空想令嬢ガールはえちえちホームズを夢見るか? 作:何処にでもある
「なんなんですのなんなんですのなんなんですの!!」
ドタドタと一人の少女が騒がしく、石に時折り躓きながら走っていた。
背丈は小さく金髪を二つに分けて束ねていて、華奢な身体を緑と黒を合わせたビスクドールの様な装いで包んだ少女。
「はぁ、はぁ、はぁ……わたくし、一体何処に連れて来られたんですの…!?」
見た目通りと言うべきか、或いは少し冷静になったと言うべきか。少女は程なくして足を止め、漸くコレまでの事を振り返ろうとして。
「……もう追ってこねーですわよね?」
深い霧を稀にチカチカと心許なく途切れる街灯が照らすロンドンの細道を、困惑と不安を混ぜた顔で、しきりにキョロキョロと警戒する。
基礎から歪んだ建築、見上げても空を拝めない深い霧、西洋と言うには……少々古臭さ…失礼、レトロチックな、贔屓目に見ても現代的とは言えない光景。
現代の、貧乏とはいえ道端で拾った少女マンガくらいは読んでいる彼女でも、常識の齟齬による違和感を感じざる終えないだろう。現実にしては歪で、夢にしては汗も鼓動も実感が伴い過ぎている。
とはいえ……彼女が持つ力を考えれば、もう少し早く現状を理解出来ても良さそうなものだが。
「落ち着きなさいハンナ……わたくしは今日、クソみてぇな牢屋敷に連れて来られ、魔法だの看守だのと説明を受けて……ッ」
少女──遠野ハンナは、マスカットのような緑色の眼を震わせながらも状況を整理していく。
そう、彼女は此処に来る前はとある屋敷に招待されていた。魔法に目覚めた13人の少女達を集め、共同生活を送る為の場所。その生活の合間にちょっとした殺人事件でも起きるかも知れない場所だが、生きていくには十分なだけの環境が与えられた屋敷だ。
「それからまっっずいメシを食わされて、シェリーさんにおやすみの挨拶をされて、それから寝むって……」
看守とゴクチョーに屋敷の説明を受け、同室の橘シェリーと孤立しかけていた桜羽エマと流れで一緒になった氷上メルルと共に屋敷を見て回り、突拍子もない現実を内心受け止めきれないまま就寝した筈だった。
そう、看守とゴクチョーという少女達の管理者の役職から分かる通り、少女達は囚人である。
魔法に目覚めた魔女……なれはて予備軍だ。だから寝る前まで囚われていたのにも関わらず、何故自分はこうして外に放り出されているのか。
「……わっかりませんわー」
状況を整理しても分からない。理解出来ないというより、結論を出せる材料が無い。
ハンナは考えても仕方ないと……。
適当に歩いてみることにした。(※死にます)
→此処に来てから起きた事を思い出してみることにした。
「そして……目覚めたら此処に居て…大斧を持ったなれはてが背後に立って…いて」
そう、丁度──に風なんこ。
「ちょぉーー!!?」
『──◼︎なく◼︎◼︎◼︎』
壊れたレコードの様に同じ逆巻きの言葉を繰り返すなれはての攻撃を寸前で躱す。
躱せたのは全くの偶然だったが、反射的に自身の魔法を使い体重を軽くしていたのが良かった。
彼女は非力だが、魔女予備軍として収容された魔法少女である。彼女の生存本能が自分の魔法である【浮遊】を使って体重を軽くして、非力でも軽やかな動きで避ける事を可能とさせていた。
「うおぉー!? 火事場の馬鹿力ですわー!!?」
尚、本人は自分が何故回避出来たのか全く分かっていない。なんか思ったよりシュバっと避けられたとしか考えられてないのである。
