「アカネ、セミナーは近いうちに襲撃されるわ。C&Cの力を貸してちょうだい」
「……さわりだけは聞きましたけど、にわかには信じられませんね。ゲーム開発部……あんなに可愛らしいのに、ミレニアムの生徒会を襲撃しようだなんて」
「可愛いのは同感。でもね、あの子達の活動がどんなものだったか、アカネだって知ってるでしょう?デイビット先輩も言ってたけど、あの子達の行動力は甘く見れたものじゃないの」
「なるほど、ユウカも本気という事ですね。依頼である以上、私達は受けるつもりでいますが、ちょっとした問題があります」
「知ってるわ。ネル先輩がいないんでしょ?」
「あら、もうご存知で?」
「デイビット先輩がコユキを連れて、ブラックマーケットに違法出品されてるウチの製品を取り返しに行ったのよ。同行者の名前の欄にネル先輩の名前があったの」
「副会長直々に……?それはまた、大事ですね。それなら私達全員を連れて行ってくれても良かったのに……」
「冗談でしょ……?先輩がC&Cをフルメンバーで連れて行ったら、ブラックマーケットなんて1時間で焼け野原よ。危ない事言わないでよね」
「待ってください、ユウカはC&Cを何だと思っているんですか!?そんな破壊の権化みたいな言い方やめてください!」
「そうね、アスナ先輩とカリンは違うもんね」
「私は!?部長はともかく、私もそうなんですか!?」
「どの口が言ってんのよ!!依頼を出すたびに毎度毎度、高価なビルだの精密機械だのを景気よく壊してくれちゃって!!
前に先輩が『破壊行為をするなとは言わない。だが、こちらは損害をなるべく出すなと前もって君達に伝えている。できないことをできると言うのはやめろ』って説教したの忘れてんじゃないでしょうね!」
「忘れてません!すごく怖かったのを覚えています!ハッ、まさか、あの日からお声がかからないのはそれで……!?」
「あの人、予想される損害まで律儀に勘定に入れてるから、滅多な事じゃ全員呼べないのよ……」
「そ、そこまで……かしこまりました。C&C一同、今回の依頼で信頼を勝ち取ってみせましょう!」
――――――――
ブラックマーケット内にある、とある貸金庫の前で二人の警備員が雑談に興じていた。
「おい、聞いたか?ミレニアムから流れてきた品物が、しょっちゅう奪われてるって話」
「ああ、それなんだが、ミレニアムの生徒が直々に取り返しに来てるって話だぜ」
「マジかよ……じゃあ、俺たちが守ってる、この金庫の中にもあるのか?」
「聞いてないが、あるんだろうな……。ここの有力者連中やマーケットガードも警戒してるらしいが、防げた試しが無いみたいだぜ……」
「おっかねえな……」
――カツン
雑談が途切れたタイミングで、彼らの耳に異音が入る。
――カツン、カツン
まるで何者かの足音のように、規則性を持った音が近づいてくる。
――カツン、カツン
警備員は警戒心を露わにして、持っていた銃口を音が近づいてくる方向へと向けた。
「――寝てろや」
注意を向けていなかった背後から聞こえた子供の声。同時にスタンロッドで発声部を強く殴られ、警備員達は声を出せずに意識を失って倒れた。
「うん、見事だネル。次は君の番だ、コユキ」
「にははは、お任せあれ!」
制服の上にスカジャンを羽織った小柄な生徒、美甘ネル。ミレニアムにおける最高戦力である彼女が見張りを倒したのち、セミナー1年生の黒崎コユキが金庫の暗証番号を解除する。
そう簡単に解除されないセキュリティーコードのはずだったが、コユキはそれを感覚的に解いてしまう頭脳の持ち主だ。ほんの数秒で開かれた金庫の扉を見て、ネルが機嫌よさげに口笛を吹いた。
