Bocchi of the dead   作:true RIZE

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1日目 13時20分【発生】

 

手が、震える…。

 

まだ感触が残っている…。

 

目の前で1人の女子生徒が泣き叫ぶ…。

 

握っているバットの先に血が伝う…。

 

 

「……悪い夢なら、醒めてくれ……」

 

 

日が落ち始める茜色の空を見上げる。周りから聞こえる喧騒、屋上から校庭へと血みどろの惨劇。何人、何十人、何百人犠牲になったのかすら見当がつかない。

 

ただ1つ思っていることは、こんな悪夢みたいな現状にひたすら辟易して、家に帰って夕飯食べて風呂入って寝れば、全部元通りになればいいと言う、もう叶わない願いを抱き続けることだけだ。

 

 

***

 

 

『ふああ……ねみぃ……』

 

 

○○県床主市藤美学園、親父の転勤の影響で一家総出で引っ越し総武高校から転校するハメになった。つい先月に転校の手続きをしたばかりでこの春、転校と同時に進級して藤美学園のニューカマーとして登場したわけだが。

 

 

『……比企谷八幡、よろしくお願いします』

 

『それだけ?』

 

『なんか猫背で陰キャ臭いな』

 

『てか目腐ってね?怖いんだけど』

 

 

なんて自己紹介からの第一印象はあまり芳しくなく、初めは転校生という称号を持つ俺に興味を持って数人は話しかけてくるも、次第にそれはなくなり一週間も経たずにボッチな状況に後戻り。やっぱ俺ってどこ行ってもこうなんだな。

 

そんなことは気にせずイヤホンを耳に着け寝たフリしてると、ポンと肩を叩かれる。

 

 

『また1人か比企谷』

 

『…なんだ井豪』

 

 

井豪永、クラスの同級生で俺に唯一話しかけ続ける物好き。良く言えば優しくてクールなイケメン、悪く言えば彼女持ちのリア充イケメン野郎だ。で、そんな奴が何故か世話焼き女房よろしく、お節介にも毎日こうして寝たフリをしても構わず話しかけてくる。

 

 

『いや、お昼でも一緒にどうかなって』

 

『結構だ、1人で食うのが好きなんだよ』

 

『そう言わずにさ、麗にも君のことを知って欲しくて』

 

『何が悲しくてカップルと一緒にメシ食わなきゃなんねーんだよ。あれか、ボッチに仲良し恋人アピールってこと?新手の拷問か何か?』

 

『そ、そう言う意味じゃ…気を悪くさせたならすまない』

 

 

こんな調子で根気強く毎日関わってくる。たまに彼女の麗、宮本麗も一緒に来るがそれも華麗にスルーし、トイレやら体育館裏やら屋上へと避難する。てかこの学校、総武高校に負けず劣らず広すぎなんだが。

 

そうこうしてる内に時間は経つのもあっという間、4月の下旬に差し掛かり、世間ではゴールデンウィークの話題で持ちきりだった。俺はゴールデンウィークであっても変わらず、家に籠ってゲームと読書三昧、それを妹からはゴミぃちゃんと呆れながらボヤかれる。そんな当たり前の休暇が待ち遠しくて仕方なかった。

 

この日も井豪からは相変わらず誘われそうになるも甘いな、ボッチは学習能力が高いんだ。一足先に声をかけられる前に教室から立ち去り、屋上へ避難する。

 

初夏の陽気を感じながらも、まだ春風の名残がする絶妙な温度感に、俺は屋上に備わってる天文台付近の日陰がある場所で睡魔に誘われるまま寝るのだった。

 

 

『んん…寝すぎた…』

 

 

本能のまま眠りにつけば、いつの間にか1時を過ぎていた。すっかり5限目をサボタージュしてしまう。溜め息つきながらも、保健室言ってたと言い訳を考えるが、別に俺1人居なかったとこで対して誰も気にしないだろうと思い起き上がる。

 

 

『はぁ…にしても体ダリぃ…コンクリートの上で寝るもんじゃ…なんだ?』

 

 

