『よう、デイビット。調子はどうだ。――ああ、いや違う。勘違いさせて悪いな。お前さんの次の戦場はまだ決まってねえんだ。
……おいおい。互いに好き勝手やってたとはいえ、その反応はねえだろう。これでもお前さんには目ぇかけてたんだぜ?
――まあ聞けよ。知っての通りオレは戦の神なワケなんだが、興味深い戦場……って言っていいのかは悩むが、面白れぇ場所を見つけてな。銃を持った女子供や意志を持ったオートマトン共が、四六時中ドンパチやらかしてんだ。
だが、この場所では死が遠い存在になってやがる。ま、早い話が銃で撃たれても滅多な事じゃ死なねぇんだってよ。
――で、どうだ。オレ好みの戦場じゃねえんだが、行ってみる気はねぇか、デイビット?
理由?……なんつーか、自分が求めてる終わり方ができねぇからって、何度も何度もやり直してるガキが哀れでな。それにそのガキのせいで、オレの好みじゃない戦場が増え続けるのも、いい加減ウゼェってテスカトリポカ思うワケ。
――お、行ってくれるか。助かるぜ兄弟。言っとくが、銃で死なねぇからって油断すんなよ?このキヴォトスにはゲームオーバーのフラグが盛り沢山だ。まァ、オレの事情も少なからず入ってるワケだし、スタートダッシュ用のカバーストーリーはサービスしておいてやるよ。
じゃあ、頼んだぜデイビット。ついでだから、ささやかな青春も楽しんできな』
――――――――
「ああーーーもう!!設備を動かす電力が足りてないのに、実験させろ発明させろって嘆願書がこんなに来てる!」
「ユウカちゃん……7号発電所が故障により停止したとの連絡が今……」
「またなの!?もうどうなってるのよ!キヴォトスの治安が悪化してるせいで、ウチの学園まであおりを受けてトラブル続き!連邦生徒会は何やってるのよ!!」
ここはキヴォトス三大学園の1つであるミレニアムサイエンススクールの一室。学園運営を担っているセミナーの生徒、早瀬ユウカと生塩ノアが立て続けにやってくるトラブル対応に追われていた。
ここ最近、キヴォトスの治安は悪化の一途をたどっており、これまでキヴォトスの緊急事態に対応していた連邦生徒会は、ある日を境に殆ど機能停止状態に陥っている。
キヴォトスの治安悪化に伴って各学園の運営に支障が出ているにもかかわらず、動こうとしない連邦生徒会の腰の重さにユウカの苛立ちは限界を迎えようとしていた。
「ユウカ。連邦生徒会への直談判は、暫し待て」
「っ!?デイビット先輩!?」
この異常事態にも冷静さを失っていない声音を耳にして、沸騰しかけたユウカの頭は冷静さを取り戻した。書類を捌いていたノアも、いつもと変わらないデイビットの様子を見て、心なしかホッとしている。
「今のタイミングで連邦生徒会に行ったところで、門前払いされて帰ってくるだけだ。もたらされる結果に時間も労力も見合っていない」
「……時期が悪いって事ですか?」
「そうなるな」
デイビットはユウカのデスクに書類の束を置いた。
「セミナーに要請された嘆願書に目を通しておいた。許可を出すのは今置いた分だけでいい。
他は却下しろ。事故を引き起こすか電力を過剰に消費してブラックアウトの引き金になる」
「相変わらず判断が早くて助かります……!」
「デイビット先輩、ついさっき7号発電所が停止したとの連絡が――」
「近くでガードロボがデバッグ不足で暴走した件だな。C&Cのアスナとカリンに対処させた。破壊された区画は狭い。効率は落ちるが復旧は可能だ」
「分かりました。整備部に連絡しておきますね」
ユウカが頼む前から書類の選定を終わらせており、トラブルに対しても既に人員を派遣し、対処し終わっているという快刀乱麻の仕事ぶりを発揮している。