「こういう任務にコユキがいると、楽でいいな。あたし達もセキュリティーの解除はこなせなくもねぇが、ここまで早くはできねえ」
「ネル先輩の場合って要するにぶっ壊してるだけじゃ……あ、見つけましたよデイビット先輩」
「よし、回収だ」
ミレニアム製の高性能なソフトウェアを取り返し、素早くその場を後にする。コユキが他に保管されていた品物に興味を示していたが、ネルが首根っこを掴んで連れていく。
デイビット、ネル、コユキの三人でチームを組み、朝からブラックマーケットに潜入して、ミレニアムから横流しされた品を回収し続けて午前が終わろうとしていた。
エンジニア部謹製のトラックに戻った三人は、午後の作業に向けて一度休憩を取ることにした。
「目標は50件、内30件は終わったな。これなら日が傾く前に終われそうだぜ」
「いや普通にハードですよね?私は歩いて扉を開けるだけなんで楽ですけどぉ……」
「二人とも、もう昼だ。食事をとれ」
「おにぎりだ!わーい!」
「おう、サンキュー」
ノアが気を利かせて持たせてくれた昼ごはん。冷たいお茶が入った水筒と、3人の名前が書いてあるラップに包まれたおにぎりが、ミレニアムの権利を守り続けるエージェント達の疲れを軽くしてくれる。
「もぐもぐ……それにしても、なんでミレニアム以外の品物は持って行っちゃダメなんですか?こんなところに置いてあるんだから、黙って持っていってもバレやしませんよ」
「ブラックマーケットに置いてある金品など信用するな。旅先の生水は飲むなと言われなかったか?」
「だな。ここには連邦生徒会の目が届かねえから、ここの連中は違法だろうが何だろうがお構いなしのクズしかいねえ。この闇市だけの銀行や警察もあるらしいが、どーせ利権絡みのロクデナシに違いねーだろ」
「ミレニアムの品物は裏付けが取れているが、他に関してオレ達は知らない。持って帰ったあとで、他から難癖を付けられても面倒にしかならないからな」
「ほへー……そういうもんですか」
分かっているのかいないのか、抜けた返事をするコユキにネルが静かにため息を吐いた。
「でもそれじゃあ、どうしてミレニアムの物だけは回収しなきゃいけないんですか?他の学園からだって流れてきているのに、私達みたいな事をしている学園ってあまり見ませんし。元々あった物だけを取り返すだけじゃ、割に合わないじゃないですか!」
「そうだな。なら、例え話をしよう。君はある日、持つ者に凄まじい幸運を呼び込む四つ葉のクローバーの情報を手に入れたとする」
「なんですかそれ、最強じゃないですか!」
「だが、それを手に入れる為には1週間、三つ葉のクローバーの原生地を自分の足で探し回らなければならない」
「ええー…………それで手に入れられるんなら、まあ……」
「やるだろう?そして、1週間頑張って探して、コユキは見事に幸運のクローバーを手に入れた。これさえあれば、賭け事は何をやっても勝利確定の日々が約束される」
「にはははは!!」
「だが、そうはならなかった」
「…………えっ?」
「何者かが君の部屋からクローバーを盗んだ。そして、ギャンブルをしてバカ勝ちをする日々を送っている」
「……」
「そして他の者に対して、有償でクローバーを貸し出し更に儲ける為の商売も始めた。クローバーにはコユキの名前が書いてあったが、誰も気にしない。何故なら自分達が儲けたいからだ」
「…………」
「どうだ、腹が立たないか」
「……立ちます」
「イラつかないか」
「めっっっっっちゃイラつきます」
「銃を撃ちたくならないか」
「蜂の巣にしてやりたいです」
「今、オレ達は銃を撃っている最中だ」
「――なるほど!!」
パンパカパ-ン!コユキの知能がレベルアップ!コユキは権利の侵害に対する嫌悪感を覚えた!
