空想令嬢ガールはえちえちホームズを夢見るか? 作:何処にでもある
寝ている間の牢屋敷(ハンナはお昼寝中)
「つ、つよ……お"あ"…」
「しかし急に膝枕して欲しいと言われてビックリしましたよ、ハンナさん」
「ぼる……なげるな…こわ……」
「折角なので花畑に来ましたが……良い景色ですね。花が咲いて虹が有りますから。選んで正解でした」
ー 一方その頃エマとナノカとアリサはー
「「「………」」」
看守「…………」
野生のなれはて「…………」
(挟み討ちに会っちゃった!)
(寝起きがマストダイ過ぎんだろマジで)
(深夜まで話し合ったせいか寝坊したわね……)
ー視点を花畑に戻すー
「ぼけが……わた…かちじゃい……」
「寝言多いんですねぇ、ハンナさん。誰に勝ったのでしょうか……平和ですねぇ」
「シェリー………」
「あ、私が夢に出てそうですね。ふふふ…夢の私は難事件を華麗に解決している事でしょう! なにせ! 私はハンナさんに賢い所しか見せてないから!」
「怪力女が………」
ー一方その頃メルルとアンアン達とレイア達はー
「ありえませんありえませんありえないんです! な、なんですかスーパートレデキムって! そ、そんなのあったらこの屋敷が成り立たないじゃないですか!」
「現実を受け止めろメルル。アンアンの絵は本物だ」
「のあ知らないよ」
「ありがとうアンアンちゃん! あの薬、すっごく効いたよ!」
「わーっはっはっはっは!!」
「ただ…入れ替わりが戻ってからずっと笑ってるのは困りものねぇ♡」
「おじさんが飲んだ時は魔女化が戻っただけなんだけどなぁ…?」
「わーっはっはっはっは!!」
「……魔女化しても戻っちゃうんですね…みんな揃って言うなら……ほ、ほほ、本当にそうなんですね」
「ああ。吾輩もこうして魔法を気にせず喋れてるし、レイアの魔女化も戻ったという目撃談も二つある。こうなると疑う方が馬鹿だろう」
「のあじゃないもん」
「謙遜するなノア。オマエのおかげだ」
「のあじゃない」
「……そうですね、ノアさん! これが有ればみんな治るかも知れませんし、とってもすごいです!」
「ああ、ボクからもお礼を言わせてくれ──ありがとう、とても感謝している」
「うわあ急にレイアちゃんが普通に喋れるようになった!?……まぁ、偶然でも出来た物は本物なんだからさ。お礼は受け取って欲しいなって……どう?」
「そうねぇ…本当にスゴい事だから、誇っても良いと思うわぁ♡ 私だったら大いに言いふらして、"みんなを騙す為に使う"でしょうし」
「怖いことを言うねマーゴちゃん!? "ダメだよみんなを騙すなんて"!?」
「………のあじゃ」
「ノア」「ノアさん!」「ノアちゃん♡」「ノアくん!」「ノアちゃん!」
「のあはわるい子だね。ほんとうにそれでいいと思ってるの?」
「バルーンはのあだけど、のあはバルーンじゃないんだよ?」
「こわいんだ? ホントにねてる間に魔法が絵を描いてたらって」
「もしバルーンがいたら、のあはどうなるかな。のあはどれだけ嘘を言ってったっけ」
「だったら、バルーンはのあじゃないよね? だって、のあはのあだもん」
「みんなが欲しがってるのはバルーンなのに」
「楽しかったよね。魔法がぜーんぶやってくれて、みんながほめてくれるんのは」
「のあじゃできないよね。のあの絵じゃ、だれも欲しがらないし、だれも救えないよ?」
「褒められるのが大好きだもんね? その為ならなにもかも嘘で塗り潰して、バルーンからうばったっていいもんね?」
「ホントはイヤだけど、嫌いになれなかったんだよね? のあにいっぱいの宝物をくれたのに、1番大事な物を奪った魔法が」
「のあは絵を描けたら良かったのに…みんなみんなみんな邪魔をするよね」
「いっそ、のあのヘタクソな絵も、みんなも、ぜーんぶ真っ黒に塗り潰せたら良かったのにね?」
「……のあは」
→魔女になる
→魔女になる
「ここがノアのアジトですわね!」
バァァァァァン! というオトマトペを背後に乗せ、ハンナが仁王立ちをする。
時は牢屋敷側にて14:30前後。シェリーから渡された地図を片手にノアの家に来たハンナは、絶賛初仕事だとハリキリガールになっていた。
