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――かぐやと出会って、一年ほどの月日が流れました。
「それでね! そのとき私は思ったわけ! これはもう、絶対に助からないって!」
「ええーっ! それでどうなったの!?」
「ふふん! そこからが私の腕の見せどころよ!」
集落の一角から、楽しそうな声が聞こえてきます。
声の主は、白くて小さなウミウシ。
そして、その周りには目を輝かせた子供たちが集まっていました。
「それで、それで!?」
「まあまあ、焦らないの。ここからが一番面白いところなんだから!」
かぐやは、もったいぶるように一呼吸置きました。
「なんと! 私の乗っていた宇宙船が、ものすごい勢いで回転し始めたの!」
「うわあ!」
「そして、気がついたときには……知らない海の上にいたってわけ!」
「すごーい!」
子供たちから歓声が上がりました。
……うん。
今日も楽しそうです。
かぐやがこの集落にやって来てから、もう一年ほどになります。
最初の頃は、突然現れた白いウミウシが喋り出したことで、大人も子供も随分と驚いていました。
ですが、今ではすっかり集落の一員です。
特に子供たちは、かぐやのことが大好きなようです。
というのも、かぐやは自分が未来の地球で暮らしていた頃の話や、ツクヨミというVRのゲームのような場所での話をよく子供たちに聞かせています。
まるで物語の語り部のように、声色を変えたり、身振りを交えたり。
時には大げさなくらいに話を盛り上げて、子供たちを夢中にさせています。
もちろん、かぐや自身はウミウシの姿なので、自由に動き回ることはできません。
それでも、話し方ひとつでこれだけ人を楽しませられるのは、すごいことだと思います。
「おや? アリス!」
私に気づいたかぐやが、子供たちの輪の中から声をかけてきました。
「おはようございます、かぐや!」
「おはよう! ちょうどいいところに来たね!」
「何かあったんですか?」
「今ね、私が月から地球にやって来た話をしていたところなの!」
「そうだったんですか!」
「それで、次はアリスと出会ったときの話をしようと思ってたんだよ!」
「えっ、アリスとの出会いですか?」
「そうそう! 海から引き上げられたと思ったら、目の前に元気いっぱいの女の子がいてね。しかも、私のことをモンスターだのクリーチャーだの言い出すんだから!」
「そ、それは……」
「もう、びっくりしちゃったよ!」
かぐやは楽しそうに笑っています。
周りの子供たちも、こちらを見ながらくすくすと笑っていました。
「……あの、かぐや。そこはもう少し格好よく紹介してもらえませんか?」
「えー? だって本当のことでしょう?」
「うっ……」
確かに、否定できません。
初めて会ったときのアリスは、目の前のウミウシが喋ったことに興奮して、少しばかり失礼なことを言ってしまったのでした。
ちなみに、いつの間にか私たちはお互いを名前で呼び捨てにするようになっていました。
まあ、一年も一緒に過ごしていれば、自然と親密度も上がって関係もランクアップものです。
「ふふっ。まあまあ、そんなに気にしないでよ!」
「……はい」
「それに、あのときアリスが声をかけてくれたおかげで、今こうして楽しく過ごせているんだからね!」
「かぐや……」
「だから、感謝してるよ!」
かぐやは、いつもの明るい声でそう言いました。
……。
「えへへ。アリスも、かぐやと出会えてよかったです!」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいな!」
「ねえねえ! それで、アリスちゃんと出会ったあとはどうなったの?」
子供の一人が、待ちきれないといった様子で尋ねました。
「そうだねぇ。そこからは、アリスに集落まで連れていってもらって……」
「それから、みんなに会ったんだよ!」
「そうそう! みんな最初は驚いてたよねぇ」
「うん!」
子供たちは再びかぐやの話に夢中になっていきました。
こうして見ていると、かぐやは本当に集落に馴染んだのだと思います。
ちなみに、かぐやの宇宙船『もと光る竹』は、今では集落に持ち帰って保管されています。
普通のタケノコより少し大きいくらいのサイズなので、アリス一人でも問題なく運ぶことができました。
今は集落の中でも邪魔にならない場所に置かれていて、必要なときにはいつでも調べられるようになっています。
もっとも、修理の方はあまり進んでいません。
この時代には、かぐやの知っているような技術も道具もありませんからね。
それでも、アリスは時間を見つけては船の状態を確認し、かぐやと一緒に少しずつ調査を続けています。
いつか必ず直して、出来ればかぐやを人間の姿にしてあげたいですし、元の時代、確か西暦2030年に連れて行ってあげたいんです。
それは、アリスがこの一年で新しく抱いた最重要クエストの一つです。
「あっ!」
そんなことを考えていると、かぐやが何かを思い出したように声を上げました。
「そうだ! アリス、今日は船の調査をする約束だったよね?」
「はい! そのつもりです!」
「それなら、そろそろ行こうか!」
「了解です!では行きましょうか!」
アリスが返事をすると、子供たちが残念そうな声を上げました。
「えー! もうおしまい?」
「ごめんね! また今度続きを聞かせてあげるから!」
「ほんと!?」
「もちろん! 次はツクヨミでのかぐやとイロPが大活躍した時の話をしてあげる!」
「やったー!」
子供たちは嬉しそうに声を上げました。
「じゃあ、みんな。またね!」
「かぐやちゃん、またねー!」
「うん! またね!」
子供たちに手を振る代わりに、かぐやは小さな身体をぴょこんと揺らしました。
それを見届けてから、私はかぐやをそっと両手に乗せます。
「じゃあ、行きましょうか!」
「うん! 今日もよろしくね、アリス!」
「任せてください!」
集落の保管場所に着くと、そこには見慣れたタケノコ型の宇宙船が部屋の中央の台座の上に置かれていました。
『もと光る竹』。
かぐやが月から乗ってきた、大切な宇宙船です。
「さて、と。今日はどこから調べましょうか?」
「そうだねぇ。前に少し反応があった船体の下の方を、もう一度確認してみたいかな。」
「分かりました! それじゃあ、今日のクエストは船体下部の再調査で決まりですね!」
「ふふっ。そういうこと!」
私は宇宙船のそばに腰を下ろし、表面に手を触れました。
すると――。
(ピピッ)
視界の端に、半透明のウィンドウが浮かび上がります。
≪外部物体を検出≫
≪未知の機械構造体を確認≫
≪周辺情報を収集中……≫
おお。
今回も反応してくれました!