理解できたとばかりに、にぱー、と笑ったコユキの頭をデイビットは軽く一回撫でてやり、ネルはその光景を目にして、あたしの時もあれくらい素直だったらなぁ、とぼやいていた。
コユキをセミナーに連れてきたのはユウカなのだが、優れた暗号処理能力は確かに重宝されたものの、倫理観がまるで無い彼女の暴走は、それ以上の混乱をミレニアムにもたらした。
損害は彼女を連れてきたユウカの手腕によって、責任をもって補填されているものの、度重なるお説教もお仕置きもどこ吹く風であり、果てに彼女専用の反省部屋という名の独房まで用意される始末であった。かく言うネルも、セミナーからの要請で、逃げ出したコユキを実力行使で何回も連れ戻している。
一向に改善されないコユキの態度に、面倒見の良いネルでさえも匙を投げてしまった。自分が連れてきたのだからと頑なに向き合っていたユウカも、コユキが引き起こした騒動の被害の大きさで庇いきれなくなり、セミナーの他の役員達の苦情もあって、セミナーからコユキを除名する処分を下そうとした。
だが、デイビットはその判断を許さなかった。
『黒崎コユキをクビにか。すまんが、その判断は通せない』
『な、なんでですか!?あの子がミレニアムに与えた損害は、先輩だってご存知のはずです!』
『彼女をセミナーに引き入れた理由は、彼女が持つ特異性の演算能力だったな。それ自体に誤りはない。事実、彼女に任せた仕事に問題は確認されていなかった。
ミレニアムに与えた被害は彼女の倫理観が原因だ。そしてユウカ、君は彼女を連れてきた時に人格面を考慮していなかった。これに関しては明確な君の落ち度であり、コユキだけに責任を負わせるべきではない。能力だけに目を向けて、彼女に対するヒアリングを怠った君のミスだ』
『それは………っ………はい、ごめんなさい……』
『ユウカちゃん……』
彼女の事も考えて、少し時間をかけて勧誘していれば防げた被害だったと諭され、ユウカは意気消沈して謝った。代わりに隣にいたノアが話を引き継ぐ。
『ですがデイビット先輩、コユキちゃんをこのままにはしておけません。これまで何度注意しても、セミナーの資金を横領し続けていますし……』
『そうか。では聞くが、彼女が他の生徒の財布から直接、金を抜き取った報告はあるか?』
『え?……いえ、私の記憶にはありません』
『そうだ、していない。それは何故だと思う』
『……えっと……お財布から盗んだら、すぐにバレちゃうから、とか……』
『セミナーからの横領がバレない訳がないだろう』
『ですよね……じゃあ、少ない額には興味が無いから……?』
『少額の横領ならば、むしろバレにくい。そう思わないか』
『は、はい……』
考え得る理由をすぐに潰され、次第にノアの言葉数も少なくなっていく。会計と書記が揃って無言になる気まずい雰囲気に、他のセミナーの生徒の顔色も悪くなっていった。
『彼女の中にも倫理観は存在する。人の財布から金を抜き取ってはいけない。それが分かっているから、人の財布には手を出していない』
『……待ってください、そんなの、おかしいじゃないですか!それが分かっていて、どうして横領なんてするんですか!?』
『電子的な鍵であれば、彼女が持つ特異性によって難なく解除してしまう。解析ではなく直感で解除できてしまうのであれば、そもそも鍵がかけられているという認識自体がないのかもしれない。
黒崎コユキの頭脳は人類の外れ値だ。普遍的な枠には嵌らない。君達がコユキの倫理観を理解できないように、コユキも君達の常識が理解できていない』
『そんな……』
『彼女の能力は研鑽で会得できるような代物ではない。生まれつき備わっていると考えるのが自然だ。キヴォトスは高度なIT社会であり、彼女もその恩恵を受けている。
考えてみてほしい。広大なインターネットの情報の海の中、本当の意味で何も障害も無く泳げるとしたなら、彼女はキヴォトスで何を目にして育ってきたのだろうな』
ユウカもノアも、他のセミナー生も揃って言葉を失った。