ふと校門の柵に体当たりしている人を見かける。ガシャガシャとただ当たってるだけで入ろうとはしなかった。不審者にしては妙だと思い眺める。すると先生が何人かその不審者へと対処しようとしていた。

 

 

『なんです……あな……妙な……さもないと警……』

 

『まあまあ林先……呼ぶまでもありま……』

 

 

当然のことだが屋上から校門まで距離があるから会話は途切れ途切れでしか聴こえないが、どうやら自分達だけで対処できるようだ。

 

しかし何故だろうか。俺の第六感がそう告げているのかそいつを入れては、いや、触れてはならないと警戒一色に染まる。

 

それは一瞬の出来事だった。柵越しに不審者を掴んだ男性教諭が、その腕を噛まれたのだ。よほど深手を負ったのか1分も経たずに動かなくなってしまった。

 

 

『…マジか』

 

 

不審者の一噛みで絶命、そんな事態を目の当たりにし、そこから【発生】していくことを、この時の俺はまだ知りもしなかった。やがて死んだ筈の男性教諭が、目の前の女性教諭に飛びかかり首元を噛みついたのだ。

 

やがて俺は、この事態に1つの確証を得てしまう。ゲームや映画、フィクションの中だけかと思っていた存在が今、こうして現実に目の前に現れていた。

 

 

『……ゾンビ、なのか?』

 

 

俺の胸中、考えてしまうのはこれから何が起こるか。そしてあの不審者…ゾンビ第一号は街から来た。なら、小町と親父、母ちゃんは?3人の安否が気になり不安が募る。連絡をかけようとLINEから母ちゃんに電話をする。

 

 

『頼む頼む頼む…』

 

 

無情に、ただひたすらとコール音だけが耳に鳴り響き、そして着信終了となってしまう。やはり、そうなのか。既に街は、いや最悪この床主市がもう、パンデミックが起きてしまってるのか。

 

 

『すー、はあ…』

 

 

落ち着いて、一旦深呼吸して状況を整えようとする。既にあの女性教諭も首に重傷がありながらも、起き上がり校庭をうろついていた。やはりそういうことなんだろう。

 

取りあえず今は、これからの為に最低限の準備をしなければ。屋上から立ち去り、体育館へと向かう。確かソフトボールの授業で使う用のバットが置かれてるはずだ。向かう途中、校内放送が突如として始まる。

 

 

『全校職員、生徒に連絡します!現在、校内で暴力事件が発生中です!生徒は職員の誘導に従って直ちに避難してください!繰り返します!現在校内で…ぎゃああああ!!!助けて、止めてくれっ!たすけ、ひいぃ!痛い痛い!助け…死ぬっ!ぐわぁあああ!!!』

 

 

放送が終了する、いやさせられた。とうとう校内にまでゾンビが入ってしまった。俺は急いで体育倉庫に入りバットを探す。

 

 

『くそ、どこだ。……あった』

 

 

バットを見つけ体育館から立ち去る。すると校内は阿鼻叫喚、我先にと逃げ出す生徒の姿だった。いざ緊急時ときたら、小学生の頃から散々やらされた避難訓練など意味もなく、混乱に陥っていた。

 

幸い体育館側は離れになってたので、混乱の渦中に入ることはなかった。武器は取るもこれではまだ無防備に等しく、恐らく校外に出れば何百、何千、もしかしたらそれ以上の数にすれば、これでは心許なかった。避ける為にも足が必要だ。原付、もしくは車だ。マトモに相手なんてしてられない、今はとにかく小町達の安否確認をしたい。

 

車の鍵を入手する為職員室へ向かおうとする時、1人の女生徒とすれ違う。凛とした佇まいの、大和撫子そのものと言わんばかりの、紫がかった艶やかな黒髪が特徴的で、そして木刀を携えていた。

 

 

『なんだありゃ』

 

 

気になるも意識を戻し、とにかく鍵を手に入れなければ。すると管理棟から悲鳴が響き渡る。この悲鳴の主は確か、宮本だったか。御愁傷様、生憎こちとらそこまで善人じゃないんだ。自分でなんとか。

 

 

『ぐあああ!!!』

 

『永っ!永いやあぁぁ!』

 

『……井豪』

 

 

悲鳴を上げた原因、それは井豪が襲われていたから。俺には悠長にしてる暇なんか…瞬時に駆け巡る脳内の記憶。この学校に来てまだ日もそんなに経っていない。その数少ない思い出の中に挟み込む井豪。

 

比企谷、お昼一緒に食べないか。

 

ほら、一緒にトイレでも行こうぜ。

 

それで麗がさ、聞いてるか比企谷?