セミナー副会長3年生、デイビット・ゼム・ヴォイド。
キヴォトスで唯一の、ヘイローを持った男子生徒である。
――――――――
「……とりあえず、当面の間はどうにかなりそうですね」
修羅場を無事に凌いだセミナーの3人は休憩中。ノアは甲斐甲斐しくコーヒーを淹れに行き、ユウカとデイビットは今後どうするかを話し合っていた。
「ユウカ、直談判は君が3日後に行ってくれ。他の学園の立場がある生徒も一緒に抗議に来るだろう。キヴォトスの混乱は広がる一方だ。連邦生徒会も何らかの対応を迫られているのは認識しているはずだ」
「わ、私が行くんですか?いえ、嫌とかではないんですけど……」
「君以外の選択肢も考えはしたが、その時に求められる役割を果たせて、余計な軋轢を生まない人物は君しかいないだろう」
「……そ、そうですか」
セミナーの会計という立場で言えばかなり上の自分が、わざわざ足を運ばなければならないのかとユウカは一瞬思ってしまったが、よく考えればそれも仕方のない事だろうと考え直す。
会長の調月リオは、言ってしまえば合理主義を突き詰めた人物だ。科学力はピカイチだが対人関係スキルが壊滅的で、ミレニアム内ですら多くの人物と対立してしまっている。連邦生徒会に向かわせても、余計な火種を生みそうでちょっと怖い。
副会長のデイビットは非常に優れた記憶力と洞察力の持ち主であり、無駄を極限まで削った行動力に幾度となく助けられてきた。だからこそ、荒れているミレニアムから指揮権を持つ彼を離れさせるのは愚策だろう。
書記の生塩ノアは瞬間記憶能力が優れていて、デイビットの持つ膨大な情報量に対応できて適切に動けるのは彼女くらいだろう。よって彼女も駄目。
黒崎コユキ?問題児だからパース。なんなら今も反省部屋にいまーす。
セミナー以外で適した人物を探すくらいなら、自分で行ったほうが早いし確実ね、かんぺき~♪
脳内でそんな台詞が流れたかは定かではないが、ユウカは自分の足を使う事に納得した。
そしてシャーレ奪還の任務に巻き込まれ、急遽組まれたチームの前衛を担当する羽目になった。
『役割って
――――――――
アビドス高等学校からシャーレへ届けられた一通の手紙。生徒からの救援要請を受けたシャーレの先生は、町で遭難する目に遭いながらもアビドスの生徒達とコンタクトを取った。
食料や弾薬といった補給物資を届けられたはいいものの、その直後に襲ってきたのは、何度も校舎に襲撃をかけてきたカタカタヘルメット団という集団だった。先生の持つタブレット端末『シッテムの箱』を使った戦術指揮で、彼女達はヘルメット団を無事に撃退。補給が来たこともあってアビドス組は一転攻勢、ヘルメット団のアジトを潰して先生と生徒の絆は少し深まった。
戦勝ムードで浮ついた空気の中、アビドス1年生のセリカがポロっと零した借金返済というワードで、アビドスが多額の借金を抱えていることが発覚する。セリカを除いた4人は先生に相談してもいいと言うが、当のセリカだけが意固地になって飛び出してしまった。
だが、シャーレの先生という人物は存外タフであった。アビドスの住宅街で偶然出会ったセリカに話しかけ、めげずに一緒に行動しようとするストーカー1歩手前の行動に出る程に。
結局、セリカの健脚に置いて行かれる羽目になったが、対策委員会の他4人が現状を良しとせず、セリカのバイト先である紫関ラーメンへ先生と共に赴いた。お客である以上はセリカも彼女達を追い返すわけにはいかず、渋々テーブル席へと案内した。
「先生、こちらへどうぞ!私の隣は空いてますから!」
「……ん、それなら私の隣も空いてるから、こっち」
「いや、どっちも狭すぎでしょ!空いてる席ならあるんだから、ちゃんと座って!」
