、何か知っているかもしれない。

 

「なあ、シン。髑髏十字軍って知ってるか?」

「……あ?」

 

その瞬間、シンの表情が変わった。

 さっきまでの軽い笑みが消え、眉間に皺が寄る。

 

「……お前、何でその名前知ってんだ?」

「いや、ちょっと聞いたことがあって」

「……ふーん」

 

 シンはしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく舌打ちした。

 

「あいつらとは関わんねえ方がいいぞ」

「……そんなにやばいのか?」

「少なくとも、俺らみたいに楽しく走ってる連中じゃねえよ」

 

 シンが壁のステッカーを顎で示す。

 

「気に入らねえ奴を見つけりゃ、複数で囲んで潰す。勝負に負けた相手からA・Tを巻き上げるって話もあるしな」

「……なるほど」

 

 やはり、原作通りの連中らしい。

 

「この辺にもいるのか?」

「最近、駅の向こうで見かけたって奴はいるな。ただ、俺も詳しくは知らねえ」

「……そっか」

「おい、カズ」

 

 シンが真面目な顔で俺を見た。

 

「まさか、お前、あいつらと勝負するつもりじゃねえだろうな?」

「……今のところは」

「今のところって何だよ!」

 

 シンが呆れた声を上げる。

 

「この前、俺に勝ったからって調子乗んなよ? あいつら、レースだけで済むとは限らねえんだからな」

「……分かってるよ」

 

実際、その忠告はありがたかった。

 シンとの勝負は、あくまで純粋な競走だった。負けても命を取られるわけじゃないし、相手もルールを守ってくれた。

 

だが、これから俺が関わろうとしているのは、そういう世界だけじゃない。

 A・Tを履いた人間が本気で攻撃してくれば、普通の喧嘩とは比べ物にならない危険がある。

 

「……ありがとな、シン」

「あ?」

「忠告してくれて」

「……別に。せっかく面白え奴見つけたのに、勝手に潰されたらつまんねえだろ」

「ははっ。そりゃそうだな」

 

 シンは照れ隠しのように鼻を鳴らすと、仲間を引き連れて走り去っていった。

 

 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

 

髑髏十字軍は、もう動いている。

 少なくとも、この近辺で名前が知られている程度には。

 

 ……やっぱり、近いのかもしれないな。

 

     *

 

その日の夜。

 俺はA・Tを履き、河川敷の広場へ向かっていた。

 

ここ数か月、何度も通った場所だ。

 最初は立つことすらできなかった。止まる練習に悪戦苦闘し、何度も転んだ。

 今では、それなりの速度で走れるようになった。

 

 だが、シンとの勝負を経て、課題もはっきりした。

 

俺は、まだ直線の最高速度では強くない。

 中古のA・Tという機材の問題もある。単純な出力勝負では、どうしても不利になる。

 

けれど、加速と減速の切り替えなら、ある程度は通用した。

 特に、カーブの出口で一気に速度を乗せる動き。あれは、シンにも驚かれたほどだ。

 

「……よし」

 

広場の端に立つ。

 今日は、少しだけ練習内容を変えてみよう。

 

これまではペットボトルを置き、決められたコースを走っていた。

 だが、実戦では相手がいる。当然、相手も動く。予想していなかった方向から攻撃されることだってある。

 

 だったら、走る方向を急に変える練習も必要だ。

 

俺は広場の周囲を確認し、人がいないことを確かめた。

 それから、速度を上げていく。

 

 ――ウィンッ。

 

足元のA・Tが唸る。

 直線を加速。途中で急減速。左へ切り返し、すぐに右へ。

 身体を沈め、車輪の向きを変える。

 

 ――キュッ!

 

……よし。

 今のは悪くない。

 

今度は逆方向。右へ切り返してから、左へ。

 少しだけ速度を上げる。

 

「……っ!」

 

身体が流れそうになった。

 慌てて重心を調整し、どうにか立て直す。

 

……危ねえ。

 やっぱり、予想外の動きを入れると途端に難しくなる。

 

だが、これも慣れだ。

 何度も繰り返せば、少しずつ身体が覚えていくはずだ。

 

 そう考えて、再び走り出そうとしたときだった。

 

 ――ギュンッ!