治安が良いとは決して言えないキヴォトスの、インターネットの裏側で、鍵をかけてある情報は何かと考えれば、見えない場所で横行する犯罪。汚職。転売。そして、
たとえ厳重に鍵がかけられていたとしても、コユキにとっては他と地続きの情報でしかない。表と裏の判別などつかない。何故なら、全て自由に見られるのだから。
『倫理観というのは、大多数の人類が持つ常識の平均値だ。周囲の人間の反応を見て学ぶ者も多いだろうが、ネットの向かい側の人間から学ぶ者も存在する。
コユキにも倫理観はある。基準が君達より下なだけにすぎない』
キヴォトスにおけるインフラの半数を占めるカイザーコーポレーション。それに対抗する、或いは関係のない、子供を食い物にする悪徳企業。違法なやり取りの宝庫であるブラックマーケット。キヴォトスに存在する幾千の学園にだって、表には出せないやり取りがあってもおかしくない。
どうしてそこにあるお金を使ってはいけないのだろう。
どうしてお金を他から持ってきてはいけないんだろう。
どうして間違いを隠してはいけないんだろう。
『仕事をつまらないと思うのも、嫌な事から逃げ出したいのも、人類から逸脱した価値観ではない。
彼女は善悪の判断が危ういだけの1年生だ。
折角できた後輩なんだ。こちらが連れてきておいて、相互理解が出来てないというだけで叩き出すのは不誠実だろう』
『……デイビット先輩……』
『ユウカ。君は時々言っているな、"悲しみも怒りも全て因数分解してやる"と。ならばやってみろ。オレも彼女の為に時間を割こう』
『――ありがとうございます!やってみます!』
最終的にユウカを焚き付ける形で、黒崎コユキのセミナー追放は撤回された。
未だに問題行動が絶えない彼女ではあるが、それでも周囲の協力もあって少しずつ、本当に少しずつ価値観をすり合わせている。
革新的な進化ではなく、積み重ねによる進歩を。コユキは多くの先達に教えられながら、少しずつ成長している。
――――――――
「いやー楽勝楽勝♪ブラックマーケットなんて言っても、大した事ありませんでしたね!」
「調子乗んなチビ。……まあでも、見てて気持ちの良い場所でもねーわな。なあデイビット、いっそあたし達で潰しちまわねーか、こんなトコ」
「状況が許せばやってもいいな。大勢の浮浪者と不良学生の面倒を見られる場所があればいいんだが」
「……マジかよ。お前も結構嫌ってるんだな……」
「余計な仕事を増やされてるんですから、当然では?」
「お、おう……それもそうか……」
「ついでに言えば、後輩の教育にも悪い影響ばかりだ。他の学園も企業も、ここが存在していることを暗黙の了解としているようだが、ミレニアムにそのつもりはない。」
「あー……だから完全に隠れて活動はしてねえのか。お前の道案内だと滅多に注目されねえけど、あたし達ミレニアムの制服のままだもんな」
「難しい話はもういいから帰りましょうよ!」
コユキに急かされ背を押され、トラックに乗り込もうとした瞬間――
「貴様ら全員動くな!!」
怒号を向けられ周囲を見ると、四方八方に殺気立ったマーケットガードが集結していた。
「貴様ら、よくも白昼堂々やらかしてくれたな……!ブラックマーケットのあちこちから、ミレニアム製の商品が消えたと報告があった!!何度も何度もいい加減にしろ!!」
「文句があるならミレニアムに訴えに来てみろ。闇市の警備員にそんな度胸があるとは思えんが」
「……くくっ……」
「ぷすすー!」
デイビットの一言に、ネルは笑いを嚙み殺し、コユキはむしろ煽るような笑い方で追従する。
「ガキ共が!!調子に乗るのもそこまでに……おい動くな!動くなっつってんだろ!?」
「おいデイビット、どーすんだよこの状況はよぉ?最後の最後で面倒な連中に絡まれちまったじゃねーか」
「どちらでも問題は無い。見つからなければ静かに帰り、見つかったなら騒いで帰るだけだ」
「――ははっ!聞いたかよコユキ!こいつ、どっちでもいいから見てなかったんだってよ!」