「"二人の好意はありがたいけど、そうさせてもらうよ……"」
「それにしてもセリカちゃん、バイトのユニフォームがとってもカワイイです☆」
「いやー、セリカちゃんってそっち系だったかー。ユニフォームでバイト決めちゃうタイプだったりする?」
「ち、ち、違うから!こ、ここは行きつけのお店で、バイト募集してたから、それで……」
メニューに書いてあったオススメの紫関ラーメンを注文し、可愛い生徒達のじゃれ合いを眺めていた先生。ふと、頭に浮かんだのは、シャーレ奪還の時に力を貸してくれた生徒の一人、ユウカが教えてくれた彼女の先輩の話。
聞けばユウカを連邦生徒会に送ったのも、その先輩の指示だったという。キヴォトスの外から来た先生は銃弾一発で重傷を負いかねない体であり、その場に集まっていたハスミ、スズミ、チナツの3名は中衛~後衛を主に担当するため、肝心の先生を守る態勢が手薄だった。唯一前衛を任せられるユウカは、チームのバランスや先生の安全面から言って最適解だったと言えただろう。
それをきっかけに始まるのはユウカによる先輩賛歌。色々と難のある会長と問題児ばかりのミレニアム生に挟まれ悩まされているユウカにとって、積みあがった仕事を迅速に捌き続けるデイビットはセミナーに無くてはならない人物になっていた。
わずかな情報から論理を組み立て、周囲が度肝を抜かれるような指示を出す。その姿を何度も目にしてきた。もはや未来予知や千里眼じみた洞察力だが、その能力で導き出された答えに助けられたことも、それと同じくらい多い。結果が全てのミレニアムにとって、結果を出し続けているデイビットが評価されるのは当然の帰結だろう。
『この異常事態も先輩の頭の中で起きてた出来事だったのかもしれないわね』
『先輩のアドバイスのおかげで株式投資の損切りが上手くなったのよ!』
『もういっそ先輩が会長やってくれないかしら……』
手持ちのサブマシンガンの如く、尊敬と愚痴が混じった言葉の弾が出るわ出るわ。苦笑いを浮かべていた他の生徒からも、少しだけ話を聞くことが出来た。
『キヴォトス唯一の男子生徒ですから、お噂はかねがね。トリニティでも何度かお顔は拝見しましたが、個人的な繋がりはありませんね』
『銃を携帯していないようだったので、自警団として何度か注意をさせていただいたことがあります。ですがこれまで、大きなケガをしたというお話は聞きませんでしたので、自衛する術はお持ちなのでしょう』
『片手で数える程度ですが、ゲヘナでお見かけした事がありますね。後ろに流し気味の金髪に、紫色の瞳……何と言うか、達観しているような印象を感じました。もっとも、私よりユウカさんに聞いた方が、より正確でしょう』
あの場では、ユウカ以外に繋がりを持っていた生徒はいなかった。それでも、妙に意識してしまうのは彼が男子生徒だからだろう。異常と言っていい比率で女子に偏った男女比のキヴォトスで、男である彼がちゃんと青春を送れているのか、先生としては気がかりだったのだ。
アビドスでの仕事が終わったら、ユウカの顔を見に行くのも兼ねて挨拶しに行こう。そう密かに予定を立てていると、アビドスの皆に弄られているセリカに近づく影が見えた。
「君達。少し、いいだろうか」
「え?あっ、ごめんなさい!うるさかったですよね!?すぐに静かにさせますから!」
「騒がしかったのはそうだが、オレの要件は別にある。このテーブルの全員分の注文は済んでいるな?」
「……え、ええと、はい……」
「なら良かった。ラーメンが運ばれてくるまでの間だけ、そこのシャーレの先生の時間をもらいたい」
「"……私かな?"」
「貴方以外にいないなら、そうだ」