 

 

『……クソ、良い思い出なんて何一つ無いのにな』

 

 

管理棟へと繋がる階段を駆け上がる。そして、腕を噛まれる井豪とモップの柄でゾンビへと突き刺す宮本がいた。

 

 

『お願い離れて!永を、永を離してよぉ!』

 

『麗…逃げろぉ!』

 

『イヤ…イヤぁ!永を置いてなんて行けない!』

 

 

井豪が噛まれてる…あれではもう…。俺は既にそうなってしまった結末を知っていた。それでも、もう意味がなくても、井豪を噛み続けるゾンビ目掛け走り出し、バットを振りかざす。

 

 

『うおおらあぁぁ!!!』

 

 

ゴシャ!嫌な感覚が手に伝う。精一杯の力でゾンビの頭へ叩きつける。衝撃で井豪から離れるも、睨み獲物を俺へと移す。まだだ、一回じゃ足りない。なぎ払うように振り、今度は顔面を殴打させる。倒れた隙を狙って3発、4発と続け様に叩く。

 

 

『はあはあ!クソ、クソっ!』

 

『比企谷…もう、充分だ』

 

『はぁ…はぁ…』

 

 

殺した。元人間とは言え、井豪を助ける為とは言え、俺が自分の意識で殺してしまった。

 

 

『ううっ!』

 

 

胃から消化物が逆流しそうになる。必死に首を掴み、吐きそうになるのを防いだ。そんな俺を心配そうに見つめる井豪と、それどころじゃなく混乱しきる宮本だった。

 

 

『ありがとう比企谷。助けてくれて』

 

『はぁ。礼はいい、それよりどうする』

 

『…どうするって、どういう意味?』

 

 

なんとか落ち着きを取り戻しつつある宮本から聞き返される。おいおい、質問を質問で返すな。先生に教わらなかったのか?それじゃあテストで失点の対象だぞ。

 

 

『もう既に校内はパニック状態だ。遅かれ早かれゲームや映画みたいに奴らは鼠算式に増えてくはずだ』

 

『奴らが増えるって…』

 

『もう分かってんだろ、あんま言いたかないがゾンビだ』

 

 

井豪は自分の噛まれた腕を気にするようさする。宮本も何か気づいたのか非難の眼差しでこちらに訴える。

 

 

『ひ、比企谷君バカ言わないで!永が、永がアレになるはずが』

 

『まだ可能性の話だ。全員がそうだと決まったわけじゃねーだろ』

 

『でも…永…』

 

 

どこかまだ不安を拭い切れない、そう言いたげな宮本を他所に井豪は後ろを見ていた。

 

 

『ヤバい…他の奴らも来てる!』

 

『ウソ、もうこんなに…それなら下の階に!』

 

 

ぎゃあああ!

 

いやぁぁぁ!

 

痛い痛い噛まないでぇ!

 

 

嘘だろ。さっきまで体育館方向の離れは人がいなかったのに。そこへ逃げた連中が後を追うようにゾンビに襲われていた。クソ!これじゃあ職員室まで辿り着けない!井豪を助け…いや、たらればの話はよそう。今を考えなくては。

 

 

『取りあえず屋上だ、あそこに天文台があるから立て籠れる』

 

『比企谷ナイスアイデア。屋上に行って救助を待とう』

 

 

校内はどこもゾンビだらけ、現状安全な場所は屋上しか思い付かなかった。けど、それでいいのか?後退し続けるばかりで一向に脱出できない。

 

一抹の不安を募らせたまま、屋上へ向かう。奴らの数は少なくまばらになっていて、天文台に避難するには充分だった。

 