「なんでぇぇぇぇぇ!?そこは静かに帰りましょうよ先輩!これじゃ残業確定じゃないですかぁ!!」
マーケットガードの脅しを聞き流し、デイビットは運転席に座り、ネルは自分の武器のサブマシンガン2丁をトラックから取り出し、コユキはトラックの荷台に乗った。
「どこまでも俺達をコケにしやがって!!もういい、撃てぇぇぇぇぇ!!」
「遅ぇんだよノロマ共ッ!!!」
号令で引き金を引くより早く、ネルの両手の双龍が鉄の火を吹き暴れ出す。
「ぐあああああっ!!?」
「オラオラオラオラァ!!」
一度、闘争心に火が付いたネルは簡単には止まらない。目の前の敵を焼き尽くしたら、次の獲物を狙うだけだ。包囲網の一部を食い破り、円に沿って残りを崩しにかかる。
トラックに乗った二人もそれを眺めるだけではない。トラックはエンジニア部が作った物なだけあって、武装も備わっている優れものだ。デイビットが運転席のボタンを押すと、荷台に巨大な重機関銃が展開された。
「にははははは……帰ったら先輩達と遊ぼうと思ってたのに!!お前らぶっころしてやる!!」
戦闘力はそれほど高くないコユキだが、外付けで火力が補われればその限りではない。正面火力が絶大なネルの後ろをカバーするように、大口径の弾丸の雨がマーケットガードに降り注ぐ。
「ぎゃああああああ!!」
「応援を!!早く応援を呼べぇぇぇぇ!!!」
「もう嫌だ!!こんな仕事――うぎゃあああ!?」
デイビットは狙いが定まらないようにハンドルを切りながら、目についたマーケットガードを直接轢いていた。大人を何人撥ねてもへこまない、頑丈な外装はエンジニア部の技術の結晶だ。きっとキヴォトスでも売れるだろう。
「デイビット!まだまだおかわりがありそうだけどよ、ここでなら、どれだけブッ潰しても良いよな!?」
「好きにやれ。ビルだろうが何だろうが壊して構わない。無視できる請求書を見るのは、存外気分が良いな」
「にははは!!もうヤケですよヤケ!!ネル先輩が満足するまで付き合ってあげますよ!バーカバーカ!!」
「き、貴様ら何を……よせ、やめろ、やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
マーケットガードの悲痛な叫びは、ミレニアムチームが奏でる破壊の音にかき消された。
単身で突入したネルが、ビルの支柱を砕いて倒壊させる。それに巻き込む形で複数の建物を纏めて崩し、巨大な瓦礫の山をいくつも作り出した。
デイビットの指示で機関銃を撃つコユキ。爆弾の保管場所、ガス管、燃料タンクを片っ端から撃ち抜いて、トラックが走り去った場所は全て火の海になった。
こんな地獄のバカンスをいくら用意しても、ミレニアムの利権を掠め取ろうとする不届き者が後を絶たないのがキヴォトスがキヴォトス足る所以だろう。
だからと言って、デイビットはブラックマーケットの存在を許容する気はサラサラ無かった。同級生や後輩が作った物を、悪意ある者に奪われてなるものかと。
お前達が張り合う気ならば、いくらでも付き合おう。
自己満足を貫いて人類の敵になった男は、無残に破壊しつくされたブラックマーケットの惨状を尻目に、そう心中で呟いた。
――――――――
太陽が地平線へと沈み、空が暗くなった頃に帰ってきた3人。本来であれば、セミナーの部室で報告書を書いて解散の予定だったが、ビルの手前で立ち止まっていた。
「今の狙撃音はカリンのだ。それに、廊下から見える光……マズルフラッシュか?あたしらが留守にしてる間に、ミレニアムに侵入者でも出たのかもしれねえな」
「それって一大事……でもないんですか?なんか2人とも冷静……」
「外部からの侵入者なら、ミレニアムの保安部が動いている。その動きが無く、オレ達に連絡が来ていないのなら、内部犯だろう。自分達だけで解決できると踏んだか」
「へえ。セミナーの会計にそんな自信があるなら、おせっかいはやめとくか?」
「……いや、オレは少し気になる事ができた。君達は帰っていいぞ」
「なんだよ、お前が独り占めしようとするなんて、妙に気になるじゃねえか。あたしは付いていくぜ。コユキ、お前は帰っていいぞ」
