苦手の方はすいません。
ヤチヨがツクヨミでの活動を始めてから、早くも半年近くが経とうとしていました。
スマコンは順調に世間へ広まり、仮想世界『ツクヨミ』を訪れる人々も日に日に増えています。
そして、ヤチヨ自身もこの半年間で配信やライブを重ね、経験値を稼いでは着実にレベルアップしていきました。
今ではツクヨミの管理者であり、同時に大人気AIライバーという、なんとも華々しいジョブにクラスアップしています。
そんなヤチヨの今日の配信も、つい先ほど無事に終了したところでした。
「ふぃ~~~。今日の配信も無事に終了~~~☆ アリス~、ヤッチョ、ただいまツクヨミより帰還しましたぞよ!」
そう言いながら、先ほどまでツクヨミでライブ配信をしていたヤチヨが、現実の身体へと戻ってきました。
「ああ、ヤチヨ! お帰りなさいです! 配信お疲れ様でした。今日の配信も盛り上がっていましたね!」
「ただいま、アリス! まあ、ヤッチョは天才歌姫ですから~~☆」
そう言って胸を張るヤチヨでしたが、すぐに身を縮こませました。
「うう、それにしても寒いね……」
「確かに、もうすぐ冬ですからね」
「なんか、どんどん気温が下がっていってる気がする」
「気のせいではありませんよ。これからもっと寒くなるみたいです」
「うへぇ……。ヤッチョ、これ以上寒くなったら冬眠しちゃうかもしれないよ~」
「大丈夫です! もし冬眠しても、アリスがちゃんと起こしますから!」
「いやいや、そこは冬眠させないでよ~」
「それより、寒いならこっちに来てください。コタツの中はあったかいですよ」
「わ~~い! コタツだ~~!」
ヤチヨは私の隣までやってくると、勢いよくコタツの中へと潜り込みました。
「はぅぅっ……生き返る~~。骨身に染みるようだよぉ……」
「それは良かったです。ゆっくりHPを回復してくださいね」
私は羽織っていた
「今、お茶を淹れてきますから」
「ありがとう、アリス」
「みかんもありますよ。ヤチヨ、食べますか?」
「食べる~~☆」
お盆に二人分のお茶と、いくつかのみかんを乗せて戻ってきました。
ヤチヨは私から湯呑みを受け取ると、両手で包み込むように持ち、ゆっくりとお茶をすすります。
「はあーー……おいしい。あったまる~」
「それは良かったです。みかんもすぐに剥きますから、少し待っていてくださいね」
「うう、ヤッチョのアリスが優しすぎる……。マジ天使」
「そう言ってもらえると嬉しいです。けど、ヤチヨ。アリスは天使じゃなくて勇者ですよ!」
「それは分かってますとも。アリスはとっても優しい、
「??? そうですか。それなら良かったです!」
私は特に疑問を抱くことなく、みかんの皮を剥く作業に戻りました。
「それにしても、冬っていくらなんでも寒すぎじゃないかな。このまま行くと、本当に凍死しちゃいそうだよ」
「そうですか? でも、縄文時代の頃は今よりもっと気温が低くなっていましたよ」
「ええっ!? マジで!? ……ヤッチョ、その頃はウミウシで良かったかも」
ヤチヨはそう言いながら、半纏の襟元をぎゅっと握りました。
「ていうか、アリスはなんでそんなに平気そうなの? 寒くないの?」
「アリスには体温調節機能が備わっていますからね。この程度の寒さはへっちゃらです!」
「うわ、すっごいチートボディじゃん。いいなあ」
「ふふん! アリスは選ばれし勇者ですから!」
そんなやり取りをしているうちに、みかんの皮が剥き終わりました。
「はい、ヤチヨ。あーんしてください」
「あーん」
ヤチヨは素直に口を開け、差し出したみかんを一房受け取ります。
「ん~。甘酸っぱくて美味しい。お茶にもよく合ってるね」
「良かったです!」
そんな穏やかな時間を過ごしていると、ふとヤチヨの視線がコタツの上に置かれたPCへと向きました。
「ところで、そのPC起動してるみたいだけど。アリス、何かやってたの?」
「ああ、これですか。実はさっきまで、ツクヨミに入るためのアバターを作っていたんですよ」
「アバター?」
「はい。今までは試作品兼ツクヨミ管理用の仮アカウントでログインしていましたから。そろそろ、アリス自身のアカウントを作ってログインしようと思いまして」