 

『行くぞ麗、比企谷』

 

『うん』

 

 

井豪の一声で、同時に走り出す。俺に向かってくるゾンビを叩きつけ、すぐさままた走る。俺と井豪が先に到着するも、宮本がゾンビを倒そうと柄で突くも、そのまま取り押さえられ壁に投げつけられた。

 

 

『きゃあ!う……ひっ!い、いやあぁ!もう止めてぇぇ!』

 

『クソ、おらぁ!』

 

 

体勢をターンさせ、その勢いのままバットで壁に叩く。不快なサンドイッチを味わわせられるも、宮本は無事助かる。

 

 

『…あ、ありが』

 

『礼言う前に早く来い!まだ来てんぞ!』

 

 

おぼつかない足取りの宮本を掴んで天文台に引き寄せる。天文台に立て籠るにしたってこれじゃあ奴らが入ってくる。そう思った矢先、井豪が長机と椅子を持って来る。

 

 

『比企谷!これでバリケードを!』

 

『あいよ!』

 

 

長机を縦にし、机と椅子で足元を補強していく。侵入されないよう押さえるも、これではすぐ壊されて入られる。そうこうしてる内に井豪がテープで机や椅子の足と屋上の柵を巻いて集束させる。

 

 

『助かった比企谷。これで、ひとまずは安全だ』

 

『おう……ふぅ、疲れた…』

 

 

そのまま糸が切れたように座る。まだ、手にあの感触が残っている。人の頭蓋骨を、頭を潰した感覚が…。

 

 

『比企谷、大丈夫か?ほら水だ。取りあえず飲んで落ち着け』

 

『…ああ、すまん』

 

『いいって。それと水飲んだら、空になったペットボトルは捨てるな。天文台に流しがあるから、それで補充してかないと。でないと』

 

『電気が止まって水が送られてこなくなる、だよな』

 

『だな。流石比企谷だ』

 

 

にかっと無理して笑う井豪。腕の痛みが酷いのか、それとも症状が進行しているのか顔色は芳しくなかった。屋上から外を見下ろす。街中から煙が立ち上る、喧騒もここまで聞こえてくる。親や、小町は無事なのだろうか。暗雲立ち込める渦中に、俺は希望を見出だせないでいる。

 

遠目で2人を眺める。スマホは連絡が取れず、屋上に逃げてきた体育教師らしき人が飛び降りた光景に、宮本は堪えきれず泣きながら井豪にすり寄っていた。

 

俺も半ば現実逃避するかのように、この事態は原因が解明されすぐに終わるもんかと思った。だが、そうはならないことを、心のどこかで俺は直感していた。もう、俺が慣れ親しんだ日常は戻って来ないのだと。

 

あれから30分ほど経った。屋上では相変わらず奴らの呻き声がうるさかった。途中自衛隊のヘリが屋上へ近付くも、俺達が生きていたのを見たにも関わらず通り過ぎて行った。井豪が言うに何かしらの特別な任務が与えられて、俺らに構ってる時間なんかないと。そのことと今までのことが度重なり宮本はすっかり意気消沈したのか体育座りしたまま動かなかった。

 

 

『さっき麗のこと、助けてくれてありがとな』

 

『…別に。下手に顔見知りになった奴が、死なれても困るだけだ』

 

『はは、そっか』

 

 

重苦しい空気感が続く。時刻は既に3時半を過ぎていて、昨日までなら間もなく放課後や部活動の時間に差し掛かろうとしていた。それが今ではこの有り様、校庭では必死に逃げ惑う僅かな生徒が奴らの大群に捕まって貪られてた。

 

俺はネガティブな思考に拍車がかかり、俺はいつ、どこでゾンビの餌食になるのだろうという暗い考えに染まる。そんな俺を見兼ねたのか井豪が話題をふる。

 

 

『実はな、麗があそこまで落ち込んでるのに理由があって…比企谷が俺達と合流する前に、幼馴染みを失ったんだ』

 

『…はあ』

 