騒いでいる自覚はあったのか、横槍を入れてきた生徒に対してアビドスの皆は少し委縮していた。そんな彼女達を見るでもなく、話しかけてきた男子生徒はシャーレの先生を真っ直ぐ見ていた。
どことなく漂う冷たい雰囲気。見返した紫色の瞳を見て、軸のブレない強固な意志を持っている子なんだな、と先生は思った。頭に浮かぶヘイローの色は真っ黒で、カラフルな光の斑点がちりばめられている。美しくて、それでいて、なんだか怖い。
生徒に向けてはいけない感情を自覚した先生はかぶりを振って、改めて笑顔を浮かべて話し出す。
「"初めまして。ユウカから話は聞いているよ。デイビット、でいいのかな?"」
「――自己紹介は不要か。嬉しい誤算だ」
呼び方に対する返答はなかったが、一瞬だけ満足そうに微笑んだあたり、拒否する気は無いようだった。
柴大将の許しを得てカウンターに席を移し、隣に座った先生に一枚の書類を差し出した。
「"……シャーレへの入部届?"」
「ユウカの用意した書式を使っているんだろう。それを使って作成した」
「"つまり、シャーレの活動に参加してくれるんだね"」
「ああ。だが、そちらから要請が来ても参加できるかは分からない。それは頭に入れておいて欲しい」
「"もちろん、強制はしないよ。時間がある時だけでも来てくれると嬉しいな"」
「よし。なら署名を頼む」
先生はペンを取り出して署名欄にサインした。ユウカといい、デイビットといい、書類仕事に強い子が羨ましく思う。先生は書類仕事はどちらかというと苦手なのだ。
「"これでデイビットもシャーレの一員だよ。それにしても、書類を自分で用意して持ってくるなんて偉いね"」
「副会長だからな。書類の不備はミレニアムの崩壊に繋がるから、神経質にもなるさ」
「"崩壊って……あはは、デイビットも冗談とか言うんだね"」
「ん?冗談ではないんだが……」
「"……そ、そうなんだ"」
書類関係は一層気を配ろうと、先生は仄暗い決意を固めた。嫌な事でも、そう簡単に逃げられないのが大人というものである。
「それと先生。シッテムの箱を見せてくれ」
「"本当によく知ってるね……良いよ"」
シッテムの箱。先生の指揮能力を最大限に発揮させる、高度な技術力を持つキヴォトスにおいてもオーパーツと言えるタブレットだ。バリア発生装置も搭載されており、非力な先生の身を守る重要なアイテムだ。
普通なら頼まれたくらいで見せる代物ではないのだが、可愛い生徒から頼まれればホイホイ従ってしまうのがシャーレの先生だ。技術の最先端を行くミレニアム生だし、珍しいから一目見たいんだろうと、そう思って軽い気持ちで取り出して見せた先生。
「ふむ――――アロナ」
生徒には見えないし、そもそも存在を誰にも明かしていないはずのAIの名前を言い当てられ、先生は冷や汗を噴き出した。
「オレがシャーレではなく、この端末に先生宛にメッセージを送ったら、可能な限りすぐに先生に伝えて欲しい。モモトークだと見ない可能性がある」
そう言った後、デイビットは注文済みであった使い捨て容器を使ったテイクアウト用のラーメンセットをタブレットに押し付けた。
「こちらの要求だけ飲ませるのも心苦しいから、君の好みかどうかは分からないが、オレが判断する限り安全に食べられる料理を贈らせてもらいたい。オレの所感に過ぎないが、美味しいぞ」
数秒待ってから、デイビットが持っていた料理が消えた。先生は慌てて周囲を確認するが、今の怪奇現象を目にした相手はいないようだ。アビドス組だけはずっと様子を窺っていたものの、先生の体で隠されてちょうど見えなかったらしい。
「よし。これで今、語るべき事はおおむね、語った」
「"いやいやいや!!むしろこっちは聞きたい事が増えたんだけど!?"」
