緑谷出久は未来を予習しているだけなのに、全員に策士だと思われている 作:まだら模様
評価が良ければ続きます(多分)
作者はにわかなので設定等に間違いがありましたら申し訳ございません。
放課後の教室で、緑谷出久は重いため息をつきながら、ペンを走らせていた。
頭の中に、不穏な断片が流れ込んでくる。
『明日の放課後、高架下のトンネル。ヘドロ状のヴィランに襲われ、絶体絶命の危機に陥る』
「……ふう、またこれか」
出久は微塵も慌てず、ノートの余白に状況を書き込んだ。
未来の知識が頭に流れ込んでくる現象とは、もう何年も付き合っている。
中学時代には、テストの出題範囲や重要単語が唐突に浮かんできたこともあった。
だから出久にとって、これは特別な力というより、
「事前に出題範囲を知っているから、徹底的に予習する」
そういう日常の延長だった。
ただし、病院の診断では足の小指の関節が二つある、れっきとした無個性。
この知識が何なのか、本人にも全く分からない。
しかも、他人に話そうとすると頭を割るような激痛が走るため、相談することすらできない。
「……起きてしまうなら、準備して避けるしかないんだ」
出久はペンを止め、昨夜から脳内で組み立てていた対策を、最終確認し始めた。
◇
翌日。放課後の帰り道。
出久は未来知識の通り、『高架下のトンネル』へとあえて足を踏み入れていた。
逃げ出す選択肢もあったが、予習を済ませた出久の頭の中には、すでに完璧なシミュレーションが構築されている。
暗がりから、ぬらりと不気味な粘液が姿を現した。
「ぬはは! 良いサイズの入れ身が入ってきたなぁ!」
ヘドロヴィランが襲いかかる。
出久は右斜め前に一歩踏み出した。
ヴィランの粘液が、空を切る。
(初動の速度、約四十キロ。狙いは顔面。回避後三秒で追撃が来る)
「なっ……!?」
ヴィランが驚く。
小柄な少年は、攻撃が来る直前からすでに避ける位置へ移動していた。
出久はリュックのポケットに手を入れる。
防犯スプレー。
昨夜のシミュレーションでは、粘液状のヴィランは視覚への刺激に弱いと仮定していた。
「すみません、目に入ります」
プシュッ。
白い霧がヴィランの顔面を直撃する。
「ぐあっ!? ま、目が……!」
ヴィランがのたうち回る。
出久は迷わず、高架下の柱の陰へ移動した。
(次は増援到着まで、約二分。ここで足止めするっ…!)
彼は足元の空き缶を蹴り、トンネルの奥へ転がした。
カラン、カラン。
「どこだ……!? どこに行きやがった……!」
ヴィランが音に反応して奥へ進む。
出久は反対側の出口へ向かいながら、ノートを開くこともなく、頭の中のチェックリストを静かに消化していく。
(誘引、成功。視覚妨害、成功…っ!?)
しかし、ヴィランはのたうち回りながらも、粘液を無数の触手のように伸ばした。
「ぬははっ……! そんなもん、一瞬で慣れるわぁぁ!!」
粘液の触手が、柱の陰に隠れた出久へ向かって伸びる。
(……スプレーによる視覚妨害、想定より早く無効化)
出久は舌打ちこそしなかったが、眉を寄せた。
(だけど、想定内っ!)
粘液は水分を含み、床面を伝って移動する。
つまり、乾いた床より、濡れた床のほうが速い。
出久は足元を見る。
そこには、高架下の整備作業で放置されていた小さな水たまり。
「……すみません、少し借ります」
出久はリュックから、折りたたみ傘を取り出した。
昨夜のシミュレーションでは、
『粘液状ヴィランがスプレーを無効化した場合、水場を利用して移動速度を上げる可能性が高い』
『対抗手段としては、移動経路を分断するか、足元を滑らせること』
と記録してあった。
出久は水たまりの際に傘を差し込み、一気に引いた。
バシャッ。
水が床に広がる。
「なっ……!?」
粘液の触手が、濡れた床で勢いを失う。
出久はその隙に、反対側の柱へ移動した。
(移動経路、分断。次は……)
「ぐぬぬ……! 小僧ぅぅ!! なんでそんなこと分かってやがる……!」
「いや、昨日ネットで調べただけですけど…?」
「調べた!? 調べたでこんなことが分かるかぁぁ!!」
「あとは……」
ヴィランが振り返った瞬間、
「もう大丈夫だ少年! 私が来た!!」
マンホールを突き破り、オールマイトが現れた。
出久は小さく頷いた。
(増援、予定通り)
その一言が、後にとんでもない誤解を生むことになると、出久はまだ知らなかった。
豪快なワン・フォー・オールの風圧一閃。ヘドロヴィランは一瞬で爆散し、ペットボトルへと回収される。
「ハハハ! 怪我はないかね少年! 間一髪だったな!」
豪快に笑うオールマイト。だが、その鋭い瞳は、目の前の出久を凝視していた。
(……なんだこの少年は? 私が来る直前、ヴィランの攻撃軌道を完全に予測した体勢に入っていた……? それにあの眼光……まるで全ての展開を事前に把握していたかのような……!)
オールマイトの背中に、冷や汗が伝う。
(まさかこの少年……私が出現することすら計算に入れた上で、あの状況を完全にコントロールしていたとでもいうのか……!?)