『悪いな急に突拍子もないこと言って。麗を助ける為に自分を犠牲にして活路を開かせたんだ。だから、孝の分も生きようって思った矢先に、コレだもんな』

 

 

噛まれた腕を見せつける。傷口とその周辺に血管が赤黒く浮かび上がってそこから井豪の体へと蝕み続けていた。

 

 

『なあ比企谷、1つ頼みがある』

 

『んだよ急に』

 

『麗のことを頼む』

 

『……は?』

 

 

肩を掴んで、真剣な眼差しで俺を見る。あんなに顔色が悪くなっていた井豪は、この時だけいつも通りで、毎日声をかけ続けたあの顔のままだった。

 

 

『詳しくは麗のプライバシーに関わることだから言えないけど、ここ数ヶ月で彼女は不幸のドン底にいたんだ。俺なりに支えようと友人として、恋人として支えてやっと元の麗に戻ってきた時にコレだ。今日一日で、幼馴染みと彼氏を失う。そんな彼女が、マトモに耐えきれるハズがない』

 

『………』

 

『だから比企谷、もし『そう』なったら、彼女を止めて欲しい。俺がいなくなった後の世界で、麗を代わりに支えてあげて欲しいんだ』

 

『なんで…』

 

『ん?』

 

『なんで…そこまで俺を信用する』

 

 

理由なんかないハズだ。俺は今の今まで井豪の誘いをことごとく断り続け、拒んできた。それだけで印象なんて最悪の他でもないのに、何故井豪はここまで俺に信頼を寄せるんだ。そんな俺を他所にこいつは語り続ける。

 

 

『なんで、か…比企谷と友達になりたかったじゃダメか?』

 

『……はぁ?』

 

 

今度こそがっくりと肩を落とす。たった、たったそれだけの理由の為に俺を信用してたのか?

 

 

『実はな、さっき話してた麗の幼馴染み…小室孝は、中学からの馴染みだったんだ。でもある件で麗と孝の関係に亀裂が入った。孝が麗に好意を抱いてたのは分かってたのに、俺は麗と付き合った。そこからは当然、孝とは疎遠になってな』

 

『いや、急に重い三角関係の話ふんなよ』

 

『あはは…それでな、俺孝以外にろくに友達がいなくて』

 

『数少ない友人を減らすとか自業自得だなおい』

 

『ホント笑えない話だよな。そんな関係を腫れ物を扱うみたいに、クラスの連中にすっかり避けられてさ。そこで、何も事情を知らない転校生の、比企谷が現れたってワケさ』

 

『そんな救いの神降臨みたいに言われてもな…言われた当人は困るだけなんだが』

 

『事実救われたんだよ。そんな俺を、俺達を何も知らなかったとは言え、対等に、ちゃんと話をしてくれたのは比企谷だけだった』

 

 

いや、過大評価すぎんだろ。腫れ物を扱うっていずれ時間が解決する問題で、ロクに取り合わなかったらお前らも自然と俺から離れんだろ。それなのにこいつは、ただ、友達になれるかも知れないと無邪気に話続けたのか?

 

 

『今日金曜日だろ?もし学校が終わったら、放課後比企谷と遊びに行こうと誘おうとしてたんだ。近くの喫茶店で学校に慣れたか話したり、カラオケに寄って校則ギリギリまで歌い潰したり、ホントは比企谷とやりたいことが山ほどあったんだ。けど…それはもう、できそうにないからさ…』

 

『い、井豪…?』

 

 

次第に顔色が悪くなり、蒼白となっていく皮膚に、初夏の熱気も漂わす夕方のハズなのに、井豪の体からはどことなく冷たく感じた。

 

 

『頼む…比企谷…ゆ、友人として、最初で最後の頼みだ…彼女を、麗を…どうか…』

 

 

やるせない涙、こんなに冷たくなっていく体からあり得ないほど熱いモノが伝ってくる。この問いに俺は、どうすれば、この悩む時間すら惜しくなるほどに、残酷な時間は突如として訪れる。

 

 

ぶはぁっ!