「すまないが、貴方の理解と納得を得るには、少なくとも1日以上かかるとみている。それは双方にとってあまりに利が無い」
「"……説明できるし、求めたら応えてくれるって意味でいい?"」
「実行可能なだけで、先生の性格からして選べない選択肢だと考えてくれ」
「"そっか……うん、分かった"」
デイビット・ゼム・ヴォイドという生徒は謎だらけ。そうだとしても、先生は彼に隠された謎を解き明かそうとは思わなかった。
単にこちらを煙に巻こうという態度ならば、いくら生徒にダダ甘な先生でも多少の警戒はしたかもしれない。だが、デイビットは説明できると言い切った。ただ、自分達の納得よりも優先するべき事が、他にいくらでもあるのだろう。
実際、先生自身も自分よりも生徒の事を優先するのが当然だと考えている。生徒の誰かから助けてほしいと連絡が来たなら、説明をぶっちぎって出かけてしまうに違いない。
なるほど、それなら聞かなくてもいいだろう。自分だけならまだしも、デイビットの労力まで無にしてしまうのは、大人としては避けたいのだから。
――――――――
「"みんな、シャーレに新しい仲間が増えたよ!"」
「たった今、シャーレに入部した。オレの事はデイビットでいい」
「話が急すぎませんか!?」
「うへー、お説教じゃなくて良かったよー」
「今、調べてみたんですけど、ミレニアムサイエンススクールの3年生の方だったんですね☆」
「ん、よろしく。心強い仲間がまた増えた。そうでしょ、セリカ?」
「……先輩で、偉い人なのは分かったけど、部外者には変わりないじゃない……」
話が終わり、テーブルに戻った先生は能天気に紹介を始めた。反応は概ね良好だったものの、大人に不信感を抱いているセリカだけが腑に落ちない態度を隠していなかった。
「んー、でもさー、ミレニアムの副会長さんなら、ずっとアビドスにいられるって訳でもないんじゃない?」
「"えーと、どうなのかな?"」
「その指摘は正しいな。オレの個人的な感情の話になるが、今のアビドスに居続けて手を貸すのは難しい。今日ここに来たのも、先生と渡りをつけるためだ」
「あらー、残念です……」
「やっぱり、まともに手伝う気なんてないじゃないの……」
「セ、セリカちゃんっ……」
含みを持たせておいて、気の無い返事をされたアビドス側の空気が重くなった。さっきとは別の意味で冷や汗をかき始めた先生は、別の切り口で頼んでみた。
「"じゃ、じゃあせめて、今後どう動けばいいのか、アドバイスだけでも貰えないかな?"」
「アビドスが抱えている問題は聞き及んでいるが。……ふむ。
ヘルメット団の根城を潰したのだったな」
「は、はい。ご存知だったんですね」
「更に後続が校舎に攻めてきたのならば、裏に潜んだ第三者が存在すると考えていい」
「えっ……!?」
「敵はカタカタヘルメット団だけじゃない……って事?」
アヤネが驚き、シロコの目に剣呑な色が宿る。
「強盗がどこの所属かに囚われる必要はない。襲撃自体が続くのなら、裏で糸を引いている人間が存在する。
学籍を持たない破落戸の集団が狙うのは金銭だ。武器、食料、住居の全てを賄えるのだから。
借金を抱えたアビドスには無いものだ。それなのに執拗に狙われるのなら、襲撃行為そのもので金銭を得ている事になる」
「……今まで襲ってきた子達は、単なる雇われだっていうの?」
デイビットは小さく頷いた。
「正体をあぶり出すのなら、アビドスから出ていく金の流れを追うといい。利子を含めた毎月の返済額は膨大だろう。オレが頭に思い浮かべるような悪党が犯人なら、自分の懐が痛まないのなら多少の手間はかけるだろうからな」
「……どういう事?」