このウィンドウは、私以外には見えません。
かぐやにも、もちろん見えていないようです。
ですが、この一年で分かったことがあります。
どうやら、私のシステムは周囲の物体を観察し、情報を集める機能を持っているようなのです。
もっとも、何でも分かるというわけではありません。
特に、かぐやの宇宙船のような未知の技術で作られたものとなると、解析はなかなか進みませんでした。
最初に調べたときなど、何も分からずにウィンドウが消えてしまったくらいです。
それでも、何度も調べているうちに、少しずつ情報を拾えるようになってきました。
≪構造情報:取得中≫
≪外装材質:未特定≫
≪内部構造:解析不能≫
≪追加情報の取得に失敗≫
……うーん。
やっぱり、まだまだ難しいみたいです。
「どう? 何か分かった?」
かぐやが私の手元に寄ってきました。
「うーん……。残念ですがまだ詳しいことは分かりません、ですけど前より少しだけ反応が良くなってるみたいです!」
「本当? それは嬉しいね!」
「はい! ただ、もう少し時間がかかりそうです」
「そっかぁ。まあ、焦っても仕方ないよね」
かぐやは船体を見上げながら、そう言いました。
「それに、仮に何か分かったとしても、今度は修理するための道具が必要になるしね」
「そうですね……」
これは大きな問題です。
解析が進んだとしても、実際に修理できるかどうかは別の話。
この時代にある道具だけで、月の技術で作られた宇宙船を直すのは、かなり難しいと思います。
つまり、今のアリスたちは攻略情報の一部を手に入れたとしても、肝心の装備が足りない状態なのです。
「でも、何も分からないよりはずっといいよ!」
「はい、かぐやの言う通りです!どんな無理ゲーや鬼畜ゲーでも集めた情報がのちに心強い味方になります!」
「うんうん、それに少しずつでも進んでるんだから、きっと大丈夫!」
「その通りです! これは長期攻略が必要なクエストのようですから、焦らず進めていきましょう!」
「ふふっ、長期攻略かぁ。確かにそうかもね!」
かぐやは楽しそうに笑いました。
「それじゃあ、今日はもう少し調べてみようか!」
「はい!」
私は再び船体に手を触れ、ウィンドウに意識を向けます。
≪情報収集を継続≫
≪解析進行度:算出不能≫
……まだまだ先は長そうです。
でも、今はそれで構いません。
一つずつ調べて、少しずつ手掛かりを集めていけばいいのです。
いつか必ず、かぐやの笑顔を正面から見ること。そしてかぐやを未来に連れて行くこと。
それが、アリスの大切なクエストなのですから。
だからアリスは絶対に諦めませんよ!!
「よーし! それじゃあ、今日も頑張って行きましょう!」
「うん! 今日もよろしくね、アリス!」
「はい! アリスに任せください!」
原作を知っている人ならお気づきかもしれませんが、かぐやのメンタルがかなり安定しています。
本来なら、砂浜で一人きりのまま、数年という長い時間をかけて自分の身に起きたことを整理し、少しずつ絶望していくはずでした。ところが、まさかのアリスがたった一週間でかぐやを見つけ、そのまま交流を持つことになってしまいました。そのため、かぐやは未だに歌のリフレインすら始めていません。
おまけに、アリスのおかげで他の人間ともかなり円満に交流を持つことができています。あとは、かぐや自身が持つ人を惹きつける才能も相まって、あっという間に周囲と仲良くなっていくことでしょう。そんなわけで、今回のかぐやさんには落ち込んでいる暇が本当にありません。
もちろん、時折彩葉のことを思い出したり、自分が8000年前の人間だという事実を突きつけられて暗い気持ちになったりすることはあるでしょう。しかし、そんなときもすぐそばにいるアリスが元気づけたり、気晴らしになるようなことをしてくれたりと、こまめにメンタルケアをしてくれています。
さらに、アリスはなんと『もと光る竹』の修理まで頑張ってくれています。正直なところ、修理できる可能性はかなり低く、かぐや自身もそれは十分に理解しています。それでも、自分のために一生懸命頑張ってくれているアリスの姿を間近で見せられては、自分だけいつまでも暗い気持ちでいるわけにはいけないと奮起しています。
まあ何が言いたいかというと……もしこの調子で現代まで行ったら原作大丈夫か、これ?