まぁ、昨日まで子沢山な貧乏家族の最年長として弟妹の様子を見ていた女の子だったのだから仕方ないだろう。全力でも10cm浮かんでゆっくりかつ短時間しか動けない魔法なのだから本当に仕方ない。体重を半分だけでも魔法で持てば二倍速く動けるなんて思い付く様な環境じゃなかったのだ。
「死に、死にたくないですわーー!!」
ともあれ──遠野ハンナは魔法少女である。
『◼︎なく◼︎だた』
魔法少女とはいずれ魔女に成れ果てる者である。
故に魔女はなれはてとも言う。
魔女は人類に対し殺意を抱いており、魔法少女は魔女化が進むに連れて衝動的に誰かを殺してしまう。
だから、彼女達は牢屋敷に囚われている。
「死にたくないんですかーー??」
「あ、当たり前ですの!」
「でしたらこっちに来てくださーい! こっちですよー?」
「…! 建物の方から聞こ……通り過ぎちゃいましたわー!!?」
「はい! 見事に私の目の前を通り過ぎましたね! どうします? 良ければ背負って一周しましょうか?」
「並走!? と、兎に角お願い…しますの! そろそろ……走り…疲れて…!」
『!!いな◼︎◼︎だた』
そして、ここは霧の
「分かりました! この名探偵にお任せください!」
「!?……あなた、よく見たらシェリーざッッ」
「ビュビュビューン!!」
産業革命真っ只中で、魔女が彷徨き、難事件を解決する名探偵を必要とする熱気と狂気が渦巻く
『だた』
「すみません! 邪魔なので背中から殴り倒しますね!」
ゴッ!!
またの名を──魔女の夢。
これまで牢屋敷に囚われて来た魔法少女達の夢が積み重なって出来た不思議な世界。
「キキー! ガチャ! ガタつき確認ヨシ! ふー…これにて事件解決ですね!」
「〜〜〜ッ! 死…舌…こ……少っしも解決してませんわよ! どーすんですの! 絶対怒ってますわよあのなれはて!」
「大丈夫です。あのなれはては人の家に不法侵入したりしませんから。警備員だと思ってください!」
「それはもっとダメなやつですの! 警備員を殴るなんて……なれはての警備員ってなんですの!?」
「分かりません!」
「おい、名探偵!」
ここは夢の世界。
本来なら誰もがこの夢の世界で相応しい役割を与えられ、夢心地のまま深夜の一時を過ごす。
しかしこの遠野ハンナという少女は……。
「……もー! どうなってるんですのーー!!」
夢の中でも、少しばかり浮いている様であった。
♧ ♠︎
「……本当に入って来ないんですのね」
「だから言ったじゃないですか。真面目ななれはてさんなんですよ」
その後暫く言葉の応酬を続けていたハンナだったが、シェリーが入ってくる気なら今頃そこの扉を蹴破ってますね!の一言によりハンナが覗き窓を確認。扉の前に佇んでいるなれはてに二回腰を抜かしながらも、襲って来ない事を理解した事で話は収集が付けられようとしていた。
「シェリーさん。これは一体どういうことですの」
「どう…とは? もっと具体的にお願いします!」
「だから! なにもかもですわ! わたくしが屋敷の外に居ることも、あのなれはても、シェリーさんがこの部屋に居ることも! 一から説明してくださいまし!」
「うーん」
朝から晩まで怒涛の展開だったからか、ハンナがカリカリとした顔でシェリーを問い詰める。
とはいえシェリーはそんなハンナさんとは裏腹にのほほんとした顔で、棚からコーヒーと茶菓子、それから3つの錠剤を取り出して机に並べだした。