「ああ、なるほどね。でも、アバターってツクヨミの中で作るものじゃないかな。ほら、チュートリアル用の大きな赤い鳥居がある湖のエリアで」
「確かにそうですね。でも、細かいところまでこだわって作るなら、あらかじめ準備しておいた方が便利なんです。ちょうど今、完成したところなので……ヤチヨ、見てみますか?」
「わーー☆ 見たい、見たい! どれどれ~!」
私はPCの画面をヤチヨにも見えるように向けました。
そこに映し出されていたのは、赤みがかった長髪と立派な髭、額から生えた大きな角。緑がかった灰色の肌に鋭い眼光、そして全身を彩る金色の装飾品と刺青。
見る者を圧倒するような威厳と風格を備えた、大男の姿でした。
「──え?」
ヤチヨの声が、ぴたりと止まりました。
「ちょ、ちょっと待ってアリス。まさかとは思うけど、アリスが作ってたアバターって……」
「はい! これです! かっこいいですよね!」
私は自信満々に頷きました。
「この前やったゲームに出てきたキャラクターを元にしているんですよ! 作中では悪役なんですけど、強者としての誇り、王としての威厳、そして見る者を圧倒するカリスマ性を持ち合わせている、とても魅力的なキャラクターなんです!」
「……」
「それに、この堂々とした立ち姿! この鋭い眼光! まさに王者の風格です! アリスもこんな風に――」
「却下」
「……え?」
思わずヤチヨの方を振り向きました。
そこには、いつものような笑顔を浮かべたヤチヨがいました。
……いましたが、何故でしょう。笑顔なのに、目がまったく笑っていません。
「ヤ、ヤチヨ?」
「絶対ダメだから」
「で、でも……」
「あり得ないから」
「ア、アリスは……」
「解釈違いです」
うう……取り付く島もありません。
そ、そんなにダメでしょうか。これ。
「そもそも、そのアバターって男性用だし、体格もアリスとは全然違うというか、正反対だし! それに悪役って何!? アリスはずっとかっこよくて、可愛くて、優しい私の勇者なんですけど!」
ヤチヨは勢いよく身を乗り出し、画面を指差しました。
「こんなアバター、絶対に認められない!! ……というわけで、このアバターは却下ね~~。は~い、没収~~☆」
「そ、そんなぁ……!」
ああ、せっかく作ったガノン○ロフが無情にもヤチヨに消されてしまいました。
くっ……結構頑張って作った自信作だったのですが。
私は未練がましく、コタツの上で寝そべっている『FUSHI』へと視線を向けました。
現在、その擬態機能によって白い犬の姿になっているFUSHIが、こちらをじっと見つめています。
「うう……FUSHIはどうですか?」
「アリスには、全く似合ってないよ!」
「ぐぅっ……!」
FUSHIにまでダメ出しされてしまいました……。
どうやら、アリスの味方はいないようです。
「そもそも、アバターならこの前ヤッチョが作ったものをあげたじゃん。あれで良くない?」
「ああ、あれですか。でも、これ……」
そう言いながら、私は保存しておいた別のアバターを画面に表示しました。
そこに映っていたのは、白銀の髪に青い瞳、紺色の着物。そして、海洋生物をモチーフにした可愛らしいアクセサリーを身につけた少女でした。
その顔立ちは私にそっくり……というより、ほとんどアリスそのものです。
「これ、衣装がヤチヨにそっくりですよ」
「うん! お揃いにしたんだ~~☆ これならアリスがヤッチョのものだって、すぐに分かるからね~!」
「ううん……でもアリス、せっかくならもう少しかっこいいデザインにしたいです」
「えええー!? なんでぇー! せっかくお揃いにしたのに~~~!」
ヤチヨがコタツの中でじたばたと暴れ始めました。
……ああ、せっかくの半纏がずれていますよ。
とはいえ、今はそっとしておきましょう。
私はヤチヨの抗議を一旦視界の隅に置き、アバター作りを再開しました。
ヤチヨが用意してくれたお揃いのアバターも素敵です。素敵なのですが、やっぱりキャラクターメイクは自分でやるのが醍醐味です!
とはいえ、また別のゲームキャラクターをそのまま持ってきても、さっきのように却下されてしまうでしょう。
……それなら、ベースはヤチヨが作ってくれたアバターにしましょう。
それから、さっきのガノン○ロフの要素を少しだけ取り入れて……。
よし!