 

 

井豪の口から吐血したのが、俺へと降りかかる。その異変に流石に気づいたのか宮本もこちらへ駆け寄る。

 

 

『永!?永ぃ!ねえどうしたの!?何でこんなに酷く』

 

『映画通りってことさ…噛まれたらもう、おしまいなんだ』

 

『そんな、映画みたいなんてこと…』

 

『まわりは映画通りだ。なあ…比企谷、手伝ってくれないか…』

 

 

吐血混じりの咳をしながら、柵の方へ指を指す。その意味にすぐさま理解が追い付いてしまう自分に堪らなく嫌悪した。

 

 

『あそこなら…地面から真っ直ぐ…多分、ぶつかった衝撃で頭も 割れるハズだ』

 

『ひ、永…何言って…』

 

『俺は奴らになりたくない!』

 

 

つい先ほどまで透明な涙だったのが、今では血にまみれたモノを瞳から流していた。そんな井豪が俺に訴えかけるように、頼んでくる。

 

 

『比企谷…俺は最後まで…人間のままで…お前の友達としていたいんだ』

 

 

うげぇぇっ!

 

 

断末魔を彷彿とさせるかのように、大量の血を吐き続けながら井豪は、唐突に事切れてしまった。

 

 

『永!永!そんな…いやぁ!死んじゃダメぇぇ!!!』

 

 

ひたすらダメと泣き叫び続ける宮本。…『麗のことを頼む』『お前の友達としていたいんだ』か。今まで後悔は山のようにしてきたが、まさか、その一番がこの日更新されるとは思わなかったな。バットを握り締め、井豪に近付く。

 

 

『宮本…どけ…』

 

『比企谷君…だ、だめ…そんな事しちゃだめぇ!ならないわ!永は奴らなんかにならない!永は特別なの!』

 

 

本当に、そうであれば良かった。井豪は特別で、ゾンビになんかならず、事態が丸く収まって、これから…友人として仲良くなるかもしれなかった。

 

だが現実は、無情なんだ。もう二度と動かなくなったハズの井豪こ体は再度起き上がる。

 

 

『永!ほら見て比企谷君!永は死ぬはずなんてない』

 

 

うう

 

 

獣のような声を唸らせ、生気のなくなった赤く染まった瞳でこちらを見つめる井豪だった存在。もう、今日何度となく見てきたその風貌に、俺はバットを振りかざす。

 

 

『そんな、こんなの、ウソ…ウソよ…』

 

『…井豪、俺は、もっと早く…』

 

 

お前と友達になれれば良かった。

 

 

***

 

 

そして現在、井豪の頭を叩き潰しその亡骸を抱き寄せながらひたすらに泣き崩れた宮本だった。これまで過去に何度も見てきたのに、それ以上に敵意を顕にする宮本の鋭い視線が突き刺さる。

 

 

「なんで…どうしてなの…」

 

「やらなきゃ、俺達が食われてた」

 

「私は…私は助けて欲しくなんてなかった!永のこんな姿なんて見たくなかった!こんな風にして生き残るくらいなら…永に噛まれて私も奴らになりたかったのに!」

 

 

井豪、お前の頼みとは他所に宮本は死にたがっている。俺はいったい、どうしたらいいんだ。

 

 

「あいつが…井豪がそれを望んでなんていなかった」

 

「……あんたに、あんたなんかに何が分かるって言うのよ!」

 

 

バシンとはたかれ、そのまま押し倒され馬乗りで彼女にひたすら叩かれる。押さえきれなくなった感情が爆発して、俺はただひたすらに受け止めことしかできなかった。

 

 

「孝も死んで!永もいなくなった!こんな世界で私が生き残る必要なんてもうどこにもないの!なのに!なんで何も事情を知らないあんたしかいないのよ!」

 

「……すまん」

 

「謝らないでよ!謝るなら永を返して…返してよぉ!うう…うわぁぁぁぁん!」

 

 

俺の胸元にしがみつき、延々と泣き続ける宮本。哀しみの熱を感じながらも、俺の胸にぽっかりと空いてしまった穴は、埋められそうになかった。

 

絶望的な状況下、これからどうすればいいのか、そんなことがままならないまま、時間だけが過ぎていった。

 

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