「まぁまぁ、一旦お茶でも飲んで落ち着きましょう。こういう時はお茶会と自己紹介から始めるべきと相場が決まってますから」
のほほーんとシェリーが慣れた手付きでマッチを擦り、懐から取り出したパイプタバコを吹かし始める。あまりの自然な動きに呆気に取られたが、ハンナは直ぐにハッとしてパイプをシェリーから取り上げた。
「あー!?」
「あーじゃありません! わたくし達は未成年! タバコなんか吸ったら身体に良くないんですの!」
「トホホ……探偵にはタバコと相場が決まってるのですが……」
そのまま錠剤に伸ばされた手よりも先にハンナが無言で没収する。
ガックシと、シェリーは探偵仕草をし損ねたショックで頭を下げた。
「全く……それで、自己紹介? もうわたくし達は屋敷で済ませており……おりまー……すことよ? 必要はないのではないかしら」
「いえ、私達は初対面ですよ? 私はここ、ロンドンで探偵を営むシェリー・ホームズで、あなたは誘拐にでもあってそうな見知らぬレディです!」
「すんごい堂々と人の名前をパクってますわね……」
流石に呆れが勝ったのか、ハンナが肩をすくめる。
貧乏テレビっ子のハンナでもシャーロック・ホームズという探偵は既知のものだ。
ロンドンの名探偵、どんな難事件もたちまち解決、パイプタバコを吹かし助手を使いっ走りにして自分は安楽椅子に座っている。
そんな一部偏った情報ではあるが、それでもシェリーが実はホームズなんて偽証は鼻で笑い飛ばせる程度の知識は備えていた。
「あり得ませんわ。あなたは橘シェリーでシャーロック・ホームズなんかじゃないんですもの」
ハンナは牢屋敷で共にした橘シェリーとは、のほほんとした元気ハツラツの女の子。青い髪に柿の種みたいな目の色をした自称名探偵。【怪力】の魔法が使えるゴリラ女である。
似ても似つかないと反論してみれば、シェリーは朝昼と変わらぬ調子でこう切り返してきた。
「ふーむ……ならこう考えてみましょう。私が仮に偽物だとして、となるとこの部屋は他人の部屋ってことになりますよね? そのシャーロック・ホームズさんの部屋だとすれば、こうして茶菓子やコーヒーの場所を探しもせずスッと出せるのはおかしくありません?」
「ぐう……」
言われてみれば確かに。
思えばパイプに火を入れるのも錠剤を躊躇なく飲もうとしてるのも変だ。
常備薬があるなら朝食や昼食の時に話題に出ないのはおかしいし……あのなれはてについて詳しいのも、地元民っぽさを感じる。
「じゃあ、シェリーさんはどう考えてるんですの。言っておきますけど、わたくしは嘘や記憶の捏造なんてこれっぽっちもしていませんわよ!」
「でしたら、先ずはあなたの経緯を教えてください!」
「勿論ですわ。そうですわね……先ずはゴクチョーと看守が説明を始めた所から…──」
ハンナ、ここで敢えての逆質問である。
意地を張る場面でもなし。頭がこんがらがってる時は素直に頼っておけばいいのだ。それがハンナ流の裁判処世術である。
シェリーが案外鋭そうなので、会話していると気が気じゃなくなってくるのだ。
「…──と、いう訳ですの。ほ、ホントに嘘も隠し事もしてませんわよ!?」
「はい、まだ何も言ってません!」
「ほっ……」
ハンナ、安心──!
「でも隠し事…というより、言い損ねてることは一つありますね」
「えぇっ…!?」
ハンナ、狼狽──!
