この世界で目覚めて、一週間ほどが経ちました。
最初はどうなることかと思いましたけど、幸いにも私は近くにあった小さな集落に身を寄せることができ、今ではそこで生活しています。
集落の人たちは、子供と大人を合わせて三十人ほど。決して大きな集まりではありませんが、皆で協力しながら暮らしている、穏やかな場所です。
もっとも、ここは八千年前の縄文時代。私が元いた世界とは生活様式も文化もまるで違います。
当然、言葉も通じません。
最初のうちは、頭上に浮かぶ光輪や見慣れない服装のせいで、集落の人たちも私のことを警戒していたようです。それでも、身振り手振りで敵意がないことを伝え、一緒に食事をしたり、仕事を手伝ったりしているうちに、いつの間にか打ち解けることができました。
今ではすっかり受け入れてもらえたようで、集落の人たちも私に気軽に接してくれます。
特に子供たちとは仲良くなり、姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきてくれるほどです。
……ふふ。
慕ってもらえるというのは、とっても嬉しいものですね。
ただ、言葉についてはまだ簡単な単語をいくつか覚えた程度です。子供たちとも身振り手振りを交えてなんとか意思疎通をしている状態なので、普通に会話ができるようになるには、もう少し時間がかかりそうです。
まあ、焦る必要もありません。ここでの生活にも慣れてきましたし、これから少しずつ覚えていけばいいでしょう。
……さて。
そんな穏やかな生活を送っている私ですが、実はこの一週間で、ひとつ気になることがありました。
それは、私自身の身体についてです。
どうにも、普通の人間とは違うようなのです。
最初にそれを実感したのは、集落の人たちと一緒に薪を運んでいたときでした。
何人かで協力して運んでいた薪の束を、私も手伝おうと思って持ち上げてみたところ、驚くほど簡単に持ち上がってしまったのです。
最初は、単純に私が思っていたよりも軽かったのかと思いました。しかし、周囲の人たちの反応を見る限り、どうやらそういうわけでもないようです。
それならばと、今度はもう少し重いものを持ってみました。
結果は同じ。
どれだけ重くしても、私の身体はまるで負担を感じませんでした。
それどころか、少し力を込めるだけで、普通なら大人が数人がかりで動かすような大きな岩まで持ち上げられてしまったのです。
……これは、なかなかすごいことなのではないでしょうか?
もちろん、驚いたのは力だけではありません。
ある日、集落の周囲を散歩していたとき、少し走ってみようと思い立ったことがありました。
最初は軽く走るつもりだったのですが、少し速度を上げた途端、景色があっという間に後ろへ流れていきました。
「わっ……!」
慌てて足を止めたときには、集落からかなり離れた場所まで来てしまっていました。
どうやら、私の身体は想像以上に高性能なようです。
跳躍力も同様でした。軽く地面を蹴っただけで、木の枝に届くどころか、そのまま大きく飛び上がってしまったのです。
……危うく木に引っかかるところでした。
こうした経験から、私はひとつの結論に至りました。
天童アリスの身体は、見た目こそ幼い少女ですが、その性能は普通の人間とは比べものにならないみたいです。
おそらく、ゲームでのアリスの設定や能力が、そのまま反映されているのでしょう。
もっとも、実際にどこまでのことができるのかは、まだわかりません。下手に力を使って集落の人たちを驚かせるのも申し訳ないので、今は必要以上に試さないようにしています。
……それにしても、こうして改めて考えてみると、本当に不思議な身体ですね。
そして、身体についてもうひとつ。
私には、以前からどうしても気になっていることがありました。
それは、時折視界の隅に現れる、あの半透明のウィンドウです。
最初に見たのは、この世界に目覚めた直後でした。
あのときは、現在地や年代といった情報が表示されていましたが、それ以降も時折、同じような電子音と共に姿を現すことがあったのです。
そして、今日もまた。
───ピッ。
「……あっ」
聞き覚えのある電子音。
視線を向けると、視界の右端に半透明のウィンドウが浮かび上がっていました。
周囲の景色を遮ることなく、まるで最初からそこに存在していたかのように、私の視界に重なっています。
「これ、やっぱり私にしか見えていないんですよね……?」
試しに近くにいた子供へ視線を向けてみましたが、特に反応はありません。
どうやら、私だけに見えているものらしいです。
私は改めて、ウィンドウに表示されている文字を確認しました。
≪個体情報≫
名称:AL-1S
識別名:天童アリス
個体状態:正常
身体機能:正常
エネルギー残量:98.7%
外部損傷:なし
環境適応:完了
言語情報:未登録
「…………」
思わず、じっと画面を見つめてしまいました。
個体情報。
識別名。
身体機能。
どう見ても、人間の健康状態を確認するためのものではありません。
まるで、機械の状態を確認するための管理画面です。
……いえ、そもそも私の身体は、本当に人間なのでしょうか?