オールマイトは、震える指で出久を指した。
「少年……君、私が来ることを、最初から織り込み済みだったのか……?」
「えっ? いや、そんなことないです! ただ、増援が来るだろうなとは思って……」
「増援が来ると、分かっていたのか……!」
「いえ、あの、普通にヒーローが来るだろうなと……」
「普通に、だと……?」
オールマイトの表情が、さらに真剣になった。
「ヴィランに襲われ、絶体絶命の状況でありながら、増援の到着まで時間を稼ぎ、自らの退路まで確保していた……! それを『普通』と言うのか……!」
「いや、あの、スプレーと空き缶を使っただけで……」
「スプレーと空き缶……! さらに、粘液の移動特性を見抜き、水場で進路を分断した……! 素手で戦わず、環境と道具を最大限利用する……! 完璧な戦術眼……!」
「ちがっ、予習しただけです……!」
「予習……! この惨劇を、事前に予測し、対策を講じていたというのか……!?」
出久は嫌な予感を覚えた。
「あの、そうじゃなくて……」
しかし、オールマイトはすでに聞いていなかった。
「なんという少年……! 貴様は、ただの学生ではない……!」
その後の事情聴取と保護の最中、どうにも隠しきれない修羅場に直面した出久は、冷や汗を流しながらもついに折れた。
これ以上ごまかすのは無理だと判断し、オールマイトにすべてを打ち明けることにしたのだ。
「あ、あの、オールマイト……! 実は、僕の頭の中に未来の知識が勝手に流れ込んでくるんです! だから……その知識に合わせて必死に予習して対策しただけで……!」
出久は顔を蒼白にしながら必死に自白した。
「未来の知識……? 少年、それは君の『個性』という理解で良いのかな?」
オールマイトの問いかけに、出久はうっ……と胸を押さえて顔を歪めた。
「違っ、違うんです! 病院の診断では足の関節が二つある『無個性』なんです! それに、この未来知識のことを誰かに喋ろうとすると……っ、頭が割れそうに痛くなって……! 僕にもどうしてこんな知識が来るのか、理屈なんて全然説明できなくて……っ!」
激痛のペナルティに耐えながら、どうにか事実を絞り出す出久。
しかし、その必死な自白を聞いたオールマイトは、ハッと目を見開いた。
(医学的には『無個性』……! さらに、その力を第三者に明かそうとすれば頭痛という強烈な身体的ペナルティが襲う……! にもかかわらず、この少年には知識が届いている理由の理屈すら分からない……!?)
出久が言った「無個性」「激痛の枷」「説明不能」という三つの事実が、オールマイトの脳内で恐ろしい形へと結びついていく。
(……いや、違う! 理屈が説明できないのではない! 語ることすら許されないほどの『絶対的な機密』なのだ! 医学的な無個性診断すらも、この凄まじい異能を隠蔽するための偽装……! まさかこの少年は、自身に課せられた過酷な因果律の枷と痛みに耐えながら、世界に訪れる破滅の危機を、長年『予習』という形ですべて一人で防ぎ続けてきたというのか……!?)
オールマイトは、ゆっくりと息を吸った。
「……無個性の診断」
「はい」
「語れば激痛が走る枷」
「はい」
「そして、本人にも理由が分からぬ力」
「はい……」
オールマイトの目が、潤み始めた。
「……なんとなく、分かったぞ」
「えっ!? 本当ですか!?」
「貴様は、自らの力を隠すためなら、無個性と偽ることも厭わぬ男なのだな……!」
「違います!」
「その力を語れば世界が揺らぐほどの機密ゆえ、痛みをもって封じられているのだな……!」
「全然違います!」
「そして、そのあまりに重大な使命を背負いながら、『自分でも分からない』と謙遜してみせる……! 貴様のその覚悟、私が生涯忘れることはない!」
「ただの無個性の学生なんですってばぁぁぁ!!」
「す、すみません! 無個性なのにこんな変な知識が来るなんて、僕だって訳が分からなくて……っ!」
必死に頭を下げて弁解する出久。
しかし、その姿すらもオールマイトの目には全く違って映っていた。
(自身の底知れぬ功績と苦痛を隠し、あえて『自分でも分からない』と謙遜してみせる……! なんという気宇壮大なる覚悟と、恐ろしいまでの自己犠牲精神……!)
オールマイトは震える手で自身の胸を押さえ、出久の肩に重々しく手を置いた。
「……素晴らしい。君のその『予習』と覚悟、しかと受け止めた」
「さて。詳しい話は、少し落ち着ける場所で聞かせてもらおうか」
「えっ、えっ!? ちょ、ちょっと待って……!」
次の瞬間、出久の視界が一変した。
風が吹き抜ける、ビルの屋上。
「……えっ」
気づけば、出久は平和の象徴と二人きりで、地上から遠く離れた場所に立っていた。
ただの保身と日常の延長で行った予習が、なぜか世界最高峰のヒーローに「凄まじい覚悟の天才」として盛大に誤認されることになるとは、出久はまだ知らなかった。
緑谷出久の、波乱万丈な学園生活が幕を開ける。
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その幻想を、ぶち壊す! 〜レベル0と無個性 二人の英雄(ヒーローも)試験的に連載中です。是非ご拝読ください。