「それじゃお邪魔しますわよー……めっちゃ静かですわー…」
夜でも分かる、カラフルでこれぞバルーンと言わんばかりの……そうだと知らなければすごいバルーンマニアと受け取られそうな家に、早速2階の空いてる窓から入ってみる。
例え夢の中でもバルーンの家に来たという状況にちょっと興奮しつつも、その静けさに妙な違和感も覚えた。
「見た感じ罠は無さそうですわね。まぁ、有名人とはいえあんなに厳重ななれはて対策している方がどうか──」
視界の端にキラリと光る物が映り、反射的に仰け反って回避する。華麗なブリッジだった。
そしてパシャンと水気のあるものが弾ける音。ブリッジのまま射出された方を見れば、カラフルな蛇が口に何かを溜めているのが見えた。
「……なるほど、魔法の警備ってこういうことですのね」
それだけではない。気付けば赤い蝶が、天井に夕焼け色の枝と青リンゴの果実が、地面を這うカラフルな蛇達が、多種多様で独創的な動物達と共に現れる。
【液体操作】──液体の物ならば自由自在に動かせて、制御を手放せば描いた絵が独立して動きさえする魔法。決して本人が警備を意識してなくても、バルーンのアトリエは彼女の魔法で溢れかえっていた。
「冗談じゃねーですわぁあ!!?」
蛇から乱射される謎のペイント弾を横に回避し、リンゴにしては超加速して落下する青リンゴをフェイントを掛けて対処し、ドラゴンなのかユニコーンなのか絶妙なラインの虹色動物園を相手にせず逃げる。ハンナは知らない事だが、その様子は攻撃禁止になったアイワナゲー…一撃即死の惨状である。
少しずつ数を減らせでもしたら良かったのだが、生憎ハンナの【浮遊】は攻撃に転用しにくい自己対象。魔女化が進めば他者に干渉出来るだろうが、現時点では精々抜け毛をこっそり張り付かせてそれ経由でバランスを崩させたり他者干渉可能にみせかけたりするくらいなもの。
そして糸と液体の相性は言うまでもなし。この場でハンナが出来る手立ては逃亡の一択だった。
そして逃げる先は──。
奥の個室。
→アトリエの外。
「こんな所に居られるか! 一旦退却ですわー!」
──今回は侵入がバレたのがいけなかった。ここは一旦退いて改めて入るのが得策ですわね。
そう考えたハンナは急いで侵入した窓からヒラリと退室し、近くの細道に隠れる。
「追っては……来ませんわね」
こっそり曲がり角からバルーンのアトリエを覗いてみるが、あのカラフルな動物達が追ってくる様子は見受けられない。
なんとかなったとホッと胸を撫で下ろし……。
「ガッ……ァ?」
ザクリと、胸に鋭い刃を刺さり、流れ出した血が赤い蝶に変わる。
「なん…で…?」
振り返る事も成せず、ハンナはロンドンの道端に転がる死体になった。
──赤い蝶。ノアがみなが血に怖がらないようにと描いた魔法の産物。
彼女にとっては善意の産物でも……そもそも魔法が…魔女因子自体が人類に仇成す為のもの。
フワリと、ハンナから流れ出た物ではない蝶が、ハンナの死体に止まる。
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」
人の近くに舞う性質を自然と獲得していた蝶は、その目立つ赤色の身体で人の存在を、暴走したノアの描いた動物や、なれはてに知らせる。
善意と偶然から産まれた人間捜索魔法。
着いていけば自然と人に会えるその性質は、この夜の街を彷徨うなれはてが蝶に誘導される習性を与えるのに十分だった。
「っ────…」
ハンナの眼から光が消える。
もう、その空想は現実を見ない。
♣︎
そして逃げる先は──。
→奥の個室。
アトリエの外。(バッド)
「うおおお! これが勇気の前転ですわぁぁー!!」
いっそのことと思い切って前に飛び出し、屋敷の奥へと進む。
例えここで逃げても外が平和でもなし。それならノアに直接出会って追いかけてくる絵を解いてもらう方がマシだとハンナは判断した。
「ヒィ! 追撃が!」
可能な限りジグザグに動いているとはいえ、背後を見れないまま後ろから乱射されるのは生きた心地がしなかった。当たるとどうなるか定かではないのだが……だからこそ逆に死ぬより恐ろしい目に合うかも知れないということ。