天童アリスというキャラクターについては知っています。彼女が普通の人間ではないことも、頭上の光輪が何を意味するのかも、ある程度は理解しています。
しかし、それが実際に自分の身体として存在しているとなると、話は別です。
私は自分の手を見つめました。
白く、小さな手。見た目だけなら、どこにでもいる少女のものです。
けれど、その手には大人が持ち上げられないような岩を、軽々と持ち上げる力がある。
そして、そんな自分の状態を、目の前のウィンドウは機械のように表示しているのです。
「……やっぱり、アリスは人間ではないのでしょうか?」
口に出してみると、なんだか少し寂しい気持ちになりました。
もっとも、今の私には自分が何者だったのかすらわかりません。
元々人間だったのか、それとも最初から別の存在だったのか。それを確かめる手段はありませんでした。
……今は、考えても仕方がないことなのかもしれませんね。
とりあえず、気を取り直して目の前の情報を確認することにしましょう。
私は表示された項目に意識を向けてみました。
すると、ウィンドウの一部が淡く光りました。
≪言語情報:未登録≫
「……言語情報?」
その文字を見つめた瞬間、さらに小さな表示が追加されました。
≪周辺言語を検出しました。≫
≪音声情報を収集中……≫
≪解析を開始します。≫
「えっ?」
思わず声が出ました。
周辺言語。
もしかして、集落の人たちが話している言葉のことでしょうか。
確かに、彼らの言葉はまだほとんど理解できていません。単語を少し覚えた程度で、まともな会話などできるはずもありませんでした。
それが、この機能でどうにかなるのでしょうか。
期待を込めて画面を見つめていると、しばらくして新たな文字が表示されました。
≪言語情報の収集を継続します。≫
≪解析完了まで時間を要します。≫
「……すぐには無理みたいですね」
少し残念ですが、何もわからないよりはずっとましです。
それに、こうして何らかの機能が働いているということは、ほかにも使える機能があるのかもしれません。
私はウィンドウを閉じようと意識してみました。
すると、表示は一瞬で消えてしまいました。
「おお……」
再び意識を向けると、何事もなかったかのように現れます。
どうやら、ある程度は自分の意思で操作できるようです。
これは便利ですね。
ただ、気になることもあります。
エネルギー残量。
先ほどの表示にあった数字です。
98.7%。
この数字が何を意味しているのかはわかりません。けれど、わざわざ表示されている以上、何かしらの意味があるのでしょう。
もしかすると、私の身体を動かすためのエネルギーなのでしょうか。
そう考えると、少し気になってきます。
食事を摂ることで回復するのか。それとも、別の方法があるのか。そもそも、残量がゼロになるとどうなるのか。
……あまり考えたくないですね。
ひとまず、今すぐ困るような状態ではなさそうですし、これ以上のことは少しずつ調べていくことにしましょう。
そう考えてウィンドウを閉じたところで、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきました。
振り返ると、集落の子供がこちらに向かって手を振っています。
「アリ!」
どうやら、私を呼んでいるようです。
「はい、今行きます!」
返事をして、私は子供のもとへ駆け寄りました。
まだまだわからないことだらけですが、ひとまず今の生活に困っているわけではありません。
焦らず、少しずつ調べていけばいいでしょう。
それに、今はこうして私を慕ってくれる人たちがいます。
それだけでも、ここで暮らしていく理由としては十分なのかもしれませんね。
そう気持ちを切り替えたその時、遠くの方から聞いたことがない音が聞こえてきました。
まるで空気を切り裂くかのような轟音が響き、思わず顔を上げました。
すると、空を横切るように移動していく、何かの物体が視界に飛び込んできました。
「あれって……もしかして隕石ですか!?」
もし本当に隕石なら、一大事です。
詳しい被害規模までは知りませんが、たとえ小さなものでも、地上に落下すれば相応の被害が出るはずです。
幸い、飛んでいった方角は海の方です。これまで、この近くで集落以外の人間を見かけたことはありませんが、万が一ということもあります。
念のため、落下した場所を確認しておいた方がよさそうですね。
「アリ? ……どう、どう?」
空を見上げたまま動かない私を不思議に思ったのか、近くにいた子供の一人が声をかけてきました。
私はその子を安心させるように笑顔を浮かべると、優しく頭を撫でます。
「大丈夫ですよ。少しだけ待っていてくださいね。アリス、ちょっと偵察クエストに行ってきます!」
そう言い残すと、私は隕石が飛んでいった方角へ向かって駆け出しました。
この身体の性能なら、落下地点まですぐにたどり着けるはずです。
そうして走ること、およそ十分。