「仲間外れは嫌なんですけど!ここまで来たら、最後まで付き合いますよ、もう!」
「そうか。わかった」
――――――――
ミレニアムプライスを受賞できるゲーム作りの為に、アリスを見つけた廃墟に再び向かったゲーム開発部と先生。
そこで持ち帰った伝説のG.Bibleのパスワード解除のために、セミナーに押収された『鏡』と呼ばれるツールを取り返す作戦を実行していた。
仲間を集めて作戦を練り、綱渡りの戦闘を繰り返した末に、ゲーム開発部と先生はミレニアム生徒会の差押品保管庫へとたどり着いた。しかし、そこで彼女達は焦っていた。
「ない、ない、ない……どうして!?絶対にここにあるはずなのに!」
「もしかして、他の場所にあったの……!?でも、今から探しても、とても間に合わないよ……!」
「ど、どうしよう……もう、ユウカ先輩達が気づいちゃうかもしれないのに……」
「そんな……アリス達は、空の宝箱を開けてしまったのでしょうか……」
「"みんな、落ち着いて。もう一度、よく探してみるんだ"」
クエストクリア一歩手前で肝心の『鏡』が見つけられず、涙目になりながら必死に探すモモイ達。失敗の文字が何度も頭の中に浮かび上がり、それをかき消すように、床に散乱している物を片っ端からひっくり返す。
異変に気付いたのは、比較的冷静さを保っていたアリスだった。
「……誰かがこちらに向かってきています。数は恐らく……3人」
「うええっ!?まだ見つけてないのに!?」
「と、とにかくここは隠れて――」
入口付近に火花が散り、全員が思わず頭を抱えてその場に蹲った。入口に弾痕が残っているのを確認して、撃たれたのだというのが分かった。
中にいるのはバレている。閉所では、アカネの爆弾から逃げる術が無いと判断し、一か八か全員で飛び出す事にした。一番槍を担い、こちらに接近してきた人物に銃を向けたモモイだったが、誰なのかを確認するや否や悲鳴を上げた。
「う、うわあああああ!!ね、ね、ネル先輩!?それに副会長!?でもってセミナーのコユキまで!!こ、降参!降参しますからぁ!!」
反抗心をへし折る敵陣を見て、即座に抵抗を諦めた。メイド部が守っているというだけで逃げ腰だったのに、最高戦力の部長を前にして戦うという判断を下せるはずがない。まるで命でも握られているかのようなビビり具合に、ネルは思わずため息を吐いた。
「ったく、アイツら……まんまと出し抜かれやがって」
「誰かと思ったらクソゲー開発部じゃないですか!廃部撤回を企んでクーデターとか……どうなっても知りませんよ?」
「ち、違うから!私達はゲーム開発部!あと、クーデターはしてないよ!?」
「で、そっちの大人は先生か……随分と型破りな真似したな?」
「"あ、あはは……初めまして、2人とも。デイビットも久しぶり"」
「ああ。シャーレにあまり顔を出せなくてすまないな。見ての通り、問題児が多いんだ」
飛ばされた皮肉に先生の笑みが引きつった。最悪の再会に気分を害した様子もなく、デイビットは淡々と状況を分析し始める。
「ゲーム開発部だけでC&Cを倒すのは不可能……なるほど、ビルの機能を利用して分断させたのか。利害の一致でヴェリタスと組み、モニターを攪乱……だけでは足りんな。ハードウェアにも何か仕込んだな。
ナビゲーターと足止め要員、それに外にも人手を割くとなると、戦力が足りない。エンジニア部でも頼ったか。レールガンを気前よく渡す連中だ、きっと快諾するだろう。
直接戦闘ではなく、あくまで目標の奪取だけを狙ったのは良い作戦だったが、
デイビットは片手に握り込んでいた物を見せた。それを見たゲーム開発部と先生は目を見開く。
「――惜しむらくは、『鏡』が人の手で運べるサイズな以上、こうして別の場所に移される可能性を潰せない点だけだ。
勝ち筋があって襲撃を実行したなら、セミナーの防衛システムを相手取れる集団を味方に付けたと考えた。それで頭に浮かんだのがヴェリタスだった。そして、彼女達が同じ泥をかぶってでも手に入れる価値のある目標は、これしかなかった。