「まだあなたの名前を聞けてません」
「………ああ」
その言葉を聞いて、ハンナの中で漸く彼女が自分の知る橘シェリーとは別なのだと確信を持てた。
言葉遣い、服装、雰囲気。何もかも橘シェリーと同じなのに、記憶と経験だけが欠けている。
既知と初対面。その差は1日分の違いでしかないのに、ハンナはなんだか心細くなってしまった。
しなしなハンナである。心なしかツインテールもごぼうからきんぴらごぼうサイズに縮んでいた。
「遠野ハンナ、ですわ。使える魔法は【浮遊】…と言っても精々10cmだけ、少しだけ浮いていられるだけですけど」
「ハンナさんですね。改めてよろしくお願いします!」
名前も知れた所で、改めてシェリーが推理ショーを開いた。
「結論から言えば、ハンナさんは寝てる間に精神だけがコチラに来てるんだと思います!」
「とっ……取り敢えず最後まで聞かせて貰いますわ」
突飛子もない事をと言いかけたが、魔法なんてものがある世の中なので決めつけは良くないと口をつむぐ。それを見てシェリーは続きを語った。
「魔法少女を収監しなれはてになるまで監視する牢屋敷。ハンナさんの言葉に偽りがないのなら、ハンナさんの囚人番号から単純に逆算して667名が犠牲になってることになります。
魔法には【死んでも消えない魔法】がありますから、それだけのなれはてを収容してるなら【夢の中に別世界を創る魔法】とか、【眠ってる人の精神を異世界に送る魔法】とか、そういった【消えない魔法】が屋敷に掛かっている可能性は否定出来ません!」
「まぁ…そうですわね?」
「なのでここがハンナさんの夢なのか実在するのかどうかは考えるだけ無駄です! 先ほど述べた仮説を前提にした方が都合がよろしいです! 試しにそのパイプと錠剤はあげますので、起きた時に手元にあるかどうか確かめてみましょう!」
「いらねーですわー」
「えー、結構便利ですよ? パイプは持続的な魔女化抑制効果が、錠剤は即効性の魔女化鎮静効果があります。牢屋敷の環境的に持って帰れたら便利だと思いますよ?」
ギョッとした顔で没収したパイプと錠剤を見る。その話が本当なら是非とも持ち帰っておきたい品物だ。当たり前だが、ハンナは人殺しの衝動を抱えたくないし、魔女になんてなりたくない。出来ることなら一生人のまま生きていたい。
その思いは、ぎゅっと少しだけ握る手を強めた事からも伺い知れることができた。
「確実なのは、魔法少女を収容する牢屋敷をそう簡単に脱出出来る作りにはしないという保証。これまで約660名を処理したのなら、それだけ逃亡出来る可能性は潰されてると見て良いでしょう。なのでハンナさんはそう遠くない内に屋敷に戻ることになります! あらら、脱出できなくて残念でしたね!」
「それはそれでイヤな確証ですわね……」
理屈が積み上がったことで、頭がこんがらがっていたハンナが現状を受け入れていく。
なぜシェリーもここにいるのか、戻るとすればどれだけここに居られるか。
分からない事は多いが、ずっと分からないままにはならない所まで来た。その事実がハンナの心を和らげていく。
「それでハンナさん、随分と身体が透けてますけどそろそろお目覚めな感じですか?」
「え"…あ、マジですわ!?」
指摘され慌てて確認してみれば、確かにハンナの身体は幽霊のようにだんだんと薄くなっていた。
コチラに来てからそう時間は経ってない筈だが……布団が変わって眠りが浅かったのだろう。ハンナは自分が幽霊のように消えるという未知の体験に戸惑いながらも、シェリーに言いたいことを言うことを優先した。
「と、とりあえず! 色々世話をしてくれてありがとーですわ!」
「いえいえー。なんでしたら、またこっちに迷い込んだら遊びに来て貰っても構いませんよ!」
「ええ、また明日ですのー!」
……のー…のー。
無駄にエコーを響かせながらもハンナが消えたのを見て、シェリーは先ほどまでハンナが居た場所を探るも……そこにパイプと錠剤は転がっていなかった。
「これは……新たな事件の予感がします!」
そんな予感を胸に、シェリーは新しいパイプタバコを買いに出かけるのであった。
起きてる間の牢屋敷
ハンナ「うわー…ありやがりますわー…」
シェリー「むにゃ……」(ハンナさんが遊びに来る夢が楽しかったので二度寝するか眼を閉じながら迷ってる顔)