「はぁ…はぁ……どーにか撒けましたわー…」
曲がって直ぐの扉に入り、追っ手が通り過ぎるのを音で確認する。
かなり距離を稼げてるのが功を奏したのか、部屋に隠れた事はバレずに済んだようだ。
「それにしても…ここはどこですの?」
挙句に入った部屋を見渡し……扉の近くに有った蝋燭とマッチの箱を使って灯りを手にする。
閉じられたカーテン、真っ黒に塗りつぶされたキャンバスの山、絵の具やペンキの独特な臭いが鼻に付く。
一見して失敗作の展覧場と言うべきか。壁も天井も、元は赤かったのだろうカーペットもカラフルな斑点模様で上塗りされていた。
「なんだか気味が悪いですわね……」
奥に進む。光源が心許ないのもそうだが、どのキャンバスもぐしゃぐしゃの黒で塗りつぶされているのも不気味さを加速させていた。
「来たんだね、探偵さん」
「ヒッ!?……ノアさん?」
「うん、のあだよ」
進んでいくと突如としてぼうっとノアが蝋燭の光で照らされ、一歩後ずさる。
不気味な登場だったので思わず驚きはしたが、冷静に見れば牢屋敷やコチラの仕事中のノアと違い緩いオーバーオールと絵の具に染まったエプロン、それからベール帽を被っている笑顔のノアだった。
……手には何も持っていない。
「ど…どうしてここに?」
「ここはのあのお部屋だよ? それを聞きたいのは寧ろ、のあの方かな」
「あ…ああ、それもそうですわね…」
思わず出てきた質問に正論で返されたお陰か、頭の整理がついていく。
ついて……今が窮地なのを再確認した。そう、今のハンナは潜入が家主にバレてる状況である。
まさか手掛かりを見つけるための潜入調査だったのに見つかるとは。ここからどーすれば良いんですの? よく考えたら潜入なのに魔法少女戦が想定されてるのはおかしくありませんこと?
そんな事をぐるぐる悩みながらも、ハンナはどうにかこの質問を絞り出した。
「夜分遅くにごめんあそばせ? どうしても訊ねたいことが有って来ましたの。質問、よろしくて?」
「いいよ。……警戒しなくても、今日ちゃんと3錠飲んだから、大丈夫」
「ありがとう──ノアさん。あなた本当は、こんな仕事やりたく無かったんじゃねーですの?」
……核心よりズレた質問。不法侵入の件で追い出されると思ったが、存外素直に受け入れられた。
都合が良い。どうにもノアの様子はおかしいが、それは本心を聞き出し易くなるほど心がぐらついた状態だということだ。
「うん。そうだね? のあは好きに絵を描いていたいもん」
「じゃあ、なんでこの仕事を…もしや、劇団長に脅されたとか…!」
問い詰める為にも仮説が組み立てられていく。ハンナの予想はこうだ。
ノアは知られたくない事を劇団長に知られ、脅されてオペラ座の箔付に使われた。
それに不満に思ったノアはある日衝動的にオペラ座に忍び込みイタズラをした。
しかしそれが劇団長にバレてしまえばノアにとって不都合な真実がばら撒かれてしまう。
だからノアは探偵を雇い、これがノアの犯行ではないアリバイにしようとした……。
そんなありきたりな推理は。
「"違うよ? 劇団長さんはねー、バルーンの絵で上書きして欲しそうだったもん"」
「……はい?」
たった一つの真実により崩壊した。
「逆だよ、探偵さん。のあが頼まれたのはね、一夜でオペラ座を【バルーンの作品】にする事だったの」
「は?……はぁ!?」
……そうなのだ。この推理には先ず前提から違うことがある。
1、補填とリタッチと決め付けたのはシェリーであり、ノアはその事に対して肯定していない。
2、ノアはこの仕事はノアの魔法にしか出来ないと言った。ならば、自ずと仕事の内容はノアの魔法かつ周知された事に限定される。
3────。
「"ノアはね、ホントは魔法なんて使いたくないの。魔法で描いたら、褒められるのはのあじゃなくて魔法の方になっちゃうから"」
3、この世界では、ノアと魔法の関係が牢屋敷のノアより遠い。それこそ、世間では別人の作品として扱われるくらいに。