「出来ました! アリスのアバター、作成完了です!」
「ぶぅーー! 結局変えちゃうんだ、アリスのバカ。……それで、今度はどんな風にしたの?」
ヤチヨはまだ少し不満そうに頬を膨らませながらも、PCを覗き込んできました。
「はい! これです!」
画面に表示されたのは、小柄な少女の姿でした。
長く艶やかな赤紫色の髪を高い位置でポニーテールにまとめ、黒を基調とした和風の民族衣装を身にまとっています。衣装には金色の装飾があしらわれ、腰には紫色の帯。下半身はゆったりとした袴風のズボンになっていました。
全体的に落ち着いた色合いながら、どこか威厳を感じさせるデザインです。
「おお……!」
ヤチヨが小さく声を漏らしました。
「どうですか? かっこよく仕上がったと思うんです!」
「うん……これは、さっきのよりずっといいね」
「本当ですか!?」
「うんうん。ちゃんとアリスらしい可愛さも残ってるし、かっこいい感じもあるね。……それに、私が作ったアバターの面影もちゃんとある」
「はい! ヤチヨが作ってくれた髪型や雰囲気は気に入っていたので、そこは残してみました!」
「そっかぁ……。えへへ、そっかぁ」
ヤチヨは画面の中のアバターを眺めながら、嬉しそうに頬を緩めました。
「でも、金色の装飾とか、その髪色とか……さっきのアバターの影響、結構受けてない?」
「はい! そこが特に気に入っていたので!」
「やっぱりかぁ……。アリス、あの大男のこと本当に好きなんだね」
「はい! とても魅力的なキャラクターですから!」
「うーん……まあ、アリスが楽しそうならいいか」
そう言ってヤチヨは、もう一度画面を覗き込みました。
「でも、これなら私も気に入ったよ。アリスに似合ってると思う!」
「ありがとうございます! では、これで決定ですね!」
私は満足げに頷き、アバターのデータを保存しました。
「よーし! それじゃあ、さっそくツクヨミにログインしてみましょう!」
「えっ、今からですか?」
「もちろん! せっかく作ったんだもん。実際に動いているところを見てみたいじゃん!」
「確かにそうですね! では、さっそく試してみましょう!」
私はPCの画面を閉じると、スマコンを目に入れました。
いつもの使っている管理者用ではなく、新しく作った自分専用のスマコンです。
そして次の瞬間、私の意識は宇宙を模したような空間を抜け、水飛沫が上がり気付けば目の前には大きな赤い鳥居が、そして足元には湖が広がっていました。空を見上げてみれば赤い鳥居の色が染み出したような真っ赤な夕焼けが広がっています。
まさしくここはツクヨミのチュートリアルエリアです。
そうして見とれていると、いつの間にか目の前にヤチヨがウミウシ状態のFUSHIを肩に乗せて目の前に立っていました。
「───太陽が沈んで、夜がやってきます」
「あ、ヤチヨ!」
「ようこそ、アリス。ツクヨミへ」
「おお……! いよいよですね!」
「ふふっ。なんだか私までドキドキしてきちゃった。さてそれじゃあ───出かける前に、その格好じゃあつまらない!」
それと同時に、私の目の前にキャラメイク用のウィンドウが表示されました。
私は先ほど作成し、保存しておいたキャラクターデータをインストールします。
「よし、これで準備は完了! さあ、いってらっしゃーい!」
ヤチヨがそう声をかけると、インストールが完了したのを確認するや否や、私の手を取って勢いよく走り出しました。
「わっ!? ヤチヨ!?」
そのまま引っ張られるようにして、私たちは目の前にある大きな赤い鳥居へと向かいます。
そして、鳥居をくぐった瞬間――。
視界がまばゆい光に包まれました。
まるで光の波紋を突き破るように、目の前の景色が一瞬で切り替わっていきます。
次に視界が開けたとき、そこに広がっていたのは、先ほどまでいた終わりのない浅い湖ではありませんでした。
色鮮やかな建物が立ち並び、幻想的な雰囲気に包まれた平安京風の街並み。
仮想世界『ツクヨミ』の中心地、常世の街が目の前に広がっていたのです。
「おおお……!」
私は思わず感嘆の声を上げました。
いつも管理者として見ていた景色のはずなのに、実際にその場に立ってみると、まるで違って見えます。
画面越しに眺めていたときには気づかなかった建物の細かな装飾や、通りを吹き抜ける風の感触。遠くから聞こえてくる人々の声まで、すぐそばに感じられました。
私は改めて、自分の身体へと視線を落とします。
そこには、先ほど自分で設定した衣装を身にまとった、小柄な少女の姿がありました。
試しに身体を左右に傾けてみると、長いポニーテールがふわりと揺れ、衣装にあしらわれた金色の装飾が光を反射します。
「これがアリスのツクヨミでの姿ですか!」
「ふふっ。なんだか不思議だね。ずっと一緒にいて、私を現実に連れ出してくれたアリスが、今度は私たちが作った世界の中に入ってくるなんて」
声のした方へ振り向くと、そこにはヤチヨが立っていました。
先ほどまでチュートリアルの案内をしていたときと同じ姿で、私に向かって嬉しそうに微笑んでいます。
「ヤオヨロー! さっきぶりアリス、無事にログインできたみたいだね!」
「ヤチヨ! ヤオヨローです!」
「これからは、ヤッチョと一緒にツクヨミを楽しもうね」
「もちろんです! これからはヤチヨと一緒に、たくさん冒険しましょう!」
「うん! それじゃあ、まずはツクヨミの中を案内してあげる!」
「お願いします!」
「ふふん。管理者兼大人気AIライバーのヤッチョが、直々に案内してあげようではないか~☆」
「おお! 頼もしいです!」
こうして私は、ようやく自分専用のアバターでツクヨミに降り立ちました。
今までは管理者として眺めるだけだったこの世界を、今度は自分自身の足で歩いていけるのです。
これからツクヨミの中で、どんな冒険が待っているのでしょうか。
ヤチヨと並んで常世の街並みを見渡しながら、私はこれから始まる新しい冒険に胸を躍らせていました。