「目の前の砂漠に手のひら分の砂を足されたと言われて、足される前の砂漠との違いを視覚で説明できるか?後ろ暗い資金はそうやって隠される。ミレニアムの会長も同じことをして、会計担当に大目玉を食らっていた」
「……会長でもお金を自由に使っていい訳ではありませんからね」
「そうだ。それぞれの主な役割が決まっている以上、垣根を超える使い方をするならば一言伝えて然るべきだろう」
「……なるほど。他の学園の方のお話を聞く機会があまりありませんので、大変勉強になります」
アヤネは何故かホシノを見ている。ホシノは悪寒に襲われている。将来のパワーバランスに影響が出たのかもしれない。
「で、ですが、それだと私達が狙われる理由が分かりません!」
「ノノミと同意見。仮に黒幕がいたとして、そこまで手間をかける価値のあるものがあるなんて、私達は知らない」
「それが答えだ」
「……え?」
「君達は存在を知らないが、アビドスに所有権があるものを狙っている」
「そ、そんなの……どう探せばいいんですか……?」
「君達にとってあまり歓迎できる事態ではないが、他所の大勢の生徒が攻めてきた時に、その頭目に聞いてみるといい」
「……じゃあ、それを私達が先に探し出せば、どうにかなる?」
「難しいだろう。隠れている理由は探されたくない、でもあり。見つけていない、でもある。
仮にアビドスの手に渡っても切り札にはならない。手札にはなるだろうが」
「……うへー。じゃあやっぱり、ウチの学校の問題は副会長さんでもお手上げなんだね」
「"……ホシノ"」
「ホシノ先輩……」
「正面から当たっても勝ち目はないだろうな」
「ちょっと……!」
「だから、勝ちたいのなら搦手を使え」
「……?」
「アビドスが今までギリギリの状態で残っているのは、暫定黒幕からしても予想外の粘りに違いない。
不良をけしかけるのは効果的に思えるだろうが、実のところアビドスを疲弊させる以外にメリットは無い」
「ん、さっきデイビット先輩も言ってたね。お金の流れから正体に迫れるって」
「そうだ。隠蔽工作の雑さが示すのは、相手の我慢が限界に近くなっている予兆だ。黒幕の正体を突き止めたのなら、ヤツが欲しがっている餌をぶら下げてやれば間違いなく釣り出される。たとえ、その餌が爆弾だとしても、飢えた獣はロクに警戒などしないだろうさ。
――所感だが参考になったか?」
「……納得できるような、できないような話だったけど。それも結局、予測でしかないんでしょ……?」
「そうだな。信じられるか?」
「無理に決まってるでしょ!部外者の、それもついさっき出会った人の言葉なんか!!」
「セリカちゃん……」
「だろうな。今まで幾度となく聞いた、つまらない回答だ」
「"ちょ……!?"」
「だが、オレは結果が求められるミレニアムスクールで、副会長を務めている」
「――!」
「オレにはミレニアムでの立場があるから、アビドスの問題に肩入れしすぎるのは君達にとってもよろしくない。
だけど、それを他の人間が苦しんでいるのを放置する理由にはしたくない。
――オレはオレにできる、精一杯の善い事をしたつもりだよ」
話し終わったデイビットは、財布から紙幣を一枚取り出してセリカへ渡す。
「へっ……?あ、ああ、お勘定ですね……?」
「オレの分と君達の分をこれで頼む。たいした足しにはならないだろうが、差額はこの店への寄付扱いにしておいてくれ」
「……え!?ちょ、ちょっと!困るんですけど!?」
紙幣を手にしてテンパるセリカをそのままにして、デイビットは足早に店から出て行った。生徒にお金を出させてしまった先生が慌てて追いかけようとしたが、店の外には彼の姿はもうなかった。
「もしもし――父さんが電話してくるなんて珍しいな。……今か?アビドスにいる。ああ、長居はしない。すぐに戻るよ」