「……絵を描くのは好きだよ? でも、のあはこの魔法がキライなの。だって、魔法はのあは筆にして自分の絵を描こうしてるもん。折角描いたのあの絵を変えちゃってさ、ダメ出しするみたいに自分の絵に変えちゃうの」
世界が変われば、周りの受け取り方が変われば……当然、本人が魔法に対して受け取る価値観は違う。
【魔法】の成果が全て自分のものになれば、きっとノアも絵を描く道具として魔法を好きになれただろう。代わりにその事実がバレる事に恐怖して、後ろめたさから本当の自分の絵を隠そうとした筈だ。
しかし、この世界では初めから魔法の絵は魔法の産物として、ノア本人の実力とは一切認められなかった。そうなるとノアの中では魔法は道具ではなく、勝手に自分の描いた絵を上書きして自分の絵にしようとする、ライバルのような物になる。
「……でも、バルーンになって良かった事もあるんじゃねーですの?」
しかし、ライバルと言うには…ノアは魔法が様々な物を受け取った。
自分の絵と認められなくても、【芸術を理解する魔法】の持ち主として名声も金銭も多く貰った筈だ。例え顔を出さなくても、一個人が生活するには十分な利益を。
「……うん。魔法はのあを助けてくれたよ? 貧乏をやっつけてくれて、お母さんが苦しそうな顔をしなくなった。それから、のあだったら絶対出来なかった……思い付かなかった作品を沢山創り上げて、のあに見せてくれた。
……悔しいけど、のあがどれだけ頑張っても描けないものばっかりだった」
上手になろうとした。
実際この魔法を道具として扱う事にしたノアよりも、このノアは魔法が受け取った賞賛を自分で貰おうとずっと上手な絵を描けるようになった。
褒められたい、魔法に上書きされないくらい良い作品を描きたい、こんなのが無くたってノアはもっと良い絵を描けるもん……幼い子供が持つ当たり前の、純粋な向上心。
世間から正しい評価を受けたノアは、負けん気も悔しさも好きな事を上手になりたい気持ちもバネにより高みへとステップアップした。
「……だったら尚更理解出来ませんわね。どうしてこの仕事を受けたのか……どうして、ずっと魔法を使おうとしないのか」
しかし、そうなるとやはり気になるのは"動機"だ。
この事件の全てが、ノアの心中を中心に動いている。
それを知らなければ核心には決して至れない。そういう謎の構造をしていた。
「……ダメだよ、探偵さん」
だからこそ……全ての謎を解決する鍵は簡単には渡されない。
「そこはのあの【禁忌】だから……暴きたいなら、がんばってね?」
ぽつぽつと、黒い雨が滴り落ちてハンナの頬に一筋の線を描く。
気付けば部屋は全てが真っ黒に染まっていた。【禁忌】に……思い出したくもないトラウマに足を踏み入れた不届き者を排除しようと、傷付く少女の心に反応して魔法が暴走する。
そんな相手でも頑張れと応援するのは……それでも誰かを傷付けたくないという本人の優しさか。
「
「ウソ…3錠飲んだって…!?」
「知らないことばっかりなんだね、探偵さん。完璧な薬なんて無いし……【禁忌】を踏まれれば、魔女化も魔法の暴走も起きるんだよ? 理性だけは手放せないのに……魔女因子が収まるまで、見てることしかできないんだ」
「それはかなりイヤですわねぇ…! あのゴリラ女ウソを付きやがりましわね…!?」
ハンナは広告詐欺もいい加減にしろとくるぶしまで沈んでいた足を抜き、水面に立つ様に浮く。魔法の行使がとても疲れるが、これで訳の分からない即死は無いだろう…多分。
「……一度しか言わないから、聞き逃したらダメだよ。探偵さん」
「あ、これ攻撃を凌ぎながら聴く感じですの!?」
「そうだよ? 寧ろ、錠剤が無いとずっと泣きっぱなしで説明も出来ないだろうし……話終わるか探偵さんが死なないと、暴走は終わらないね」
「……あーもー! そういうことならバッチ来いですわー!」
さて、錠剤を飲んでも魔女化は起きた。しかし魔法の範囲はこの部屋の中だけで、その内収まるものだとノアは言う。
死ぬか聞き終えるかの戦いだ。ノアが
「そう簡単には死んでやりませんから、全部話しやがれっですわー!」
満たされた黒から不定形の【作品】が浮かび、ハンナも染めようと迫り来る。
