「全部違う!! 私はクリーチャーでもモンスターでもなくて、ウミウシだよ!!」
「……ウミウシ?」
アリスは小さな白い生き物をじっと見つめた。
「そう! 海に住んでいる軟体動物の仲間の!」
「おお……! つまり、海洋生物だったんですね!」
「そうそう! ……って、だからそういうことじゃなくて!」
ああ、もう!
久しぶりに人と話せたと思ったら、なんだか調子が狂う。
いや、別に悪い気はしないんだけどね。
「ええと、とにかく! まずは少し聞きたいことがあるんだけど」
「はい! なんでしょう?」
「今って、何年?」
「何年、ですか?」
「そうそう!私、2030年に行くようにしてたんだけど、ちょっと事故っちゃって、もしかしたら少し違う時間に来ちゃたかもだから。」
アリスは少し考えるように首を傾げた。
「正確な西暦は分かりませんが、私のシステムによると、今はおよそ西暦2030年からすると約八千年前の時代みたいです」
「…………え?」
「八千年前です!」
「…………」
八千年前。
……。
「ええええええええええええええ!?」
思わず叫んでしまった。
いやいやいや! ちょっと待って!
私、地球に戻ってきたんじゃなかったの!?
彩葉たちのいる時代に向かっていたはずなのに、どうして八千年前なんてことになっているの!?
「えっ!? ど、どうしたんですか!?」
「いや、だって八千年前って……!」
「縄文時代ですね!」
「じょ、縄文時代……」
ああ、そういえばそんな時代だったね。
彩葉がちらっと教えてくれた事があったような。
確か土器を作ったり、狩りをしたりして暮らしていた時代だっけ。
……。
「私、どれだけ時間を飛び越えちゃったの……?」
思わず遠い目をしてしまった。
まさか、時間遡行のアルゴリズムがこんなことになるなんて。
『もと光る竹』の修理がますます面倒になってしまった。
「えっと……大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと現実を受け入れるのに時間がかかりそうなだけ……」
「そうですか……」
アリスは心配そうにこちらを見つめている。
……あれ?
そういえば、この子。
さっきから私の言葉を普通に理解しているけど、どうしてなんだろう?
「ねえ、アリスちゃん」
「はい!」
「アリスちゃんは、どうして私の言葉が分かるの?」
「え?」
「だって、ここは八千年前なんでしょ? 私が知っている言葉が通じるはずないと思うんだけど……」
「ああ、それなら大丈夫です!」
アリスは自分の視界の端を指差すような仕草をした。
「アリスには、周囲の言語を解析する機能があるんです。どうやら、それが働いているみたいですね!」
「言語解析……?」
「はい! まだ完全に解析できているわけではないみたいですが、かぐやさんとの会話には問題なさそうです!」
「へえ……すごいね」
なるほど。
そんな便利な機能があるんだ。
……いや、待って。
「アリスちゃんって、もしかして人間じゃないの?」
「はい! アリスはAL-1S、識別名は天童アリスです!」
「ええと……?」
「詳しいことはアリスにも分からない部分がありますが、普通の人間とは少し違うみたいです!」
「そっか……」
なんだか親近感が湧いてきた。
私も普通の人間とは違うしね。
「それで、かぐやさんはどうしてここにいるんですか?」
「ああ、それはね……」
私は少しだけ言葉を選びながら、これまでの経緯を説明した。
月での仕事を終え、地球へ向かっていたこと。
その途中で隕石に衝突してしまったこと。
そして、宇宙船の機能が壊れてしまい、今のような姿になってしまったこと。
「なるほど……。つまり、かぐやさんは宇宙人で、あのタケノコみたいな物体が宇宙船なんですね!」
「うん。まあ、そういうこと」
「すごいです! 本物の宇宙船を初めて見ました!」
「ふふ。そうでしょう?」
「それで、その宇宙船は直せそうなんですか?」
「うーん……」
私は少し考え込んだ。
「船そのものはまだ動いているみたいなんだけど、擬態機能が壊れちゃっていてね。今の状態だと、私も元の身体に戻れないんだ」
「元の身体……?」
「うん。今の私は、船の機能を使って作った仮の身体だから」
そう言って、自分の白い身体を少し動かしてみる。
「本当は人間と同じような姿になれるんだけどね。今はこれが精いっぱい」
「そうだったんですね……」
アリスは私をじっと見つめた。
それから、何かを考えるように少し黙り込む。
「……あの」
「ん?」
「かぐやさんは、今までずっとここにいたんですか?」
「えっと。こっちに来てから、まだ一週間くらいかな」
「一週間……」
「そう。気がついたらこんなところにいてね。宇宙船も壊れちゃってるし、今はどうしたものかと考えているところ」
「そうだったんですね……」
アリスは少し心配そうな顔をした。
「それなら、かぐやさん。よかったらアリスと一緒に来ませんか?」
「一緒に?」
「はい! アリスがお世話になっている集落があるんです。ここからそれほど遠くありません!」
「ああ、集落があるんだ」
「でも、いいの? 私、こんな姿だよ?」
「大丈夫です!」
アリスは迷うことなく答えた。
「それに、かぐやさんは困っているんですよね?」
「……うん」
「だったら、放っておくわけにはいきません!」
……。
ああ。
なんだろう。
この子、本当にいい子だな。
まだ会ってからそれほど時間も経っていないのに、こんなに親切にしてくれるなんて。
多分、お人好しな性格なんだろう。
「……ふふ。ありがとう、アリスちゃん」
「はい!」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「もちろんです!」
アリスは嬉しそうに笑った。
それから、私の方へ両手を差し出す。
「では、かぐやさん。失礼しますね!」
「え? あっ、うん」
そっと両手で持ち上げられた。
小さな身体が、アリスの手のひらに収まる。
「わあ……!」
思わず声が漏れた。
温かい。
人の手に触れるのは、いつ以来だろう。
……いや、まだ一週間しか経っていないんだけどね。
それでも、こうして誰かに抱き上げてもらうのは不思議と安心する。
「落とさないように気をつけますね!」
「ふふ。お願いね」
「はい! では、集落へ帰りましょう!」
アリスは私を両手で包み込むように持ちながら、砂浜を歩き始めた。
「ところで、かぐやさん!」
「なあに?」
「宇宙船について、もっと詳しく教えてください!」
「えっ、今?」
「はい! どんな仕組みなんですか? どうやって空を飛ぶんですか? 時間遡行ができるというのは本当ですか!?」
「ちょ、ちょっと待って! 質問が多いよ!」
「すみません! でも、気になることがたくさんあるんです!」
「ふふっ。もう、しょうがないなぁ」
本当に好奇心旺盛な子だ。
でも、嫌な気はしない。
むしろ、誰かに自分の話を聞いてもらえるのが嬉しい。
「じゃあ、まずは簡単なところからね。私の船は『もと光る竹』っていう名前で……」
「もと光る竹!?」
「そうそう。月で作った宇宙船なんだけどね」
「月で作ったんですか!?」
「うん。月の技術をたくさん使っていて……」
そんな話をしながら、私たちは集落へと向かった。
これからどんな生活が待っているのかは、まだ分からない。
けれど、少なくとも今は一人じゃない。
それだけで、なんだか少し楽しい気持ちになっていた。
現状、月から来てまだ一週しか経っていないため、かぐやのメンタルデバフも軽微なものになっています。
少なくとも居るかも分からないヤチヨに助けを求めるほど追い詰められてはいません。