私は海岸へとたどり着きました。
やはり、予想したとおり海に落下したようです。周囲を見渡してみても、特に被害が出ている様子はありません。
「取り越し苦労だったみたいですね。ふぅ……一安心です」
ひとまず、集落に被害が及ぶようなことはなさそうです。
……それにしても。
「さっきはよく見えませんでしたけど、なんだか不思議な形の隕石だったような……?」
まあ、実際に隕石が落ちる瞬間を見る機会なんて滅多にありませんし、そもそも普通の隕石がどんな形をしているのかもよく知りません。
気のせいかもしれませんね。
「確か、飛んでいった方向からすると……あの辺りに落ちているはずですが」
私は海の向こうに目を凝らしました。
すると、その瞬間。
───ピッ。
「ふわっ!?」
聞き覚えのある電子音と共に、目の前に半透明のウィンドウが現れました。
「もう! いきなり出てくるのは驚くので、できればもう少し出現を知らせてほしいです!」
思わず文句を言いながら、表示された内容を確認します。
ところが、そこに書かれていた情報を見て、今度は別の意味で驚かされました。
≪飛来物情報≫
名称:不明
材質:不明
状態:不明
≪地球外の未知の物質で構成された物体を探知。≫
≪落下予測地点の計算および物体の反応から、現在地を判定……成功しました。≫
「地球外の未知の物質……?」
思わず、表示された文字を読み返しました。
地球外。
つまり、地球の外からやってきた物体ということですよね?
「ということは……さっきのって、もしかしてUFOですか!?」
まさか、こんなところで未確認飛行物体に遭遇することになるとは!
そうと分かれば、放っておくわけにはいきません。なんとしても、あの隕石……いえ、UFOの正体を突き止めてみせます!
正直なところ、今の私には自分の置かれた状況について調べるべきことが山ほどあります。こんなことをしている場合ではない、というのもわかっています。
それでも、目の前でこんな不思議な出来事が起きているとなると、どうしても好奇心を抑えられません。
もしかすると、天童アリスという身体に引っ張られているのでしょうか。
胸の奥から、冒険心というか、探究心というか……そういったものが次々と湧き上がってくるのを感じます。
それに、時間ならまだまだあります。
今すぐ自分がどうすればいいのかわからない以上、目の前で起きている出来事に目を向けるのも悪くないはずです。
……うん、そういうことにしておきましょう!
「まずは準備からです!」
私は勢いよく集落の方へと振り返りました。
「沖まで出るための船に、UFOを引き上げるための網! それから、海中のモンスターに襲われたときのための武器も必要ですね!」
考えるべきことは山積みです。
ですが、こういうときこそ準備が大切です。装備をしっかり整えてから挑むのが、クエスト攻略の基本ですからね!
「さあ、装備を整えてクエスト開始です! 目指せ、
そうして私は、意気揚々と集落へ向かって駆け出したのでした。
────その一週間後。
……なんだかんだありましたが、無事にあのときの隕石を引き上げることができました。
そして現在。
私は砂浜の上に置かれた、それをじっと見つめています。
「…………」
全体的に太く、根元から先端に向かって細くなる円錐形。
表面は茶色や黄褐色をした硬い皮で覆われており、そこには幾重にも重なった鱗のような模様があります。
……どう見ても、タケノコです。
「……タケノコですか?」
思わず、そんな言葉が口からこぼれました。
私は改めて、海底から引き上げたそれをじっくりと観察してみます。
うーん……やっぱりタケノコにしか見えません。
「ううーん? これは一体どういうことでしょうか……」
試しに触ってみると、かなり硬い感触が返ってきました。どうやら、普通のタケノコとは違うようです。
とはいえ、正体がわからないことには変わりありません。
「……とにかく、重要アイテムであることには違いなさそうですし、タケノコなら植えてみましょう!」
そうと決まれば、まずは道具を取りに集落へ戻らなければなりません。
私はタケノコを砂浜に残し、集落へ向かおうとしました。
そのときです。
「お願い、待って!」
「……え?」
突然、背後から声をかけられました。
慌てて振り返ると、そこには先ほどまでいなかったはずの、何かがいました。
私の手のひらに収まるくらいの、小さな生き物です。
全身が白く、ふわふわとした毛のようなもので覆われており、どこか不思議な印象を受けます。
その小さな生き物は、つぶらな目でじっとこちらを見つめていました。
ふむ……どうやら、今の声はこの生き物が発したもののようです。
「おお! あなたは未確認生命体ですか!? それともユニークモンスターですか!? もしかして、新種のクリーチャーですか!?」
「全部違う!! 私はクリーチャーでもモンスターでもなくて、ウミウシだよ!!」
……どうやら、ウミウシだったようです。