それを横向きの【浮遊】で水面を滑り避け……ハンナはノアの言葉に耳を傾けた。
「これはなにもない女の子の、決まりきった話だよ──」
──その女の子は絵を描くのが好きでした。
──ごはんもおうちもおようふくも貧相だったけれど、女の子は絵が描ければ他に何も要りません。
──ある日、女の子には不思議な力が宿りました。女の子が大切にしていた絵を捧げれば、とっても素晴らしい絵を返してくれる魔法の力です。
──「かえしてよ!」……女の子は始め、自分が大切にしていた絵が奪われてむかむかになっていましたが、【素晴らしい絵】は女の子に絵以外の【色】を与えてくれました。
──【お腹いっぱい食べられる豪華で温かなご飯】。【隙間風の入らない立派なお家】。【何枚もの生地を重ねて造られた重たくて立派なお洋服】。
──それから……お母さんが初めて見せた【笑顔】と【感謝】。
──「ありがとう。全部【魔法の絵】のおかげだね」
──【色】。【色々】。【魔法の色】。それから、女の子の人生は【魔法】のものになりました。
──【魔法】が【彩ってくれた色彩】を踏んで、【魔法】が【飾り立てた線画】を進んで。
──女の子が【女の子】になる【人生】を、【魔法の作品】になる【線】を、謝らないように。
──女の子は絵を描きます。ずっと描いています。お母さんが初めて紙とクレヨンをくれた日からずっと、ずっと、ずっと……それしか自分のものがなかったから。
──だからね、ハンナちゃん。
「のあは、誰かの絵を
……それは極々単純な、当たり前の話だった。
自分がイヤなことは他の人にもしてはいけないという、簡単な道徳の話。
「のあはね、絵しか残ってないの。オペラ座の絵も、とても昔の誰かが遺した絵で、死んだ人にとってはとっても大事な絵だよね?……それで…のあの【魔法】は、使った絵を戻すことは出来ないから…一度塗り潰したら、"二度と元に戻せないから"……のあは、イヤだったんだ」
絵が上手くなった。真っ当に頑張った。魔法に頼らず上手くなろうとした。
だからこそ分かる。その絵にどれだけの時間と労力と、技術と想いが込められたか。
それを一時の集客なんかでこの世から消し去ってしまう罪の重さが。
「……でも、貴女は魔法を使った。バルーンの絵を描いたのか、描かされたのか……これはどういうつもりかしら?」
徐々に【浮遊】で避け切れず当たった箇所が黒く、ボロボロと木炭のように崩れていく。
痛みはない。だからこそ恐怖を覚えていく。着々と限界は近付いていた。
「──のあじゃない! のあじゃないの! のあじゃないのに……なんでぇ…うぇぇぇぇ…!」
ハンナの追求に遂に限界が来たのか、ノアが大粒の涙を流し崩れ倒れる。
同時に魔女化が収まり、部屋中を染めていた黒が力を失いバシャンと床に広がった。逃げ場が無くハンナも真っ黒に染まったが……木炭みたいに崩れる様子はない。それどころか、避けてる間に触れて崩れた箇所も元通りになっていた。……恐らく、幻覚・錯覚の類いだったのだろう。作品の世界観に引き込むバルーンらしい魔法だ。
「……辛かったですわね。今はゆっくりお眠りなさい。ノア」
「ゔぇぇぇぇ…! ひっぐ……っぐ……!」
「よしよし、大丈夫。このハンナお姉様が居るのですから、もう大丈夫ですわ」
……どうやら本当にこれで終わりらしい。
これでウソだったらレイアも顔負けな役者と断言出来る証言だ。信じていいだろう。
「よしよし、よしよし……いい子はよいこだねんねしなー…ですわー」
「ぅぅ………」
本当に身に覚えが無いのに、状況が自分が犯人だと指し示す現状にずっと追い詰められていたのだろう。ハンナがあやして暫くも経たない内に、稀にしゃっくりをしながらもノアは寝付いたようだった。
「はぁ……つまりとんだクソやろーが居るってワケですわね……腹が立ちますわ」
ノアはシロで真犯人が居る。
それを確定したとなると、この事件はややこしいことになる。
ノアの魔法は使われてないか、意識が無い間に使わされた。
深夜にノアの現場に侵入した誰かが居る。
真犯人が居るとなると動機が分からない。
軽く上げるだけでこれだ。