 

「……ん?」

 

広場の外から、鋭い駆動音が響いた。

 振り返ると、河川敷の上を一人のライダーが走っていた。

 

黒いA・T。

 細身の身体。

 フードを深く被った、年齢の分からない人物。

 

 その走り方が、少しおかしかった。

 

速い。

 それは間違いない。

 だが、単に速度が高いというだけじゃない。

 

 ……何だ、あれ?

 

ライダーは、ほとんど減速せずに曲がっていた。

 身体を大きく傾け、車輪の向きを巧みに変えながら、狭いラインを駆け抜けていく。

 

 そして、途中にある小さな段差を、ほとんど跳ぶことなく越えていった。

 

「……すげえ」

 

 思わず呟いた。

 

シンとも違う。

 俺がこれまで見てきたライダーとも違う。

 

 あの走りは、もっと洗練されている。

 

 ……上手い。

 

 そう表現するのが、一番近かった。

 

 無駄な動きがない。速度を殺さず、必要なところだけで身体を動かしている。

 

 気づけば、俺はその背中を目で追っていた。

 

 ……あんなふうに走れたら。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 ライダーが、こちらを見た。

 

「……っ!」

 

ほんの一瞬。

 フードの奥から、視線が向けられた気がした。

 

 だが、すぐに相手は前を向き、そのまま走り去っていった。

 

「…………」

 

 俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 

 ……誰だ、今の。

 

原作に登場したライダーだろうか。

 それとも、ただの名もない実力者か。

 

 分からない。

 

 けれど、一つだけ確かなことがある。

 

 俺が今いる世界には、原作で描かれた以上にたくさんのライダーがいる。

 

漫画に登場しなかったからといって、弱いとは限らない。

 俺が知らない技術を持つ奴もいるだろうし、原作とは違う動きをする奴だっているはずだ。

 

 ……なるほどな。

 

 未来を知っているからといって、世界のすべてを知っているわけじゃない。

 

 改めて、その当たり前のことを思い知らされた。

 

     *

 

翌日。

 学校へ向かう途中、俺は少し妙な光景を目にした。

 

「……ん?」

 

通学路の途中。

 普段なら何もない路地の壁に、見慣れないステッカーが貼られていた。

 

黒地に白い髑髏。

 その背後で交差する、二本の骨。

 

「…………」

 

 思わず足を止める。

 

 ……まさか。

 

近づいて確認する。

 ステッカーの端には、小さく文字が入っていた。

 

『SKULL SADERS』

 

「……っ!」

 

 間違いない。

 

 髑髏十字軍。

 

 原作序盤に登場する、あのチームの印だった。

 

「……おい、カズ!」

 

 背後から、イッキの声がした。

 

「何やってんだよ! 遅刻すんぞ!」

「……あ、ああ!」

 

慌てて振り返る。

 イッキとオニギリが、少し先でこちらを見ていた。

 

「早く来いよ!」

「今行く!」

 

 俺は小走りで二人のもとへ向かった。

 

 だが、頭の中では別のことを考えていた。

 

 ……来た。

 

 とうとう、来た。

 

 原作の歯車が、動き始めている。

 

 それも、俺が考えていたよりずっと近くで。

 

 ……どうする?

 

俺は未来を知っている。

 だが、事件がいつ起こるかまでは分からない。

 

 ならば、待っているだけでは駄目だ。

 

 誰かが傷ついてから動いても、遅い。

 

 それだけは、絶対に避けたい。

 

「……カズ?」

「……ん?」

「お前、さっきから変だぞ」

 

イッキが怪訝そうにこちらを見る。

 俺は少し考え、それから笑ってみせた。

 

「……いや、何でもねえよ」

「ふーん?」

 

 イッキは納得していない様子だったが、それ以上は追及してこなかった。

 

 俺は、もう一度だけ振り返った。

 

 遠くの壁に貼られた、髑髏のステッカー。

 

 その小さな印が、妙に不気味に見えた。

 

 ……待ってろよ。

 

 今度は、知っているだけで終わらせない。

 

 未来を変えるために、俺は走り始めたんだ。

 

 だったら。

 

 最初の一歩から、間違えるわけにはいかない。

 

 そう心の中で呟き、俺はイッキたちの後を追った。

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