確信と呼べる根拠は無かったが、当たっていたか」
ただ一方的にこちら側の情報が筒抜けになる語りに、先生の背筋に冷たい感覚が走る。モモイとミドリは口の中が乾ききって声も出せず、ユズに至っては半分泣きながら過呼吸を起こしかけている。アリスだけは、デイビットの手の内にある『鏡』を見続けていた。
アビドスで大きく助けられた彼の洞察力が、今度はこちらに向けられている。敵対して初めて分かる恐ろしさに、体温が奪われているかのような寒気を感じた。
「セミナーの防衛システムの問題点もいくつか洗い出せたが、これをユウカの落ち度にするのは止めておこう。身内に悉く裏切られ、大人まで敵に回った状態で、ここまで耐え忍んだのは評価すべきだろうな。
強いて言えば、ここに警備の人員を割かなかった点があるが……どの道、レールガンで吹き飛ばされて終わりか。どうしようもないな、これは。あとで慰めてやるとしよう。
――さて。君達の処遇は、どうするべきか」
一通り喋り終わったところで、改めてデイビットの目がゲーム開発部と先生に向く。それぞれが身をこわばらせる中で、アリスだけが手に持ったレールガンの砲口を向け直していた。
「デイビット副会長、その『鏡』をアリス達に渡してください。それはアリス達のクエストクリアに必要なアイテムです」
「ほう。僅かな期間で人間のふりが上手くなったな。あと、一つ訂正しておく。これはあくまでサブクエストだ。君達が本当にクリアしなければならないメインクエストは別にある」
「――!それは……」
言葉に詰まったアリスを見て、デイビットはレールガンに手を置いて、砲口を下に降ろさせた。
「1度目のラッキーパンチがたまたま当たって、調子に乗ったな。君達の現状は、運でどうにかなる範囲をとうに超えている」
「……うう……」
「処遇は、そうだな。花岡ユズ。前に出ろ」
「ひっ……は、はいっ……」
名指しされ、仲間達から心配されながら、ユズがデイビットの前へ立たされた。
「君の顔を見た時間は1秒にも満たない程度だったが、外に出られるようになったんだね。おめでとう」
「……え?あ、あの……」
「ゲーム開発部は明日から1週間、部室での謹慎を命じておく。シャーレの先生は今回の騒動の責任として、監督官として彼女達の様子を毎日セミナーに報告してもらう」
「"えっと……それってつまり……"」
「不服か?ならそう言え」
「い、いえいえ滅相も無い!」
「"わ、私も大丈夫だよ!"」
「よし。あとは……これか」
デイビットはユズの手を取り、持っていた『鏡』を押し付けた。
「え、ええっ……!?あの、これ、あの……」
「そんなに欲しいなら貸してやる。明日の正午、君がセミナーまで返しに来い。あと、これを貸すのはあくまでゲーム開発部だ。G.Bible以外の物に使うなよ」
「おいおい、良いのかよ勝手に決めて?」
「元々の縛りはそんなに厳しくない。ヴェリタスに返さないのは彼女達の素行が原因だ。態度を改めれば返却も視野に入る。だから破壊ではなく押収という形にして取り上げた」
「そこの副部長のチヒロ先輩って、色々働いてたと思うんですけど……」
「ヴェリタスは部活動として認可されていないからな。チヒロの評価には繋がっているが、ヴェリタスがどうこうという話にはならん」
「ふーん……でもゲーム開発部の罰はあれで良いのか?ここまで侵入されてんのに、甘くねーか?」
「今学期で消える部活相手に意固地になってもな。被害というなら、過去に君達が出した損害の方がよほど」
「あーあー!!何も聞こえねえなー!!」
「同じくー!!」
急に大声を出したチームメイトに、これ以上言っても無駄だと察したデイビットは言葉を止め、代わりに別の言葉を吐き出した。
「賠償についても当てはある。
「……?よく分からないですけど、払ってくれますかね?」
「澄み切った純正のミネラルウォーターのような心の持ち主だ。文句ひとつ言わず、黙って払うだろう*1」