ノアの確定シロは重要な情報だが、それだけに謎の深さは増したように思える。
そうなるとシェリーの方が重要になって来る訳なのだが……。
「…その前にお昼寝タイム終了ですわね」
話を聞くのに長く時間を使いすぎた。
ハンナは薄れる身体を眺めつつ、夜の再会に今から頭を悩ませるのだった。
起きてる間の牢屋敷(医療室の方は看守が全部なんとかしました)
「ふぅ…あの後、看守が野生のなれはてを倒して直ぐに屋敷に走ってくれたお陰で生き延びられたよ! 今、ボク達は森を抜けて塀の方に居まーす!」
「謎に説明口調だな桜羽。なんだその録画中って出てるスマホは」
「グループチャットの方に送ろうかなって。ボク達が気付かなかった事も、誰かが録画を見返して気付いてくれるかも知れないでしょ? 充電と相談しつつ昨日迷子になった時からやってたんだ」
「……クソ、かなり合理的だから何も言えねぇ……これ沢渡辺りがやっとくべきネタじゃねーのか?」
「…海の香りがするわね」
「やっぱここは島か。苦労した割には大した情報は得られそうにねーな」
「そうでもないわ。ほら、大きな鳥の群れが見える。全部ゴクチョーと同じよ」
「梟は普通群れ行動をしないけど、やっぱり使い魔になると変わるのかな……あ、ナノカちゃんも一緒でーす! ナノカちゃん、牢屋敷のみんなに言うことがあるなら今の内だよ!」
「……私は屋敷から出た事に今でも後悔はない。けれど、偶には顔を出しておくことにするわ」
「黒部、そこまで付き合う必要はねーぞ」
「では一旦切りまーす!……はい、ナノカちゃんが言う黒幕への偽装完了だよ。これでナノカちゃんがなにか勘づいてるって発想にはなりづらくなったんじゃないかな」
「……!?」
「ウチは時々桜羽がこえーよ。黒部はそこで驚いてんじゃねー」
「っかしどうする。炎も銃も効かねー、登ろうとすれば見た目よりも滑る。恐らく魔法の仕業だろーが、空でも飛ばねーと脱出はムリだろ」
「そして、肝心の空はゴクチョーの群れによる監視に、野良のなれはてと出逢うリスクがある。絶望的と考えていいわね」
「あ、見て見て! 群れからゴクチョーが来てるよ、カワイイね! ナノカちゃんは銃を撃たないでね、もしかしたら何か情報が分かるかも知れないから(録音だけでもついでに録っておこう)」
「桜羽、お前なんかずっと張り切ってるよな」
「皆さん、こんなトコロまで来て一体なんの用ですか?」
「……別に、ウチらは」
「はーい! 脱出出来ないか試してましたー!」
「桜羽ァ!」
「はぁ…またですか。意味ないのでやめて欲しいんですけどねー。去年の魔法少女のせいでかなーりのなれはてが脱走して、タダでさえ再収容で大変なのに……余計な手間を増やされると、コチラも残業が発生しちゃいますので……はい、もうやめてくださいね?」
「はい! ボク達モ懲リタノデーモウヤリマセーン! ところでゴクチョーさん、この館って何年前からあるんですか?」
「嘘ヘタすぎだろ」
「館ですか…もう500年も前になりますかねぇ。その頃は大魔女達と共に一緒に暮らしてまして。それはもう、人間が来ても歓迎会を開くくらいには平和な……おっと、立ち話する為に来たんじゃ有りませんでした。皆さんをサッと屋敷に戻れるように案内しますので、着いてきてくださいね」
「……着いて来なかったらどうするつもり?」
「まぁ、死ぬんじゃないですか? 去年から野良のなれはてが増えて、我々でも森の奥がどうなってるか把握仕切れてないんですから。あ、死ぬなら出来るだけ屋敷の近く…出来れば室内でお願いします。森から運ぶのってかなり手間なので」
「明らかに屋敷から見えてるより森が広いもんね……散々迷ったからボクもこの森の過酷さは痛感させられたよ」
「さっきのセリフとテンションの落差やべーなおい……はぁ、ウチも塀に行くだけでクタクタだからな。ゴクチョー、騙したりしたら死んでもコロスからな…ア"ァ"!?」
「やりませんよ……ホント、魔女の近くに魔法少女の死体を置くのがどれだけ怖いことか……はぁ、【遊園地】の再来は勘弁ですからねぇ…」
(……大魔女、500年前。去年の大脱走、【遊園地】…重要そうな話を録音出来ちゃった!)